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2021年8月に読んだ本

越境者

邦訳が出るたびに読んでいるミステリのシリーズももう14作目とか。アメリカのど田舎ワイオミング州で猟区管理官を勤める主人公。本来は密猟を取り締まりにあたっているのだがトラブルに巻き込まれやすいというか自分から首を突っ込んでしまうというか…なので上司と地元警察との仲はすこぶる悪い。しかしながら型破りな知事に気に入られており確か何度目かになると思うのだけど前作で辞めた職にまた復帰している。密猟を取り締まるのが主な仕事のくせに銃の扱いが下手で突出した能力があるわけでもないのだが「田舎を踏み台に都会で出世しようと思っていない」FBIの支局長、やり手の妻とかなり凄腕の戦闘能力を持つ謎の鷹匠、達の力を借りつつ持ち前の正義感と粘り強さでに事件に対処している様が共感を得ているのだと思う。毎回思うのだけど地方を舞台にしたことによって自然破壊や代替エネルギー、カルト集団など都会を舞台にするよりも幅広いテーマを盛り込めており上手いな、と思う。本作では知事の特命を受けて州内でも特に辺境に派遣されることになる。過疎化が止まらない街に都会から移り住んできた富豪がおり街はほぼ彼の王国のようになっている。偵察に赴いた犯罪捜査官が不審な死を遂げたことから主人公にちょっと現地の様子を見てこい、と言われてのことなのだがそこは主人公。おとなしく偽装に留まるわけもなく…ということで今回も強大な敵と相対する主人公、鷹匠だったり過去の因縁の相手も登場し今回も緊迫感溢れる仕上がりとなっている。また本シリーズでは主人公の家庭問題も上手く盛り込まれているのだが里子で問題児の次女がまたもやらかして…というところで次作をお楽しみに!という終わり方になっている。このところこのシリーズは完結しつつも次作への伏線をチラ見せする形で終わっておりまたも作者の術中にはまってしまい次が楽しみでならなくなっている。大変だけどできれば最初から読んでほしいシリーズ、おすすめです。


猫奥(3) (モーニング KC) 

もしかしたら今一番気に入ってる猫漫画かも知れない作品の三巻目。舞台は江戸時代の大奥で主人公は年寄を勤める女中。年寄りとはどれくらいの役職かWikipediaで調べてみたら表向きの老中クラスで将軍御目見というからかなりの高位。周囲からも一目置かれているというか恐れられている感じの女性で猫嫌いで通っているという設定。それが実は猫好きでなぜかそれを周囲に悟られないようにしている、というそのドタバタが非常に面白い。そして猫の描写が素晴らしくて、こういう表情とかポーズするよな、という感じ。さっと読んだりディテールに注目したりして何度も読みたくなる。猫好き、歴史好きの方には特におすすめです。面白い。


大名の「定年後」-江戸の物見遊山 (単行本) 

柳沢家というのはなかなか興味深い大名家で元々は甲斐の武田家に仕えていたものが主家の滅亡に伴って徳川家に使えるようになったのだが五代将軍綱吉の時に吉保が重用されて五百石から一代で十五万石の大名に出世したものらしい。本作で取り扱われているのは吉保の孫で大和郡山藩二代藩主。49歳で隠居して祖父が作った今も残る六義園のある下屋敷に暮らした元殿様。ガーデニングが趣味だったらしく園芸を中心とした12年に渡る日記が今に残っているらしい。この作品はたぶんメンテナンスを請け負ったのか園芸屋さんが手入れの参考にするためにその日記を読んだ結果、面白さを世間に伝えるために世に出したものらしい。その志の高さには脱帽するしかないのだけどちょっと原文の引用が多過ぎるかな。たまたま国文で古典が専門だから読めたけどそれでもちょっとしんどかった。すごく面白い内容なのでそこがちょっと残念。園芸に関する箇所は省かれていて専ら都内のお出かけ中心。現役でないとはいえ十五万石の殿様だった人が自分も徒歩で浅草だ目黒だ吉原だと、家来はもとより側室とか息子たちと連れ立ってでかけ、気さくに市井の人たちと交流したりしていて時代劇に出てくる殿様のイメージがちょっと変わる感じ。より平文化されたものも読んでみたいと思いました。


ウナギが故郷に帰るとき 

スェーデンのジャーナリストが鰻の生態についてをまとめた作品。農場で育った主人公の父親との鰻にまつわる思い出と鰻に関するレポートが交互に出てくる構成。一見して鱗もなく魚か動物かもわからない、そして生殖器官も分からない鰻について、今分かっているとされていることがどのような経緯を辿って判明したのか、ということが一方のストーリーでもう一方では肉体労働者である父親との鰻に纏わる思い出が語られている。鰻が好物で煮たり焼いたりして食べていた父親と異なり作者自身は食物としてそんなに好んで無さそうなところも面白い。最もそのまんまぶつ切りにしてフライパンで焼いたりするだけの調理法で全く美味そうに思えないのだが…。それにしても鰻のことを知ろうとしてきた人類の、というか西欧の人々の歴史は興味深い。今でこそヨーロッパやアメリカの鰻はサルガッソー海付近で産まれ、親の育った川を遡って暮らし、また産卵のために海に帰っていく、ということがわかっているものの生殖自体どのように成されているかは今以て分からず、産卵後の成体もいまだ発見されていないのだという。アリストテレスは泥から忽然と誕生すると説き、長らくそれが定説だったらしい。第一次大戦を挟んでなぜか鰻の産卵場所を突き止めようという情熱に駆られたデンマーク人が、大手ビール会社の娘壻という財力もあって20年に渡り大西洋で鰻の稚魚を採り続け最小のものが採れたところがサルガッソー海近辺、ということなのだという。ニホンウナギはマリアナ海溝近辺で産まれる、ということだけは同様にわかっているが同じく細かな生態はわかっていない。そもそ産卵のシーンも誰も見たことがないというまだまだ謎の生き物。ここに書かれている西欧の食べ方を見るといかにも不味そうで脂分目当ての労働者の食べものというのが一般的な評価らしい。それ故にたぶんそこまで危惧していないのでは、という気がした。個人的には絶滅危惧種なのでいっときは食べないようにしようと思ったのだけど食べなくなる→無関心→絶滅のほうがシナリオとしてはあり得る気がしたので食べることにしたが本作読んで方針転換は間違っていないと思った。高くて手が出ないけども(笑)


続・用心棒 (ハヤカワ・ミステリ 1966) 

一作目が面白かったので二作目も読んでみた。前作で結果的にテロリストの野望を打ち砕いたため闇の世界の保安官に任命された主人公…というところで既に本作もかなり荒唐無稽な設定な訳だが本作では中東のテロリストが合衆国にヘロインを持ち込もうとしておりニューヨークの主だった犯罪組織が主人公にその対応を一任する、という話。そのために主人公は 1) 取引に必要となったダイヤモンドを調達する 2) 取引を行いヘロインを入手する 3) その上でテロリスト組織からダイヤを奪回しテロリストに打撃を与える という一連の難題に挑まざるを得なくなる…という前作にも増しての荒唐無稽さというかほぼコミックの世界。あとがきで指摘があったけど確かにルパン三世というよりウェストレイクのドートマンダーシリーズに少し似ていてとても無理と思われる犯罪計画にいろんな才能を持ったメンバー達が取り組んでなんとか成功させるのだけど…みたいな展開だがこちらの方が少し真面目な感じではあるかな。主人公もそうだけどそのまんま漫画にできそうな登場人物達の造形も相変わらず上手い。荒唐無稽なのもここまで振り切っていると面白くて次作も楽しみ。


ユダヤ人とユダヤ教 (岩波新書) 

世界史を学ぶに連れてナチスはもとよりなぜそこまでユダヤ人が忌み嫌われるのか、に興味が出たので。残念ながら「なぜ?」の部分はあまり掘り下げられておらず「迫害されてきました」という前提で話が進んでしまうので直接の回答は得られなかったものの歴史、宗教、教育、生活といった切り口でユダヤ民族について掘り下げられておりそれはそれで非常に興味深いものがあった。まずわかったことはかなり特殊な歴史を持つ人々だということで考えてみると絶滅させられたり征服民族に隷属や同化させられたり、という民族は沢山いたのかも、だけど民族丸ごと住んでいるところから追い払われた、というのが珍しいケースであるということ。また確たる宗教があって周囲に溶け込まなかったこと。などなど。今はタリバンやISが目立っているのでイメージし難いがフランス革命までは西欧のキリスト教の方が他者に不寛容でむしろイスラム圏のほうがユダヤ人も自由に活動できたらしい。他者への寛容さが時代が下るに従って逆転していき文明の発達もそれに伴って移行してきているのが興味深い。ユダヤ人は教育熱心で為に他民族より経済的にも優位に立てるケースが多く、それがために嫌われた面が強いのだが確かに教育面は非常に興味深く、聖典の解釈を何百年にも渡って記録に残してあってそれが学べるようになっているところが非常に興味深い。例えば「神がアダムの肋骨からイブを作った」という箇所だけでも数百年に渡る様々な解釈があってそれを議論し合うという文化で単純に信じれば良い、というわけではないところが凄い。その意味では自分は「啓典の民」について誤解をしていた部分があったように思う。異なる意見を否定するのではなく議論し続けているわけでそれは強くなるよな、という気がした。イスラム教においてもそれは同じなのか、についても学んでみようと思う。


用心棒 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) 

ハーバードを中退し特殊部隊で活躍した後、ストリップクラブの用心棒をしているドストエフスキーを愛読する男が主人公、というおよそ現実味のない設定の作品。昔この作者の別の作品が面白かったこともあり大丈夫かと思いつつ手に取ってみた作品。結果的に非常に面白かった。ある晩、彼が勤めるクラブをFBIが急襲し豚箱に放り込まれた主人公。そこで旧知のチャイニーズ・マフィアの若者からある犯罪計画に誘われるのだがそこで予想外の事態となり…という話。FBIの捜査官が魅力的な女性で主人公とは敵対関係にある一方で互いに惹かれ合う、とか犯罪者仲間にはコンピュータやメカに強い黒人の青年とか、かなり魅力的なロシア女性がいたりとか、そもそも主人公が薬物で早く命を落とした両親に代わってペテンで世の中を渡ってきた祖母に育てられて今も同居しているとかとか…魅力的な登場人物と荒唐無稽な設定にルパン三世を彷彿させられた。かなりの強敵が最後はあっけなかったりとちょっと気になるところはあるけれどエンターテイメントとしてはかなり上出来の作品と思います。面白かった。


北極探検隊の謎を追って: 人類で初めて気球で北極点を目指した探検隊はなぜ生還できなかったのか 


全く知らなかったのだが十九世紀に人類で初めて気球で北極点を目指したスェーデンの探検隊がいたという。飛び立ってすぐに不時着する羽目になり二ヶ月半に渡って流氷の上を陸地を目指して歩き続けた挙句、絶海の孤島と言ってもよい無人島に辿り着きそこで探検隊の全員、といっても三名だが、が落命したのだという。偶然、遭難した猟師たちに彼らの遺体と日記が発見されその経緯が明らかになったのだという。この作品は近づくことさえ困難な無人島にまで赴き彼らの足跡と何が起こったかを探検隊の末路に取り憑かれた女医さんが追求した作品。あらゆる仮説を検証し彼女なりの結論を提示しているところが素晴らしい。それにしても探検隊の一種の無邪気さには驚かされる。気球にしてからがまともな試験飛行を行った様子もなく言わばぶっつけ本番で飛び立っているにも関わらず、北極点は上空から通過した足跡を残すつもりでそのままアラスカかロシアに着陸する想定で歓迎会用の正装まで積み込んでいたという。不時着してからも橇に大量の荷物を積み込みシロクマの出没する流氷の上をいわば彷徨い続けるわけだが少なくとも日記に於いては陽気さは失われておらず、申し訳ないのだが無知とは時に人間をなんとも強くするものだなと思わさせられた。もっとも大航海時代から行き先に何があるのか分からず大海に向かった人たちもいたわけでそのようなバイタリティの発露の結果、今日のいろんな発展があるのだという見方もできるとも思った。最初から最期に至るまで作者が取り憑かれたのも分かるなんとも魅力のある探検隊。興味深く非常に面白かった。


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