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2021年5月に読んだ本

フテンマ戦記 基地返還が迷走し続ける本当の理由 

この作者についてはニュース番組などで昔何度か見かけた際に論理的で落ち着いた語り口に好感を持ったことと日本では珍しい軍事アナリストという肩書き…そこに至る経歴も異常で自衛隊の航空学校から同志社の神学部中退とか。興味を持ってSNSでフォローしておりそこで知った作品。タイトルどおり日本への返還が日米間で合意されているにも関わらず24年間も実現していない事実について民間人の立場で交渉に関わった経緯をまとめたもの。失礼ながら作者のことは評論家としか認識しておらずここまで政府に食い込んでいるとは思わなかった。首相の補佐官的な役回りで橋本龍太郎から鳩山由紀夫辺りまで積極的に関与していたことに少し驚いた。作者の立場は一貫しており住宅密集地にある普天間飛行場は一刻も早く返還してもらい替わりの空港は同じ沖縄のキャンプ・シュワブに移す、というもので辺野古埋め立て案には大反対、という立場である。理由は環境面の配慮ではなく専門の軍事的な立場で要は水上に浮かべた空港では海兵隊の訓練にも実戦にも耐えられない、というもの。その意味ではアメリカ側も軍というか制服組にもその案は合意されており現実的な案である、という主張である。そしてアメリカ側も正式に日本からその案が提示されたら受け入れ合意されたはずなのに日本側が24年にわたって国内で意見を統一できなかっただけ、という見方。そしてたぶんそれは正しくて政治のリーダーシップの欠如であったり役人達の軍事知識不足であったりそういうことなんだろうと思う。そもそも作者にしてもそれだけ正しい案であれば顧問的な責任のない立場からものを言うのではなくもっと積極的に案への支持を取り付ける動きができなかったのか、とも思う。それにしても本当に生々しい記録。特に非難されているのは麻生太郎と鳩山由紀夫。珍しくリーダーシップを発揮でき得た野中広務をその出自を取り上げて引きずり下ろした麻生太郎。面罵されて一言も返せない情けない姿が明記されている。鳩山由紀夫に関してはもはやまともな能力を持った人間としてすら描かれていない。この二人に関しては財力や肩書きが人間の能力や品性に直結しないということをわからせてくれると思う。それにしても今現在既に注目すらされていない普天間問題。いみじくもロシアのプーチン大統領が北方領土を返還した途端、そこに米軍基地を作られても日本政府は何もできないだろう、と言ったことでもわかる通り沖縄だけの問題ではないことは明らか。本作を契機にまた議論なり交渉が進めば良いのに、と思います。これも素晴らしい作品。おすすめです。


シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録

前に読んだ作品(シェフを続けるということ)がよかったことと扱われているテーマに強い関心を持ったので手に取ってみた。タイトルどおり34人のシェフ達へのインタビュー集で、飲食店に対し「要請」が出た昨年の四月時点に聞き取った内容を逐次noteで公開したものに対して昨年の十月時点でフォローインタビューを行ったものを追加し単行本にまとめたもの。逐次noteで公開したのは当時「何が正解か分からない」という声が多かったために「他所はこうやってるよ」と知らせたかった意図によるものらしい。私には縁のない高級店ばかりだったが一流の仕事人達がどのように事態を受け止め対処を検討し実行したか、に非常に興味があった。もちろん対応が一律ということはなく、即休業に踏み切った人、テイクアウトに切り替えた人、縮退ながら営業を継続した人、先をちょっと減らしたくらいでマスク含め対策を殆ど取らなかった人、と大雑把に分類できる。ほぼ全ての店が予約困難店であり連日満席、という状態からで補助金や融資をどう受けたかなども包み隠さず話す人も多くいて作者との信頼関係が窺えた。いっきに350人分のキャンセルが出た話が一番きつそうだったが他のお店も満席から一転、ポツポツとしか客が入らない状態になってしまっているのだが全員経営者として冷静に判断し対処しているところが素晴らしい。国の援助も見えない時期だけど恨言を言う人は皆無でもらえたら嬉しいけど何も援助がない前提でどうするか、という話ばかり。もちろん外向きでほんとは喚き散らしたりした人もいるのでは…とも思うけど前向きなパワーが素晴らしく不覚にも泣きそうになったほど。今年に入って更に厳しい禁酒法などにもどう対処したのか更なる続編を読んでみたい。安易に言っては申し訳ないけど読めば確実に元気になる気がする。何軒か行ってはみたいけどちょっと自分には敷居高いかな…。それにしても「自分たちが完璧に対応しても全く対策せず前日に密な状態で飲み食いしてたような客が来たらそこまでは対応できない」という理由で休業に転じた店主の言葉は重い。同じような理由で一見さんお断り状態に仕方なくしたお店を知っているが自分だけ儲けたらいい、自分だけ楽しければいい、という人が残念ながら散見される現実に改めて複雑な思いを持った。おすすめです。


マイノリティデザインー弱さを生かせる社会をつくろう

たまたまnoteでこの出版社をフォローしておりそこで紹介されていた内容に強く惹かれたため購入した一冊。国内最大の広告代理店でコピーライター、クリエイターとして活躍していた作者が全盲の子供を授かったことによって悩み苦しんだ先に見出したマイノリティ・デザイン、そしてゆるスポーツについて紹介した作品。デザインに於いてはハンデキャップを持つ人の意見を取り入れたファッションの開発を有名アパレルを巻き込んで実現したり義肢の方々によるファッションショーを成功させたり、といった活動なのだがなかでも最も感心したのはボディシェアリングロボット。目の不自由な方が装着するものでAIなどではなく寝たきりだけど視力には問題がない人に接続されている。つまり目の不自由な人は視力を補ってもらえるし寝たきりの人は散歩してる気分を味わえる、というもの。最初はコピーライターの経験を活かして障害者団体に助言するようなところから始めてイベントのキャッチコピー作成から活動範囲をこのように広げていって最終的に「ゆるスポーツ」に辿り着く。これは作者自身が運動が苦手ということもあって全盲ほど重たくはなくても苦手というのはマイノリティだという発想から誰もが等しく参加でき楽しめるスポーツを目指したものです既に90種類ぐらいが発案され実際に競技されたり自治体に採用されたりしているらしい。いっとき絶望してからの発想の転換と前向きなエネルギーが素晴らしいし本来の仕事を殆どせずにこういう活動に勤しんでいる状況を許す会社も素晴らしい。失礼ながら明石市にある出版社がこんな素晴らしい作品を出しているとは驚き。人間くさったらだめだな、と改めて思いました。これはおすすめ。

夜は猫といっしょ 2

一巻めが面白かったから。いわゆる猫あるあるなんだけども絵が好みなこともあって気に入ったので二巻目も。人懐っこくて大人しい感じの猫かな。淡々とした感じが良い。こういうの読むと自分は悪い飼い主だったなとかちょっといろいろ思い出してしまう。忘れていないだけいいのかとも思うけども。


警備員さんと猫 尾道市立美術館の猫

Twitterでたまに話題になっていた美術館に進入を試みる猫たちと入れまいとする警備員さんの攻防の話が漫画化されていたので手にとってみた。尾道の丘の上にある美術館。今でも一匹いるらしいのだけど最盛期は二匹の猫〜うち一匹は近所の飼猫らしいのだけど〜がなぜか正面玄関から美術館に入ろうとするのでそれを警備員さんが阻止する、というだけの話で単行本一冊(笑)
興味深いことに特定の警備員さんの時にしかやって来ないそうなのでもしかしたらそういう遊びとして猫たちも楽しんでいるのかなと思う。今は一匹、と書いたけども一匹は飼い主が現れて幸せに暮らしているとのことで全体的にゆったりした空気感の作品。写真と漫画が半々くらい載っているのだけど適度にリアルな絵柄が合っていてまとまりのある作品になっていると思う。


民主主義とは何か (講談社現代新書) 

タイトルそのまま。民主主義ってそもそも何?と聞かれたら答えられないような気がしたので手に取ってみた。例えばトランプのアメリカはポピュリズムで民主主義の危機だとか、日本でも密室政治や世襲が民主主義的ではないと批判されたりするけれどもそもそも民主主義とは何なのか、が分からないとどこかおかしくてどう修正すべきか分からないのでは無いかと思う。本作では古代ギリシャで生まれた民主主義がどのようなもので今日に至るまでどのような変遷を経て来たか、が説明されている。全く不勉強なので元々のギリシャの民主主義が全員参加(但し女性と奴隷は除く)であることは知っていたが選挙ですら権力の集中を生む、として否定され基本的には抽選で指導層を決めていた、ということに驚いた。社会が複雑になるし従ってそのような民主主義は機能しなくなり王政や寡頭政が一般的な時代が長く民主主義とあう言葉すら否定的なニュアンスであったということも知らなかった。19世紀になって王政などが機能しなくなった段階でいかに民主主義を機能させていくか、ということが試行錯誤されてきた歴史が解説されておりそれら踏まえて現状の「民主主義」が機能しているのか、という問題提起がされている、というふうに読み解いた。資本主義も民主主義も見直さなければいけない時代になっているというのが個人的な感想でこの辺の話については引き続きいろいろ学んでいきたいと思った。


太平天国――皇帝なき中国の挫折 (岩波新書 新赤版 1862) 

教科書でチラっと見て清朝末期の中国でキリスト教系の反乱があった、くらいの認識だったのだけど帯に今の中国の一党独裁はこの事件に起源がある的なことが書いてあったので興味を持った。結果言うとそんなことはないのでは、というのが正直な感想。太平天国の乱とは科挙ひ落ち続けた洪秀全という男がある日、キリストの啓示を受けて自分たちの国を作るために立ち上がり一時は大都市南京をはじめかなりの勢力を持つに至ったが結局は鎮圧された、という事件である。既に弱体化しつつあった清朝が更に弱くなり、地方に軍閥が生まれるきっかけにもなったという事件である。作者は太平天国が権力の分散のきっかけになったのでは、という見立てのようなのだが、洪秀全はキリストの啓示を受けたと言いつつも科挙=儒教の文化が染み付いた人間であって逆にキリスト教に関しては野狐禅レベルとしか思えなかった。つまり清朝に対しては易姓革命を仕掛けたに過ぎず、自分はキリストの弟だなどと言うに及んで一旦は味方につけられそうだった欧米の勢力からも見放され自滅していった、というふうに読み取れた。反乱の背景には華僑の中でも後発で地位が低くならざるを得なかった客家の鬱屈があったというあたりはなるほど、と思わせられた。それにしても中国の内乱系は死者の数が桁違いでちょっとゾッとする時がある。


パンデミックの倫理学: 緊急時対応の倫理原則と新型コロナウイルス感染症 

タイトルからわかる通りパンデミック対策の倫理学からのアプローチについてまとめたもの。コロナ禍を受けてまとめられたものなのかと思ったら元々はインフルエンザのパンデミック対策をWHOがまとめる際にメンバーとして招致され議論した内容をベースとしているものらしい。その意味ではWHOも今回非難されているけれども平時からそれなりに仕事をしていたのだなということが分かった。倫理学からのアプローチというのはどういうことかというと例えば命の選択をしなければならない事態になった時にどういう判断をすることが正しいのか、ということで本作も前半は倫理学の一般的な説明に充てられておりわかりやすい。化学全能の時代に宗教や麺哲学など意味がないという人がいるがとんでもない。救命装置をどちらの人に優先的に割り当てるのか、ワクチンはどういう順番に適用していくのが正しいのか、治療薬は、など医療現場が判断を迫られるのが酷な事項についてはこのように規範を決めておくのは有効だろう。移殖などの優先順位には倫理学に基づくルールが適用されていると聞いたことがあるがパンデミックについても準備がされていたことに驚いた。ロックダウンし都市閉鎖などをして感染拡大を防ぐ、というのが医学界の一般的な意見だろうし全く生活を規制するなというのが経済界の一般的な意見とするとそのような相反する意見を汲んで制約ある中でベストな選択を行うのが政治の仕事と思うのだが既にある程度のガイドラインがあるのであればこれに基づいて今回はこういう判断をするのだ、と説明するどけで良いのではないかと思った。どう見てもその場しのぎで、やってます感のためだけにいきあたりばったりに見える今の状況も少しは変えられるのではないかと思ったのだがなぜやらないんだろう…不思議だ、という思いを抱きました。長くなってしまったな…。


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