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NY駐在員報告  「エレクトロニック・コマース(その1)」 1996年6月

はじめに

 エレクトロニック・コマース(Electronic Commerce)とは、文字どおり電子的に商取引を行うことである。企業間取引の場合もあれば、企業−消費者間である場合もある。もちろん、これまで電話、FAX、郵便によって、あるいは人と人が対面で行っていた取引を、そっくりそのままコンピュータとネットワークを利用して行う場合もあるのだが、エレクトロニック・コマースによってビジネス形態がすっかり変わってしまう場合もある。

 たとえば、ジーンズを扱っている小売りチェーンを考えてみよう。昔ながらのやり方では、翌月販売するためのジーンズを注文するために、過去数カ月、あるいは前年同時期の売上げ記録を引っ張り出して鉛筆を舐めて売り上げ予測をつくり、それから仕入れ先に注文をしなければならなかった。しかし、最新の情報技術をフルに活用すれば、全店舗からリアルタイムで集まってくる売上げデータを基に、エキスパートシステムに一週間毎に売り上げ予測を立てさせ、人手を介さず自動的に発注を行うことができる。

 機械部品メーカーの場合を考えてみよう。エレクトロニック・コマース以前では、納入先が製品の設計を変更した場合、部品メーカーの技術者が送られてきた紙の図面をチェックし、必要な指示書を工場に伝え、工場では製造装置の設定に変更を加えなければならなかった。しかし、新しい技術を用いれば、製品の設計変更段階で部品メーカーの技術者も作業に参加し、変更仕様が固まった時には、部品メーカーのCAM (Computer Aided Manufacturing System) のプログラムを自動的に変更することさえできる。

 アメリカの多くの家庭は、たとえば1週間分の食料品をまとめ買いしている。お馴染みの大きな冷蔵庫はそのために台所に鎮座している。しかし、エレクトロニック・コマース時代には、週に一度まとめて食料品などを自動車で買い出しにいく必要はなくなるかもしれない。毎週月曜日、インターネットにつながっているテレビのスイッチを入れると、いつものスーパーマーケットから注文フォーマットの入った電子メールが届いている。親切にもオレンジジュース2ガロン、牛乳3ガロン、牛肉8ポンドなどと、これまでの平均的な購入量まで記入済みである。これを少し修正し、必要に応じて商品を追加し、配達希望時間を書いてスーパーに送り返してやれば、夕方には玄関に配達され、代金はクレジットカードで清算される。

 これらは夢物語でなく、既に実現しているか、あるいはそうでなくても容易に実現可能な話である。そして、これらの例が示すように、エレクトロニック・コマースは、(1) 企業内部の業務・管理プロセスを改革し、(2) 企業間の連携のあり方を変え、(3) 小売業の形態と消費者の生活を変える。

 日本でもエレクトロニック・コマースがブームになりつつあるようだが、米国における様々な分野における取り組みを見ながら、エレクトロニック・コマースについて考えてみたい。

 なお、このレポートは、主として米国の調査会社WASHINGTON CORE社が作成したレポート「エレクトロニック・コマース−その現状と将来」を基にして作成したものである。

エレクトロニック・コマースとは何か

 最初に、エレクトロニック・コマースを「電子的に商取引を行うこと」だと簡単に書いてしまったが、比較的新しい言葉である「エレクトロニック・コマース」を定義することは難しい。たとえば、Automotive Industry Action Groupは、「高度な情報技術を用いることによって、取引のある2者間のビジネス関係をより効率的にすること」と定義しているが、ロチェスター大学のRavi Kalakota教授は、「コスト削減と製品やサービスの質とスピードの向上を望んでいる組織、商店、消費者のニーズに応える近代的ビジネス方法論。あるいは、個人や企業の意思決定をサポートするためにコンピュータネットワークを利用して情報を検索・入手する方法も意味する」と広範な定義を行っている。

 エレクトロニック・コマースとは何かを考えるためには、定義を明確にする努力をするより、様々な利用事例の根底にある共通した原則を概観した方が役に立つかもしれない。とりあえず、ここではいくつかのヒントを書くにとどめ、様々な事例を眺めた後、このレポートの最後でもう一度考えてみることにしよう。

 エレクトロニック・コマースにおいてもビジネスの基本原則は変わらない。顧客によりよいサービスを提供することである。重要なのはサービスの多くがコンピュータネットワークを通じて行われるという点にある。つまり、やり取りされる情報の種類や利用・保存方法に関わらず、end-to-endで電子的な形態で処理されるということにある。ネットワークの両端にはコンピュータ、あるいはコンピュータと同等の機能を持った機械があり、一般的にその操作は人間が行っている。しかし、情報が交換される時点では機械が自動的に応答する場合もある。例えば、電子カタログを取り寄せる場合には、要求する側には人間が介在するが、送る側は機械で自動的に処理できる。ある時間がくると自動的にトランザクションをコンピュータ同士で処理する場合には、両側ともに機械ということになる。つまりネットワークの最終的なエンドは人間であることも機械である場合もある。

 取引情報が電子化されていれば、これを総合的に利用することができる。エレクトロニック・コマースは、取引の電子化だけを狙いとしたものではなく、重要な情報をすべてデジタル化してシステムに取り込み、必要に応じて様々な場で利用できるようにすることを目指している。これによって顧客サービスの質とスピードを向上することができるだけでなく、総合品質管理(TQC)、リエンジニアリング(BPR : Business Process Re-engineering)などの手法と融合させることができ、企業の競争力を強化することができる。

 なお、エレクトロニック・コマースをインターネットのようなオープンなネットワーク上での商取引に限定して考える専門家もあるが、従来から存在するEDI (Electronic Data Interchange) やCALSも含むものとして考える方が、より一般的であるように思う。

サイバーショップ

 最初に、狭義のエレクトロニック・コマースとでも言うべき、インターネット上の仮想店舗(サイバーショップ、サイバーモール)について見てみよう。
 少しデータは古いが、アクティブメディア社が95年12月に実施した調査によれば、インターネット上で商品を実際に販売している事業者のうち利益を上げているところは全体の31%である。黒字の企業が全体の3分の1にも満たないと考えると、やはりインターネット上での商品の販売は一過性のブームにすぎないのではないかと思うかもしれない。しかし、同社が95年6月に実施した同様の調査では、黒字の事業者は22%だったので、半年で黒字率は9%ポイントも上昇している。インターネット専門誌の記事によれば、商品を販売しているWebサイトの中には、当初から利益を期待していないもの、つまり商品を売ってはいるが、広告が主目的であるWebサイトがある。また、どんな事業でも最初から収益を上げることは難しく、まだ、次々とサイバーショップが立ち上がっている時期であることを考えると赤字の店が多くて当然かもしれない。以上の状況を考慮すると、倒産したり、事業から撤退する事業者はあるだろうが、このマーケットは順調に立ち上がっていると判断してよいのではないだろうか。ちなみにアクティブメディア社は、94年のサイバーショップの市場規模を1760万ドル、95年を4億ドルと推測している。

 このアクティブメディア社の調査結果によれば、実際に商品を販売している事業者の4割強は月間の販売額が1000ドル未満であり、約3割が月1000〜9999ドル、約2割が月1万以上10万ドル未満、そして約5%が月に10万ドル以上の売上げを達成している(なんと最高は月300万ドルである)。

 いくつかの事例を見てみよう。NHKでも紹介されたというVirtual Vineyardsは、カリフォルニア州ロスアルトスのワイン専門店で、月に平均して10万ドル程度の注文をインターネット経由で集めている。決済はクレジットカードで可能である。注文を受け付けるサーバーはネットスケープ社のセキュアモードで通信できるようになっており、クレジットカード番号などの情報を暗号化して受け渡しするようになっている。また、サイバーキャッシュ社とも提携しているので、SyberCashシステムも利用できる。

 NECX Direct は、コンピュータのハードウェア及びソフトウェア製品の全米卸チェーンであるNECX社の直販部門である。取り扱っている商品は約1000社の2万点、インターネット経由の売上高は月平均約50万ドルで、決済はクレジットカードを用いている。このWebサイトの特徴は、ホームページのヘルプ機能を用いて自分の注文の処理状況を確認することができる点である。

 ノースカロライナ州の旅行代理店であるPCTravel は、かつて大手の商用BBS上でチケット販売を行っていたが、最近、インターネット上のWebに営業拠点を移した。旅行代理店や航空会社が利用しているオンラインシステム"Apollo"と連動しているのが特色で、利用者はインターネットから各社のフライト情報を入手し、予約することができる。もちろん、日時と出発地、目的地を入力して一番安い便を捜したり、レンタカーの予約も可能である。このサイトの売上げは年間約2000万ドルと言われている。

 既に思いつくものはほとんどサイバーモール、サイバーショップで売られている。インターネット上で欲しいものを捜すには、YahooやAlta Vista、Lycosなどの一般的なダイレクトリやサーチエンジンを利用してもよいが、サイバーモール、サイバーショップを専門にしている Commercial Site Index (http://www.directory.net) やThe Shopper (http://www.shoppingdirect.com/shopper.html) 、The World-Wide Web Shopping Directory (http://www.worldshopping.com/director.html) 、Hall of Malls (http://nsns.com/MouseTracks/HallofMalls.html) などが便利である。

何が売れるのか?

 インターネット上で何を売れば儲かるのだろうか。それが分かるくらいなら、レポートを書くのを止めてサイバーショップを開いた方がよいし、分かっている人はそれを他人に教えはしないだろう。ちなみにアクティブメディア社は、サイパースペースで成功した例を集めたレポートを有料で販売している(http://www.activmedia.com/CaseStudies.html)。二匹目のドジョウを狙うなら、こうしたレポートは役に立つかもしれない。
 とは言いつつ、利用者の立場でインターネットでのショッピングのメリットを考えてみよう。思いつくメリットは以下のとおりである。

  1. 時間が節約できる

  2. 価格が安い

  3. 通常では入手できないものが手に入る

 買い物には楽しい買い物とそうでないものがある。楽しい買い物とは、ショッピング自体が娯楽的な意味あいを持っているのだから、何も時間を節約する必要はない。服を何着も試着し、店員を冷やかし、モールの中をゆっくりと散歩しながら買い物を楽しめばよい。そうでない買い物はさっさと済ませたいと考えるのが普通だろう。とすれば、サイバーショップでの買い物は、きわめて時間の節約になる。店まで出かける手間もいらないし、店は24時間開いている。買いたいものが決まっていれば、捜すのも比較的容易である。例えば、Jimmy Carterのお気に入りの本、"Let Us Now Praise Famous Men"(James Agree & Walker Evans著)を捜すなら、街角の本屋より、インターネット上のサイバー・ブック・ストアの方が早いだろう。

 問題は、買い物が楽しいか楽しくないかは、商品によって決まるのではない点にある。例えば書籍でも、書棚の間をうろうろしながら、ときおり目についた本をぱらぱらとめくっていると、すばらしい本に出会うことがある。また、楽しい買い物がインターネット上でできないかというとそうでもない。このご時世だから、ネットサーフィンしながら買い物を楽しむ人も増えつつあるだろう。ここでの結論は、買いたいものがはっきりしていて、ショッピングに時間をかけたくない場合はサイバーショップが適しているということである。

 さて、第2の要素は「価格が安い」である。オンラインショッピングの場合は、カタログ販売やテレビショッピングのように流通経路が省略され、中間マージンが減る分だけ価格を安くできる。またカタログ販売と比較しても、Webページを利用した方が、印刷物を作成して配布するよりコストは安くなる。しかし、実際のサイバーモールの商品価格は劇的には安くなっていない。カタログ販売と同等か、やや安い程度である。ただ、エレクトロニック・コマース時代には、単に中間で搾取しているだけの、つまり付加価値を付けられない流通業者は生き残れなくなるだろう。

 サイバーショップは隣のビルの中にあろうが、地球の裏側にあろうが、サイバースペースにおける距離はほとんど同じである。もちろん物流にかかる経費や時間は多少違うが、日本の消費者でも、容易に米国にあるサイバーショップで買い物ができる。例えば、先に紹介した実社会では簡単に入手できない商品でも、サイバースペースなら容易に入手できる。カリフォルニア州のワイン専門 Virtual Vineyardsも(残念ながら日本語ではないが)日本人向けのページをつくっている。一方、売る側から考えれば、実社会ではマーケットがあまりにも小さくて商売にならなかったものでも、世界中をマーケットにすることによって十分な市場を確保することができる。ニッチなマーケットもサイバースペースでは大きなマーケットになりうる。

 何が売れて、何が売れないかを判断することは難しい。衣類はその風合いを確かめ、場合によっては試着が必要だからサイバーショップには向かないと言う意見もあるが、Levisモデル505でサイズは30-32と指定できるジーンズのようなものなら大丈夫だし、米国ではカジュアルウェアのカタログ販売は十分根付いているし、実際にサイバースペースではランジェリーショップが賑わっているそうである(奥さんや恋人へのプレゼントを買うにしても、実世界の店には入りにくいですからね)。

 実世界の商店やデパートがなくなることは考えられないが、今後ますます店舗はネットワークの中に移動していくだろう。サイバースペースの中では、資本金が数億ドルの企業も個人経営の商店も同等である。これをチャンスとみるかピンチと見るかによって、小売業、流通業者の将来は大きく変わることは確かだろう。

インタラクティブ・マーケティング(広告)

 企業のWebの最も一般的な利用方法は広告宣伝である。多くの企業のWebページには、企業自身の紹介、生産している(あるいは取り扱っている)製品やサービスの一覧、新製品の詳しい説明、プレス発表資料などが盛り込まれている。しかし、こうした広告を目的にしたWebサイトは、「情報の伝達」を目的にしているため、その多くが一方的に情報を発信するだけで、それが企業の売上げにどれだけ貢献しているか知ることはできない。そこで企業の中には、ホームページを訪問して名前などを登録した利用者だけに特別なサービスを提供するという試みを行うところがでてきた。企業はホームページ設置の効果をある程度定量的に確かめることができると同時に、貴重なマーケティング資料となる利用者に関する情報を集めることができる。

 9カ月前のレポートでも紹介したが、インターネットのインタラクティブ性を利用して、顧客サービスを向上させると同時に、企業としてのコスト削減を狙ったホームページもある。フェデラル・エクスプレス社のWebサイトでは、配送を依頼した荷物がどこにあるかを確認できる。もともとフェデラル・エクスプレス社では、預かった荷物の所在をコンピュータで管理し、顧客からの問い合わせに電話で答えていた。このシステムをインターネットに接続したのだが、これは顧客に対するサービスであるとともに、事務の合理化にもなる一石二鳥のシステムとなっている。つまり、顧客がインターネットを利用して荷物の所在確認をしてくれれば、それだけ問い合わせの電話が減少することになる。とすれば、インターネットの利用が増えるに従い、電話で応対する事務員の数を減らせるのである。ミュージカルやコンサートのチケットを電話販売しているチケット・マスター社も、同じような取組みをしている。チケット・マスター社にかかってくる電話の8割は、チケットの購入ではなく、ショウやイベントに関する問い合わせだという。約1年半前に立ち上げられたWWWサーバーは、こうした問い合わせの電話を減らしてくれるに違いない。

 既に大企業の多くはインターネット上にホームページを持っているし、中小企業でもホームページを持つところが増えている。しかし、こうした大企業の多くが、同業他社におくれてはいけないという理由で、ホームページの利用戦略の検討も行わないままスタートしていると見られており、業界では、こうした企業にとって96年は再考の年になるだろうとささやかれている。調査会社のIDC社は、現在ホームページを持っているFortune500クラスの大企業のうち、約20%は96年内に撤退すると予測している。

 漫然とホームページを創ったのでは大して役に立たない。ホームページを有効に利用するためには、知恵と工夫が必要である。

電子出版と情報サービス

 Webは情報共有を目的に設計されたこともあり、情報を広く一般に提供する目的には最適のツールである。世界中で、新聞、雑誌、放送などの既存メディアがホームページを開設している。既存メディアと同じ情報を掲載しているところもあれば、そうでないところもある。多くのものは無料であるが、徐々に有料のものも増えつつある。

 無料で情報提供をしている企業は、利用者から料金を取る代わりに、Webページ中に広告スペースを設け、スポンサーを募って収入を得ている。Webページに会社名や製品名の入った小さなグラフィックスを見かけることがあるが、それがバナー(Banner)と呼ばれる広告である。このバナーをクリックすると、その企業あるいは製品のWebページが画面に現れることになる。Webtrack社のニューズレター"InterAd Monthly"によれば、このWebページ上の広告のために95年第4四半期に1240万ドルが支払われている。Webページの上や下に並んでいる小さな広告に1カ月1万ドル前後の大金を支払っているのは、アメリカン航空やAT&T社、マイクロソフト社、スプリント社などの優良企業である。フォレスターリサーチ社は96年のインターネット上の広告市場は7400万ドルに達し、2000年には26億ドルになると予測している。こうした広告の効果を測定するため、バナーをクリックした回数やユーザ数を測定するソフトも開発されている。

 広告によって収入を確保しているのは、電子出版関係のWebだけではない。むしろサーチエンジンとよばれるWeb検索ツールを提供しているWebサイトの方が広告収入は多いかもしれない。ウェブトラック社によれば、広告収入の多いWebサイトは、Lycos、InfoSeek、Yahoo、タイムワーナー社のPathfinder、HotWired、WebCrawler、スポーツ専用チャンネルのESPNのSportZone、CNNなどである。

 ともあれ、情報サービスとインターネット上の電子出版を行っているWebサイトの例をいくつか見てみよう。

 Hotwiredは、デジタル・メディア情報誌「Wired」のホームページであるが、雑誌とは異なる編集がされている。おそらくインターネットの中では最も人気のあるページの一つで、記事やグラフィックスは常時入れ替えられており、利用者が投書したり、作品を掲載できるコーナーもある。利用料は無料であるが、広告主からバナーの場所等に応じて、月5000ドルから1万5000ドルの広告料を徴収している。

 NewsPageは、ユーザが選んだ分野のニュースを毎日電子メールで送信するサービスを行っている。サービスはグレード分けされており、料金はそのグレードと記事の分量によって異なる。基本料金は3〜7ドルで、記事は10セント〜10ドルとかなり幅がある。同社は開業5カ月で25万ドルの利用料金と20万ドルの広告収入を得たと言われている。

 Quote.Comは株式市況、企業決算、ビジネスニュースを送付するサービスを提供している。料金はサービスの内容によって異なるが、月10〜34ドル程度である。同社は初年度に購読料のみで65万ドルの売上げを達成している。

エレクトロニック・バンキング

 マイクロソフト社は94年10月13日、イントゥイト社を約15億ドルで買収する計画を発表したが、司法省が反トラスト法違反の疑いがあると調査を開始したことから、結局95年5月22日に同社は、この買収計画を断念した。イントゥイト社は、家計管理ソフトのベストセラーである"Quicken"のメーカーで、司法省は当時、マイクロソフト社がQuickenを手に入れることによってエレクトロニック・バンキング市場を独占する恐れがあると判断して調査に着手したのである。

 エレクトロニック・バンキング(新聞雑誌では「オンライン・バンキング」という言葉の方が一般的である)は、顧客にとって便利なサービスであると同時に、銀行の対顧客事務処理コストを80%も削減する効果をもっていると言われている。米国では既に多くの企業がエレクトロニック・バンキング技術の導入に踏み切っている。シティバンクは自宅にパソコンから口座管理やローン支払いが可能な専用のエレクトロニック・バンキング用ソフトウェアを顧客に無料で配布しているし、ノースカロライナ州のネイションズバンクは、Quickenと同様の機能を持つ"Managing Your Money"の開発元であるMECA社を買収している。

 周知のとおり、インターネットがエレクトロニック・バンキングの舞台として本格的に利用されるようになるためには、技術的課題、特にセキュリティ問題を解決する必要がある。しかし、米国では既に、インターネット上でのエレクトロニック・バンキングサービスが開始されている。いくつかの例を見てみよう。

 カリフォルニア州を本拠地とするウェルズ・ファーゴ銀行は、95年5月から顧客サービス用のWebページを立ち上げている。当初はセキュリティ面の懸念から、残高照会、取引記録照会などの情報提供に限定されていたが、96年5月13日から本格的なエレクトロニック・バンキング・サービスを開始した。現在、同銀行口座間の振込やローンの支払い、クレジットカードの支払い(米国の場合、クレジットカードの支払いは、月1回、送られてきた明細表を確認して小切手を郵送するのが普通)が可能である。なお、残高照会の結果や取引記録は、"Quicken"や"Microsoft Money"にダウンロードできる他、表計算ソフトのデータとして保存することもできる。

 ケンタッキー州のカーディナル・バンクシェアーズ社は95年10月18日、子会社の一つを「セキュリティ・ファースト・ナショナル銀行」という名称のインターネット専用銀行に模様替えした。この銀行は、全米の顧客を対象に、小切手口座とローン等の支払いサービスを提供している。利用者は、インターネットを利用して、送金や支払いを指示することができる。相手が電子的な送金を受け取れない場合は、銀行側が代わりに小切手を作成して郵送してくれる。

 ミシシッピ州のブリトン&クーンツ・ファースト・ナショナル銀行も、インターネットを使って本格的なエレクトロニック・バンキング業務を行っている。利用できるサービスは、口座残高照会、口座振替、電気料金などの支払い、送金などである。

 約15年前から独自のネットワークでホームバンキング・サービスを行っていたバンカメリカも96年6月、インターネットとアメリカ・オンラインを利用したエレクトロニック・バンキング・サービスを開始した。残高照会、取引記録のダウンロード、請求書の支払い、口座振替などが可能である。特に、送金相手がバンカメリカに口座を持っていなくても送金できるのが特徴となっている(同行内に相手口座がない場合は、自動的に電子メールが同行の担当者に送られ、オフラインで処理される仕組みになっている)。

 エレクトロニック・バンキングに関心をもっているのは、銀行ばかりではない。むしろソフトウェア企業の方が熱心かもしれない。マイクロソフト社は96年3月、同社のMicrosoft Money を使ったエレクトロニック・バンキング・サービス戦略を200以上の金融機関に対して明らかにしたが、96年5月8日には、計58の金融機関がこのサービスへの参加を表明したと発表した。一方、家計管理ソフトとしては最大のシェアをもつイントゥイト社は、子会社を使ってインターネット上でQFN (Quicken Financial Network) と呼ばれるWebサイトを運営している。すでに25の金融機関がQFNを通じてonline bill paymentサービスなどを提供しており、さらに14の金融機関がまもなくこれに加わる予定である。かつて買収する側と買収される側であったマイクロソフト社とイントゥイト社は、エレクトロニック・バンキングの世界で激しい競争を行っている。

 なお、説明するまでもないが、こうしたアプリケーションの多くは、セキュリティ確保のためにRSA公開暗号鍵システム、triple-DESなどの暗号技術を利用している。

(次号に続く)

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