見出し画像

自動運転の現在と未来──茨城県境町を走る「自動運転バス」運営"BOLDLY"のCEO・CTOに聞く

今回のnoteでは、茨城県境町で、自治体として国内初となる自動運転バスの定期運行を始めるなど自動運転技術を社会実装するBOLDLY株式会社の代表取締役社長 兼CEOの佐治友基さん、CTOの須山温人さんをゲストにお招きし、三人で話した内容を記事にしました。これからの「自動運転」と「地図」をテーマとした話のなかに、未来へのヒントがあると思います! (高田徹)

コンセプトは「アップデートモビリティ」

高田:佐治さん、須山さん、よろしくお願いします! お二人とも今日はどちらにいらっしゃいますか?

佐治:よろしくお願いします! 自動運転バスが実際に走っている姿をお見せしたいと思いまして、茨城県境町に来ています。

佐治友基さん(BOLDLY株式会社 代表取締役社長 兼CEO)

須山:私はリモートで参加しています。よろしくお願いします!

須山温人さん(BOLDLY株式会社 CTO)

高田:早速、佐治さんから「自動運転バス」というワードが飛び出しましたが、まずは「BOLDLY(ボードリー)は何をしている会社なのか」についてお聞かせください。

筆者(高田徹、マップボックス・ジャパンCEO)

佐治:BOLDLY(ボードリー)は、「UPDATE MOBILITY(アップデートモビリティ)」というコンセプトを掲げて、既存の公共交通、バスといった乗り物をITの力でアップデートするために、2016年に創業した会社です。

現在の主要事業である自動運転バスについては、公式サイトに掲載している動画をご覧いただくとイメージしやすいかもしれません。

動画の概要欄に「ドライバー不足や過疎化といった社会問題により、地域の公共交通手段は、廃線や減便を余儀なくされています。本事業では、人々の暮らしに寄り添う新しい移動手段としてスマートモビリティシステムの開発・実証を行います」というメッセージを掲載しているように、少子高齢化の進行によって人口が減少する日本において、「持続可能な移動サービスの早期実現」を目指しています。

自治体として「日本初」の定常運行を開始

高田:BOLDLY(ボードリー)さんは自動運転バスの実証実験においては、国内企業の中でもトップクラスの実績をお持ちですよね。これまでどのくらい実施されていますか?

佐治:ありがとうございます。現在までに全国129カ所の拠点で自動運転の実証実験を行なってきました。2022年8月時点で総乗車人数は7万7000人以上、距離でいえば、累計で50万キロは超えていると思います。ただ、実証実験はあくまで手段であって、最終ゴールは「社会実装」になります。その意味で、今私がいる境町は、全国で初めて、公道での自動運転バスの定常運転をスタートした自治体であり、エポックメイキングな場所でもあります。

高田:新しい技術である「自動運転」導入するにあたり、自治体との交渉は簡単ではなかったのではないでしょうか。

佐治:境町は革新的な自治体ということもあって、実はみなさんが思っている以上にスムーズに導入を決めていただきました。人口約2万4000人の境町は決して大きな町ではありませんが、2014年に橋本正裕町長が就任して以来、財政改革を断行して、地方債現在高を縮小するだけでなく、「ふるさと納税」制度の活用などによって、財政再建に成功しています。そういった積極的な町政を行なっていらっしゃるということもあり、子育て世代に向けて英語教育を拡充させたり、高齢者層に向けて自動運転バスの運行を決めたりと、矢継ぎ早に改革を進めています。

取材当日に佐治さんが見せてくれた「自動運転バス」の運行状況

高田:リーダーシップのある橋本町長が町政を担っていることも、定常運転の実現のポイントだったのですね。住民の方の反応はいかがでしょうか?

須山:この町の特徴と言ってもよいと思いますが、町政に対して興味を持って自ら動かれる方が多いんですね。新しいことを導入する際の失敗例として、最初は注目を集めるけれど、ほどなく忘れ去られてしまうケースは少なくありません。

ただ、境町に関しては、住民の方々が自らインフルエンサーになってくださっているので、一時的なブームに終わらず、自動運転バスの継続利用につながっています。たとえば、SNSに自動運転バスの写真をアップしてくださったり、「○○さんのお母さん、いつも病院に行くとき、息子さんに送ってもらっているんでしょう? 自動運転バスを使ったらいいんじゃないの?」と、積極的にPRしてくださっています。なかには、ご好意でバス停用に土地を提供してくださる方もいらっしゃるほどです。

その結果、これまで月に数回しか買い物に行けなかった方々の外出頻度が上がることで、生活の質や健康面においてもプラスの効果が生まれ始めています。

高田:たしかに、これまで家族の車でしか移動できなかったことを考えると、1時間に1〜2本バスが走っていることは画期的なことですよね。ちなみに、安全面を心配する声はありませんでしたか?

須山:私たちとしては、何度も何度も実証実験を繰り返しているため、安全面には自信がありましたが、住民の方がどう感じるか、不安がなかったわけではありません。

でも、論より証拠ではないですが、時速20キロ未満で走っている自動運転バスをご覧いただくことで、安心安全なイメージを持っていただくことにつながりました。自動運転バスがゆっくり走ることで、いままではビュンビュン飛ばしていた一般のクルマも速度を落として走るようになったという思いがけないメリットもありました。

子育て世代や高齢者の多くが、ゆっくり走る自動運転バスが交通のペースメーカーになってくれていると喜んでくださっていますね。

「自動運転バス」と「地図」

高田:ここからは、自動運転バスの技術的な面についてお聞きしたいと思います。境町を走っているのはフランス製の自動運転バスと伺っています。そのバスが走るための運行管理システムを担っているのがBOLDLY(ボードリー)さんになるわけですが、具体的にはどういった技術を開発、運用しているのでしょうか。

須山:私たちが手がけているのは、「Dispatcher(ディスパッチャー)」という自動運転車両運行プラットフォームになります。自動運転バスの遠隔監視と運行管理を担うのが「Dispatcher」であり、ダイヤの設定をしたり、車両点検結果なども表示することが可能です。マップボックスさんの地図技術もディスパッチャーに組み込む形で使用しています。

高田:ありがとうございます。車両がどこを走っているかを地図上に表示するためには、車両側の位置情報を正確に把握する必要がありますが、自動運転バスにはどんなセンサーが搭載されているのでしょうか?

須山:自動運転技術分野ではおなじみの「LiDAR(ライダー)センサー」がバスの前後上部についています。このセンサーが三次元の空間情報を取得して、道路周辺の状況を把握します。ただ、そのセンサーだけでは不十分で、位置情報を特定するためのGNSS(全球測位衛星システム)とセットになることで初めて安全運行が可能になります。

さらにいえば、自動運転車がどのルートを走るかについて、あらかじめ地図上に線を引いておくことも重要で、自動運転車両が実際に走行できる状態にセットアップするのも、私たちBOLDLY(ボードリー)の役割の1つとなっています。

自動運転バスのセンサーとアンテナ部分

高田:ここまで「Dispatcher」や自動運転技術についてお聞きしましたが、ユーザー側のインターフェイスについてはいかがでしょうか。

須山:住民の方にはスマートフォンを使って、運行情報等を確認していただけるようになっています。LINE公式アカウント「さかいアルマ」の「運行情報」ボタンをクリックすると、走っている場所が地図上で表示される仕組みを採用しています。

当初、バス停にディスプレイを用意して「あと何分で到着します」と表示することも検討したのですが、これだけスマートフォンが普及している現状を考えると、みなさんの手元にディスプレイがあるわけですので、そのディスプレイ(スマホ)に、「必要な情報」を「地図」というUI(ユーザーインターフェイス)に変換して提供したほうがいいと判断しました。

地図のいいところは、文字だけでは伝えられない情報を掲載できる点です。たとえば、観光客の方が、この地図を見ながら旅行計画を練ったり、「時間が余ったから、ここも見てみよう」といった「寄り道」をすることも可能になります。

高田:自動運転車用の地図は、点群データの集まりのようなものですが、UIとしては、普段私たちが見ているような「地図」が役に立つということですね。

須山:バスに限らず、モビリティサービス全般において、UIとしての地図は欠かせない存在ですね。

「2030年までに100地域」という目標

高田:自動運転バスについて、今後はどういった展開をお考えですか?

佐治:信号機をはじめとしたインフラとの連携を強化するなど、まだまだ境町においてもやらなければいけないことがたくさんありますが、できるだけ早く他の地域にも横展開していきたいですね。直近では、今年度中に他の自治体にも展開する予定ですし、中長期的には、「無人自動運転移動サービス」を「2025年を目処に40地域」「2030年に100地域」で実現するという国の目標に向かって、私たちBOLDLY(ボードリー)も動いていきたいと考えています。

その際に念頭に入れておかなければならないのは、境町のように予算が確保できる自治体ばかりではないということです。日本全国に持続可能な形で自動運転バスを導入するためには、政府との連携はもちろん、運行システム導入コストの低減、効率化を図っていかなければなりません。

たとえば、自動運転バスと「Dispatcher」との間でやりとりするデータについて、なんでもかんでも取得してしまうと、データの容量が大きくなりすぎて、システムに負担がかかってしまいます。それを避けるためには、データの取捨選択が必要になりますが、難易度の高い領域です。これまで129回実証実験を重ねてきたBOLDLY(ボードリー)の力を発揮できる部分だと考えています。

自動運転の実現に向けた動向について - 国土交通省」資料より引用

高田:マップボックスが提供する地図技術も、使用用途に合わせてカスタマイズできることが強みの1つですが、自動運転バス用の地図においても、なんでもかんでも取り込むのではなく、自動運転に必要なものを必要な分だけ載せるという発想が必要になりますね。

佐治:そうですね。最終的には、自動運転用地図のマスターデータみたいなものを、政府主導なのか、民間主導なのかはわかりませんが、用意する必要があるとも感じています。また、自動運転車は走行中にさまざまな情報を取得することになりますので、測量や災害対策といった分野とも連携可能だと個人的には考えています。

高田:地図というのは、国や自治体のオペレーションにとって大事なツールであり、必須のインフラとも言えると思います。地図を作成する方法はいくつかありますが、最終的には人が現地に足を運んで、本当に自動車が通れるかを確認したり、道路標識を目視することで完成します。そのインフラを整備するという文脈においても、自動運転車の技術、そして自動運転車が取得するデータは役立ちそうですね。

バスから「ドローン」を含むモビリティ全般へ

須山:今後の展望という点では、自動運転バスだけでなく、モビリティ全般、たとえば、ドローンや配送ロボット分野にも力を入れていきたいと考えています。ドローンにおいても、やはり3Dの地図は必須ですし、配送ロボットの場合は屋内の地図も必要になったりもします。

高田:ドローンは自動運転との相性もよさそうですね。

須山:はい。道路と違って、空は空間の確保がしやすいので、技術的な面と法制度さえクリアできれば、比較的早期に社会実装できる分野だと思います。その際に、自動運転バスで培ったBOLDLY(ボードリー)の技術は強みになります。自動運転バスの例でいえば、リアルタイムにデータを把握するだけでなく、実際に実証実験をしてみないと洗い出すのが難しい機能要件がたくさんあります。やはり、人の命を乗せて走るものですから、車メーカーさんとの信頼関係、行政との連携などは必須で、一朝一夕には完成しません。そうした関係づくりを地道にやってきた我々だからこその経験知・暗黙知は、ドローンをはじめとするモビリティ全般にも応用可能だと考えています。

高田:「リアルタイムにデータを取得する」というのは、文字にすれば数文字のことですが、「そんなに簡単ではないぞ」ということですね。

その点については、先日行なわれた「ツール・ド・東北」で私自身も痛感しました。須山さん、ライダーの位置を可視化する「リアルタイムマップ」の実現に際してはお力添えをありがとうございました。なんとかやりきりましたが、ライダーの方々の端末それぞれの性能も違えば、通信も安定しませんし、バッテリーの問題もあったりで、やってみて初めて気づくことが多かったですね。

須山:私たちエンジニアとしては、その大変さがやりがいでもあります。単なるウェブシステムではなく、リアルな世界で動いているものからあがってくるデータを使ってシステムを構築していく経験は、そうそうできるものではありません。

ですから、我こそはというエンジニアの方がいらっしゃいましたら、ぜひジョインしていただければと思います。これからますます規制緩和が進む分野は変化が激しい分、エンジニアにとっても学ぶべきことが多く、その点は自動運転業界の魅力の一つとなっています。

高田:あくまで私たちマップボックスが提供するのは要素技術であって、どう使うか、何を実現するかはエンジニアの方々にかかっています。ですから、BOLDLY(ボードリー)さんのように、マップボックスの技術を使いこなしてくださるクリエイター、エンジニアが増えることは、私たちとしてもとても嬉しいですね。

須山:先述したように、工場・商業施設といった屋内や、まだ地図のない場所での自動運転のニーズも増えていますので、ぜひ引き続きいろいろとご相談できればと思っています。

高田:これまで、一般の人が立ち入ることのできない倉庫や、駅構内の地図も手がけてきましたので、引き続きお声がけいただければと思います。

佐治:宴もたけなわというタイミングですが、ちょうど今、走行中の自動運転バスを発見しました。見えていますか?

佐治さんにリアルタイムで見せていただいた「自動運転バス」が実際に走行しているところ

高田:見えました! しっかりと走っていますね。なかなか現地に伺えていませんが、今度必ず行きます。

佐治・須山:お待ちしています! 今日はありがとうございました。

高田:ありがとうございます。

(了)

対談者プロフィール

佐治友基(Saji Yuki)|BOLDLY代表取締役社長 兼 CEO
2009年、上智大学経済学部卒業後、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)に入社。営業部門で施策推進などに従事する一方で、2010年、ソフトバンクグループ代表・孫正義による後継者発掘・育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」の第1期生として参加して以来、新規事業の企画・提案などを手掛ける。2016年4月、SBドライブ株式会社(現BOLDLY株式会社)を設立し、同社代表取締役社長 兼 CEOに就任、現在に至る。
須山温人(Suyama Atsuto)|BOLDLY CTO
2008年ヤフー株式会社に入社し、エンジニアとしてさまざまなアプリケーションの開発を行う。 独自のアイデアで自動運転技術を活用したサービスモデルを構想し、自動運転プロジェクトの事業化に従事。 ソフトバンクグループ代表・孫正義による後継者発掘・育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」にて、自動運転のビジネスプランで2位を受賞。 2016年4月、SBドライブ株式会社(現BOLDLY株式会社)の設立に参画し、同社CTO(最高技術責任者)に就任、現在に至る。
高田 徹(Takata Toru)|マップボックス・ジャパンCEO(このnoteの筆者)
Yahoo! JAPANのメディア・広告事業の開発責任者を10年務めた後、マップボックス・ジャパン社長に就任。グローバルなビジネス展開やプロダクト開発、組織開発における多彩な経験を生かし、日本独自の価値創造を担う。ソフトバンク ロケーションテック領域の投資育成事業の責任者を兼任。

マップボックス・ジャパンHP