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NY駐在員報告 「米国の"マルチメディア"」 1994年12月

 日本のマスコミでは「マルチメディア」が大変な人気ものになっているようだ。ニューヨークの日本書籍を扱っている書店でも、入口近くの棚に「マルチメディア」と題をつけた本が数多く並べられている。「マルチメディア」と題をつければ、間違いなく売れるのかもしれない。そして、そうした本のほとんどに、米国が「マルチメディア」先進国であると書いてある。しかし、米国では日本のように「マルチメディア」ブームは起きていない。米国では「マルチメディア」はどのようにとらえられているのだろう。情報収集中で体系的に報告するだけのデータが集まっていないのだが、今月は米国のマルチメディアについて報告したい。

マルチメディアとは何か

 ところで「マルチメディア」とは何なのだろう?「マルチメディア」という表題を持つ数多くの本を開いてみると、そこにはいくつもの定義が存在する。もちろん中には「マルチメディア」の定義を曖昧なままにしているものがあるが、本を読み進めると、そこには著者の考える「マルチメディア」がぼんやりと見えてくる。
 ある本は「マルチメディア」を「文字、画像、音声、動画をデジタル情報として扱うもの」と表現しているし、別の本はこの定義に「一本の通信回線で送受信できるもの」という条件を加えている。インタラクティブであることを条件にしているものもあるし、それは本質ではないと書いてある本もある。「テレビと電話とコンピュータが一緒になったもの」と極めて即物的で分かりやすい定義もある。どうも「マルチメディア」の定義に関しては確かなものはないらしい。(だからと言って米国に確たる定義が存在しているわけでもない)
 しかし、定義をしないで話を進めるのは混乱の元凶なので、このレポートにおける「マルチメディア」とは何かをはっきりさせておこう。ここでは「インタラクティブ・マルチメディア・システム」を「マルチメディア・システム」と省略することにする。要件は次の3つである。

  1. デジタル情報を扱うシステムであること

  2. 数値や文字情報以外に図面、絵、写真、音、動画などを含めた情報を扱うシステムであること(別にこれらのすべてが揃っていなくてもよい)

  3. インタラクティブなシステムであること

 情報を処理する装置はコンピュータに限らないが、デジタル情報をインタラクティブに処理する能力を必要とすることから、実際にはコンピュータと呼ばれなくてもコンピュータと変わらない機能と能力を持つことになるだろう。
 また、通信回線に接続していないもの(通信機能をもっていないもの)でもマルチメディア・システムでありうる。約2年前に通産省の幹部にマルチメディア・システムの説明をした時、「マルチメディア・システムにはパッケージ型とネットワーク型があります」と言ったところ、「ネットワークにつながっていなければ「マルチメディア」じゃないだろう」と言われた。確かにそういう定義をしている本もある。しかし、米国ではCD- ROMが利用できるパソコンをマルチメディアパソコンと呼んでいるし、線につながっているかどうかは問題にしない。むしろ、現段階では圧倒的にパッケージ型が優勢なのだ。どうも日本では「線につながっていないとマルチメディアではない」とかパッケージ型を認める人でも「本当のマルチメディアはネットワーク型だ」という意見が多いようだ。後述するが、パッケージ型で十分な用途はたくさんある。ネットワークにこだわっていると、「マルチメディア」の本質を見失うことになるのではないだろうか。
 インタラクティブであることも非常に重要である。「インタラクティブ性はデジタル化によって生まれるものなので、デジタルデータであることが重要であって、インタラクティブであることは二義的なものである」とする意見もあるが、現在のテレビ放送がデジタル化されるとそれも「マルチメディア」になってしまう(「マルチメディア」市場を大きく計算したい人にとってはその方が好都合かもしれない)。

 ともあれ、このように定義することで、既存のTV(条件の2は満たしている)や将来の一方向のデジタルTV(1と2を満たしている)、既存のテレビ電話(2と3を満たしている)、マルチメディア対応でないコンピュータ(1と3を満たしている)を除くことができる。

 余談ではあるが、「マルチメディア」という題をつけた多くの本が、NII (National Information Infrastructure) を大きく取り上げている。そこでクリントン政権が93年9月に発表した"Agenda for Action"を取り出して調べてみたところ、なんと"multimedia"という言葉は「7. Protect Intellectual Property Right」に「その形式がテキスト、イメージ、コンピュータプログラム、データベース、ビデオや音声の記録、あるいはマルチメディア・フォーマット (multimedia format) であるかどうかの如何を問わず、こうした成果物がNIIを利用して取引される以上、これらの権利の保護が極めて重要である」という箇所にのみ現れる。

実在するマルチメディア・システム

 前項で定義したマルチメディア・システムは、すでに様々な分野で利用されており、我々もいろいろな場所で目にしている。
 日本で発行されている「マルチメディア」に関する本の多くは、「マルチメディアが普及するのはこれからで、決定的なマルチメディア・システムはまだ登場していない」と書いているが、個人的にこの意見には賛成できない。すでにマルチメディア・システムは普及しつつあるし、究極のマルチメディア・システムが登場する日はやってこないのではないだろうか。
 たとえば、ショッピングモールやデパート、公共施設に設置されている情報案内システム、画面に現れたメニューを指で指していくと必要とする情報が得られるといったシステム、こうしたシステムを"KIOSK"と呼ぶが、これは立派なマルチメディア・システムである。最近は情報提供だけでなく様々な手続きや商品の販売を行うKIOSKも現れた。運転免許証の書換えを行うKIOSKや運転免許取得のための筆記試験を行う KIOSKが設置されている州もある(米国では州毎に運転免許制度が異なる)。カリフォルニア州では3年以上前から多国語に対応したKIOSKを社会福祉制度の住民への説明システムとして利用している。
 企業では社員の訓練や顧客へのプレゼンテーションなどにマルチメディア・システムが利用されている。ビジネス分野でのマルチメディア・システムの利用は、既に多くのパソコンが利用されてきたこともあって、革新的なものではなく、発展的なものとして受け入れられてきている。しかし、以前は図や写真と文章で説明されていたマニュアルが、動画と音声で説明されるマルチメディア・マニュアルに変わることの効果は極めて大きい。また、ビジュアルなイメージが理解の鍵となるような分野ではマルチメディア・システムを用いたプレゼンテーションは効果的である。
 教育の分野もマルチメディア・システムの大きな市場になっている。語学、地理、歴史などのCD-ROMやさらに大きな光ディスクを利用した学習システムが実用化されている。マルチメディア・システムを利用した教育方法は、一般的に従来の教育方法に比べて教育効率がよいと考えられている。もちろん「機械に教育なんかできるか」という教師も数多くいるのだが、マルチメディア・システムを支持する教育研究者も多い。従来の教育システムで用いられている教科書や視聴覚教材では知識を一方的にしか伝達できないが、人間の頭脳は知識を一元的に並べて記憶するようにできていない。むしろ各知識が相互に関連をもった、ちょうどリレーショナルデータベースのような構造に近いと考えられている。インタラクティブなマルチメディア・システムの利用によって、個人の思考構造に合わせて知識を関連付けながら学習することが可能になる。こうした学習システムは、当初専用のシステムとして開発されることが多かったが、いわゆるマルチメディアパソコンの普及によって、ほとんどがCD-ROMを利用したものになっている。
 この他に家庭に広く普及しているテレビゲーム機もマルチメディア・システムに含めるべきかもしれない。

CD-ROM

 マルチメディア・システムはパッケージ型とネットワーク型に分類できる。ネットワーク(無線も含む)に接続されていないものがパッケージ型のマルチメディア・システムである。パッケージ型の代表的なシステムがマルチメディア・パソコンである。たとえば、 Multimedia PC (MPC) Council はMPCの規格を定めている。レベル1が1990年に公表され、レベル2が1993年に公表されている。レベル2の規格は、およそ次のようなものである。

  • IBM PC あるいはその互換機、MPU:25MHzの486SX以上

  • メモリ:4MB以上

  • ハードディスク:260MB以上

  • FDD:2HD

  • 倍速CD-ROMドライブ(データ転送速度は300KB/秒以上でシークタイムは400ms以内)

  • 16bit、44kHzのサウンドボード

  • SVGAカラーモニタ(640×480ピクセル、65000色以上)

  • 101-Keyのキーボード、ボタンが二つついたマウス付

  • シリアルポート、パラレルポート、MIDIポート

  • マルチメディア拡張機能付きのマイクロソフト社のWindows3.0かWindows3.1

 こうしたMPC用のマルチメディア・ソフトはほとんどCD-ROMの形で供給されている。ワシントンDCにある Software Publishing Association (SPA)が94年11月に発表した統計によれば、今年第2四半期のCD-ROMソフトの売上は1億3956万ドルで前年同期(93年第2四半期)の 2680万ドルの約5.2倍になっている。ちなみに枚数では93年第2四半期の111.2万枚から397.5万枚と約3.6倍の成長となっている。このデータから計算すると、CD-ROMの平均単価は24ドル強から35ドル強に上昇していることになる。これはパソコンショップの店頭やソフトウェアのカタログを見ていて得られる実感と異なるが、本格的なCD-ROM普及期を迎えて、より良質なCD-ROMソフトが増えてきたのかもしれない。分野別にみると販売本数では、事典、辞書などのコンテンツ、あるいはレファレンスと呼ばれる分野が38%を占め、次いでゲーム・その他家庭用が29%、家庭教育用が 20%となっている。
 また、Multimedia Business Reportによれば、CD-ROMドライブ付きのパソコンの販売台数は、今年度は1000万台を超え、95年には1700万台になると予測されている。

 日本ではアダルトものが多いようだが、米国ではエデュテイメント、インフォテイメントと呼ばれる分野のCD-ROMソフトが数多く売られている。参考までに94年9月13日のPC-MAGAZINEに掲載された"The Top 100 CD-ROM"からいくつかタイトルを拾ってみると"Grolier Multimedia Encyclopedia" , "Compton's Interactive Encyclopedia"のような百科事典、"Oxford English Dictionary" のような辞書、"Global Explorer", "Street Atlas USA"のような地図(歴史的なものを含む)、"Astonishing Asia", "New York, NY"のようなトラベルガイド的な旅行もの、"Corel Gallery"のようなクリップアートを集めたもの、"A Hard Day's Night"や"Beethoven's 5th"のような映画や音楽に関するもの、"JFK Assassination", "Time Almanac of the 20th Century"のような歴史もの、"Issac Asimov Science Adventure II", "Beyond Planet Earth"のようなサイエンスものなどがある。
 もちろん、この他にもベストセラーになった"Myst"や"King's Quest VI"のようなゲームもあるし、このTop 100には入っていないが、日本でも売られているようなアダルトものもたくさんある。ちなみにアダルトものは一般のコンピュータショップではほとんど売られていない。その手の専門店にいくとたくさんあるそうだ。なお、94年11月にラスベガスで開かれたCOMDEX/Fallでは、会場でアダルトものの即売が行われており、黒山の人だかりができていた。
 さらに余談だが、日本ではパソコンOSの覇者として知られているマイクロソフト社は、CD-ROMソフトビジネスに大変熱心である。さきほど例に挙げた"The Top 100 CD-ROM"の100枚中、なんと10枚がマイクロソフト社の製品である。とにかくビル・ゲイツ会長はNo.1が大好きだから当然かもしれない。

マルチメディア・パソコン

 米国の調査会社IDC社が、94年12月に94年のパソコン出荷台数の予測を発表した。それによるとトップはコンパック社で235.5万台、市場シェア12.8%で前年比61%増、第2位はアップル社で222.4万台、シェア12.2%、3位はパッカードベル社で 199.5万台、シェア10.8%、4位はIBM社で186.8万台で、シェア10.2%、5位がゲートウェイ2000社で93.7万台、シェア5.1%となっている。合計では1840万台で93年の1495万台から約23%の増加となる見通しである。
 残念なことにこの予測ではマルチメディア対応のパソコンの出荷台数は分からない。しかし、米国の調査会社データクエスト社が94年8月に発表した調査報告によれば、CD-ROMドライブの94年の販売数量は、世界で1750万台と、93年の670万台の2.5倍以上に達する見込みである。また、この報告によれば、世界中のデスクトップ型のパソコン1億2200万台のうち約20%が今年末までにCD-ROMドライブを搭載することになる。CD-ROMドライブの販売個数のうちでパソコンに内蔵されているものの割合は、94年は78%を占めるとみられ、昨年の58%から大幅に上昇し、CD-ROMドライブを内蔵したパソコンの普及が急速に進んでいることを示している。
 こうしたCD-ROMを内蔵したパソコンの価格もかなり下がっている。94年のクリスマスシーズンの価格をニューヨークのCompuUSAで調べてきた。

1.コンパック社のPresarioシリーズ
(1) CDS924:1896ドル97セントMPU:486DX2 (66MHz) 、RAM(メモリ):8MB、HDD(ハードディスク):525MB、倍速CD-ROMドライブ、14.4kbpsのFaxモデム、3枚のCD-ROMソフトを含む10本以上のソフト、モニタは別売

(2) CDS720:1496ドル97セント
MPU:486SX2 (66MHz)、RAM:4MB、HDD:420MB、その他はCDS924とほぼ同じ

(3) CDS520:1876ドル97セント
モニタ一体型で、他の仕様はCDS720とほぼ同じ

2. アップル社のPerformaシリーズ
(1) Performa630CD:1899ドル97セント
MPU:680LC40、RAM:4MB、HDD:250MB、倍速CD-ROMドライブ、純正のモニタ、Faxモデム(2400/9600bps)、CD-ROMソフト(6枚)、ソフトウェア(15本)

(2) Performa6115CD:2699ドル99セント
MPU:Power PC601 (60MHz)、RAM:8MB、HDD:350MB、倍速CD-ROMドライブ、純正のモニタ、Faxモデム(14.4kbps)、CD-ROMソフト(6枚)、ソフトウェア(15本)

3. パッカードベル社のForce106:2999ドル99セント
MPU:Pentium (100MHz)、RAM:8MB、HDD:1GB、倍速CD-ROMドライブ、CD-ROMソフト(2枚)、ソフトウェア(27本)

4. IBM社のAptiva350 Multimedia:1699ドル97セント
MPU:486DX2 (66MHz)、RAM:4MB、HDD:540MB、倍速CD-ROMドライブ、Faxモデム(2400/9600bps)、CD-ROMソフト(2 枚)、ソフトウェア(?本)
(なお、このIBM社のAptivaは最近、家庭向けのTVコマーシャルを開始したことで話題を呼んでいる。IBM社が家庭向けのCMを作ったのはこれが初めてだそうだ)

 こうしたハードウェアの低価格化がマルチメディア・システムの普及を加速し、CD-ROMソフト市場の規模を急拡大させ、豊富で良質なCD-ROMソフトがマルチメディアパソコンをさらに魅力的なものにしているという好循環が始まっているようだ。

ビデオ・オン・デマンド

 米国のCATV会社が基幹回線に光ファイバーケーブルを設置し始めたのはもう3年以上前のことである。当時から大手の CATV会社は、デジタル情報の圧縮技術を利用して映像情報を送ることを考えていた。光ファイバーの容量と情報圧縮技術によって600〜1200チャンネルのデジタル映像情報を送ることが可能になる。この膨大なチャンネルを利用してマルチメディア・システムを構築することが当時からの米国のCATV会社の戦略であった。CATV最大手のTCI社は、96年末までにすべての基幹回線の光ファイバー化を完了する。問題は家庭に設置する圧縮された情報を解凍する装置(セット・トップ・ボックス)の価格と情報を送り出すビデオ・サーバーの価格と性能にある。まず、現在のVCRのように標準化された安価なインタラクティブTV用のセット・トップ・ボックスを開発することが、ビデオ・オン・デマンド普及の鍵である。

 94年3月に延期が発表されたタイム・ワーナー・エンタテイメント社のフロリダ州オーランド郊外における双方向 CATVの実験がついに94年12月14日から始まった。フル・サービス・ネットワーク(FSN)と呼ばれる、この実験は、現在のところノード数が2つで、10軒程度の家庭しかつながっていないが、95年から徐々に拡大し、約4000世帯まで拡大する予定である。このプロジェクトのパートナーはタイム・ワーナー社、USウェスト社、東芝、伊藤忠の4社で、マスコミ関係では当初からCNN社、タイム社、フォーチュン社が参加することになっていたが、94年 10月にはABC社とNBC社も参加することが決まった。
 CATV最大手のTCI社もマイクロソフト社と共同で行っているワシントン州シアトルでの実験に加えて、95年春から本拠地のコロラド州デンバーで本格的な実験を開始する。

 しかし、関係者のビデオ・オン・デマンドへの期待はさほど大きくない。FSNにおけるビデオ・オン・デマンドの料金は、映画1本2ドル95セントとレンタル・ビデオ並だが、専門家はこの料金が妥当かどうか疑問視している。TCI社の関係者は「ビデオ・オン・デマンドは消費者やマスコミに分かりやすい例として説明しているにすぎない」と述べている。TCI社が考えているのはもっと幅広いサービスである。家庭に引き込まれたケーブルを、家庭がその外の世界とやり取りするすべての情報のパイプとして利用しようと考えているのだ。電話、テレビ、新聞、雑誌、ダイレクトメール、こうしたものがデジタル情報となって、CATVのケーブルを流れてくるのである。もちろん、ターゲットの中にはオンライン・ショッピングやホームバンキングも入っている。彼らは家庭への情報ハイウェイを提供しようとしているので、ビデオ・オン・デマンドの実験をしようとしているのではない。
 誰もが薄々感じているように、ビデオ・オン・デマンドのような「あれば便利だな」という程度のニーズが顕在化する確率はさほど高くない。もちろん新しいサービスが普及するかどうかは、その価格に依存する。ちなみに、米国のマスコミは「インタラクティブTV用のセット・トップ・ボックスの価格は、目標である数百ドルまで下げることは難しい」と報道しているが、TCI社の関係者は300ドル程度まで下げられると述べている。

 余談ながら、日本の場合、CATVが発達している米国と異なり、ビデオ・オン・デマンドを可能にしようとすれば、物理的回線の整備費用が馬鹿にならない。郵政省やNTTの構想のように、光ファイバーを家まで引けば、一家庭当たりの投資額は100万円を超える。たとえ国の予算で賄うことにしても、NTTが通常の設備投資資金で賄うことにしても、最終的には家計が負担することになる。税金という形で取られるか、利用料金という形で取られるかの差にすぎない。家庭がインタラクティブに大量の動画情報をやり取りする需要が本当にあるのだろうか。個人的にはこれ以上テレビをみる時間を増やすつもりはないし、たとえレンタルビデオ店がない山奥に住んでも、ビデオ・オン・デマンドのために100万円を超える大金を投資するつもりはない(時間か情報量に応じた課金もされるから、コストはもっと高くなる。米国では映画のビデオが20ドル程度で購入できるので、100万円だせば500本のビデオが買える)。どうしても見たい映画があればメールオーダーで取り寄せればよい。(極めて個人的な意見だが)ダイヤル・アップIPでインターネットを利用しているので、FTTH (Fiber To The Home) に投資するお金があるのなら、N-ISDNの回線や通常の電話料金を下げてもらいたい。ニュースや天気予報などの情報検索、オンライン・ショッピングであれば、情報量はさほど大きくないので、それで十分使い物になる。もちろん、光ファイバーを必要とする人がいることを否定するつもりはない。ニーズと負担能力のある企業や家庭から整備していけばよいので、全国一律に整備する必要はないと思う。

情報家電

 日本で出版された「マルチメディア」関係のある本には、「情報家電が究極のマルチメディア機器である」と書いてある。この「情報家電」というのも「マルチメディア」と同じくらい得体がしれない。未来学者である筒井隆著の「マルチメディア 未来社会の衝撃」では、「情報家電」を「デジタル双方向TV」だとしている(この本はNTT Americaの林社長の御推薦、ちょっと変わった本である)。 「情報家電」に該当するような言葉が米国にもないかと調べたのだが、今のところ見つかっていない。しかし、それに近い概念はないことはない。例えば、10月5日のワシントン・ポスト紙は、新しいタイプのマルチメディアPCを"Digital Chameleon"と呼び、米国のパソコンを持っていない6300万の家庭に向けて進撃を始めたという記事を載せている。この記事で取り上げられているのは、「情報家電」のような得体のしれない情報機器ではなく、商品として出荷されているコンパック社のPresarioやIBM社のAptivaである。こうした新しいタイプのPCを"Digital Chameleon"と名付けたのは、米国調査会社大手のIDC社のRichard Zwetchkenbaoum氏のようだ。彼は「パソコンは、あらゆる姿形に変身できる、まるで"Digital Chameleon"のようだ」と述べている。
 具体的に言えば、Presarioはテレビでもあるし、留守番電話の機能もある、さらにFAXとしてもCDプレーヤーとしても使えるマルチメディア・パソコンである。Aptivaもテレビの機能は持っていないが、留守番電話、FAX、CDプレーヤーの機能は持っている。さらに、タイマー機能があるので、作成したレポートを夜中の2時に送って、7時半にはホイットニー・ヒューストンの音楽で目を覚ますといったことが可能である。

 しかし、米国では台所にある電話やリビングルームの大型のテレビが、この"Digital Chameleon"に置き変わるとは誰も思っていない。おそらくこうした機器はベッドルームや書斎に入り込むと考えられている。日本だと主要な購買層は学生か独身者になるのかもしれない。
 米国の専門家は複合化された情報機器は、それぞれの用途に応じて様々なものが開発され、それが家庭に入ってくると予測している。例えば、台所の電話には小さなディスプレイが付属し、そこに料理の献立や天気予報、スポーツの結果が映し出されるといった具合だ。こうした複合化された情報機器はパソコンとは呼ばれないだろう。そう考えると、もはやコンパック社のPresarioやIBM社のAptivaは(もちろんアップル社のPerformaも)パソコンと呼ばない方がよいのかもしれない(「情報家電」という言葉も好きではないが)。

マルチメディアの市場(現在)

 マルチメディアの市場を分類するのは、そう簡単なことではない。例えば、Jeff Burger著の"Multimedia for Decision Makers"は、(1) ビジネス、(2) 政府・公共機関、(3) 教育、(4) 娯楽、(5) コミュニケーションと分類しているが、最近CD-ROMで主要な分野になっているインフォテイメントやエデュテイメントは (3) に入れるべきだろうか、それとも (4) だろうか。あるいはビデオメールやビデオカンファレンスは (5) のように思えるけれど (1) かもしれない。
 用途ではなくマルチメディア・システムが設置される場所で区分しても、事態は一向に改善しない。例えば、(1) ビジネス、(2) 教育(家庭用を除く)、(3) 公的機関、(4) 家庭というように区分したときKIOSKはどこに区分するのだろう。ショピングモールに置かれた商用のものは(1) で、公的機関が設置したものは(3)に分類するのだろうか?
 こうなると姿が見えている市場を適当な順番で取り上げて行くのが一番よいだろう(そもそも分類は市場がある程度固まってからやるべきものかもしれない)。

(1) プレゼンテーション
 ここでいうプレゼンテーションの中心は、顧客に対するビジネスプレゼンテーションである。リゾート開発のプロジェクトを出資企業(あるいはその候補)に説明するとか、広告会社がクライアントにキャンペーンの企画を説明するとか、住宅設備メーカや家具メーカが消費者にシステムキッチンや応接セットを勧める場合である。もちろんセミナーや学会でのプレゼンテーションも、地方公共団体が地域開発の説明会を住民に行う場合も含まれる。マルチメディア・システムを利用したプレゼンテーションのメリットは、説明が分かりやすくなること、相手の反応に応じて柔軟なプレゼンテーションが可能なこと、説明に利用した情報の再利用が容易なこと、スライドを利用したプレゼンテーションに比べて費用が安いことなどが挙げられる。(コンピュータ関係のセミナーや展示会ではマルチメディア・システムを用いたプレゼンテーションが普通になっている)

(2) KIOSK
 KIOSKは不特定多数の人間にその要求に応じた情報を提供できる極めて効率の良いマルチメディア・システムである。 KIOSKは単に情報を提供するだけのものと、情報を提供した上で製品やサービスを販売するものがある。販売するタイプの場合、通常クレジットカードリーダーが付属している。また、回線につながっているものとスタンドアロンのものがある。KIOSKに収納された情報の多くはハイパーテキスト化されており、利用者の興味ある情報を効率よく取り出せるようになっている。(KIOSKの世界はクローズドではあるが、ちょうどインターネットのWWWの世界に似ている。近い将来、インターネットに接続されたKIOSKが出現するかもしれない)

(3) トレーニング(訓練)
 マルチメディア・システムを用いたトレーニングシステムは多くの企業で利用されている。企業にとっては訓練の効果を上げ、費用を節約できるというメリットがある。CD-ROMとマルチメディア・パソコン、あるいはCD-Iを用いた簡易なものから、バーチャルリアリティ技術を利用した高度なものまで、用途に応じて様々なものがある。

(4) 教育
 マルチメディア・システムは集団教育より個人教育に向いている。つまり、教室で教師が1つのマルチメディア・システムを利用して生徒全員に何かを教えるのではなく、生徒一人ひとりが1台のマルチメディア・システムを利用することが望ましい。もちろん教科にもよるが、その方がインタラクティブ性を有効に利用できる。様々な情報をビジュアルに見せることによって、生徒を引き付け、理解を容易にすることは当然であるが、一人ひとりの興味と理解の程度に応じて学習を進められるところにマルチメディア・システムの特徴がある。

(5) エデュテイメント/インフォテイメント
 教育分野との境界は難しいが、百科事典の類をマルチメディア化したもので、楽しみながら知識、情報を取得できるものである。前述したようにCD-ROM市場ではかなり大きなシェアを占めている。

(6) ゲーム
 テレビゲームも立派なマルチメディア・システムである。この分野のハードウェアは、米国ではスーパーニンテンドー、セガ・サターン、3DO リアル、ソニー・プレイステーション、CD-I等の争いになっているが、94年クリスマス商戦ではどうもセガ・サターンが優勢なようだ。

マルチメディアの市場(将来)

 日本では、94年1月に郵政省が2010年の「マルチメディア」市場は123兆円になるという予測を発表したが、米国の「マルチメディア産業」が将来どのくらいの規模になるかを予測することは難しい。と言うより、米国では「マルチメディア産業」という概念そのものが存在していないようだ。「嘘をつけ、米国はマルチメディア先進国ではないか」と叱責を受けそうだが、少なくともこの7カ月の経験では日本で言われているような「マルチメディア産業」は存在しない。既に市場としてなりたっているものはそれぞれがそれぞれの既存産業に属しているし、将来、それらが一つになって「マルチメディア産業」と呼ばれるという話も聞いたことがない。
 むしろ様々な産業の一部あるいは全体がマルチメディア化していくと考えた方が分かりやすい。ではマルチメディア・システムに関連する産業とその規模を羅列してみよう(このデータは"Program on Information Resources Policy, Harvard University, 1993" による1990年時点での数値である)。

(1) 情報サービス:3590億ドル
(この中には法律事務所、投資コンサルタント、経営コンサルタント、郵便、宅配サービス、会計事務所等の産業が含まれる)
(2) コンピュータとその周辺機器、ソフトウェア、コンピュータサービス:1690億ドル
(3) 出版印刷:1450億ドル
(4) 電気通信:1040億ドル
(5) 放送・娯楽:880億ドル

 合計で8650億ドルである。このうちのどの部分がどの程度マルチメディア化していくのか分からないが、可能性のある市場はかなり大きいことは確かである。(それにしても123兆円の積算根拠を見てみたい。)

日本の夢、アメリカの現実

 「マルチメディア」に関する様々な日米の書籍、新聞・雑誌の記事を読み、関係者に話を聞いて感じるのは、「マルチメディア」の意味するものの違いである。たとえば日本で出版されている「マルチメディア」に関する本のほとんどは、NII(あるいは情報スーパーハイウェイ)やバーチャルリアリティ、PDAといった話題に多くのページを割き、将来「マルチメディア」が経済社会にどんなに大きな影響をもたらすかに重点をおいて書かれている。米国の本にはマルチメディア技術がどのように利用されているのか、どのようなメリットがあるのか、実際に利用するにはどうすればよいかといったものが多い。そもそも「マルチメディア」の定義が異なるのかもしれないが、(極端に言えば)日本は「マルチメディア」を「未来の夢」だと考え、米国は「現実のビジネス」だと考えているようだ。
 コンピュータソフトウェアの王者、マイクロソフト社はビデオ・サーバー用のソフト「タイガー」を開発し、CATV最大手のTCI社と組んでシアトルでインタラクティブTVの実験を開始した。しかし、その一方で多様なCD-ROMソフトを販売するとともに、コンピュータネットワーク事業にも進出しようとしている(マイクロソフト社はもう何年も「現在音楽用のCDがリビングルームの棚にならんでいるように、CD-ROMが棚に並ぶようになる」と言い続けてきている)。
 また、米国のCATV業界はビデオ・オン・デマンドに向けて全力疾走しているように見えるかもしれないが、長距離電話会社と提携して電話事業への進出の足固めをしていたり、CATV用のケーブルをコンピュータネットワークやパソコンに接続するための技術開発を着実に進めている。
 日本において「マルチメディア」でお祭りをしているはマスコミで、(政府はともかく)産業界だけはこの「マルチメディア」ブームを冷静にみていると信じたい。

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