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2021年9月に読んだ本

ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス

熟練の国際ジャーナリストがロッキード事件について15年かけて洗い直した作品。以下の大きく5つの陰謀説を中心に米国で公開されている資料にも丹念にあたってその真贋の検証を中心に展開されている。
1.ロッキード社の秘密資料(ピーナッツの領収書とか)が偶然誤って議会に配送されて事件が発覚した。
2.ニクソンが自分の意に沿わない田中角栄を嵌めた。
3.三木武夫が政敵である田中角栄を葬るために強引に追求を行った。
4.田中角栄が資源外交で米国から睨まれて嵌められた。
5.キッシンジャーが意に沿わない田中角栄を嵌めた。
こうして書くといくつか重なっているように見えるが…興味深かったのはこの米国そのもの、またはニクソンかキッシンジャーの虎の尾を踏んで嵌められた、というのは伝聞というか噂話をもっともらしく田原総一朗が広めたものらしくそれだけでも彼がジャーナリストを名乗る資格が無いことが分かる。実際にはニクソンやキッシンジャーが意に沿わない田中角栄を嫌っていたことは事実のようだがかなり厳しく対応を検討していて陰謀と言えるようなことではなかった、ということがよく分かる。当時経営不振に陥っていたロッキード社が地元にあるニクソンはロッキード社への融資に国の保証を無理矢理付けていた。なのでなんとしても倒産だけは避けたく販売不振の旅客機をなんとしても日本に売りたかった。つまり陰謀を巡らせるようなゆとりはなかった。また融資に保証をつけていた関係で議会はその経営をチェックする必要があり監査法人から正式に提出された資料に領収書などが含まれていた。キッシンジャー率いる外交筋は日米関係に亀裂が入るのを恐れて日本の政治家の名前が分かる資料を日本の司法当局に渡すことにむしろ難色を示していた。三木は強硬に資料の公開を迫ったがあくまで司法当局の者だけが見られる、という条件をつけられ強引な追求はできなかった、などなど面白おかしい陰謀説が次々と検証されていって本当はどういう事件で誰が一番悪かったのか、が暴かれていく。キッシンジャーがかなりとんでもない奴だということもよく分かるのだがそれを超える巨悪がいる、という展開でかなりのページ数も苦にならず読めてしまった。日本にもこういう時代あったんだな、としみじみ思わせられた。あっと驚く展開こそないけれども非常に面白い作品。おすすめです。


ヒロシマを暴いた男 米国人ジャーナリスト、国家権力への挑戦

お恥ずかしながら原子爆弾の影響について米国もGHQも報道を規制していた、ということを本作を読むまで知らなかった。アメリカ政府的には非人道的なナチスドイツを倒した国が非人道的な兵器を用いたと言いたくなかった、マッカーサー的には日本を倒したのはあくまで自分であって自分の預かり知らないところで開発された強力な兵器のことは伏せておきたかった、ということらしい。従って原爆投下直後に広島や長崎を取材した記者は何人かいたもののそれが報道されることはなかったのだそうだ。雑誌「ニューヨーカー」の編集者達は何か不自然なものを嗅ぎつけピュリッツァー賞受賞作家を広島に送り込み通常爆弾と異なり爆発後も苦痛を与える兵器でありそれを残酷にも行使したということを暴かせる。ニューヨーカーという雑誌はどちらかというと軽めの小粋な内容が主な内容というイメージなのだが通常の連載記事を全てやめて広島の取材記事だけを載せた号を突如出版しこれが大スクープとなったものらしい。その影響は大きく、トルーマン大統領は直接指示をして退役将軍に反論記事を書かせたほどで核の恐怖、ということが広く知らしめられたのはこの記事のおかげらしい。既に始まっていたソビエトとの冷戦において優位に立てる、という米国の政府や軍の思惑の変化ということも多少はあっただろうが報道の存在意義や良質なスクープの重要性ということがよく分かった。非常に面白かった。おすすめです。


暗殺者の献身 上 (ハヤカワ文庫 NV)

出るたびに必ず読んでいる当代最高峰とも呼ばれるアクションシリーズの邦訳最新。主人公はCIAの特殊部隊にもいた凄腕の暗殺者で一時は所属していた組織から命を狙われていたが今は和解して独立したエージェントとしてCIAから仕事を請け負っている。前作で負傷し本作では重い感染症に倒れている。そのため本来は彼が請け負うような仕事を同じ立場のエージェント達が対応し一人はベネズエラで拘束されもう一人はベルリンで窮地に陥ってしまう。愛する女性の危機を救うべく感染症が完治してないにも関わらずベルリンに飛ぶ主人公。ベネズエラでは死んだと思われていたNSAのソフトウェア技術者が生きているらしいといいうことでその真偽を確かめる、という任務、ベルリンでは怪しげな民間軍事情報会社を探る、という任務でそれぞれ異なる話のはずが…という展開。単純な米国対どこかのならずもの国家、という図式ではなく様々な思惑の国家や機関が登場しかなり複雑な設定になっているのだがさすがの手さばきで全く混乱することなく一気に読ませる力量がやはりものすごい。最終的にまた立場が変わってしまった主人公、既に次作が待ち遠しく作者の術中に完全にはまってしまっている…アクションやミステリ好きにはたまらない作品。非常に面白かった。おすすめです。


鷹将軍と鶴の味噌汁 江戸の鳥の美食学 (講談社選書メチエ)

これはかなりの労作。作者は民俗学者で歴史や料理の専門家ではないところが興味深い。千葉は柏の辺りに手賀沼という湖があってたまたまその近辺の神社を訪れた際に江戸時代に百両もの寄進を行った町民がいることを知り、興味を持ってどういう人物か調べたところいわゆる任侠でありかつ、野鳥の卸売業者であったということを知って日本の鳥食文化について調べたという作品。上野には明治39年に閉店した願鍋の有名店があり江戸時代の料理屋番付では殿堂入りというかランク外の上位に位置されていたそうで日本人イコール魚食い、というイメージがあるけれど野鳥を食べる習慣はかなり古くからそして現在の我々が想像するよりもかなり幅広く行われていたものらしい。かなり丁寧に調査をされておりまたレシピなども載っていて興味深い内容。特に面白いのは贈答やもてなしに使われる鳥には順位があって、魚は鯉が最上位で次に鯛、という順番で不変らしいのだが鳥に関しては古くは最上位が雉、中世においては白鳥で近世では鶴だったということでこれは味ではなく生き物としての優美さとかそういうことであったらしい。捕り方にも差があって最上位は鷹狩で仕留められたものらしく、将軍が鷹狩で仕留めたものなどはとてつもない価値があったらしい。魚と違って鷹狩など将軍も自ら手掛けるからか猟区に関する規制や今で言うトレーサビリティもかなり厳しく運用されていたらしい。環境問題などで野鳥があまり捕れなくなったこともあり、また安価で飼育しやすく味も良い鶏が普及したこともあって野鳥食は一気に廃れてしまったらしいがそれでもまだ捕まえて食べてもよい野鳥は28種もいるらしい。個人的にはジビエの類はそこまで好まないのだが数年前に渋谷の焼鳥屋さんで頂いた鴨は確かに美味しかったな、などと思い返したりした。食に興味のある人や鳥料理好きには是非おすすめしたい。非常に面白かった。


神道とは何か - 神と仏の日本史 (中公新書)

生まれ育った町に日本でも有数の規模の神社があったり、ちょっと足を伸ばせば有名な神社にいけたりしたこともあってなんの疑問もなく初詣などのお参りをしてきたが、ふとそもそも神社とはなんであって神道とはどういう宗教なのか、という疑問が湧いたためちょうど相応しいタイトルの作品があったので手にとってみた。わかったことがいくつかあった、まずは神、という言葉が問題ではないかと。つまり一神教の絶対的な存在である「神」と日本の神道における「神」はかなり異なっている、ということ。また基本的には江戸の後期に至るまで仏教のおかげで存在し得たものである、ということがよくわかった。遠藤周作がその作品において日本人はなんでも自分たちに都合よく作り変えてしまう、というようなことを言っていて自分も賛同していたのだが神道が仏教の要素をうまく取り入れて生き延びてきた経緯をこうしてみてみると日本人の作り変える力というよりは仏教の融通無碍さが際立っているように思う。面白いのは神道に於いても釈迦が最上位にいて日本のいろいろな神は日本人に仏教を教えるために仏が姿を変えているのだ、としているところであっさり自分たちの神々を外来の宗教の下位に入れて取り込んでしまっている。廃仏毀釈はいわばその反動ということらしい。日本は神国であるというのも辺境国家であるので仏がそのままでは教えが伝わらないので様々な神に姿を変えて人々を導いているのだ、といういわば劣った国、のようなニュアンスがあったらしい、というところも興味深い。現在の仏教的な要素を排した神道は太古からあったものではなく中世から近世つまり室町時代から江戸時代にかけて様々な言説が出た結果、なんとなく成立したようなものらしい。だからといってくだらないとか意味がないという気は毛頭ないが成り立ちや背景事情を抑えておくことは無駄ではないという気がした。非常に面白かった。


〈謀反〉の古代史: 平安朝の政治改革 (歴史文化ライブラリー)

忽然と湧いた古代史への興味から読んでみた作品で平安初期の政治形態の変化について解説されている。元々奈良に都があった時代は天皇家と同格と言ってもよい大豪族中心のいわば合議制のような政権であったものが諸々の政変や乱を経て遷都も行うことによって官僚制に移行していく過程が解説されている。特に興味深かったのは教養に対する重視で、教養溢れる文章を書けると外国にも侮られなくなり戦争も回避できる、とされていたことでそのために官僚候補の子弟については必ず一定の教育を受けさせることといった指示が出されていたり、その数年後には勉強させてもダメな奴はダメだから見込みのない奴は(たぶん周囲の迷惑になるだろうからか)必ずしも教育を受けさせなくとも良いといった指示が改めて出されていたり、といった部分。豪族の合議制から天皇中心の集権的な国家から貴族中心の政治形態に変化していく様子や変化の原因について簡潔に整理されており歴史書というよりも歴史小説を読んでいるような楽しみ方ができました。


古代史講義【戦乱篇】 (ちくま新書)

なぜか忽然と日本の古代史に興味が出てまず手にとってみた作品。飛鳥時代から平安初期くらいまでの事件、戦乱が取り上げられており〜具体的には磐井の乱、蘇我・物部戦争、乙巳の変(大化の改新)、白村江の戦い、壬申の乱、長屋王の変、広嗣の乱、橘奈良麻呂の変、講藤原仲麻呂の乱、対蝦夷戦争、平城太上天皇の変(薬子の変)、応天門の変、菅原道真左遷事件、平将門の乱・純友の乱、前九年合戦・後三年合戦〜で昔、日本史の授業でさらっとは見たことがあるけれども詳しくはよく覚えていないな、という内容。今は大化の改新と言わずに乙巳の変って言うんだね。いろんな専門家がそれぞれの事件について解説する内容になっていてわかりやすい。貴族というとおっとり和歌をよんでいたイメージがあるが天皇家が権力を確立していく過程においてはこんなに血なまぐさい事件がいろいろあったのだなと改めて思わせられた。蘇我・物部の争いにしても単純な仏教受け入れ賛成、反対の争いではなかったのでは、などいくつか新しい目線での解釈もあり興味深かった。


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