倉庫内作業

作:ウダタクオ  2006年10月04日



倉庫内作業

 派遣のメンバーは各チームごとにそれぞれ分けられていった。全員で8人いた。

 誰のことも知らないし、もちろん誰も私のことなんか知らない。分かれたところで何も変わらない。

 それぞれの人生を歩んでいるだけだ。垂れ流した糞みたいに。

 今朝も雨が降っている。

 

 私はチームの車に乗り込んだ。車種は箱バンで確か日産のキャラバンだ。紺色のモンスターだった。

 運転手はまだいなかった。皆が煙草をふかしていたので車内は真っ白になり、煙くて私は吐きそうになった。

「窓開けませんか?」

たまらず私は言った。

「ダメだ」

後部座席から声がした。

 運転手がやってきた。

 彼は運転席に腰を下ろすなり、きょろきょろし始め挙動がおかしかった。何回もバックミラーの角度を調節し、そのたびに私は彼と目があった。

 彼はどしっと深く坐らずに、背筋をピーンと伸ばして座席をハンドルに近付けて坐っていた。彼の体がでかかったため私にはそれが不自然に見えた。

 車が出発した。誰かが言った「もう、煙草すえないやっ、寝とくかな」それが少し意味深に私には聞こえた。

 まだ早朝で道路には車がまばらに走っているだけだ。

 100メートルぐらい先の信号が赤になったのが見えた。彼はアクセルを踏むのをやめた。我々が乗り込んだ車は次第に速度が落ちていき道路の真ん中で止まりそうになったと、その時だった信号が青に変わった瞬間だ、彼が深くアクセルを踏んだのだ。

 キャラバンはどんどんスピードを増して加速していく。メーターは90キロ100キロと続き終には120キロを振り切ってしまった。  それまでいた、ほとんどの車を追い抜きキャラバンが爆走していく。なるほどなぁ、これじゃあ煙草なんかすえないや。と私は思った。スーパーカーで走っているわけではないのだ、オンボロの箱バンだ。悪魔のようなGがかかる。生きていることを私は実感した。自分の命を燃やすってことはこういうことさ。燃やしているのさ。

 トンネルに入ったあたりから彼の魂に火がついた。ここからカーブが多くなるのだ。コースはトンネルを抜けると横浜ベイブリッジ(たぶんそう)に差し掛かる。

 皆は慣れているみたいだ。誰も私のように手摺りに掴まったりしていなかった。チームの中の1人は寝ていたし皆は動揺している素振りもなくいたって普通だった。

 雨が降っていたし私は絶対いつかこの車はスリップすると思っていた。どう受け身をとろうかシュチエーションごとにシュミレーションしていた。運転席の彼が言った。

「次のカーブ、ドリフトいきますよ」

私の後部座席にいるチームのボスらしき男から返答が返った。

「いけっ」

えーーーマジで!?私は思わず目を丸くして目の前のカーブを見た。もう、直ぐそこじゃないか!?開いた口が塞がらない。

 紺色のモンスターは高速でカーブに突っ込んでいく!!あぁぁぁぁぁ!!!!

 何秒か経過った。その数秒は私には無だった。

「あの、またカーブってあるんですか?」

 いつの間にか私は聞いていたのだった。


 キャラバンは我々を乗せ、無事に目的地へと到着した。

 波止場に倉庫が並んでいる。どれもバカでかかった。

この箱を根こそぎ全部クラブに変えたらアゲハなんて目じゃねーと、私は思った。

 まず、敷地が半端なく広いので的屋をいれて毎晩祭りを開催する。花火大会からよさこいまでなんでもやる。ビルの屋上にはヘリポートを置いて海外からのDJやダンサーを送迎する。倉庫ごとにジャンル分けし、1番でかい箱をメインステージにしてメジャーレーベル所属のアーティストのワンマン・ライブを開催する。アーティスト側からしてみればそれがステータスとなるが、こちら側としてみれば資金繰りの良い鴨である。

 余った倉庫はシネコン、アミューズメント施設を導入したショッピングモールにする。そこで昼間でも収益を上げる。地下を賭博場にし、闇でカジノを運営する。その筆頭者には石原慎太郎氏をたてる。それなら向こう5年くらいは法の手から逃れられるだろう。

 そうした場合、世界でトップの箱になるのは勿論のこと、日本の全ての娯楽施設を凌ぐ程とてつもなく巨大で悪魔のようなビジネスになるんじゃないか!?と思ったところで私は疲れ、それ以上考えるのをやめた。ありえない。

 仕事が始まった。倉庫に入ると私を待っていたのは真冬だった。

 室内温度2℃。私はTシャツの上に作業着を羽織っているだけだ。

 体温が一気に下がり私の歯はガチガチと音をたてた。凍えてしまう。

 

 手がかじかんで痛み、指先が動かない。

 私は懐かしさを感じた。それはホテルの厨房でハンバーグの材料を素手でまぜていた時と同じ痛みだった。

 来る日も来る日も冷たいハンバーグの材料をまぜていた。春はこないのだ。厨房は常に夏か冬かだ。

 その日、私は電子レンジがあれば入りたかった。

 解凍でお願いします。

「誰か体温をください」


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