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『シャドウ・オブ・ウォー』を数時間プレイしたトールキンファンの感想

2017年発売のゲーム『シャドウ・オブ・ウォー』、原題 Middle-Earth: Shadow of Warをプレイしてみました。

他の記事を読めばわかるかもしれませんが、僕はこのゲームのベースの設定となっている、J.R.R.トールキンの創造したアルダという世界(とともにトールキン自身)のファンで、トールキン自身の諸々の著作に非常に感銘を受けているだけでなく、おそらく彼の最も有名な作品である『指輪物語』を元にした映画『ロード・オブ・ザ・リング』が映画の中でダントツで一番好きです。このゲームへの入り口はそこでした。

そもそもなぜこれをやってみる経緯になったかを説明しないと伝わらない内容があるので説明すると、僕は小さい頃からゲーム機を買ってもらったことがなく、ほぼ唯一遊んだことがあったのが、これも『指輪物語』を原作とする The Lord of the Rings Online (LotRO)と、『スター・ウォーズ』の派生作品である Star Wars: The Old Republic(SWToR)くらいでした。つまり、僕が今回のSoW以前にアクセスできたゲームというのが基本的にフリーのMMORPG(Massively Multiplayer Online Role Playing Game)で、有料ゲームはほぼほぼプレイしたことがないという状況でした。最近になってWindowsのパソコンを買ったことで色々な無料MMOがプレイできるようになり、Archeage、Guild Wars 2、『黒い砂漠』、Defiance、Life Is Feudalなど色々試してみたのですが……

僕は正直、MMORPGが嫌になってきていました。そもそも僕は他人と協力プレイをするのがあまり好きではなく(時間を自分で決められないので)、ソロプレイに偏っている人間だったので、ソーシャル要素のあるMMOは向いていなかったのかもしれません。でもそれよりも、僕にとっては大きな問題がありました。

上に挙げたふたつの作品を例外として、作品の世界観に興味が持てなかったのです。一度LotROの世界(=『ロード・オブ・ザ・リング』の世界=トールキンのアルダの世界)の深さに触れてしまうと、原作+膨大な背景設定をもつLotROを上回る世界観設定にはそうそう出会えず、そのゲームをプレイする意欲が続かなくなってしまうのです。

どのMMORPGを取ってみても、ファンタジー系の設定だと、人間とエルフとドワーフとオーク/ゴブリン+αくらいの種族がいて、だいたい2〜4くらい大陸があって、何柱か神々の設定があって、邪悪な神の勢力と戦う……的な、言ってしまえば「量産型」で、作り込みの中途半端な設定しか出てこない。あと往往にしてストーリーが薄くて、クエストで散々雑用をやらされる中でストーリーを忘れてしまう。開発者の人には大変申し訳ないのですが、僕はMMOをプレイしている層の中では異常に世界観設定とストーリーにこだわる方なのではないかと自分で思うので(戦闘とかのゲームプレイはヘタクソなので苦労しています)、これが平均的な意見かと言えば全くそうではないと思います。だからMMOにはMMOで客観的に良いゲームはあるものと思います。悪しからず。

かといってLotROが完璧かといえば、残念ながらそうとも言えないところがありました。世界観設定は、天下のトールキンの世界を舞台にしている以上僕としては素晴らしいと思うのですが、なにしろ10年以上前のゲームなので、ゲームシステムも古いし、グラフィックも古いし、人も少ないわけです。

僕は色々自分のニーズに合ったものを探して基本無料のMMORPGを色々とやってみたのですが、行ったり来たりしているうちに嫌気がさして、思い切って大好きなアルダの世界の設定を元にした買い切り型有料ゲームに手を出そうと思い、2017年発売と新しく評価も高い『シャドウ・オブ・ウォー』のデフィニティヴ・エディションを購入しました。100GB超えの巨大なゲームファイルのインストールが終わり(参考までに、MMOはだいたい15〜45GBくらいが普通だと思います)、2時間くらいプレイしたところで、「いやぁ、6000円でいいんですかこれ?」と呟きました。

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記事内の画像はゲームプレイ中に撮ったスクリーンショットです。

僕がもともとトールキンファンで、ゲームの世界観に最初から馴染んでいることとか、これまで他のオフライン系のゲーム(という言い方はするのだろうか)をやったことがないということとか、上記に書いた通りゲームにやたらストーリーを求めている点などを考慮すると、かなりバイアスがかかった意見にはなると思うのですが、僕が何年もMMOに探し求めていたものが、全部ありました。同時に、それをMMOに求めるのは愚かだったことに気がつきました。

他のプレイヤーとのやりとりとかレベルの差を考えなくていい空間で、『ロード・オブ・ザ・リング』の壮大な世界を、エルフの霊に憑依された野伏タリオン(この設定の時点で強すぎませんか?)を操作して走り回れる。しかも、その辺の知らないエルフではなくて、『ロード・オブ・ザ・リング』の一連の出来事の元凶となる「力の指輪」を制作したケレブリンボールの霊です。物語の途中でゴラム(「一つの指輪」の力で堕落してしまった小人)とシェロブ(『ロード・オブ・ザ・リング』の大蜘蛛。このゲームでは人間の姿をしていて味方サイドです——今の所)も登場するし、敵側でもアングマールの魔王を含めたナズグール(冥王サウロンの手下たち)たちも登場しています。十分に原作の内容がリスペクトされていながら、原作ではさらっとしか触れられていない出来事を膨らませて、エンターテイメント性も両立されています。

何より、世界の設定を見ていてそれだけで飽きないし、「地名とか人名とかを見て世界に入り込めなくなる瞬間」がない。

どういうことかというと、原作のないコンヴェンショナルなMMORPGでは、キャラクター名や地名がヨーロッパ風にできていて、「あれ? これ異世界の話なんじゃないの? なんであなたの名前はフランス語なの?」みたいなのが多発するわけです。個人的には。でも、『シャドウ・オブ・ウォー』では、いちいち全ての固有名詞が、言語学者でもあったトールキン自身が創造したエルフ語だったり暗黒語だったりを使って、一貫性をもって作られている。全くプレイヤーには意味が説明されない固有名詞でも、エルフ語の文法書等についているグロッサリー(ちゃんと文法が作られている人工言語なので、トールキンが書いたものではないにせよ、文法書と呼べるものがいくらか存在します。僕は今のところ David Salo という言語学研究者の書いた A Gateway to Sindarin を愛用しています)を使えば意味がわかってくるのです。

例えば作中登場する、ハイディア Haedir というアイテムは、映画にも登場するパランティーア Palantír (「見る石」の意味で、)の劣化コピーみたいなものであるという設定で登場するのですが、辞書を引くと hae は「遠く」、dirはtir-「見る」からきているようで、つまりは「遠くを見るもの」と訳されるわけです。おそらくそこまで考えずに響きを重視して名前をつけていると思われる一般のMMOとは違って、ストーリーラインとは全く関係ないように見える要素ですら、世界観の構築にもれなく貢献しているわけです。ゲームの世界の中で、ゲームよりも大きな世界が生きているのです。

他にも、主人公キャラクター(タリオン)が仲間に指示を出すときの効果音で、ささやき声で 'Ash nazg...' というのが聞こえてきます。これは、暗黒語で「一つの指輪」(映画の中で問題になっている金色の指輪)を意味する語句で、指輪にテングワールという文字で刻まれた暗黒語の詩の最初の2語と同じものです。よく聞いていないとわからないことですし、大半のプレイヤー、特にトールキン作品だからという理由でプレイしているわけではないプレイヤーにとっては(ただ単によくできたアクションゲームと見ることもできますし、実際このゲームは一般にはどちらかというとストーリーや世界の設定よりも戦闘システムが好評を博しているようです)なんでもないことだと思いますが、僕としては興味深いディテールでした。

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他にも、ケレブリンボール(の霊)が持っている武器がアイグロスの槍(これはもともとギル=ガラドという、「力の指輪」の一つを所持していた別のエルフの持ち物で、ギル=ガラドとアイグロスは『ロード・オブ・ザ・リング』冒頭の戦闘シーンにほんの少しだけ登場しているようです。フレームの中に写ってはいるもののそれが彼だという確証がないようですが)だとか、細かいことを言い出せばきりがありません。

こんなことを気にしながら『シャドウ・オブ・ウォー』をやっている人はあんまりいないと思います。でもトールキンファン、かつ創作者志望の人間としては、こういうディテールにこそコンテンツとしての価値、それだけでなくファンタジイとしての価値を見いだすのであって、開発者も意図を持ってそのようなディテールを差し込んでいるわけです。

だからこそ、ナズグール5人に囲まれるボス戦の時には、ナズグールたちがどんな力を持っているか知っているからこそ恐怖感がありましたし、最初のエリアであるミナス・イスィル(「月の塔」)が陥落してミナス・モルグル(「呪魔の塔」)に改称され、ナズグールたちに支配された恐ろしい土地に変貌していく様が、『指輪物語』でも映画でも描かれている後々のオスギリアス陥落やペレンノール野の戦いに——間接的ではあれ——つながっていくことを考えると、とても重みを伴ったものに感じられました。まあ、ゲームだけで完結しているMMOが主流な中、こんなに壮大なソースマテリアルがある時点でずるいと言われてしまえばそうなのですが、その設定をちゃんと生かして作られているところが優れていると思うのです。

この記事はあくまで感想をまとめたものなので、かっちりとした結論があるわけでもないのですが、とりあえず言えることとして、MMOは僕のニーズに根本的に合わないものだったことがわかり、かつ、やはり作品性が高いゲームを求めるならMMOに際限なく課金するよりも買い切り型のタイトルを購入してしまった方がいいということもわかりました。それから、『シャドウ・オブ・ウォー』は、ゲームでもアルダ/中つ国を探検してみたいすべての——とはいかなくても、トールキンのいわゆる「正典」に当たる内容を二次創作的に膨らませた設定・ストーリーが許容できるのであれば——トールキンファンにお勧めできる内容でした、ということも、トールキンファンの方には伝えたいです。一般的にはゲームシステムが注目された作品でありながら、

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プレイを続け、また何か言いたいことが出てくれば書きます。

最後に、アルダ/中つ国の設定に関して何かしら間違ったことを書いていたら、ご容赦ください。ご指摘いただければ追記で訂正します。

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