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NY駐在員報告 「米国の商用BBSの現状(その1)」 1995年5月

 この1年間に、アメリカ・オンライン(AOL)からオフィスと自宅に届いたフロッピー・ディスクの数 は7枚にもなった。一定時間無料でAOLにアクセスできる特典付のAOL専用のオンラインソフトが入ったフロッピーである(このうち2枚が Macintosh用である)。駅や空港の本屋でも売っているネットガイドの5月号にはインターネットのWWWにもアクセスできるソフトウェアが入ったプ ロディジー用のフロッピーがおまけで付いていたし、6月号にはAOL用のフロッピーが付いている。最近、米国の大手商用BBS (Bulletin Board System) は、新規ユーザ獲得にしのぎを削っている。インターネットの利用者も急速に増えている米国であるが、こうした努力もあって商用のBBSの利用者も伸びている。BBSのユーザ数は95年1月に約630万人に達したと推計されている。今月と来月は米国のBBSの現状について報告する。

BBSの歴史

 日本では通常パソコン通信と呼ばれるBBSは、コンピュータをベースにした電子掲示板システムであり、インタラクティブなオンライン・サービスとしては最も早くに出現したシステムでもある(パソコン通信の電子メールも、書き込みは自由であるが、読むユーザを限定した電子掲示板である)。BBSを開設するには、最低限、サーバーとして機能するホストコンピュータと発信・着信用モデムがあればよい。ホストコンピュータにはBBSサーバー用のソフトと電子掲示板に書き込まれる情報を記録しておくための磁気ディスクが必要である。小規模なBBSでは、個人の自宅に置かれたパソコンがサーバーの役割を果たしているケースが多いし、モデムとBBSサーバー用のソフトを組み込んだ専用のシステムも小規模BBS用に市販されている。こうした小規模なBBSのシステム・オペレータ(日本ではシスオペ、米国ではSYSOPと呼ばれる)にはコンピュータを趣味とする個人が多いが、最近では、有料のビジネスとしてBBSサービスを手掛ける業者も増えている。BBSの構築に必要な初期投資は、情報技術の進歩とそれによるコンピュータ等の価格低下によって、極めて少額ですむようになった。アマチュアが作るシステムならハード・ソフトを合わせて5000ドルもあれば十分すぎるだろう。

 最初のBBSが出現したのは、原始的なモデムの市販が始まった70年代後半のことである。初期のモデムは、性能が限られていた上に価格が高かった。例えば、300bpsのモデムは80年代に入っても依然数百ドルもしていた。従って、最初のBBSシステムは、大学や企業などに設置されたものが多く、ごく一握りのコンピュータの専門家が自宅のパソコンからアクセスするにとどまっていた。また、BBSで提供されるコンテンツも、ゲームなどの簡単なプログラムが中心だった。しかし、80年代に入ると、コンピュータ愛好者の間にモデムを使う人々が増え始め、ホビーとしてのBBS市場が誕生した。BBS数と利用者数は、モデムの高速化・低価格化に伴って次第に増加していった。シスオペは複数のモデムを設置して多くのユーザにサービスを提供できるようになったし、ユーザにとってはファイルのアップロードやダウンロードにかかる時間が短縮されたことで、BBSの利用価値が格段に向上した。

無論、モデムだけでなく、コンピュータやソフトウェアの技術的向上もBBSの発展に寄与した。ディスク 装置の容量が増え、価格が下がったことや、MPUが高速になったこと、90年代に入って光磁気ディスク装置が市販されるようになったことで、大容量の BBSが低コストで設営できるようになった。

 初期の頃のBBS用ソフトウェアはきわめて原始的であったため、シスオペがソフトウェアを手作りする ケースが多かった。しかし、BBSが全米に広がるにつれ、自分に合ったシステム構築ができる本格的なソフトがいくつかの業者によって開発されるようにな り、現在では、必要なハードウェアさえあれば、2〜3時間でセットアップができる便利なソフトも市販されている。

 BBSの分化が始まったのは80年代に入ってからである。「ビジネス向けサービス」「情報検索サービス」など、利用者層を絞ったサービスや、特定の種類のソフトウェアを専門に扱うBBSも誕生した。一方、初期からのスタイルを踏襲する一般向けネットワークとして、メンバー同士の連絡やソフトウェアのダウンロードに使われるシステムは、「コミュニティBBS」と呼ばれるようになった。また、モデムの高速化とデータ圧縮ソフトの普及によってグラフィックスの伝送が短時間にできるようになったため、ポルノグラフィのダウンロード・サービスも人気を集めた。

 こうして80年代も終盤にさしかかると、BBSをビジネスとして捉えるシスオペが増えていった。加入者から定期的に利用料を徴収するサービスが現れるようになり、特にアダルト向けBBSはこの方法で成功を収めた。もちろん、趣味のベースで継続されるBBSも数多く存在したが、営利目的のBBSの数は急速に増加していった。ただし、実際に利益を上げることは容易でなく、「ボードウォッチ」誌のジャック・リッカードは、「大容量のシステムの管理には膨大な手間がかかるため、個人が手掛けるBBSは軒並み赤字というのが現状」と指摘している。

 90年代に入ると、「企業BBS」という新しいトレンドが生まれた。企業が、顧客との連絡や社内における情報の交換のために、独自のBBSを設け始めたのである。たとえば、マイクロソフト社の場合、「ウィンドウズ」対応プログラムを開発する個人や業者に対し、開発支援ソフトのアップグレードや情報を提供したり、ユーザから製品に関する質問を受け付けたりするためにBBSを利用している。また、全世界の監査部門をつないでデータのアップロードやダウンロードを行うシティバンク社のように、本社と支社の間のデータ通信にBBSを利用する企業も現れた。
 シティバンク社の場合、導入以前は集計データを保存したフロッピーをフェデラル・エクスプレスでニューヨークの本部に送って処理していたが、BBSは、その手間と時間を節約する効果をもたらした。このBBSは、本部のLANとも連動しており、ニューヨークのスタッフは、手近な端末から簡単にデータにアクセスできるようになった。担当者によると、世界30ヶ所のオフィスを結ぶこのシステムの構築に要したコストは、合計でもわずか1万5000ドル弱(パソコン本体に約5000ドル、モデムに約1000ドル、回線のリース料として約6000ドル、ソフトウェアに約2000ドル)だったという。

 このような企業BBSも、各社に新たな収入源をもたらしているとは限らないが、消費者に対する新たな 窓口や既存の通信技術に代わる新しいシステムとして機能しているといえる。

中小BBSが抱える問題

 BBSは自由にかつ簡単に設置できるシステムであるため、BBS市場の規模に関する正確な統計は存在していない。「ボードウォッチ」誌のエディターとして、BBS界の事情を8年以上もウォッチしてきたジャック・リッカードは、一般に解放されたBBSは、1年半前の時点で全米に3万ほどしか存在していなかったが、現在はそれが6万に急増していると推定している。これらのBBSのほとんどが、個人のシスオペとせいぜい3〜4人のアシスタントによって運営されていると思われる。また、最近設立されたシスオペのための団体、オンライン・プロフェッショナル協会はBBS業界の包括的な調査を行う予定にしている。

 リッカードによると、BBSの大多数はいまだに小規模のオペレーションで、486クラスのマイクロプロセッサを搭載したパソコンに、おそらく4本から8本程度の電話回線を接続したものであろうという。一方、営利ベースで運営されているBBSは少なくとも5000はあり、これらのシステムはハイレベルのパソコンかワークステーションに20〜50本の回線を接続し、光磁気ディスク装置などのファイル保存システムを備え、「エコー・ネットワーク」と呼ばれるBBS同士のネットワークに接続しており、国内や海外のさまざまなBBSのユーザ間でメッセージの交換やディスカッションができる仕組みを整えている。

 純粋な営利目的で運営されているBBSが少ないことはすでに述べたが、個人でBBSを運営するシステム・オペレータの中にも、何らかのアクセス料金を徴収するところが増えている。そのほとんどが、一律の年会費(通常60ドル以下)を徴収するという方式になっているが、中には、個別ユーザの利用時間に応じたチャージを行っているところもある(時間あたりの料金は50セントから1ドルが一般的である。なお当然のことながら、ユーザは利用に応じた電話料金も別に負担しなければならない)。また、これに類似したものとしては、たとえば電子メール1件を送信するごとに10セント、ファイルをダウンロードするごとに一定額を徴収するというような、サービスの利用度に応じた課金システムを採っているBBSもある。

 しかし、各ユーザの利用状況を記録して料金を徴収する作業は小さなBBSにとって大きな負担である。クレジットカードによる料金精算は、シスオペにとっても、ユーザにとっても請求書の発送や払い込みの作業が簡素化され便利なのだが、中小のBBSは、クレジットカード発行会社から加盟店として認められることが難しいのが現状である。前出のリッカードは、「BBSの中にも実際に利益を上げているところが僅かながらも存在するといわれているが、シスオペがシステムの維持管理に費やす労力をコストとして算入していないために辛うじて黒字になっているというケースが多い」と指摘している。

 中小BBS業界にとってのもう一つの問題は、地元の電話会社との関係である。中小BBSの圧倒的多数は個人の家庭を拠点としているため、個人レートで電話料金を支払っているところがほとんどである。しかし、電話会社がBBSを運営するシスオペを探し出し、法人料金を適用しようとするケースがいくつかの地域で発生している。「法人」扱いになると、月額基本料金が3倍から4倍にはね上がる上、利用度に応じた追加料金も徴収される。これらの事態が表面化した時期は、91年の判例によって電話会社のBBSサービス参入が認められるようになった時期とほぼ同時期であるため、電話会社が潜在的競合業者から割高な料金を徴収しようとしたのではないかと考えられている。現在のところ、法人料金の支払いを強制されているのは、比較的規模が大きい営利目的のBBSに限られているようである。

 また、連邦通信委員会(FCC)が「モデム税」を導入するという噂もたびたび浮上している。これは、電話線をデータ通信に利用するすべての加入者から追加的に一定の金額を徴収するというものだが、FCCは「モデム税導入を検討しているということはない」と一貫してこの噂を否定している。米国ではBBSに法人税を課す自治体もある。ワシントンDCは、オンライン・サービス全般に法人税を課している自治体の一つである。このため、同市内のほとんどのBBSは政府官庁や非営利団体によって運営されており、プライベートなBBSはほとんどない。

大手商用BBSの現状

 次に大手の商用BBSの現状をみてみよう。ここで取り上げるのは、コンピュサーブ、AOL、プロディジーのビッグ3とこれを追うデルファイ、GEnie、eWorldの3つのBBSである。それぞれの利用者数は推定である。調査機関によって発表される数字が異なる。たとえば、ジュピター・コミュニケーションズ社の調査によれば、米国内における利用者数は、2月末現在で、AOL(220万人)がコンピュサーブ(185万人)を上回っている。また、AOL社自身も95年2月21日に、契約者が200万人を突破し、世界最大のBBSになったと発表している。

(1) コンピュサーブ
 BBSのリーダー的存在であるコンピュサーブの前身は、税務申告書類の作成代行サービスという、ハイ テクとはあまり縁がなさそうな事業を営むH&Rブロック社が、メインフレーム・コンピュータのタイムシェアリングのために構築したネットワークで ある。したがって会社の設立は72年と極めて早い(一般へのサービス開始は82年)。95年1月現在の利用者数は245万人と推定され、94年には4億 2990万ドルの売上高、1億230万ドルの収益をあげている。ジュピター・コミュニケーションズ社によれば、95年の売上高は約7.5億ドルまで伸びる と予測されている。コンピュサーブの主要なターゲットはビジネス・ユーザであり、株式市場やビジネスに関する情報サービス、ソフトウェアの提供、電子メール、ディスカッション・フォーラムなどのサービスが中心となっている。また、主要な情報提供者は、インフォメーション・アクセス社(各種刊行物の記事データベース)、フォーチュン誌、APおよびロイター通信社である。コンピュサーブのディスカッション・フォーラムは、コンピュータのハードウェアやソフトウェアに関するものが大多数を占めており、個別のメーカーや製品を専門に取り上げるグループから技術一般に関して幅広い議論を行っているグループまで、さまざまなフォーラムが存在する。コンピュサーブはまた、3大オンライン・サービスの中で最も国際化が進んでおり、欧州にはかなりの利用者がいる。また、日本のニフティサーブとは、オペレーティング・システムやソフトウェアのライセンス供与を行うなど緊密な関係にある。

 コンピュサーブは、サービスの種類別に複雑な料金体系を取っており、利用者から分かりにくく、割高感があると評判がよくない。強力なライバルのAOLに対抗するため、95年2月5日に料金改定と料金体系の見直しが行われたのだが、相変わらず複雑である。標準的な契約では1カ月の基本料金が9.95ドル(電子メールは毎月一定量までの利用は無料だが、限度をこえる利用には追加料金が必要、時間的な限度はない)であるが、サービスによっては別途料金が必要になる。また、サービスの種類を問わず、時間当りで料金を決める選択肢もあるが、こちらは1時間当たり4.80ドルである。

 コンピュサーブは、AOLの急速な追撃を受けながらも、米国最大のオンライン・サービスの地位を守っており、ビジネス関連サービスでは揺るぎない優位を保っている。ただ、一般消費者向けのサービスでは、AOLと互角に戦える見込みは薄いと見られている。

 また、現在海外における事業も順調なコンピュサーブであるが、これからは、AOLなどの競合業者が海外での事業を積極的に進めようとしていることから、海外における競争も厳しくなっていくと思われる。

(2) アメリカ・オンライン(AOL)
 驚異的なスピードでユーザを増やし、プロディジーを追越し、米国内ではほとんどコンピュサーブに並んだAOL社は、89年にペプシのマーケティング担当者と外食チェーンのオーナーが始めた小さなベンチャーであった。同社の前身であるクォンタム・コンピュータ・サービス社は、85年に設立され、当初、アップルリンク・パーソナル・エディション(アップルII、マッキントッシュ向けのBBS)、Qリンク(コモドール社のコンピュータ向けのBBS)、PCリンク(PC向けのBBS)の3種類のオンライン・サービスを別々に提供していた。89年にAOLを開始した時、この3サービスの加入者合計は10万人近くになっていた。開始当時の料金体系は、月額基本料が5.95ドルで、最初の1時間までは無料、1時間を超える利用については、1時間当たり5ドル(オフピークの時間帯)または10ドル(ピークの時間帯)となっていた。ただし、競合サービスと異なり、AOLの専用ソフトウェアは、新規加入者に無料で提供された。開始当初、サービスを利用できたのはアップルIIかマッキントッシュのユーザのみであったが、91年には、DOSに対応したソフトも追加された。現在のユーザ数は200万人超と推定される。ちなみに94年度の総売上額は1億440万ドルで、約1000万ドルの収益を挙げているのだが、ジュピター・コミュニケーションズ社の予測によれば、95年の売上高は一挙に約5億ドルまで伸びる。

 利用料金は、月額基本料金9.95ドル、5時間を超える利用については1時間当たり3.50ドルの追加料金というシステムを採っていたが、95年1月1日から、この追加料金を1時間当たり2.95ドルに値下げした。

 AOLの最大の特徴は、グラフィックを用いた分かりやすいユーザインターフェースにあるが、これは大手のBBSの中で最も早く、93年から導入されている。また、一流コンテンツ・プロバイダーとの提携にも熱心で、ABC、NBC、CNN、MTVといった放送関係企業、シカゴ・トリビューン、ニューヨーク・タイムズ、USAトゥデイ、タイム、ナショナル・ジオグラフィックス、ビジネス・ウィークといった出版系の企業等の多彩な情報プロバイダーを提携先としている。

 こうしたアプローチによって、AOLは急速な発展を遂げ、現在、一般消費者を対象としたBBSとしては圧倒的な競争力を誇っている。同社は、効果的な広告戦略を展開していることでも知られているが、新規加入者の伸びは、ユーザ間の口コミによるところも大きい。
 なお、AOL社は、92年3月に株式公開を行ったが、この時ポール・アレン(マイクロソフト社の創設者の一人)をはじめとする多くの著名な投資家がまとまった投資を行っている。

 ちなみに、同社に関しては、「オンライン・サービス事業に関心を持つ大型企業によって買収されるのではないか」との噂が絶えない。このような噂は、93年4月に、アレンが同社への出資額を拡大して同社株の24.9%を所有することになった時ピークに達したが、その後、アレンが買収を企てることなくほとんどの株式を手放したことで、いくぶん鎮静化している。しかし、それでもなお、スティーブ・ケイス社長は、外部からの乗っ取りに対する警戒心を緩めていない。

(3) プロディジー
 BBS3位のプロディジーは、AOLとは対照的に、コンピュータ業界最大手IBM社と老舗小売チェーンのシアーズ・ローバック社によって創立されながら、加入者の伸び悩みによって赤字体質から脱け出せずにいる。プロディジーは、まず88年2月にアトランタ、サンフランシスコ、ボストンの3地域で開始された。ビュイック(自家用車)、プロクター・アンド・ギャンブル(家庭用消費財)、リーバイ・ストラウス(ジーンズ)などの大手企業が広告主として参加したほか、アメリカン航空はオンライン予約システムをプロディジーの加入者でも利用できるようにするなど、あわせて58社もの企業が情報提供者として協力した。

 しかし、プロディジーの立ち上がりは、最初からあまり順調とはいい難かった。IBM社とシアーズ社は、実際に有料サービスが開始される87年までに、合計2億5000万ドルもの資本を投入して600万人もの加入者をサポートできるシステムを作り上げた(このシステムはさらに増強され、90年までには1000万人をサポートできるシステムが整えられた)。88年のサービス開始までに投入された資金は3億ドルをこえ、シアーズ・IBM両社からの出向スタッフに加え、フルタイムの従業員が600名も雇い入れられた。

 両社がここまで大掛かりな投資に踏み切った背景には、それなりの根拠があった。それは、後にそのほとんどが誤りであったことが証明されるのだが、以下のような想定である。第1に、家庭用パソコンのハードウェア価格が、技術の発達によって急速に値下がりすると踏んだこと(IBM社は、パソコン一式の価格が89年までに1000ドル程度になり、さらに、90年代前半のうちには500ドル以下にまで下がると予測していた)。こうした価格低下によって、パソコンの普及台数は毎年30%ずつの高率で伸び、モデムを接続したパソコンの数も90年には1400万台に、さらに94年には2400万台に増えると予測した。しかし、実際には家庭へのパソコン普及率は3割前後であり、なんらかのオンラインサービスを利用している家庭は600万世帯程度と言われている。

 第2に、プロディジーはターゲット市場をきわめて広範に想定していた。シアーズ社は、100年もの歴史を誇る通信販売の実績から、アッパーミドルクラスの消費者層に最も強い関心を持っていた。このため、同社は、利用者層の平均的プロフィールを、「年収5万ドルから7万ドル、夫婦共働きで年令38歳」と想定したのだが、実際の利用者層は高学歴、高収入のパソコンユーザであった。このため、新聞や一般の雑誌向けの広告に投じられた年間3000万ドルの広告宣伝費用は、ほとんどドブに捨てたようなものになった。

 第3の誤算は、情報サービスや電子メールなどではなく、ホーム・ショッピングをはじめとする消費関連サービスの充実に集中投資を行ったことである。これは、シアーズ社がパートナーの1社である以上、避けられない帰結であったともいえるが、同社は、コールドウェル・バンカース(不動産)、ディーン・ウィッター(投資顧問)、オールステート(保険)といった、シアーズの子会社のビジネスもプロディジーを通じて売り込もうと莫大な投資を行った。しかし、ホーム・ショッピング需要は予想されたように大きくはなかった。BBSの主要なユーザがパソコン愛好者であれば当然、人気は、ショッピングなどの消費関連サービスではなく、ソフトウェアのダウンロードや製品情報といったサービスに集中する。ところが、プロディジーは、電子メールシステムは持っていたが、無料でダウンロードできるソフトウェアは全く用意されていなかった。

 この結果、プロディジーの事業は、84年の会社設立以来、赤字経営が続いている。93年1月から大幅なリストラが始められ、1000人をこえていた従業員数は約600人に削減、サービスの内容も見直され、ショッピングや金融サービスなどに代えて情報サービスやインタラクティブ通信サービスの強化が図られた。また、コンテンツ・プロバイダーとの提携も進められ、アトランタ・コンスティテューション紙、ロサンゼルス・タイムズ紙等が新たに供給元に加わった。

 現在、加入者数は120万人程度とみられており、売上高はジュピター・コミュニケーションズ社の推定で約2.3億ドルである。料金体系は94年10月に改訂され「月額基本料9.95ドルで利用時間5時間までは無料、それ以後の利用については1時間あたり2.95ドルの追加料金」というシステムを採用した。これは、ほぼ時を同じくして新たな値下げを行ったAOLの料金体系と全く同一である。

(4) デルファイ
 デルファイは、一般ユーザ向けのBBSとしては、インターネットへの接続を主要サービスとする唯一の事業者である。ゼネラル・ビデオテックス社のオンライン百科事典サービスとして82年にスタートしたデルファイは、電子メール、投資情報サービス、旅行情報サービスといったサービスを追加していった。

 92年2月1日には、Byte誌の読者向けのオンライン・サービスであるバイト・インフォメーション・エクスチェンジ(BIX)を買収し、93年1月には、インターネット・サービス・プロバイダーのNEARNETと提携し、インターネットがフルに利用できるサービスを加入者全員に提供すると発表した。しかし、当時インターネットを利用するには、複雑なコマンド操作が必要であったため、この措置はあまり多くの利用者を引き付ける役には立たなかった。

 93年9月、デルファイは英国の新聞王ルパート・マードックが経営するメディア企業、ニュース・コーポレーションによって買収された。推定買収総額は1200万ドルといわれている。現在デルファイのサービスによって提供されるコンテンツの多くは、フォックス・テレビや20世紀フォックス映画など、ニュース社が所有する企業から提供されている。
 94年10月、デルファイUKがスタートし、同社は国際化の第一歩を踏み出した。デルファイUKは、ロンドン・タイムズやザ・サンなど、マードック所有の報道機関のコンテンツを利用しているが、人気はふるわず、現在の加入者数は、およそ1万人程度であろうとみられている。

 デルファイは、将来に向けて、インターネット以外のオンライン・コンテンツを充実させる必要に迫られているが、ニュース社がオンライン・ゲームソフト開発業者のケスメイを買収したことは、その第一歩といえる。ケスメイは、これまでにもGEnieやコンピュサーブなどのオンライン・サービス向けにリアルタイムで楽しめるゲームを多数開発しており、戦闘機をシミュレーションした「エアー・ウォリアー」などは、人気ソフトの一つとなっている。しかし、ケスメイの技術力をサービスに100%生かすためには、デルファイのユーザ・インターフェースを従来のテキスト形式のものから、グラフィックス対応のものに改良する必要がある。同社は、94年10月までに改良ソフトをリリースする計画であったが、完成が延び延びになったまま、予定が大幅に遅れている。その原因の一つは、同社がインターフェースの技術レベルを大幅に向上させようとしたことにもある。すなわち、デルファイは、単なるポイント・アンド・クリック方式のウィンドウズ型技術を一足飛びに超え、テキスト、サウンド、グラフィックス、動画などを自由に組み合わせて利用できるハイパーテキスト型のインターフェースを目指しているのである。この技術は、WWWの記述言語であるHTMLを基にして開発される。また、デルファイは、ネットスケープ・コミュニケーションズ社から「ネットスケープ・ナビゲーター」と「コマース・サーバー」のシステムに関する技術のライセンス供与を受けることになっている。しかし、デルファイがシステムやコンテンツの改良を急ぐ一方で、同社がより有力なオンライン・サービスに買収されるのではないかとの憶測がささやかれ続けている。未確認情報ながら、ニュース社の幹部が昨年からマイクロソフト社と接触しており、同社が計画中のオンライン・サービス「マイクロソフト・ネットワーク」にデルファイを吸収させるというアイディアを検討しているとの噂もある。95年1月現在の推定加入者数は約10万人である。

(5) GEnie
 GEnieは、GEが独自に構築した「GEインフォメーション・サービス」(GEIS)を業務時間外にも活用することをねらいとして開始されたサービスである。GEISは、米国国内や海外の企業およそ2万5000社を結ぶネットワークであるが、1日の業務時間が終了した後に稼働能力に余裕ができることを利用して、一般ユーザ向けのサービスを始めたのがGEnieである。GEnieは、効率的な電子メール や、オンライン・ゲームに強みを持っている。しかし、一般市民の間における知名度が極端に低く、グラフィックス対応でなく使いにくいインターフェースなどが災いし、95年1月現在の推定加入者数は7万5000人程度と見られている。

 GEnieは、94年11月、マーク・ウォルシュを新社長に迎え入れた。HBO(映画専門ケーブル・ネットワーク)やCUCインターナショナル(通信販売大手でオンライン・ショッピングにも進出)の経営に参画した経験を持つウォルシュ新社長は、GEnieのインターフェースやコンテンツ、サービスを一新する一大改革に取り組むと意欲を見せていた。しかし、95年3月27日、同社長は突然辞任を発表した。AOLが新機構の一環として設立したインターネット・サービス社の副社長として引き抜かれたのである。ウォルシュの退社は、GEnieの将来に一層の不安を残すことになった。

(6) eWorld
 eWorldは、アップルコンピュータ社によって94年10月に開始された新しいBBSで、マッキントッシュのようなユーザ・フレンドリーなユーザ・インターフェースが特徴である。同サービスのインターフェースとオペレーティング・ソフトウェアは、AOLからライセンス供与されたソフトウェア技術がベースとなっている。このライセンス契約を機に、アップルの出荷するハードウェアとAOLの専用ソフトウェアのバンドリング契約は解消され、アップル社は、eWorldによって得られる収入の中から一定のロイヤリティーをAOLに支払うことになった。

 eWorldは、95年1月1日、オンライン業界の全体的趨勢にあわせて料金体系を改めた。これによって、「月額基本料金9.95ドル、最初の2時間を超える利用1時間あたり4.95ドル」であったサービス料金が、「月額基本料金8.95ドル、最初の4時間を超える利用1時間あたり2.95ドル」に値下がりした。eWorldは、まだ開始以来日が浅いため、BBS業界における地歩が十分に固まっていないが、アップル社の製品に関する顧客サポート・グループのサービスで高い評価を得ている。また、社外のコンテンツ・プロバイダーとしては、最近ダウ・ジョーンズ・ビジネス金融ニュースが新たに加わっている。アップル社はさらに、現在マッキントッシュでの利用に限られているeWorldのサービスを拡大し、同社のPDA「ニュートン」でも利用できるようにすることを計画している。また、主としてマッキントッシュ専用ソフト開発業者へのサポートの一環として活用されてきた既存ネットワーク、「アップルリンク」をeWorldに統合することにより、加入者ベースの拡大とサービスの充実を図りたい考えである。また、AOLのサービスを基にしたインターネット接続サービスを開始することで、同社との合意も取り付けている。95年1月現在の推定加入者数は6万 5000人である。

(次号に続く)

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