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2021年2月に読んだ本

都立松沢病院の挑戦: 人生100年時代の精神医療

Facebookでお友達になってくださっている先生の職場の話ということで手にとってみた。東京の生まれ育ちではないこともあって都立松沢病院をそもそも知らなかったし精神科の医療についても全く知らないので読んでみよう、くらいの気持ちで。病院そのものの歴史と民間の病院から都立病院に院長として移られて進められた改革の中身について、自分のような素人にも分かりやすく説明されており単に読みものとしても楽しく読めた。優生保護の名のもとに行われた蛮行なども包み隠す書かれているところが素晴らしい。個人的には多様性こそがあらゆる力の源泉だと考えており、多様性を受け入れられない社会は早晩衰えると思っている。その意味でリーディングホスピタルではなく最強の後衛になりたい、という宣言が素晴らしく響いた。正直、日本という国や東京都という自治体に幻滅させらることが最近多いのだけど自分たちの社会も捨てたものではないと思わせられました。これはおすすめです。

人新世の「資本論」 

かなり話題になっていることもあり手にとってみた。個人的に今の格差社会がいつまでも続くとも思えず資本主義には限界があるのでは、と思っており、マルクスの思想がその代替になるのでは...という気もしていたのでEテレの番組と平行して読み進めてみた。「人新世」とは作者の造語ではなく人類の経済活動が地球を破壊する環境危機の現代を指す言葉らしく前半ではいかに現在の環境破壊が危機的なものであるか、が述べられている。そしてこの状況を打破するためにはSDGsといったいわばマーケティング用語で安心してしまうのではなく、根本的な解決を図る必要がある、という問題提起がなされる。これに対する回答として作者が用意しているのは「脱成長コミュニズム」でありそれは晩年のマルクスが至っていた思考である、という。環境破壊の源泉は資本主義の成長志向にあり、そこを解消しない限り人類は破滅に向かってまっしぐらであると。この解消に関するキーワードは「コモン」であり国家という概念ではないという。個人的にはソビエトの崩壊でマルクス主義の誤りが明確になった、というのは誤りであってマルクスの主張は高度に発達した資本主義はやがてその限界に達して共産主義に行きつく、というものでソ連が成立した頃のロシアや人民共和国になったときの中国は高度に発達した資本主義社会ではなかった、つまりマルクスの思想はまだ本当には実験されていない、という理解をしていたのだが作者曰くそうではないのだそうだ。原始的な資本主義からでもコミュニズムへの転換が可能である、ということで、恐らくマルクスがもっと長生きしていれば資本論は大きく書き換えられていたであろうという。人類の現状とその環境破壊について、このままで良いと考えている人は殆どいないと思うのだが、じゃあどうするのか、と問われると誰も回答を持ち合わせていない、そういう状況において一つの明確な回答でありある意味勇気づけられる作品。非常にエキサイティングな内容でした。おすすめです。

ヒトラーと哲学者: 哲学はナチズムとどう関わったか

哲学とは何か、というと非常に大きなテーマになってしまうのだが個人的には真理や本質をいかに捉えるか、という学問であり、その究極の目的は人間がいかに正しく生きるか、ということを探求するところにあるのではないかと思っている。その意味で邪悪の権化のようなナチズムに真理の探究者たる哲学者がいかに関わったのか、に興味があったので手にとってみた。また国民社会主義、いわゆるナチズムとは何か、という問題も定義する必要があると思うのだがこれは個人的には社会主義の一種であって民族を軸にした共同体の繁栄を意図するものだという理解をしている。平たく言ってしまえば帝国主義の植民地競争に出遅れたドイツが民族としての優位性を打ち出し近隣諸国を植民地として支配し自国のみの繁栄を図ったものという理解。つまり国としての統一が遅れたためにアジアやアフリカで植民地を獲得できなかったドイツが、いわば自分たちと似たような白人の国家を植民地とするために支配民族という概念を持ち出す必要があったのではないかと。そのようなイデオロギーの形成に哲学者がどう関わったのか、のいわば告発の書。最初にヒトラーが哲学の要素をいかにナチズムに取り込んだのかが説明され、次に世界的に有名な学者でしかもナチ党員であったカール・シュミットとマルティン・ハイデガーのようなナチズムに加担した学者たちのケースが取り上げられ、次に自殺、亡命、処刑といった運命を辿ったナチズムへの反抗者のケースが取り上げられている。思想内容がくどくど述べられたりしていないので哲学の知識が乏しい自分にも興味深く読めた。驚くのはイデオロギーの形成に手を貸したいわばナチズムの作成者の多くが大した処罰も受けず、戦後のドイツにおいてもそれなりに重きをなした、というところ。日本に比べて戦後処理を正しく行った、と評されることの多いドイツだが、それはヒトラーを初め一部の人間に全ての罪を押し付けてあとはほっかむりしただけなのだ、ということがよく分かる。その意味で本来吊るされるべきはアイヒマンではなくシュミットでありハイデガーであるべきであっただろう。非常に興味深い内容だった。

信長、天が誅する 

大河ドラマもそうだけど、なんとなく裏切った光秀は実は大義に沿っていたのだ、みたいな説があって信長贔屓の自分としてはこれが気に食わず...ということで打倒信長を願った五人〜明智光秀、武田勝頼、お市の方、今川家の家臣、一向宗の僧侶〜から見た信長の物語、とあったので手にとってみた。小難しい理屈や新説の類はなく娯楽作品に徹した内容で楽しく読めた。特に光秀に関しては案外こんなところが謀反の理由として正解なんじゃないのかな、という印象。さらっと読めて楽しかった。

謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉 

同じ作者のアフリカ納豆の本があまりにも面白かったので手にとってみた。書かれた順序としてはこちらが先でミャンマーの奥地でゲリラの取材をしている時に現地で卵かけ納豆ご飯を振る舞われたことに衝撃を受けた作者がアジアにおける納豆を追い求めた作品。本作で取材しきれなかった韓国の納豆がアフリカの納豆本に収録されているので網羅性を求めるのであれば両方読む必要がある。本作品ではタイ、ミャンマー、ネパール、中国と日本の一部が取材されている。学術研究ではなくいきなり現地に飛び込みで行って納豆作るところを見せてくれ、という形だったりゲリラ取材で知り合った人などのツテをたどってやはり製造現場に乗り込んでしまうところが面白い。よほどの緊急時を除いて諸外国では納豆はいわば出汁や味噌のような使われかたをしておりそのまま食べるところは殆どないらしい。日本でも江戸時代くらいまでは納豆汁がそれこそ全国で食べられており、西日本ではそれがいつしか味噌に取って代わられたのであろう、という推理も楽しい。非常に興味深い作品で納豆が嫌いな人もたぶん楽しく読めると思う。おすすめです。


茶粥・茶飯・奈良茶碗 全国に伝播した「奈良茶」の秘密

奈良県南部出身の私、このタイトルは見過ごせませんでした。三食、基本的に茶粥が用意される家に生まれ育ちましたのでけっこうな歳になるまで日本中すべての家庭は同じだと思っていました。たいてい一杯目は白飯なのですがおかわりの時には白飯か茶粥かを尋ねられます。答えが怖くてちゃんと聞けていませんが離乳食も茶粥だったのではないかな…。作者は大阪産まれで都立大学を出てから奈良の教育委員会に就職された方で茶粥も仕事で訪れた西吉野村で初めて食べた、ということで、なんでこんなものを掘り下げてみようと思ったのか不思議だったのだけど経歴を見て納得しました。昔の文献や国勢調査のようなものを丹念に調査されており、茶粥の成り立ちが詳しく書かれていて興味深かった。特に明暦の大火以後、江戸で奈良茶飯なるものが大流行し、それはどうやら茶粥から茶飯に発展して今でもおでん屋で出てきたりする、という流れにはちょっと驚かされました。奈良茶飯用の奈良茶碗というものも存在するということを知り、お粥用に一つ欲しいなと思ったり。長く行政に携わってこられたからか少し書きぶりが堅く少々記述がくどい印象もうけましたが概ね楽しく読めました。茶粥に興味を持たれている方がどれくらいいるか分かりませんが...おすすめです。


ベネズエラ-溶解する民主主義、破綻する経済 (中公選書 115) 

ベネズエラというのは未熟な国家が多い南米においては民主主義国家として成功していて産油国でもあり他の資源も多くて生活水準の高い良い国、というイメージだったのだがいつの間にかシリアに次ぐ難民を出している殆ど破綻国家だということ知り何故そうなったのかを知りたくて手にとってみた。問題の所在はチャベス、マドゥロという二代続いた大統領の政策にある、ということで何よりも凄まじいのはこの二人が国を率いた二十年で戦争も自然災害もなかったのにGDPがほぼ半減、世界一の埋蔵量を誇る油田のある国が汲み出す原油は中国やロシアへの返済で外貨収入にはならず、ということでもはやどう建て直して良いのか誰にもわからないくらいの破綻国家に成り果てているのだ、ということがその理由も含めて説明されている。二人の政治指導者も元はと言えば原油価格の下落で貧困層が増えているのに何も有効な手を打とうとしない既存のエリート層への不満から国の舵取りを任されたわけで、結果として尽く打つ手を誤った挙げ句、犯罪的な国家運営に陥っていった様が分かりやすく説明されている。恐ろしいのはチャベスが権力を握った背景が格差解消を謳った彼を教育程度の低い貧困層が強く支持したから、ということでほぼトランプが大統領になった経緯とかぶるということで、一歩間違えるとアメリカもこうなっていたかもしれない、という点。ディストピアみたいな話ってフィクションでしかありえないと思っていたのだが国家というものが割と簡単に崩壊するのだ、ということがわかって非常に興味深い作品。面白かった。



新しい世界 世界の賢人16人が語る未来 (講談社現代新書) 

先日、iPhoneの修理に行った時に予期せず1時間の待ち時間ができてしまったために購入した作品。どれだけ意識高いんだって感じしますけども(笑)
フランスの雑誌なのかな新聞なのか...クーリエが記事にしたいわばアカデミック世界のスター達のインタビュー抜粋集。収録されているのは、ユヴァル・ノア・ハラリ、エマニュエル・トッド、ジャレド・ダイアモンド、フランシス・フクヤマ、ジョゼフ・スティグリッツ、ナシーム・ニコラス・タレブ、エフゲニー・モロゾフ、ナオミ・クライン、ダニエル・コーエン、トマ・ピケティ、エステル・デュフロ、マルクス・ガブリエル、マイケル・サンデル、スラヴォイ・ジジェク、ボリス・シリュルニク、アラン・ド・ボトンといった面々。対談とかインタビューって難解なところは相手が「つっこみ」を入れてくれるからかなり読みやすく、長くても10ページくらいの抜粋だから個別にはとても読む気もせずよしんば読んでもちんぷんかんぷん、みたいな人たちの思考の一端に気軽に触れることができて良かった。表現が悪くて申し訳ないけれど待合室とかトイレとかにあるとちょっと良い感じかもしれない(笑)



お好み焼きの物語 執念の調査が解き明かす新戦前史 

昔、Kindle限定で出ていてプライムで無料で読んで面白かったものが大幅な加筆修正されて出てきたので購入して再読。大昔のことを少ない資料から類推して記述していくのと真逆で膨大なお好み焼きに関する資料を踏まえてその発展の歴史を紐解いたもの。ソースの変遷などもあってかなり面白い。そして何より感心させられるのは本作が、恐らく今日的な手法なのだろうけどネットなどを中心に資料を読み解き整理していくことで成立していることでいわゆる従来型の取材などは行われていない、ということだろう。ノンフィクションというと関係者の取材の量がまずは、みたいなところがあるように思うけども極端にいうと引きこもりでもできる、という点で新しいノンフィクションなのかなという気がする。もちろん内容もかなり面白くておすすめできます。



脂肪の歴史 (「食」の図書館) 

食関係の素材だったり調味料だったり、何か一つを取り上げて深堀りするこのシリーズに「脂肪」があったので手にとってみた。肥満の一番の原因として忌み嫌われる脂肪だけども、これは別の本でも読んだことがあるけど例えばウサギの肉など脂肪がすくない肉だけを摂取すると人間というのは「ウサギ飢饉」というタンパク質中毒になってかなり酷い死に方をするらしい。その価値がわかっているからなのか太古から現在に至るまで狩猟民族に於いては獲物の脂肪が最も重要とされたし、遊牧民族や農耕民族においてもバターやオリーブオイルなど獲物の脂肪を代替するものが珍重されてきた、そして脂肪が悪とみなされるようになったのはごく最近のことなのだ、ということが説明されている、食に興味のあるひとならかなり楽しめると思います。面白かった。



戦地の図書館 (海を越えた一億四千万冊) 

アメリカ軍は前線の兵士に本を届けるということを組織だって実行していたらしくその記録。もともとはナチスが自分たちの意に沿わない本を燃やしたことへの抗議から図書館を中心に既存の本を届けるというプロジェクトだったものが前線でも兵士が持ち歩きやすいようにコンパクトな「兵隊文庫」として整備され実に一億4千冊が配布されたのだという。とにかく精神論で飢餓状態で弾もないのに闘え、といった我が国の軍隊とは違って、兵士が良いコンディションで闘えるように、ということを追求する米軍らしい話かなと思いました。戦地に届けられる備品の中で、もちろん飢餓などには無縁だからというのもあるけど本が一番人気があった、というのも興味深い。よりよい状態で人殺しができるように、という目的である、ということさえ気にならなければかなり面白い作品だと思います。面白かった。




森の中に埋めた (創元推理文庫) 

邦訳が出るたびに手にとっているドイツのミステリシリーズ。毎回書いてるんだけどこのエピソードが好きで...ソーセージ職人と結婚した作者が夫の店を手伝う傍ら趣味で書いて店頭に置いていたものが出版社の目に止まっていまでは大人気シリーズになっている警察小説。大都市フランクフルトの近郊の街を舞台にもともとその辺りの領主を先祖に持つ貴族階級出身の男性警官とそのパートナーの女性警官を中心としたシリーズ。思えば最初の頃はドイツ人で固められていた警察も気がついたらトルコ系やシリア人の刑事がいるのはどこまで現状を反映しているのだろうか...。さて、本作ではキャンプ場でトレーラーハウスが爆発し男の死体が発見される。そのトレーラーハウスが男性警官の知り合いの母親の所有でその母親も殺されて、爆発を目撃していたと思われる青年も男性警官の知り合いの息子で...といった具合に周囲の人間が次々と不審死を遂げて...という話。あることがきっかけで村の秘密が暴かれて...みたいなのってミステリでは割とよくあるシチュエーションかと思うのだけどそこは手練の作者、かなり面白く読ませてくれます。登場人物がかなり多くあまり馴染みのないドイツ人の名前がたくさん、というものでも平気、という人にならお薦めできる作品でした。


ナチスが恐れた義足の女スパイ-伝説の諜報部員ヴァージニア・ホール

市井の立派な人の伝記もの、かな。欧米ではそこそこ有名らしいのだけど、ナチスがフランスを占領した時代に最初はイギリスの特殊作戦部に所属して、次にはCIAの前身OSSの要員として義足というハンデを持ちながら単身フランスに占領しレジスタンスへの武器供給を中心に時に捕虜の脱走を主導するなどして活躍したアメリカ人女性がいたという。本人は外交の世界で活躍することを目指し語学を始めとした教育を受けるのだけど当時のことで女性には大した役職は回ってこない。在外公館の下働きに甘んじることができない彼女は戦争に身を投じる事で本願成就を図るのだけど...とてもものすごいことですごい人もいるものだと大いに感心させられ、また興味深く読んだのだけど、どうしてもフランスの開放やナチスのイデオロギーへの抵抗よりも、個人的なスリルの追求のほうが大きかったのでは...という気もした。片脚が義足であるにも関わらずナチスから逃れてピレネー山脈を歩いて越えるなど超人的な活躍はすごく興味深く読んだのだけどどうしてもその点が引っかかって。でも大変面白い作品であることは間違いないです。良かった。



フォト・ドキュメント 世界を分断する「壁」 

トランプが不法移民対策としてメキシコとの国境に壁を作る、と言ったときにはなんと馬鹿なことを言うんだと思ったのだけど、ふと前から壁があったような...と思った時にちょうど目についたので手にとってみた。やはり随分前から壁があって場所によってはかなり立派な。そして自警団的に休暇を利用して国境警備をしている一般市民までいる。トランプみたいにtwitterで言わないだけで例えばオバマ政権のときも160万人以上を壁のところで捕まえて阻止している。ほぼ同じ民族、文化を有する人たちを分断する物理的な壁ってバカバカしいと思うのだが本作のようにたくさんの写真まで掲載されるとその思いが更に増す。有名どころでは38度線、イスラエルの入植地、北アイルランド、マイナーなところだとキプロス島、モロッコが西サハラに敷設したもの、そのモロッコにスペインが飛び地を主張して敷設したもの、インドがカシミールに敷設したもの、同じくインドがバングラディシュとの国境に張り巡らせたものなど。分断のばかばかしさと不条理さを理解するにはうってつけの作品だと思います。


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