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DX再考 #10 所有から利用へ/サブスクリプション (その1)

サブスクリプションとは

 サブスクリプションとは、製品やサービスなどの一定期間の利用に対して、定額の利用料を支払うものをいう。
 分かりやすい事例は、音楽のサブスクリプション・サービスだろう。かつて音楽は、レコードやCDなどの音楽を収録したパッケージ・メディアとして販売されていた。インターネットの発達によって音楽をダウンロード販売できるようになったが、これはメディア(媒体)がパッケージからオンラインに変化しただけで、音楽という情報財を販売するというビジネスモデルには変化がなかった。ところがやがて決められた月額料金を払えば、ネットの向こう側にある膨大な種類の音楽を好きなだけ楽しめるサービスが生まれた。これが音楽のサブスクリプション・サービスである。
 音楽を提供する側から考えれば、レコードやCDなどの製品を販売するビジネスモデルから、好きな時に好きな音楽を楽しめるサービスを提供するというビジネスモデルへの転換である。
 一方、利用者側では「所有から利用へ」のパラダイム・シフトが起きている。音楽という情報財を購入して保有し、それを楽しむのではなく、いつでも好きな音楽を楽しめるという音楽の利用権を購入していることになる。
 この大きな転換の背景には、インターネットの高速化と安定化、スマートフォンのようなモバイル機器の普及がある。

情報財のサブスクリプション

 デジタル化できる情報財はサブスクリプションに適している。前述の音楽の場合、国内で利用可能なサブスクリプション・サービスは、Amazon Music Unlimited、Apple Music、Spotify、Rakuten Music、LINE MUSIC、dヒッツ、auうたパス、AWA、YouTube Music、AWA、TOWER RECORDS MUSIC、KKBOX、SMART USENなど選択に困るほどある。
 同様に動画ではAmazon Prime Video、Hulu、Netflix、dTV、Rakuten TVなどのサービスが、書籍・雑誌ではKindle Unlimited、dマガジン、楽天マガジン、ブック放題、ブックパスなどのサービスがある。
 またソフトウェアの分野でもサブスクリプション・サービスが増加している。サイボウズのkintoneのように最初からサブスクリプションとしてスタートしているものもあるが、マイクロソフトのOffice365やアドビのAdobe Creative Cloudのように、パッケージソフトからビジネスモデルを転換したものも多い。

 情報財とサブスクリプションとの相性は極めてよい。その理由は情報財の持つ特質にある。これはいずれ詳細に解説する予定であるが、ここでも簡単に説明しておきたい。
 自動車のような非情報財の場合、コンセプト作りから設計、プロトタイプや試作の製作などにかかる費用(これが本来の生産コスト)もそれなりに大きいが、1単位(自動車なら1台)当たりのコストで考えると、実際に商品を生産するコスト(本来の再生産コスト)の方が大きくなる。
 しかし、デジタル財の場合には最初のオリジナル・コピー(原本)を作成するコストは高いが、再生産コストはほとんどゼロである。映画を考えれば分かりやすい。一般的に、映画の製作コストは1億円〜数十億円、大作になると百億円を超えるが、デジタル化された映画のコピー費用は、この制作費に比べれば格段に安い。ソフトウェアの場合も同様である。
 これをグラフにすると以下のようになる。

情報財の売上と利益の関係

 情報財の場合、まったく売れなかった場合、初期コストを回収できないので大幅な赤字になるが、販売量が増えれば、あるポイント収支がトントンになり、それ以上に販売が伸びれば利益がどんどん増えていく。非情報財の場合も売上が増加すれば利益が増えるが、情報財の場合には売上が増加すれば利益率が上昇するのが特徴である。

 つまり情報財の場合、その利用者が増えてもさほど総コストは増加しないため、利用者数が一定数以上見込めるのであれば、比較的低価格の料金でサブスクリプション・サービスを提供できるのである。

(事例) dマガジン

 dマガジンは、NTTドコモが提供している電子雑誌のサブスクリプション・サービスである。料金は440円/月(税込み)と雑誌一冊分程度の低料金であるが、総合週刊誌や月刊誌はもちろん女性誌、男性誌、趣味に関する雑誌やムック本まで多彩な領域の雑誌1,000誌以上が読み放題となっている。
 ただ注意すべき点がある。それは雑誌によって読めない記事があることである。たとえば、週刊文春の場合、スクープ記事や特集記事は読めないことが多い。
 一方で、紙媒体の雑誌とは異なり1アカウントで、同時にブラウザ版1台、アプリ版5台の合計6台まで利用できるというメリットがある。

(事例)Adobe Creative Cloud

 Adobe Creative Cloudは、アドビが提供するサブスクリプション・サービスで、PDF作成・編集が可能なAcrobat、画像編集ができるPhotoshop、グラフィック・デザインの作成に用いるIllustratorが含まれている。
 以下のグラフに示すように、アドビは、2008年くらいから売上高は横ばいになり、純利益も低迷するような状況にあった。そこで2010年代前半に取り組んだのがサブスクリプション化である。つまりパッケージ販売のビジネスからサブスクリプション・サービスのビジネスに転換を図ったのである。これが功を奏して2015年くらいから売上高・利益ともに右肩上がりになっている。

出典:アドビのIRページ
(https://www.adobe.com/investor-relations/financial-documents.html)

 アドビの業績が2000年代末から伸び悩んだ原因は、一種のオーバーシューティングにある。パッケージ・ソフトウェアのビジネスではありがちなことなのだが、バージョンアップを何度も続けていると商品が売れなくなってくる。もちろん新バージョンのソフトウェアは旧バージョンより機能・性能面で優れているのだが、利用者からみると、追加された新しい機能や性能がそれほど魅力的に見えなくなってくるのである。
 ちょっと極端な例で言えば、1分かかっていた処理が10秒でできるようになれば、利用者は大喜びで新バージョンのソフトを購入するに違いない。さらに同じ処理を1秒に短縮できるバージョンが発表されれば、そもバージョンも売れるだろう。さらに改良されて同じ処理が0.1秒に短縮されたバージョンはどうだろう。たぶん新バージョンを購入しない利用者が出てくるに違いない。そして0.01秒に短縮したバージョンはおそらくほとんど売れない。
 つまり利用者は今使っているバージョンに十分満足してしまうと、新しいバージョンを購入しなくなるのである。これがパッケージ・ソフトにおけるオーバーシューティングであり、これを回避する方法がサブスクリプションなのである。


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