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2021年7月に読んだ本

真説 日本左翼史 戦後左派の源流 1945-1960 (講談社現代新書) 

タイトルと真っ赤な表紙に惹かれて。個人的に全体主義が嫌いなので左翼的なものも好まないし内ゲバやテロ行為をする人たちというイメージもあって嫌悪感すら持っているのだけどそれ故にちゃんと学んだことがなかった。最近、資本論が注目されたり欧米でも格差問題を扱ったベストセラーが出るなど左翼的な主張に注目が集まっている気がしていて、日本の左翼活動は何ができて何を間違ったか、を理解していないとおかしなことになるのでは、と思ったこともあって読んでみたのだけどまさにそういう目的で出されたものらしい。戦後、収監されたり迫害されていた共産主義者や社会主義者が広報活動できるようになり共産党や社会党を結成、自民党と社会党のほぼ二大政党制みたいな時期、いわゆる55年体制ができるところまで、が本作でカバーされている。一時期は最大野党であった社会党がなぜ今見る影もなく落ちぶれてしまったのか、かなり特殊な思想団体と思われた共産党がソビエト崩壊にも関わらず今でも一定の勢力を保っているのか、などが語られている。高校時代に既に社会党の下部組織に所属していた佐藤優とNHK記者として左翼系の取材を重ねてきた池上彰の2人はこのテーマを語るにはうってつけで他の対談よりも活き活きしているような気がした。共産党特有の弁証法(個人的には弁証法なのか?という気がするが)による無謬制というか、の危険性についても説明されておりかなり充実した内容。早く次作が読みたい。こういう作品に対しては珍しくそう思っています。面白かった。


人間の経済 (新潮新書) 

この人が奨めるのだから間違いなかろう、ということで経済は苦手なのだが手に取ってみた。東京大学から36歳でシカゴ大学の経済学部教授になりベトナム戦争への反発もあって東京大学の教授に転じられて長く経済学の第一線で活動されてこられた方で風貌も特異なことから自分には理解できない難解なことを話される方、という決めつけをしておりこれまで触れたことがなかったのだがここまで分かりやすい話をされる方だとは思ってもみなかった。元々は数学者になるはずがより社会の問題に関わりたいという意向で経済学に転じられたという経歴らしく、公害問題や環境問題に対し具体的な関与をされて来られたところも素晴らしい。「富を求めるのは、道を開くため」というのが経済学者としての基本的な姿勢とのことで同じシカゴ大学の経済学者フリードマンをはじめとする市場原理主義とは一線を画す考えを提唱、実戦されようとして来られたようで本作品でもいくつかの印象深いエピソードが紹介されている。いわばSDGsのような言葉ができる前からそのような考えを提唱されてきたわけで不学を恥じたので著作をいくつか読ませてもらいたいと思いました。お酒が好きでアドバイスを求められたローマ法王に対して酒の勢いもあって説教をしてしまったなど人間臭いエピソードも魅力的。面白かった。これはおすすめです。


本当に君は総理大臣になれないのか (講談社現代新書) 

田舎の生まれ育ちなので政治家というと地域のボスがなるもの、というイメージだったので東京に住んで選挙公報とかを見てスペックが高い人が多いことに驚かされた。本作品も東大法学部を出てキャリア官僚から政治家に転身した人物のドキュメンタリー。同名で映画にもなったみたいで店頭でプッシュされていたので興味を持った。四国のパーマ屋さんの息子で特に地盤や財産があるわけでもなく公立高校で野球にも取り組みながら現役で東大の法学部に入り「役人になって世の中の役に立て」という父親の言葉に従う形で自治省に入り、公務員の限界を知ってより世の中のためなろうと周囲の反対を押し切って政治家になった、という人らしい。選挙区には世襲議員で現役のIT大臣がいることもあってずっと比例復活で代議士活動しているらしい。この人の凄いところはきちんと政策があってそれは文書化されており(入手は難しいみたいだけど)本作でも「かなり練った政策だから簡単にブレないしなんでも聞いてくれて構わない」と言い切っている。かなりの理想論、という印象ではあるが政治家が理想を語り役人が実施を担うと考えるとこれぐらいの理想論でいいのかもしれない。政策だけではなく実現へのマイルストーンも公表しているところも素晴らしい。またTwitterで千本ノックと称して指摘や質問、そして攻撃にも回答していく、ということもずっとやっていて実際に見てみたけどもかなりの切れ味と真摯さだと感じた。選挙の前だけ駅前に現れて自分の名前を連呼するだけ、みたいな政治屋が多いけれども日頃から真摯に活動している人をこそ応援したい。その意味では個人的には同調できない立憲民主党の所属議員ではあるけれどこの人のことは今後も注目していきたいと思った。代議士なのに安アパートに住み続けてひたすら正論を吐き続ける、近くにいたらしんどいだろうけどこういう議員がいるということは日本の政治も捨てたものではない、とも思わせられた。面白かった。


生物はなぜ死ぬのか (講談社現代新書) 

タイトルに惹かれて手に取ってみたのだが…最初に断っておくとかなり分かりやすく説明してくれているのだけど生物の成り立ちを説明してくれている前半は正直なところピンときたとはいえない。リボゾームがどうとかDNAの構造がどうとか。なんかいまいちピンと来ないんだけどこれには作者に責任は全くなくこちらの前提知識の問題だと思う。しかしなぜ地球上にはこれだけの種類の生き物が存在しているのか、なぜわざわざ生殖のために性行為みたいなめんどくさいことをしなければならないのか、など不可思議に思っていたことにある程度の回答を頂けたような気がした。多くの魚類や昆虫などはだいたい生殖が終わった瞬間にそれまでピンピンしていたのがころっと死んでしまうようでそれはそれで羨ましいことではないかと思ったりした。生まれてからある程度成長するまで世話を必要とする哺乳類、特に人間は老化してから不具合が諸々出てきたのちに死ぬわけだが、どうやら老化とはどういう要素で起きるのかなどもかなり研究が進んでいるようで不老不死とは言わないまでも老化とそれに伴って起きる癌などの不具合についてもかなりのところまで解明されているような印象を受けた。これだけの研究者がこのまま何もしなければ人類はあと百年程度で滅びるかも、とさらっと書かれていたりして恐ろしい。かなり興味深い内容でもっとよく理解したいのでまた読み返してみたいと思います。よく分かっていないなりにそれはそれで面白かった。


第三帝国を旅した人々:外国人旅行者が見たファシズムの勃興 

第三帝国を旅した、とあるが実際には第一次対戦後のワイマール共和国時代辺りからドイツを訪れた主に欧米の人たちがナチスの興隆をどう見ていたのか、についてまとめたもの。あのような異常な世界はある日突然ではなくじわじわと成り立ったものだろうとは思うのだけどそのじわじわ感を知りたかったので手に取ってみた。何より驚いたのは当時のドイツを訪問したアメリカ人、イギリス人の多さ。同じゲルマン人のアングロサクソン族とチュートン族という部族違いという親近感があったようで第一次大戦を同じ側で戦ったフランスよりもよっぽど親しみを感じていたという。音楽、哲学など高い文化に触れるためという理由もあって多くの人が訪れ、ドイツの側もナチスがどんどん権力を握っていくのだけれどその過程においても外貨を得る目的もあって観光客を熱心に集めていたという。実際にドイツを訪問したバプティストのマイケル・キングという牧師などは感激のあまり自分と息子の名前をマルティン・ルターに改名したという。ちなみにマルティン・ルターはアメリカではマーティン・ルーサーと読む。ナチスですら初期においては観光客にフレンドリーで強制収容所まで見学させていた〜ただしその目的は共産主義者の矯正という名目〜そうでユダヤ人排斥などは不気味なムーブメントと思いつつ、そそて自分たちもそもそもユダヤ人に好意を持っていないこともあってあそこまで酷いことになっているとは誰も思っていなかったらしい。共産主義者を死刑にせず矯正させようというのは文明的という評価すらあったほどどだという。タバコも吸わず酒も飲まずポルノを排斥する総統が悪い人であるはずが無い、という当時の観光客のコメントには考えさせられた。ナチスは政権を握った直後にオリンピックを成功させるのだが期間中はユダヤ人排斥を感じさせないようにして黒人も公平に扱って彼らを感激させる。しかし母国再訪のためにオリンピック終了後もドイツに留まったアメリカ代表のユダヤ人選手が途端にレストランにも入れなくなるなどすぐに馬脚を現してしまう。結局チェコスロバキア併合まで欧米諸国はおかしなことになっていると思いつつも誰も危険な状態に気がつかなかったわけだがじわじわとおかしくなっていく状況が多くの人の証言で明らかになっていくところが素晴らしい。欧米人だけではなく中国からの留学生の手記なども丹念に取材しておりかなりの労作だと思いました。ページ数も多く簡単に読める作品ではないけどもこれはおすすめです。


ねこむかしばなし 

古今東西のいろんなお話に猫要素をプラスしてみました、という作品。かわいいというよりどちらかというとシュールな作風という感じ。万人受けするのか分かりませんがハマる人はハマりそう、そういう感じ。面白かった。


南北戦争-アメリカを二つに裂いた内戦 (単行本)

BLMの時に、内戦までしたのになぜ奴隷問題が解決していないのかということと、偏見で申し訳ないのだけど…そもそも白人が黒人奴隷を解放するために内戦までするのかな、ということが気になったので。そもそも南北戦争について殆ど知らない、ということに気がついたので入門書みたいなものを捜してみた。まず何よりも驚いたのは第二次大戦やベトナム戦争よりも南北戦争の方が圧倒的に犠牲者が多い、ということ。これについては兵器の問題、つまり手榴弾や迫撃砲や航空戦力がないところに銃だけはライフルが量産されて命中精度が上がっていて結果的に水平にお互い撃ち合う、という戦闘にならざるを得なかったかららしい。時代的に少し前であれば刀や精度の低い銃が主要な武器なので結果として極めて残酷な戦争になってしまったということが分かった。不勉強ぶりを晒すようで恥ずかしいがそもそも当時のアメリカでは南部の大農場主を中心とした民主党が支配的な勢力であり、それに対抗する勢力が共和党を結成しリンカーンという稀代の政治家を中心に台頭してきた、ということが問題の発端であり、共和党が南部の大農場主に対抗するための一つの方策として打ち出したものが奴隷解放という概念である、ということらしい。分離独立を唱えた南部の大農場主は圧倒的に人数が少なく、分離独立を認めさせる主要な相手がイギリス、フランスで既にどちらも奴隷解放していたことから最初から南部に勝ち目のない戦争であるということを最初に喝破したのが軍事評論家として当時定評があったマルクスとエンゲルスだったというところも興味深い。作者も書いているが南北戦争辺りからの歴史を学ぶことがアメリカという国家を理解するためには必要だということが分かった。非常に参考になりかつ面白かった。


鬼火(上) (講談社文庫) 

もはや大家といってもよいミステリの大御所の邦訳最新。デビュー作から邦訳は全て読んでいるがこれが33作目だとか。メインシリーズであるハリー・ボッシュものなのだけどベトナム帰りという設定の刑事なので本作ではもはや古希。ロス市警を不幸な感じで辞めて暫く小さい街の予備警官をやっていたがそこも辞めることになり現在は異母弟の弁護士を手伝うかたわら現役の夜勤刑事バラードと非公式のタッグを組んで主に未解決事件に取り組んでいる。本作では新人時代のメンターが亡くなりその未亡人から個人が自宅に持ち帰っていた殺人調書を託される。それは路地裏で殺害された麻薬中毒の若者の事件で故人が何に関心を持っていたのか不明なまま事件に取り組むことになる。一方、判事の殺害事件で異母弟が無罪を勝ち取るのだが調査に協力したことで古巣のロス市警から非難されることになってその真相究明に取り組むことになり、更にはバラードが関わっているホームレスが焼死した事件も以外な展開を迎え、ということで三つのそれなりに入り組んだ事件の捜査がこんがらがることもなく進んでいくところはやはり見事。ものすごく面白いのだけど…途中で放り出された箇所があるような気がしてどうにもすっきりしない。ざっと読み返してみたのだけどやっぱりどこかおかしい気がする。少し間を置いて再度最初から読んでみようと思うけどそんな感じ。面白いことは面白いし、このボッシュとバラードのシリーズは今後も楽しみなんだけど…どうにも気になる。


刑事失格 (ハヤカワ・ミステリ文庫 マ 18-1) 

もともとは洋物ミステリ好きでそういうのばかり読んでいたのに最近ご無沙汰してるなということでちょっと手に取ってみた作品。かって「何も見逃さない男」とマスコミに讃えられたこともある刑事が主人公。不幸な事故で妻子を失ったことから酒浸りの日々を送っている時にたまたま知り合ったストリッパーから暴力を振るうボーイフレンドを懲らしめてほしいと頼まれ一発かますのだが翌日呼び出された殺人事件の被害者がその男。自分が殺したのかはたまた…と悩む主人公。同時に明らかにリンチ殺人と見られる事件が発生し、一方で自分が殺人に関与したのではと悩みつつもう一方で凄惨なリンチ殺人にも挑む羽目になる、という物語。殺されていた男がネオナチ、リンチ殺人の犠牲者が黒人、という設定で舞台が南部ということでいまどき感もあるのだけど…なんというか諸々残念なところが散見されて。まず酒びたりの設定が甘い。殺人現場にきちんと出動してちゃんと前夜に自分が殴った男と認識するとこからして不自然なのだけど二つ目の時間捜査の途中で家中の酒を唐突に捨てたり。そんな簡単なもんじゃないと思うしそんなに簡単にやめられるのなら単に自己憐憫に浸ってただけのようにも見える。リンチ殺人の方もカルト感が中途半端というか…ということで悪いところばっかり書いたけどこれがデビュー作ということで設定は悪くないし魅力的な登場人物も書けているので次に期待、という感じがしています。


消失の惑星【ほし】 

これは完全にカッコいい表紙とタイトルにやられた。アメリカの作家なんだけどロシア文学に惹かれカムチャッカの街…あんなところに街があるって個人的には凄く意外だった…に実際暮らしていたという冷戦期には考えられない経緯を経て産まれた作品なんだとか。物語の入口は凄くシンプルで海岸に遊びに来た幼い姉妹が何者かに拐われるところから始まる。この作品が普通でないところは誘拐に続く章がどれも事件には直接タッチしない形で進んでいくところでいずれも女性を主人公にした物語がいくつかポツポツと進んで行って、それらはなんとなく誘拐事件に触れたりはするのだけれども基本的には独立して読める短編であったりする。そして気がつくと序章に繋がる最終章に突入する、という形で実験的といえばそのとおりの極めて奇妙な物語になっている。作者の凄みは実験臭を感じさせずに純粋な物語として読ませてくるところであっさりしてるように見えてこれはかなり試行錯誤を重ねた結果なんだろうな、と思わせられた。気になってカムチャッカのことを少し調べてみたのだけれど山と深林に阻まれて陸続きに半島から出ることができず水路か空路を使うしかないらしい。不凍港があるため昔からソビエト海軍が基地を置いていたこともあってロシア人の入植者も多かったのだけどソビエト崩壊でかなりの人口流出があって、というかなり特殊な環境であるらしい。そんな特殊な環境も物語に反映されているのだろう。非常に面白く興味深い作品でした。


密やかな結晶 新装版 (講談社文庫) 

この人が薦めるのだから面白いはずと捜した本が見つからず…の時に有名な作家さんなのにそもそも読んだことが無いなと思い、何か一作と背表紙の情報だけで手に取ってみた作品。正直なところここまですごい作家さんだとは思っていなかった。舞台となる架空の島では次々とモノが消滅していく…この消滅の仕方が物理的に無くなるのではなくて人々の記憶から抜け落ちていく、というもので記憶から抜けてしまったものを人々が消滅させる…というか消滅させられる。例えばある花が「消滅」すると人々はそれが何かわからなくなってしまい、そのモノは物として存在するのだが意味をなさなくなるため破却しなければならない。このならないというところもポイントでまとめて燃やしたり川に流したりするわけだがそれを怠ると秘密警察の取り締まり対象になってしまう。記憶をずっと保持できる人もいるのだがそういう人たちは秘密警察に連行されて…という物語。こんな分かりにくい設定〜自分の説明が下手なだけではないと思う!〜の荒唐無稽な物語をこんなに自然に読ませるというのは只者ではない気がする。イデア論とか実存主義とかそういう哲学的な深い背景があるような気もするがそれが鼻につく感じもなく物語世界に引き込まれててしまった。マッカーシーとかオースターとか欧米の作家のデストピアものとは一線を画す静かな物語。素晴らしかったです。不学を反省し、他の作品も読んでみたいと思いました。


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