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入院記 10日目

無事、昼前に退院できました
おめでとう私、
ありがとうオギャらせてくれた看護師たち
退院時の費用が思ってる3倍かかっててビビった
入院してる方が遊ばないし節約できるなんて
思ってた自分が甘かった

退院した最終日の今日に
ノートを書くタイミングの作り方がわからなくて
もう10回更新したしイイかな〜なんて
邪念も浮かんできた

それだけに環境の大切さをすごく感じた

こういうことは
時間をそのために作れる人、
作ろうとする人ができる事なんだと思う

自分はたまたま入院という暇な時間をもらっただけ
これからは書くということに
意識的に時間を作る工夫がいる

この先、
連続更新を目指すことがあるかはわからないけど

日常の中で「これは書いてみようかな?」くらいの
アイデアというか
自分の中の疑問探しの視線だけは持っていく
それくらいはしとかないと
この10日間が勿体無い気もするので

10日間、みんな長かったろうと言うけど
実際は
あっという間に終わってしまったなという感じ
何もやることがなく、時間の目安がないから
曜日感覚から最初に狂っていく
楽しみなのは、点滴の時の雑談と味の薄い食事だけ

昨日と同じ今日が永遠に続きそうな、そんな感じ

長いという感覚はそんなにない
それなのにしっかり10日という
持て余すには長すぎる時間が経っていた

そのことがとても怖く感じた

人生って同じこと繰り返してると
もしかして、あっという間に終わるのか?

そんなわかりきったことを改めて思った

ずっと退屈してる今の仕事も
同じ事を繰り返していたら
気づけば数年経っている

あっという間に人生が終わることを
悪いこととは思わない

ただ漠然と自分の人生で
やりたいことなりたい自分がもっとあったはず…
という違和感だけはずっと抱えていて

そいつの気配がチラつくたびに僕は焦りを感じる

もし、本当にやりたい事が見つかった時に
このまま漠然と過ごしてて
それに追いつける体力と時間が
果たして自分に残っているだろうか、という焦りを

あんまり悠長に構えていられるほど、
頑張ってきた人生でもないので
早く自分を頑張らせざるおえない環境に
自分を投じないとな

多分、
人生を捲るのはこの20代終盤がいいチャンス

サボってビビって
大事なことを見てこない人生だった
それを内省を続けることで
やっと見られるようになってきた
今まで目を逸らしてきたから 
視界はまだぼやぼやだけど

この視界に慣れる前に
手探りでもいいから進み出す必要を感じてる

実は今回の入院も
仕事を辞める前に
しっかり考える時間がいるなという時に
それじゃ元々治すべきところもあるし
入院でもしとくかという事で踏み切った

だからこれが目的で、入院が手段て事になるのか

ノートを書いていると、
自分が何を考えているか少しはわかった気がする

もう必要なのは考えることじゃなくて
行動して、進んでるという手触りを感じること

10日間、たくさん感想くれたりDMくれたりと
お付き合いありがとうございました

次に10連休でもあったら
社会を舐めた語学留学でもしたいな

では



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