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2021年4月に読んだ本

ギックリ腰で読書もあまり進まず感想文とか聞く気にならなかった四月…ようやく癒えたので遅ればせながら。

哲学と宗教全史

出た時に話題になってたので買って積読にしといたやつから。タイトルどおり哲学と宗教の通史であるためけっこうなボリュームで身構えていたのだが極めて分かりやすい記述で最初は拍子抜けしたくらい。作者が優秀なビジネスマンということもあってか、とにかく記述が簡潔でわかりやすい。新説の類は一切なく最初は知ってることばかりだな…と思ったのだがそれ故の凄みのようなものが感じられて最後は圧倒された、という感じ。個人的には人間がよりよく生きるためにはどうすれば良いのか、を突き詰めて考えるのが宗教と哲学であって神という要素の有無が両者の違いになる、という理解をしているのだが恐らく作者も同じ考えだと思った。哲学から派生した自然科学が万能のように思われている風潮があるが科学が解明できていないことの方がまだまだ多いと思っていてむしろ人工知能であるとか科学が発展している今だからこそ何が正しいのか、を考える哲学や宗教の重みは増していると思う。あくまで入門書として書かれているため、推薦図書もきちんと書かれていて素晴らしい。類似の目的の書籍はいくつか読んだのだけど出色の出来だと思う。できれば若いうちに読んでいたかった、と思った。素晴らしかった。
ちなみに…重いのが嫌なのでKindleで買って読んだのだけど各章の扉に見開きの図があってこれが見にくいので興味があってこれから入手を考えられている人には紙の本を勧めます。

地図になかった世界 (エクス・リブリス)

この作品は数年前に一度読んでいるのだけど流し読みというかちゃんと読めていなかったという思いがあり後悔が残っていたために再読した。南北戦争前の南部のある郡で一番の有力者である白人農園主に所有されていたある黒人奴隷がコツコツと金を貯め、まずは自身、続いて妻の、最後に息子の身分を順次買い戻して自由民となるのだが、最後まで残された息子が白人農園主に気に入られて農園の一部を格安で譲られ、自身も農園主となる。黒人ながら農園主として同じ黒人を奴隷として所有していく息子と息子のことをどうしても許せない父親、同じ黒人に奴隷として所有される者達の物語。早い段階で若き黒人農場主が病死してしまい若い妻が奴隷達と共に残される。そこで何か大きな変化が起こるのかというとそうではなく、それでいて関係するみんなに少しずつ変化が生じていき、という展開。黒人の黒人奴隷所有者は歴史上、実際に何人か存在していたらしい。南部の奴隷をテーマにした作品では往々にして白人農場主と黒人奴隷、という関係が語られると思うのだが所有者側も黒人にしたことでより複雑な物語となっている。特に主人公を設定せず登場人物全ての物語をそれぞれ語っていくことで大きな流れを作っている作品なので途中まではかなり読みにくさがあるのだけれど慣れると作品は世界に引き込まれてしまう、そういう印象。やはり凄い作品だった。

幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む (幻冬舎新書)

伊庭八郎ってどれくらいの知名度なのか分からないけど自分も数年前に知った人で幕末の幕臣で最後は新撰組の土方歳三と同じく五稜郭で戦死した人らしい。その彼が亡くなる五年前に時の将軍家茂の上洛に伴って講武所師範の父と共に警護役として京都に滞在していた時の日記について書かれた作品。家が剣術道場で自身も小天狗と称されるほど剣の才能があった八郎。征西日記と命名された日記はさぞや厳しいものであろうと思って読むと見事に肩透かしを食らう感じの呑気なもの。グルメ日記は大袈裟だけど、鰻屋に行っただのお汁粉食べただの友達と天ぷら揚げて食っただのといった記述のオンパレード。面白いのは現代人と同じく非番の度に金閣寺だ伏見稲荷だ清水寺だとしっかり観光しているところ。仕事と言っても要は時代劇でよくある「であえい!であえい!」と呼ばれた時に刀抜いてぞろぞろ出てくるあれだと思うのでたぶん座敷で刀持って座ってるだけと思われ、観光してない時はせっせと道場に通ったりしてはいるのだけど基本的には美味そうなもの食べたり本買ったりする至って呑気な日常で微笑ましい。ただ、歴史を知ってる者からするとこれからたったの五年後にこの呑気で陽気な若者が片腕を切り落とされるほどの重傷を負いながらも新政府軍と最後まで戦い抜いた挙句戦死するのだと思うとなんともいえない気持ちになる。間違ってもグルメ本だと思ってはいけない、その意味ではタイトルが不適切過ぎる、そんな印象。

二・二六事件―「昭和維新」の思想と行動 (中公新書)

五・一五事件の本を興味深く読んでこちらの事件についてもちゃんと読んでみようと思ったので手に取ってみた。1994年に出たものでかなり古いのだけど新書で今まで売り続けられているのはそれなりの内容なのかと思ったので。同じように時の首相をはじめ政府要人を暗殺するという立派なテロにも関わらず、殆どが微罪ですぐに主謀者達が釈放された五・一五事件と異なりこの事件では民間人も含めた首謀者達は事件の後すぐに銃殺刑に処されているのは何が異なるのかに興味があった。首相を暗殺できたのが不思議なくらいのドタバタだったように見える五・一五事件に比して同じくらい衝動的に決起したように見えるにも関わらずかなりの成果を上げているのは軍隊としての練度が上がっていたからなのか。作者が意図していたのかは分からないけども首謀者の青年将校達にかなり同情的な筆致が少し気になった。世相の悪さは天皇を輔弼する重臣達の悪政によるものでこれを力で排除して正しい世の中を作ろうという大雑把に言うとそういう動機なわけだが、あてにしていた天皇自身の激しい怒りをかったこととそれを目にした軍上層部が態度を硬化させたことが処分の重さを招いている、という説明であったように思う。個人的には動機はともかく結果としては立派なテロであり叛乱でもあるのだからあまり同情の余地は無いのでは、とも思うのだけど。興味深い作品でした。

大航海時代の日本人奴隷-増補新版 (中公選書 116)

織田信長の家臣になった黒人の話が最近取り上げられていたりするけれども同時代にかなりの数の日本人がポルトガルの商人によって奴隷として国外に連れ出されていた、という研究者による報告の作品。支倉常長に同行した者のうちの一部がポルトガルに残留し、その子孫の数家が日本人を意味するハポン姓を今も名乗り続けている、という話をどこかで読んだことがあるがそれとはスケールが違う。幾つかの国で裁判記録が残っていて日本人奴隷の存在が確認でき、それは東南アジアはもとよりポルトガル本国や南米などでも確認されるのだという。当時の奴隷契約などにイエズス会の裏書きなどが添えられているらしく、カトリックの汚点も明らかになっている。海外における日本人ということでは歴史の教科書にはタイの日本人街と山田長政とか倭寇は取り上げられているがこういう歴史があるとは思わなかった。キリスト教を禁止して海外との接触も大幅に制限した当時の施政者はこういう実態も知っていたのかも、と思わせられた。因みにアフリカと同じで奴隷として人を売っ払ったのは同じ民族である日本人という事実もあって白人だけを責めるわけにもいかない、ということも裁判の記録でわかったりする。諸々興味深い作品だった。

暗約領域 新宿鮫XI

なんだかんだでずっと読み続けてるシリーズもの。キャリア採用で本来なら若くして幹部になってるはずだが同期が掴んだ警察内部の醜聞騒ぎに巻き込まれた結果、警部のまま新宿署でずっと一刑事にとどめ置かれている男を描く、という設定のこのシリーズ。荒唐無稽とは思いつつ面白くて読んでしまう。前作で最大の理解者である上司を殉職という形で失い、恋人とも別れ、新たな設定でのスタートとなった本作ではあるヤミ民泊で麻薬取引が行われるというタレコミがあり主人公が張り込みするのだが目当ての部屋の近くで殺人があって、という話。新たに上司となったのはノンキャリの星の女性警官。あくまでルールに忠実であろうとする彼女は単独行動が許されていた主人公にパートナーをつける。一方、ヤミ民泊で殺された男を巡って公安警察と主人公とも関係のあった大陸の犯罪者も動き出し、ということでいろいろ新展開が盛り込まれている。この作品の良さは荒唐無稽な設定にも関わらず不自然さが感じられないところと今回のようにヤミ民泊であったり外国人犯罪であったりと新しい要素を上手く取り込んでいるところだと思う。今回も面白かった。


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