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長宗我部氏の家紋(七つカタバミ)

長宗我部家の家紋として知られている「七つカタバミ」ですが、その由来が江戸時代に書かれた軍記物「元親記」に書かれています。

それによると
「江村郷、廿枝郷、野田、大埇、吉原の3千貫を与えるという天皇の命令と杯を賜った際に、杯にカタバミの葉が1つ浮き、これを飲んだ。これをもってカタバミを家の家紋にしたと伝わっている。」
と書かれているそうです。
個人的にはあまりにもできすぎた話です・・。まあ真実はさておき、そのように伝えていたということですね。

ちなみに「続々群書類従」のなかの「香宗我部氏記録」のなかに、
主家長宗我部家の家紋は【七ツ鳩酢(ななつかたばみ)】で、さらに【丸ノ内カタバミ】ヲ紋所トスとあるそうです。
この【丸ノ内カタバミ】というのはいわゆる三ツ鳩酢(みつかたばみ)で、下の家紋のようです。

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(参考文献)
『史料で読み解く長宗我部』高知県立歴史民俗資料館、2021年
山本大『長宗我部元親』吉川弘文館、1960年
山本大校注『四国史料集』(戦国史料叢書5) 人物往来社 、1966


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高知県在住の戦国時代好き一般人。土佐の歴史を出典を明らかにしながらわかりやすくコラム的にまとめていきたい。土の城好き/もっと土佐の戦国時代を知ってもらいたい/小説でついた長宗我部家のイメージの払拭をしたい