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2021年6月に読んだ本

ブルースだってただの唄 (ちくま文庫) 

これはもうタイトルにやられた。かなり前(1980)に出た作品みたいなのだが最近になって文庫化されたようで店頭でタイトル見たら読んでみたくなった。翻訳を生業とし当時アメリカで暮らしていた作者が何人かの黒人女性にインタビューを行ったもの。黒人であり女性であるということは二重に抑圧された存在である、という切り口で刑務所の心理学者、ケーブルテレビ局のオーナー、ソーシャルワーカー、囚人、街で暮らす百歳を超えた老婆、などに対する聞き書き。どういう生い立ちでどういう酷い目にあってそれをどう跳ね返したのか、または、跳ね返せなかったのか、が綴られている。特定の人種と性別にのみ焦点を当てた作品で今なら逆に世に出せないのでは、とも思った。自分たちが少し前までは奴隷であったために劣った存在と思っていたのだがジェームス・ブラウンに代表されるムーブメントでいかに勇気をもらったか、など非常に興味深く読んだ。タイトルにもなっているフレーズは心理学者が昔たまたま耳にして忘れられない言葉ということで少し長いけども引用する。果たしてこんな逞しさが自分にはあるだろうか。非常に興味深い作品。おすすめです。
「ブルースなんてただの唄。かわいそうなあたし、みじめなあたし。いつでも、そう歌っていたら、気がすむ? こんな目にあわされたあたし、おいてきぼりのあたし。ちがう。わたしたちはわたしたち自身のもので、ちがう唄だってうたえる。ちがう唄うたってよみがえる。」


考える、書く、伝える 生きぬくための科学的思考法 (講談社+α新書)

一度だけ近くでお話を伺う機会がありFacebookでもお友達になって頂いている高名な先生の作品。こういう間違って本人の目に入る可能性があるものについては感想書くのやめようかとも思ったのだが内容が素晴らしかったので…。先生が勤務されている大学で実際に行われた講義を元にまとめられたものでその講義の目的はタイトルにある通り。ある事柄を科学的に捉えて理解し、それを他者に伝える方法を指導するというもの。自分は文学部を出ていて科学的とは程遠いバックグラウンドなのだけど非常に興味深く読んだ。まず何よりも感じたのは大学に入って最初にこういうことを教えてもらえる生徒は幸せだな、ということ。論文の書き方とか思えばちゃんと教えてもらえてない、もしくは学べていない気がした。だいたい講義のレポートにやっつけで対応して卒論もなんだか…という感じだったので...正直いうと卒論に関してはもっとちゃんと書きたかったな、と今でもかなり後悔している。自分は文学部で卒論も古典作品に関するものだったわけだがこの作品で説明されているような手法を知っていればもう少しマシなものが書けたのでは、と思う。もちろん思索が一番重要だけど本作で示されているような一つの雛形というかテンプレートのようなものがあって、いわばコツのようななものがあった方がはるかにやり易いことは言うまでもないだろう。そしてここで書かれているようなことは社会に出て報や説明を行う際にも大いに役に立つに違いない。学生さんたちの実例も載っていてやはり良い大学の学生さんは優秀だなと感心した。願わくば半ばリタイアしたような今ではなくもっと若い頃に読みたかった。理系文系問わず大いに参考になる内容。おすすめです。


すべて真夜中の恋人たち (講談社文庫) 

この作者のことをある人が手放しで天才と褒めちぎっていたので何か一作読んでみようと思い本屋さんで裏表紙をいくつか見てみた結果、自分から一番遠そうな作品にしてみようと思って恋愛小説のこれを手に取ってみた。タイトルからして何かスタイリッシュな作品なのかと思ったのだけど…主人公はフリーで校閲をやっている女性。凡そ世の中のことにあまり興味がなく日中は部屋に閉じこもって出版社から回ってくる現行の粗探し…というか校閲作業を行い仕事終わりには安酒をあおって眠るだけ、という毎日を送っている。その彼女がふとしたことから出会った男性に惹かれていき…という物語。主人公にほとんど共感できず出てくるエピソードも冴えないものばかり。しかもめんどくさい長台詞がけっこうな頻度で出てきたりで、どういう読者に向けてこういう作品を世に出しているんだろうとすら思ったのだが…それでも続きが気になって読み進めてしまい最後にはこういう展開!?となったのでやはり力のある作家なのだろう。なんだろう…ちっとも明るい話ではないのに読後感も悪くなくむしろ希望を感じた。そういう意味ではやはり天才なのかもしれない。機会があれば他の作品も読んでみようと思う。


謙信越山 (JBpressBOOKS) 

上杉謙信といえば武田信玄との川中島の戦いが有名だけど、最近になって謙信が小田原城を包囲したことがあると知り、わざわざ新潟からご苦労なことだ…と思ったら生涯十数回に渡り三国峠を越えて関東平野に攻め込んでいるということが分かって俄然興味を持ったので手に取ってみた。この関東進出を「越山」と呼びあの田中角栄の後援会もここから名前を取っているのだとか。不覚にも読むまで全く関連性に気がつかなかった…。つまり謙信は武田信玄よりもその頃関東平野に進出していた小田原の北条氏康と死闘を繰り広げていた訳で、当時は今のような米どころではなかったにしても港湾都市が栄え、鉱物資源にも恵まれた経済的には侵略などしなくても良いはずの越後の主がなぜ関東平野に異常なエネルギーを注いだのか、についての考察が述べられている。一説には農閑期の略奪が目的、という説まであるとのことだが…時の関白の関東下向やそれに先立つ謙信の上洛と足利将軍への目通り、などを踏まえて説得力のある説が展開されており非常に楽しんで読めた。歴史小説好きな人には強くおすすめします。


闇の盾 政界・警察・芸能界の守り神と呼ばれた男

山口組の作品を手に取った時に並べて売り出されていた作品。これも言わば闇の世界の大物が書いた回想録ということで興味を惹かれたので手に取ってみた。作者は長野の高校を卒業後に警視庁に入り機動隊で活躍するも将来に疑問を感じ警察を辞め、実業の世界に入った時に元警視総監の参議院議員秦野章の私設秘書となりそこで得た人脈や経験を活かして危機管理会社を経営、暴力団の組長から企業の経営者、果ては芸能人に至るまでのトラブル解決屋として活躍してきたのだという。作者の会社は電話番号非公開、ホームページも無く紹介制で年会費二千万ということなのだが多くの顧客を抱えているのだそうだ。作者の一番の功績として多くのページが割かれているのがバブル期のエピソードで、暴力団上がりの仕手筋に食い物にされつつあった日本ドリーム観光に秦野章から指示されて副社長として乗り込み闇の勢力の排除にあたったというもので数々の興味深いエピソードが描かれている。ということで最初は面白かったのだが読み進めるうちに要は一部の政治家や高級官僚、資本家たちがいかにずる賢く自分たちだけ特権と利益を得たのか、という物語であることに気がついてどんどん不愉快になった。そもそもがろくな担保も持たない作者が議員の口利きで多額の融資を受け都心にビルを所有するに至り、その収入で議員の交際費を全て賄っていたことがまるで美談のように語られている辺りから頭の中に疑問符がチラつきだし銀座で豪遊していて作者がバブルの崩壊で危機に陥ったあたりではザマみろとすら思ったほど。心の広い方は楽しく読めると思いますが自分は無理でした。


BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相 

この事件に非常に興味があって出版されるなり入手して読んだ。いっときかなり騒がれた医療系スタートアップの破綻にまつわる物語。幼い頃から起業し金持ちになる、という目標を持った女性がスタンフォードに進学し学問よりも起業を、ということで予定していた学費を注ぎ込み大学を中退して医療系スタートアップを創業する。母親が極度の注射恐怖症で自身も苦手意識を持っていたので指先を突いて採取した数滴の血液からあらゆる病気を分析する機器を開発する、という目的を掲げたこの企業は瞬く間に全米の注目を集め、ヘンリー・キッシンジャーやジョージ・シュルツといった大物政治家を取締役に迎え、多額の資金を集める。しかし実際には機器が開発できず、一方でいくつかの提携を結んで成長プランを公表してしまったことからあたかも画期的な機械が開発できているかのように装いだして…という話。数年前にはスティーブ・ジョブスの再来と称えられたこの創業者のことはかってWiredで賞賛されている記事を読み感心していたのだが試しにWikipediaで検索したらアメリカの著名な詐欺師、と出てきてその転落ぶりに改めて驚かされた。元々は本気で画期的な機器を開発しようと思っていたのだろうが持て囃されるうちに開発の実情を明かすことが出来なくなり…社内で疑問を口にした者を即座に解雇したり、守秘義務を盾に退社後も圧力をかけたり、社内でも情報の分断を図ったり、専門知識を持たない自分の恋人を関係を隠して経営陣に加え専制的な社内統治をさせたり、という行為に走った挙句に全てを暴かれるという最悪の結末に至る経緯が多くの証言を元に生々しく描かれている。ジョブスの真似をして一年中タートルネックを着るために社内の温度を18度に設定していたそうでその伝説的なリーダーシップを猿真似したのだろうが、医療系というところが致命的だったのでは、という気もした。とにかく面白い作品。おすすめです。


喰うか喰われるか 私の山口組体験 

正直なところ作者については暴力団もの専門ライターと思っていてまともに先品を読んだことがなかったのだけど「食肉の帝王」を読んで感銘を受けたのと本作の世評も高いので手に取ってみた。山口組のルポタージュで世に出て、その後にいくつか書いた内容の一つが気に食わないと山口組から攻撃を受けるハメになり自身はもとより息子までが刺されて怪我をし、果ては出版社まで襲撃される事態を招いたというある意味かなり腹の据わった書き手が取材相手である暴力団とどう付き合い、どう取材してきたのか、をまとめた作品。かなりあけすけに人物評価も書いてしまっており〜評価が高いのは竹中四代目とその兄弟、評価が低いのは渡辺五代目と宅見若頭、中野会会長、山健組の先代、当代、司六代目、などなど要は竹中以外のほぼ全員(笑)〜普通はどういう報復があるか分からないので怖くて人前で口に出すのも憚られるような内容もあけすけに書いてしまっている。そりゃこんなこと書いてたら刺されるよ、という感じだが、だからこそ貶されている相手にも一目置かれるに至った感じがよく出ていて非常に面白い。リアルタイムに一和会の分裂や四代目の暗殺事件、宅見組長暗殺事件、五代目の追放などを報道では知っていたものの事件の背景や真相などはよくわからないと思っていたのだが本作を読んでなるほどそういうことだったのか、と腑に落ちた感じがする。思えば暴力団が白昼堂々と抗争や暗殺、果ては気に食わない一般人まで襲撃するというすごい時代があってどこか作者もその時代を懐かしんでいる、そういう印象を受けた。今の若い人にどこまで響く内容なのか疑問だがリアルタイムに報道に接していた年代の人にはかなり面白い内容と思った。


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