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「本の福袋」その10 『さよなら!僕らのソニー』 2012年4月

ソニーは憧れのブランドだった。ラジオもラジカセも、携帯型音楽プレーヤーもテレビも、ソニーの製品はカッコよくて、そしてちょっと高かった。学生時代はあまり経済的な余裕がなかったので、ソニーの製品が欲しくても、やむを得ず他のメーカーの商品を購入したことが多かったが、社会人になってから購入したAV機器はほとんどがソニー製品だった。
そうそう、ワープロ専用機もソニーのPRODUCE(プロデュース)を使っていた。「えっ、ソニーがワープロを作っていたの」と思う人もいるかもしれないが、珍しい2インチのフロッピーディスクを使ったコンパクトでクールなワープロだった。
1994年5月にJETROニューヨークに赴任した時も、テレビ、ビデオ、ステレオはソニーを選んだ。近くのショッピングモールにある家電量販店でソニー製品ばかりを買うものだから、フットボールのラインマンのような体格の店員に「またソニーを買いに来たのか」とからかわれた。
今も自宅のリビングルームにはソニーの液晶テレビとHDD内蔵ビデオレコーダーがある。ただ、持ち歩いている携帯型音楽プレーヤーはウォークマンではなく、AppleのiPodになってしまった。
 
ソニーのブランドが憧れであった時代は終わってしまったが、個人的にはまだソニーが好きで、ソニーの動向が気になる。
サイバー大学でITビジネスについて教えているのだが、そこではソニーの設立趣意書を取り上げている。1946年のことなので正確には東京通信工業株式会社の設立趣意書である。創業者の一人である井深大(いぶかまさる)氏が起草したものだが、これが実に素晴らしい。
会社設立の目的として最初に掲げられているのは「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」である。そして、経営方針には「不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の大を追わず」「経営規模としては、むしろ小なるを望み、大経営企業の大経営なるがために進み得ざる分野に、技術の進路と経営活動を期する」と述べられている。
しかし、ソニーは結局のところ大会社に成長し、「大経営企業の大経営」に突き進んでしまったように思える。
 
今回取り上げる『さよなら!僕らのソニー』は、そんなソニーを長期間取材してきたノンフィクション作家の立石泰則氏の力作である。タイトルもさることながら、太い帯には「ブランドをダメにしたのは誰だ!」「ジョブズになぜ敗れたのか」と印刷されていてかなり刺激的なのだが、そこには出井伸之氏とハワード・ストリンガー氏の写真が掲載されている。ちなみに、出井氏は、1995年に末席の常務から14人抜きで社長になり、1999年にはCEOに、2000年には会長兼CEOになった。ストリンガー氏は出井氏の後継者で、2005年に会長兼CEOに就任している。
 
しかし、本のタイトルや帯のメッセージとは異なり、筆者は冷静にソニー凋落の原因を、創業からの歴史をたどりつつ、過去のインタビューや歴史的事実に基づいて解き明かそうとしている。なぜソニーらしい商品が生まれなくなったのか、なぜテレビ事業が赤字になったのか、なぜ出井氏はストリンガーを後継者に選んだのか。
ソニーのことをよく知らない人でも、ソニーがグローバル企業に脱皮していく中で、創業の理念や創業時の企業文化を失っていく過程が理解できるように記述されている。ただ、経営者の評価は、その人の視点によってかなり異なるので、筆者の結論に同意できない人もいるだろう。それでも十分に楽しめる本である。
 
この本が契機になったわけではないだろうが、ソニーは2月1日、社長兼CEOに平井一夫副社長を4月1日付で昇格させ、ストリンガー氏を会長とする人事を発表した。ストリンガー氏は、6月の株主総会で会長も退任し、取締役会議長に就任する予定だという。
そして4月12日には平井新社長が新しい経営方針を発表した。2012年度内に国内外で従業員1万人の削減を行うとともに事業の再編成や本社・事業子会社・販売組織の再構築を進め、2014年度には売上高8兆5000億円、営業利益率5%以上を目指すそうだ。
さて、この本の続編はどうなるのだろう。
 
 【今回取り上げた本】
立石泰則『さよなら!僕らのソニー』文春新書、2011年11月、830円

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