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NY駐在員報告 「HPCC計画(その1)」 1994年7月

はじめに


 HPCC (High Performance Computing and Communications) 計画は、この世界では比較的古くて関心の薄い話題かもしれない。NII (National Information Infrastructure) 構想(別名、情報スーパーハイウェイ構想)がマスコミで華やかに取り上げられているのに、かつてほど、HPCCの文字を新聞や雑誌で見なくなってしまっ た。理由の一つは、HPCC計画自身が、NII構想の中に取り込まれてしまったためかもしれないし、最先端のスーパーコンピュータをイメージさせるその名前が禍して、一般大衆から無縁のものと受け止められているからかもしれない。

 しかし、HPCC計画の実態は、単に超高速の科学技術用計算機とそれを利用するためのコンピュータネットワーク技術の研究開発ではない。バーチャルリアリティ、3Dイメージング、自然言語処理、超LSIの設計の訓練、インターネット上のハイパーメディアツールとして有名 なMOSAICの開発、カオス理論の研究のような応用数理研究、電子図書館のモデルつくり、人間の遺伝子解明を目指すヒューマン・ゲノム・プロジェクトの ためのデータバンク構築、ヘルスケアのためのモデルネットワークつくり、商業上のあらゆる情報交換の電子化を対象とする次世代EDI(電子データ交換)の 開発など、思いもよらないテーマが含まれている。

 今月から、1995年のHPCC実行計画の紹介を兼ねながら、日本ではあまり知られていない(と私が思ってい る)HPCCの側面を織り込んで、計画の過去、現在、未来について報告してみたい。

1989年まで

 HPCC計画は、公式には91年のHPC法(High Performance Computing Act of 1991)が成立した1991年12月9日にスタートしている。しかし、89年9月11日にOSTP(Office of Science and Technology Policy :大統領府科学技術政策局)が発表した「高性能コンピュータ技術プログラム」には、現在のHPCC計画のほとんどをカバーする内容が盛り込まれており、本 計画のほとんどの部分は89年には立案されていることが分かる。
 さらに、当時OSTPの局長であり、大統領科学技術担当補佐官であった D. Allan Bromley博士の書簡がこの計画に添付されているが、この書簡によれば、計画立案の歴史はさらに2年ほど前に遡り、1987年11月にBromley 博士の前任者であったWilliam R. Granam氏が「高性能コンピュータの研究開発戦略」という書簡を議会に送ったことに始まるらしい。この書簡は Granam氏個人が書いたものというより、FCCSET (Federal Coordinating Council for Science, Engineering and Technology : 連邦科学工業技術調整委員会)の協力の下につくられたもので、最先端のスーパーコンピュータのハードウェア、ソフトウェア及びコンピュータ・ネットワーク の研究開発とそれらの基礎となる研究を連邦政府の支援の下に5年間実施するという戦略を書いた文書であった。
 つまり、HPCC計画は(その当時どういう名前で呼ばれていたかを問題にしなければ)1987年以前から議論されてい たことになる。

 さて、この計画立案の母体となったFCCSETは、OSTPが事務局になっており、通常OSTP局長が議長で、委員会 メンバーはすべて政府高官という委員会で、連邦政府の科学技術の需要課題への総合的取組みのためにビジョンを作成したり、予算調整を行っている。 FCCSETはかなり古くから高性能コンピュータ技術の技術的、経済的効果について調査を行ってきており、早くも83年には高性能コンピュータ技術の現状 と政府援助の可能性評価に関するレポートを発表している。このレポートには、諸外国のコンピュータ技術関連投資は劇的に増加しており、これが米国のコンピュータ産業の優位を脅かしていると指摘し、国家の安全と経済は高性能コンピュータ技術の進展に大きく依存していると、高性能コンピュータ技術の重要性を 強調している。
 こうした中で、NSF(National Science Foundation : 全米科学財団)は、1985〜86年に全米に5つのスーパーコンピュータセンターを設立し、それらとユーザである国立研究所、大学を結ぶ大規模なコン ピュータネットワーク構築に乗り出した。これが有名なNFSNETである。

 一方、議会は1986年に、OSTPに対して、米国の高性能コンピュータ技術の研究開発環境を支援する通信ネットワー クの重要性について検討するように求め、OSTPはFCCSETの一つの委員会であるCCRA (Committee of Computer Research and Application) の検討事項にコンピュータネットワークを加え、検討を開始した。多くの作業部会が設置され、高性能コンピュータとネットワークについて総合的に検討が行わ れ、報告書が作成された。これらの成果は「高性能コンピュータ技術の研究開発戦略」、「高性能コンピュータ技術戦略」といった文書としてまとめてOSTP から公表されている。前に触れたGranam氏の議会に宛てた「高性能コンピュータの研究開発戦略」という書簡は、これらの報告書をまとめたものであろう と推察される。

 これらと平行するように、NRC (National Research Council) もいくつかの報告書を発表している。「全米研究ネットワークにむけて (Toward a National Research Network)」(1988)、「コンピュータ科学と技術への挑戦(The National Challenge in Computer Science and Technology)」(1988)、「コンピュータ技術の世界的傾向とその輸出コントロールに与える影響(Global Trends in Computer Technology and Their Impact on Export Control)」(1988)、「情報技術と研究管理(Information Technology and the Conduct of Research)」(1989) である。

 こうした経過を経て、OSTPは1988年12月にFCCSETのCCRAに対して、正式に「高性能コンピュータ技術 プログラム」の実施計画を立案するように指示したのである。

計画はどう変ったか

 HPCC計画の原型がどのようなものであったかをみることは、現在の計画の重点を探り、将来を展望する上で有用だと考 えられるので、簡単に1989年9月に発表された「高性能コンピュータ技術プログラム」と現在のHPCC計画を簡単に比較してみよう。

 1989年の計画の目標は次の3点である。まず第一に高性能コンピュータ技術分野における米国の優位を維持、発展させ ることによって同分野の生産を促進すること、第二に米国の科学、工学分野への高性能コンピュータ技術の浸透をはかり、その利用によってイノベーションを促 すこと、そして、第三に高性能コンピュータ技術とそのネットワークを通じた利用によって、分析、設計、製造の面で生産性を向上させ、米国の経済的競争力に 寄与することである。
 現在のHPCC計画の概要は"Grand Challenges"と題する小冊子(その表紙が青いことから「ブルーブック」とも呼ばれている)で知ることができるが、やはり同じように目的は3つで ある。

(1) 高性能計算とコンピュータネットワーク分野における米国の技術的リーダーシップの確立
(2) 上記分野の技術革新の促進を図り、米国の経済、安全、教育及び地球環境に寄与すること
(3) 上記分野の技術を産業に取り入れ、米国の生産性・競争力の向上に寄与すること

 HPCC計画の目的の方が、きれいに整理されているだけで、さほど違いはない。出てくるキーワードもほぼ同一である。

 次にプログラムの構成要素を比べてみよう。1989年計画は次の4つのテーマに分けられている。

(1) 高性能計算システム (High-Performance Computing System)
(2) 先進ソフトウェアとアルゴリズム (Advanced Software Technology and Algorithms)
(3) 研究・教育ネットワーク (National Research and Education Network)
(4) 基礎研究と人材育成 (Basic Research and Human Resources)

 この構成はHPCC計画が発足したときとまったく同じであり、その内容もほぼ同等である。ただし、現在のHPCC計画 は「情報ハイウェイ技術と応用 (Information Infrastructure Technology and Applications) 」というサブ・プログラムが追加され、現在は5つになっている。

 次は予算であるが、1989年の計画では初年度151百万ドル、2年目256百万ドル、3年目411百万ドル、4年目 502百万ドル、5年目597百万ドルとなっているのに対して、実際には1992年度655百万ドル、93年度728百万ドル、94年度936百万ドル (推計)、95年度1155百万ドル(要求)と大幅に増加している。

 以上の比較によってわかるのは、連邦政府は当初から、高性能コンピュータ技術は研究開発から製造業における設計と製造 まで広範な領域に大きな影響を与える重要な技術であるという認識を持っていたということである。つまり、高性能コンピュータ技術は米国の経済競争力に大き く寄与するものであるという認識があったということである。
 最大の相違は、予算額かもしれない。ただ、連邦政府関係者の話によれば、現在のHPCCの予算項目の中には既存の予算 の看板を替えたものがかなり含まれており、すべてが新規予算ではないという点に注意する必要がある。しかし、仮に92年の予算のほとんどが既存予算の継続 だとしても、その後の増加を考えると、連邦政府のこの計画にかける意気込みには大変なものがあると言わざるを得ないだろう。
 もう一つ注意すべき89年の計画とHPCC計画の違いはコンピュータネットワークの位置付けである。89年計画の内容 を詳細に読めば、現在のHPCC計画同様にコンピュータネットワークを重視していることがわかるが、表面上はネットワーク、コンピュータ通信を脇役として 扱っている。たとえば、89年計画の題名には "Communications" の文字は現れないし、89年計画の目的を書いた部分に、コンピュータネットワークという文字はあっても、あくまでも主人公はコンピュータであって、「ネッ トワーク化された高性能コンピュータ技術」という書き方がなされている。
 また、言うまでもないが、サブプログラムとして「情報ハイウェイ技術と応用」が94年度から追加されたのは、HPCC がNIIの技術的基盤を構築する研究開発プログラムとして位置付けられたことによるものである。

S.272とH.R.656

 HPCC計画が正式に発足したのは92年度(米国の会計年度)である。その前年の91年12月9日にブッシュ大統領 が、5年間に約30億ドルに達する予算を投入するという "High-Performance Computing Act of 1991"に署名をしている。このときの法案がS.272であり、現在副大統領であるアルバート・ゴア上院議員(民主党、テネシー州)が中心となって提出 したものである。実は、ゴア上院議員は90年にも同様の法案を提出し、上院は通過したものの法案成立には至らず、91年に17名の提案賛成者を集め、再度 提出したものである。下院にもジョージ・ブラウン議員(民主党、カリフォルニア州)が同法案を提出した。下院に提出された法案H.R.656は91年7月 11日に下院を通過し、S.272は9月11日に上院で可決されている。大統領の署名までに3カ月を要した理由は、この二つの法案は内容をほぼ同一にしな がら、2つの点で大きく食い違っていたことにある。違いの一つは予算の規模である。S.272は10億ドル強、H.R.656は29億ドル強であった。も う一つはH.R.656は下院で審議中に修正されバイ・アメリカン条項を追加されたことである。両院協議会の調整は結局11月までかかり、最終的には S.272をベースとした修正案が11月20日に下院を、22日に上院を通過し、12月9日に大統領が署名するという運びとなったのである。

HPCC計画の概要

 すでに述べたようにHPCC計画は5つの構成要素(サブ・プログラム)からできている。それぞれについて詳細にみてみ よう。

(1) HPCS (High-Performance Computing System)
 「高性能計算システム(HPCS)」は、スケーラブルな並列計算システムによって、従来型のスーパーコンピュータの限界 を超えた計算能力をもつコンピュータを創り出そうというものである。92年度予算の補足資料という位置付けでつくられた通称「ブルーブッ ク」("Grand Challenges:High Performance Computing and Communications) には、DARPA(現在のAPRA、国防高等研究計画局)がテラops (1012Operation per Second) の計算能力をもつシステムの研究開発を指揮すると書かれている。
 このHPCSはさらに4つのサブテーマによって構 成されている。第1のサブテーマは「次世代の計算機システムの研究」である。これにはシステムのアーキテクチャ、構成部品、パッケージング、システムソフ トウェアの研究が含まれる。システムソフトウェアは異機種のワークステーション、サーバーを含むコンピュータネットワークをサポートするものを想定してい る。
 第2のサブテーマは「システム設計ツールの開発」である。これはいわゆる電子部品・モジュール用のCAD (Computer Aided Design) をテーマとしている。ただし、ここで言う設計ツールはデザインだけではなく、分析、シミュレーション、テストの機能を含んでおり、これによって次世代シス テムの構成部品の設計・試作をスピードアップしようとするものである。
 第3のサブテーマは「先進的プロトタイプシステムの開発」である。これは産業界の協力(開発費の分担を意味していると 思われる)を得て、プロトタイプシステムを実際に製作しようというものであり、当初計画ではまず90年代の前半に100ギガopsクラスを、次に90年代 半ばには1テラopsクラスのシステムを実現するとしていた。(後で詳しく述べる予定であるが)この目標はほぼ予定どおり達成されつつあり、今後の目標 は、(当然さらに高性能なシステムという要求はあるにしても)様々な分野での幅広い利用のために、より安く小型のシステムを開発することに重点が移ってい る。
 第4のサブテーマは「性能評価」である。試作されたシステムをその道の専門家が集まっているところ(間違いなく国立研 究所を想定している)に設置し、その性能を評価し、その結果をシステム開発の現場にフィードバックすることによって、システムのアーキテクチャやシステム ソフトの設計を改良しようというものである。

(2) NREN (National Research and Education Network)
 「研究・教育ネットワーク(NREN)」の構築は、このHPCC計画の目標であると同時に、他のテーマを成功に導くた めの鍵となるものと位置付けられている。当初、このNRENは次に説明する「先進ソフトウェアとアルゴリズム(ASTA)」の次に置かれていたが、現在は HPCSの次に並べられており、その重要性が高まっていることを窺わせる。これは、89年計画当時、コンピュータネットワークがコンピュータに従属するも のとして扱われていたが、次第にコンピュータと対等に扱われるようになった事実と整合する。考えすぎかもしれないが、米国においても、コンピュータネット ワークの重要性は研究者レベルでは早くから認識されていたが、政策立案者レベルでその重要性が広く認められるようになったのは、比較的最近なのかもしれな い。
 このNRENの目標は、高性能コンピュータシステムや研究教育に必要な電子データ、研究設備、電子図書館などにアクセ スするためのギガビットクラスの高速コンピュータネットワークをアカデミックな世界に提供することである。これが意味するところは、単に物理的な通信回線 を提供することではない。先進的な通信技術の研究開発、ネットワークを有効に利用するためのアプリケーションソフトウェアの研究をも含んでいる。当然のこ とながら、コンピュータネットワークを構築する際に既存のあるいは市場で開発されるネットワーク技術を無視することはできない。しかし、だからといって市 場の技術を用いて高速ネットワークを構築することが目的ではない。市場で開発されていく技術の中にこの計画で開発する先進的な通信技術を織り込んで行くこ とが重要であるとしている。
 つまり、何が言いたいかというと(筆者の憶測ではあるが)、NRENの構築においては、Internet の世界でボランタリに開発される技術や民間企業が製品化する技術もうまく取り込んで、現実に即したネットワーク作りをしていく方針だということである。

 NRENは大きく2つの要素でできている。省際インターネット(Interagency Internet)とギガビットR&D(Gigabit R&D)である。 省際インターネットは当初計画では「省際暫定NREN(Interagency Interim NREN) 」と呼ばれていたもので、NSFの運用するNSFNET、DOE (Department of Energy:エネルギー省)のESNET (Energy Science Network) 、NASAのNSI (NASA Science Internet) 等の連邦政府がサポートする研究・教育用のネットワーク全体を指すものである。NSFが省際インターネット展開のコーディネーションを行っていることも あって、NRENはNSFNETの発展したネットワークであると解釈している人もいるが、これは間違いである。(95年度の実行計画中にもNSFNETと いう名前で予算は計上されている。)
 省際インターネット構築の活動は、現在の研究・教育用のネットワークを強化し、将来のギガビットクラスのネットワーク につなげていくことにある。具体的には、幹線であるバックボーンネットワークの強化のみならず、地域あるいはコミュニティのネットワークの強化も含まれて いるし、ネットワークの利用によるメリットを最大限引き出せるようなツール(ソフトウェア)の開発、効率的なネットワーク運用のために必要となる技術、ソ フトウェアの開発、連邦のサポートするネットワーク間及びその他のネットワークとの相互接続技術の開発、商用サービスや商用ネットワークとの適切な接続ま でもが含まれている。
 この省際インターネット構築の基本方針で重要な点が2つある。まず第1に、連邦政府自らが光ファイバーを敷設したり物 理的なネットワークを造るのではなく、電話会社の保有する回線を利用するのだということである。(これは当たり前だ)

 第2に、技術進歩を促し、産業の種子を蒔くこと(産業を育てること)が重要であって、政府が民間事業者と競争してはな らない(民業圧迫はしない)ということである。(当たり前だが、立派だ)
 NRENのもう一つの構成要素である「ギガビットR&D」は、将来NRENに組み込む1ギガbps 以上のコンピュータ通信技術の開発とそのテストを目的としている。先進的な高速スイッチの開発、より進んだコンピュータネットワークインターフェースの研 究、遅延の少ないネットワークを実現するために必要な通信コントロール技術、ルーティング技術の研究、開発した技術をテスト・評価するためのギガビットテ ストベットのサポートなどがこのテーマに含まれる。
 なお、ギガビットテストベットは、国立研究所、大学、民間企業の協力によって運営されており、現在、Aurora, Blanca, Casa, Nectar, Vistanet, Magic の6つのテストベットがある。
 最後に、蛇足であるが、この「NREN」はサービスマークとして連邦政府によって登録されている。

(3) ASTA (Advanced Software Technology and Algorithms)
 「先進ソフトウェアとアルゴリズム(ASTA)」は、ソフトウェア全般とアルゴリズムに関する研究及びネットワーク化 された高性能コンピュータシステムで稼働する高性能なアプリケーションソフトウェアのプロトタイプの開発をターゲットとするものである。
 いかに早く計算結果を出せるかは、計算機のハードウェアの能力とともにソフトウェアの能力にも大きく依存している。ま た、根本的には問題を解く手法、アルゴリズムが計算速度の決定的な要因になることもある。92年のブルーブックでは、ある計算問題を例にとって、1970 年から20年間の間にハードウェアの進歩によって計算速度は1000倍になったが、新しいアルゴリズムの研究によって計算速度は3000倍に向上したとい う表を掲載している。(つまり、20年間で300万倍に向上したわけであるが、ハードウェア進歩の寄与よりアルゴリズム改良の寄与の方が大きかったという 表を示し、このASTAの研究の重要性を主張している。)
 また、新しいアルゴリズムの研究や一般的なソフトウェアの研究は、科学、工学、ヘルスケア、教育、国防等の分野で高性 能コンピュータの利用範囲を拡大するとともに、インターフェースの向上等によって、コンピュータの利用が容易になり、研究者がコンピュータを利用するため に学ばなければならない知識やテクニックを少なくするという効果を持っている。

 このテーマは、次の4つのサブテーマで構成されている。
 第1のサブテーマは、Grand Challenges のサポートである。この "Grand Challenges" はブルーブックの表題にもなっている言葉であるが、ここでは、高性能コンピュータの利用分野における重要な課題といった意味で用いられている。たとえば、 地球環境変化のシミュレーションであるとか、有機系新材料の設計、乱流のシミュレーションのような問題である。こうした地球環境、新素材、生物化学、流体 力学、数学等の分野における高性能コンピュータを利用した研究をサポートすることが、このサブテーマの課題である。
 第2のサブテーマはソフトウェアツール、システムソフトウェア、ソフトウェアライブラリに関する研究である。計算機を 専門としない研究者が高性能コンピュータを自由自在に使いこなすためには、高級言語とそのコンパイラ、最適化及び並列化のためのツール、計算結果の可視化 (Visualization) のためのソフトウェアライブラリなどが不可欠である。こうしたソフトウェア群を整備することによって、計算機を専門としない研究者が、高性能計算機の能力 をフルに活かした研究をすることが可能となる。
 第3のサブテーマは、機種を問わないソフトウェアライブラリに関する研究である。このテーマには新しい並列アルゴリズ ム、数値解析、並列計算機用言語、科学応用のための計算概念モデルの研究が含まれる。
 第4のサブテーマは、高性能計算研究センター (HPCRCs : High Performance Computing Research Centers ) のサポートである。このHPCRCsはNSFが設立したスーパーコンピュータセンターだけではなく、他の連邦政府機関の研究所(たとえば、DOEのロス・ アラモス国立研究所の計算機センター、オークリッジ国立研究所の計算機センター)も含まれる。

(4) IITA (Information Infrastructure Technology and Applications)
 「情報基盤技術と応用(IITA)」は、HPCC計画が NII の技術的基盤を提供するものであると位置付けられたことに伴い、94年度から新たに追加されたテーマである。これは、製造設計、医療、教育、環境、エネル ギー、商取引等の分野において、HPCCで開発された技術を用いて様々なプロトタイプシステムを開発しようというもので、この中には、バーチャルリアリ ティ、画像認識、言語及び会話理解、次世代のデータベースシステム、電子図書館、電子取引などが含まれている。
 この研究の目的は、HPCC計画で得られたコンピュータ技術及びネットワーク技術のビジネスや公共的分野での利用を促 進しようというものであり、これによってNIIの構築がスムーズに進むと考えられている。
 現在、このテーマは次の4つのサブテーマに分けられている。
a. 情報基盤サービス (Information Infrastructure Service)
b. システム開発及びシステムサポート環境整備 (System Development and Support Environments)
c. インテリジェント・インターフェース (Intelligent Interfaces)
d. ナショナル・チャレンジ (National Challenges)

(5) BRHR (Basic Research and Human Resources)
 「基礎研究と人材育成 (BRHR) 」には、基礎研究、教育、訓練、カリキュラム開発などが含まれており、4つのサブテーマに分けられている。
 まず第1のサブテーマは基礎研究であり、コンピュータ科学、コンピュータ工学、数学、計数科学などの分野に於ける基礎 的、多角的な研究活動をサポートするものである。こうした分野の研究助成を増やすことによって、高性能コンピュータの利用技術の進歩、特に計算手法におけ るブレークスルーを促すのが狙いである。特に助成は1件当たりの金額を増やすのではなく、助成の件数を増やすことに重点がおかれている。こういう言い方を するとこの分野の研究者に失礼だが、他の分野に比べこうした研究は多額の研究費を必要としないが多く、「数撃てば当たる」というような考え方をしているの かもしれない。
 具体的には、一般的な数値計算アルゴリズムの研究や並列計算機の能力をフルに引き出すためのアルゴリズムの研究、並列 計算機や分散型のシステムに適したフォルトトレラント技術の研究のようなものが含まれている。
 第2のサブテーマは研究交流と訓練である。これは主として大学生をターゲットにしたもので、ワークショップ、セミ ナー、研究会の開催、ポスト・ドクトラル・フェローシップ制度、国立研究所やHPCRC、大学、産業界の研究者の交流会、ネットワークや図書館を通じたソ フトウェアの配布などが含まれている。
 第3のサブテーマは基盤整備で、大学の設備等を改善しようというものである。もちろん、HPCCに関連する学部、学科 が対象となっている。ただ、整備の対象はハードウェアだけではなく、研究に必要なデータベース、ソフトウェアを含んでいる。
 第4のサブテーマは教育・訓練とカリキュラムの開発である。ここでの対象は学部の大学生や高校生とその教師である。将 来の優れた研究者を育てるために、カリキュラムを再検討し、教材を開発し、教師を再教育することによって、この分野の教育環境を改善することが目的であ る。この一環として、夏の特別インターンシップ制度を設けて有望な学生が高性能コンピュータに触れることができる機会を提供することも計画に含まれている。

(以下、次号へ続く)


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