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コメント書きtorovとしてのわずかな痕跡

かつてはどこのブログでも書き込みが出来る掲示板があり、
ネット環境が自宅に整っていなかったので、「まんが喫茶」で
書き込みを月に2度ほどしてくる為に準備する、といふ
ルーティーンがあった頃、良く各所のブログや掲示板で
書き込みをしていた時期がありました。

その中でも家に「月刊アニメージュ」のバックナンバーが
揃っていたので、データに協力したところがわずかに残って
いるようなので、まずは紹介。

「あずき残雪」さんのトコに残ってるアニメ版『クッキング
パパ』の話数毎のデータですね。

一応その当時書き込んでいた際のメモは見つかりましたので
(当時の掲示板ログは既にない)
ま、(データ的な補遺はまま省略するとしても)附随して
伝えていた当時のサイドエピソードなどと共に纏めてみました。

ところで、声優のキャストで(ほぼ?)全話に「コックさん」
という役名で声優の峰あつ子さんが出ているのだが、
どう見ても本編には登場していないことの方が多い。


について一言。峰あつ子さんが演じられていたコックさんは
豚のキャラクターで料理を説明するバイプレーヤーだったかと。
本編にも時々出てくるけど、むしろED前の実写パートで
喋っていた方が多かったような。

これは、おそらく実際に料理を作って作画用に写真を提供
する仕事を、料理が得意な(?)声優の峰さんが担当した
のではないかな、などと推測していますが、実際はどう
なのでしょうか?

これについては当時「アニメージュ」のパーフェクトガイド
内でコメントしていたエイケンの一色弘安プロデューサーの
言が一番わかりやすいので、そこから引用します。
(→1992年11月号から)
 <エンディングのまえに、放送してますレシピ(料理)に
ついて今回は触れてみたいと思います。
 製作しているプロダクションは大阪のロオル企画という
ところです。
ビデオ撮影していますが(中略)料理学校の先生といろいろ
打ち合せをして準備して……本番までたいへんです。撮影
したビデオを、東京に送ってもらい、声と音を入れてまた
大阪へ送りダビングをして完成です。
演出は山口さんという方ですが、私どもと連絡を取り合い、
確認しながら進めてます。おかげさまで視聴者のみなさま
から、料理の作り方がとても良くわかると好評です>
 なので当時から料理実写パートとアニメパートは別作業で
作っていた、といふことです(まあ制作はABCの方でした
から、当時やっていた「金子信雄の楽しい夕食」あたりの
料理を短時間で魅せるノウハウなどをここの「クッキング
パパ」の実写パートに注ぎ込んでいたのかな、といった
感じを当時観た感じでは受けていた、と思うのですが)。

そういえば『クッキングパパ』の話で実写の料理レシピ
コーナーの名前はなんだっけか、と思いましたら
(重箱のスミデータ)にありました。
あれは「今晩のうまかもん」といふコーナーだった模様。
子供たちが作った時には(例えば「はじめての兄妹ゲンカ!」
の回などは)コーナー名も「まことのキッズクッキング」
といふ名前になっていたかと。
(その後は「クッキングパパ 荒岩流 クッキング」に
なっていたのかな)

67 みつぐ君のお料理教室
73 お騒がせの田中兄弟(プラザーズ)! と同じスタッフです。
雪室俊一 白土武 白土武 大戸幸子 でOK。
一番視聴率が関東圏で良かったのはこの頃で10%越えて
ますね。
(因みに当時の関東ビデオ・リサーチでの最高視聴率は
アパートから近くの一軒家に引っ越した72話で11.6%)
108 みつぐ君の名コック宣言
脚本-雪室俊一、演出・絵コンテ-志村錠児、作画監督-柳瀬譲二。
志村錠児さんはその後『はれときどきぶた』等で注目され、
『キョロちゃん』や『忍たま乱太郎』『カスミン』などでも
いい味を出していた演出家。
昨年(2004年)に何かのアニメの監督やってた気がしたけど
何だったかなあ(あ、映画『新暗行御史』か)。

ちょっと時間あるので「クッキングパパ」の
サブタイトルリストもう少し補完しましょう。
(こないだ残りのデータ発見したもので。平均視聴率は
全151話で7.8%。個々の視聴率との参照データが
必要なら適宜付けることもできるけど)
 あと全体的にエイケン作品は「キテレツ」のぎゃろっぷと
同じで話数差し替えのひどいのが多いので(大体テレビ
局の編成の犠牲になっていることも多いけど、作品
管理がなっていない場合も多い。日アニの名作劇場も
このケースで正確なデータが散逸しているケースも多い)、
そのあたりも考慮して、気になったところから。

*3話は全国では1992/04/16のオンエアでしたが、
関東圏のみ1992/04/17の午後5時からオンエア。
(理由は関東ローカルで野球中継の為)
4話が23日、5話30日の放映。

*1992年8月は問題なく6.13.20.27日に
19-22話がオンエアされましたが、1992/08/27の22話の
スタッフリストが違うようです(脚本は雪室氏で間違いないですが)。
演出-大町 繁、絵コンテ-青木悠三、作画監督-平山英嗣です。
何故違うかはこの後の出来事が絡んでいるかもしれないので、
それを述べます。
*問題は1992年の9月3日。23話は(ここでは26話にある)
「もやしっ子熱血シュート!」をオンエアする予定でした。
しかし、ヤクルト対巨人戦をオンエアした為に23話は飛ばされて、
10月15日に振り替え放映されたことになっています。
 なので、一部データではこのあたりの表記を繰り延べたり
ずらしたりして書かれていることが多いので注意が必要。
(で、22話の以前のスタッフリストはその「もやしっ子~」の
スタッフリストと同じものだったので、まあそのあたりかな、と)

と、その前に(こちらも意外な発見をしてもうた)。
後に「レシピ」の問い合わせがあったことに対して
一色PDは1993年当時で、ビデオ撮影している
プロダクションを次のように言い直している模様。
「このレシピは実写ですので、大阪のエックスワンという
プロダクションでビデオ撮影しています。」
株式会社エックスワンは制作プロダクションで、1993年5月に
設立されたことから、このような言い直しが必要だったのでしょう。
(ともかく関西の制作会社としてはなかなか知り得ないところ
ですが、やしきたかじんの番組や「上沼恵美子のおしゃべり
クッキング」を制作した会社が『クッキングパパ』の
料理コーナーを担当していたのは間違いないようで)

*あとこの間にあるものでは54話の放映時間。
(従来のデータでは「52 大魔人コロッケ大王だぞ 」が
それにあたります)レギュラーの時間帯が西武×近鉄の
ナイター中継となったために、関東では5/7(金)の
16:20-16:50に振り替え放映された、と。

*春の放映休止はまず4月28日にナイター中継が
あり、その余波で調整されてしまった話の放映日変更が
いくつかあり、以降5月から10月まで二重ナンバーの
ついた話数がボロボロ出てきます。
(これはまた「キテレツ」とか「こち亀」とか
「ハーイあっこです」とかでもよくあるおハナシ。
後へ行けば行くほど制作管理がグダグダになってて
放映話数と制作ナンバーがゴッチャになってズレる)

*ちょうどアニメの世界では転換期が訪れて阪神大震災後
のこの春には「ガンダムW」が始まる一方、「チャチャ」
のブレイクから監督として一人立ちした佐藤竜雄氏の
初テレビシリーズ監督作品「飛べ!イサミ」や、
「ふしぎ遊戯」等がスタート、半年後にはガイナックスの
新作「新世紀エヴァンゲリオン」が控え、富山敬が9月に
亡くなった後に幕を開けます。

あとは<1995年4月のオンエア日が/13.20.27、
5月が/4.11.18.25日にオンエアで25日が
最終話。>6月からは(あの暗黒モノローグな)「H2」が
東宝の肝煎りでスタートするわけです。
(オンエア時の成長要素は鈴木真仁のモノローグスキルが
上がっただけで、後世的にはツダケンこと津田健次郎が
この作品でデビューする。そんな惨敗アニメがあって、
ABCはここのアニメ枠を喪うと)

で、後学的に言うとほぼ一人で脚本執筆していた雪室氏は
余力を残して『こち亀』の1クール目時代に少し関わり
『サザエさん』の脚本ローテーションに復帰。そして
じきに『あずきちゃん』と出会うことになる、といふ次第。

それと気になるところは「オープニングアニメーション」
「ASATSU(現ASATSU-DK→更に社名変更でADK、にはなるのか)
の山崎立士PDの参加」「みつぐくんの声の人変更(初代の
頓宮恭子さんは「プロゴルファー猿」のサルや「ダーティペア」
のケイ等で主役を張っていた有名な人。

多分この前後で産休やら何やらが重なって声優を休業したの
ではなかったかと→二代目の丸山裕子さんは「ギャートルズ
(初)」のゴンや「キャプテン翼(初)」の石崎了など
血の気だけは多い腕白なガキをやらせたら天下一品の声優さん
ですね。古くは「ロボタン」のロボタン(主題歌も)から
後年では「ワタル」シリーズのオババなんかもこの人の
声になるものです)」が全てクレジット変更される47話から、
の扱いでしょうか。
一応春の増刊号「マラソン大会」あたりからだと思いますので
50話からにして頂けるといいのかな、と思うのですが……。

あと考えてみればOPの作詞は「お料理行進曲」の森雪之丞
だけど、作曲もまた料理番組としては息長く続けられている
「ひとりでできるもん!」の池 毅なんですな。料理番組の
主題歌として納得(ちなみついでにこの主題歌を歌っている
YASUは北海道のラジオの人気番組を持つ地元密着型の
マルチタレントになっています)。


(後学的な説明を加えると、「どれみ」世代にはストライクの
「おじゃ魔女カーニバル」を作ったのも池毅。俳優として
子役から飛躍した福原遙を有名にした「あいまいまいん」の
主題歌もまた池毅。で、「YASUにいろいろ言われまくって
ヘコんでる」と聞いたのはいつの日のことだったか。ちょっと
したニュースのコーナーで挿入歌に「エヴァンゲリオン」
BGMの「MISATO」を紛れ込ませたDが元RADIコミ
リスナーだったので、そんな話も昔聞いたような)


「あずき残雪」さんとは現在連絡を取る手段がないので
ひとまずこう纏めてみました。


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