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「夜天一族」第九章

第九章 「静かなる波の涯て」シズカナルナミノハテ


「ねぇ、コン兄。アタシ達、いつまで経っても最終目的地に到着しないのはどうしてかしら?」
長兄と遭遇して、一緒に月の女神の居城に乗り込むつもりで意識を集中させた。
ここ、月の塔は想念が具現化する場である。
それを信じて目標を定めたはずなのに、一向にたどり着けないでいた。
「さぁ?私に訊かれても理解し兼ねるが・・・ここがどんなところなのかさえ知らぬのだから」
何も知らずに連れて来られただけの金剛には理解不能である。
「それもそうね。でも、もう、どうしたら好いのかしら、それに月の塔に入れたけれど、何事もなく無事に脱出出来るのか心配だわ」
往きたい場処へ往き着くことが出来ない上、外へ出られる保証もない。
「そうだな、せめてユージンに遭えれば、なんとかなりそうなのだが、奴も何処へ行ってしまったのか見当が付かないのだ」
すっかり忘れていたが、この長兄と月の貴公子と異名を持つユージンが親友だと云うことだ。
「ユージン様は月の女神と何か関係があるのかしら」
チャネリングによって月の塔へ呼ばれた自分は、月の女神とは接点らしきものは何もない。
それなのにどう云う間柄なのか分からないけれど、月の貴公子が現れた謎はある。
「さあ?しかし、心当たりが有りそうな様子ではあったな。もしかしたら顔見知りかもしれないな。あくまでも憶測に過ぎないが・・・」
長い付き合いであっても、理解出来ることの全てではないと云うことはある。
「他人んちのことなんて知らないことの方が大半よね」
菫青にも思い当たることは山ほどある。
それが自分の両親と重なる思いだ。
「まあ、そうだな、人は人、うちはうちだからな」
我が親達ながらの破天荒さには苦笑しか起きない。
「うん、そうだね。それにしても、王女は何処にいるのかしらね・・!???ナニ?」
二人の目の前が突然、光り輝き始めた。
「光の中に何かいるみたいだな」
太陽のような金色の光も、徐々に光彩を落としボンヤリした光の中に物体が浮かんでいた。
「コザル王女!」
目の前に現れた見覚えのある姿形に驚く。
王女は先ほどいた月の女神の居城から姿を消した。
「王女の様子が変じゃないか?」
眩く光り、宙に浮いている王女は眠りながら何か呟いている。
「何やらブツブツ云っているのは寝言かしら?」
両手を上げて抱き留めようとする菫青の動作に反応したのか、コザル王女が下降し始めた。
「王女は何を云っているのかしら?これは宇宙の言葉?不思議な響きだわ」
留めどなく王女の口からほとばしる宇宙語は、どんな意味があるのだろうか。
「もしかしたらコザル星の言葉なのかも知れないな。コザル語なのかも?」
二人の様子を視ながら金剛が感慨深げに呟いた。
「ええ?王女と出逢ってから初めてじゃないかしら、こんな言葉聴くのなんて今までなかったもの」
王女の口からは流れる音楽の如く流暢な宇宙の言葉が繰り出されている。
「しかし、王女は何処から現れたのだろうか。この塔は多次元なのか、分からないことばかりだな」
想念で移動出来る空間と、突如現れたコザル王女が何処にいたのか?
「分からないわ。この塔に入った瞬間、王女と別れてしまったのだもの。王女だけじゃなく、コザル王子とセイも生き別れたままだわ」
「生き別れ・・・少し大げさだが、こっちもユージンと生き別れたままだよ」
すっかり忘却の彼方へと化していた面子を思い出す。
「改めて思うけど、ユージン様は月の女神と何か関係があるのかしら?コン兄は何も聞いてないの?」

不思議な音域の言葉を吐き出すコザル王女は未だ目覚めず、菫青は複雑な面持ちで視詰めた。
「そう云えば、私もイーシャと名乗る月の塔の主とコンタクトを取ったが、彼女はこの塔に閉じ込められていると云っていた」
たった今、思い出したことを口にする。
「えっホント?イーシャは月の女神でこの塔に閉じ込められているから、アタシ達に救出を願ったみたいなの。コン兄とも繋がってたのね」
「ほんの数分、数秒と云える単位ではあったが、この時にユージンも一緒にいたのだが、ナゼかヤツに話す気にはなれなかったのだよ」
直感かも知れない。
月の女神と月の貴公子、この二人には関係性が既存する。
「そうなのね。ここは目的地に辿り着けないし、当人達には訊けないし、こんな手間の掛かる場処だなんて思いもよらなかったわ。正直、面倒臭い。もう帰りたい」
元々が大ざっぱで豪快な性格の菫青は細かなことは気にしない性質である。
何処か停滞してしまっているような状態にウンザリし始めていた。
「その気持ち分からないではないな。私も少々飽きて来た。何かあっても何もなくても、いつまでもここにいる訳にはいかないからな」
菫青を視付けた場処から移動したはずが、単に何もない光り輝く空間に放り出されただけである。
そして、突如現れたコザル王女と三人でどうしろと云うのだろうか?
「王女を起こしたら、ここは何処で王女は何を云っているのか訊きたいものだ」
しかし、起きればの話だ。
果たして王女は覚醒するのだろうか。
「コザル王女も王子も地球外生物であるのは一目で分かるけれど、一体、いつから地球に、月に、火星に、太陽系に飛来したのかしらね?」
双子が生まれた時には既にコザル兄妹は存在していた。
物心ついた頃には遊び相手であり、共に学び生活も共にすることもあった。
自然過ぎて不自然な共同生活かも知れないと、改めて考えると多々顕われる案件の数々。
「私が生まれる前には既に我が家に棲み就いていたようだ。父が最初に出遭ったのがコザル王子の方だと聞いたが・・・王女はその後、いつの間にかいたらしい」
聞けば聞くほど謎を呼ぶ。
「へぇ、もしかしたら、もっとずっとずぅ~っと、昔からいるのかしらね。今までジックリ考えたこともなかったわ」
地球と月と火星と、時々、棲息地が換わったりするが、コザル兄妹はいつも存在するモノだった。
それは当然のことでなんの疑問も持ってはいなかった。
「かつて、地球は三次元で単一の生命惑星としての存在でしかなかった。その頃から王子は地球に存在していたらしい」
「ええ?それってもう数え切れないくらいの年数が経っているってことでしょ?一体、王子も王女もいくつなの?不老不死なのかしら?もしかして、脱皮するのかしら?」
考えれば考えるほど発想が突拍子もなくなってゆく。
「脱皮するなら、するごとに巨大化してゆくものではないか?一応、生物なのだろう?」
思わず疑問形で応えてしまう辺り、金剛にも宇宙兄妹の謎を解明することは困難を要する。
「そうねぇ、甲殻類なんかはそうだわ。脱皮してこの大きさだとして、毎年一回の頻度だとして、えーと・・・もう、メンドクサイ、考えるだけで気絶しそう。もしかして、コザル王子も王女も相当なお年だってこと?」
コザル星が何処に存在しているのか?宇宙は限りなく広い。
広大すぎて想像の範疇を超え切れない。
「それはとても失礼ですの。キンちゃん、女子に年齢のお話はNGですの」
「えっええ~~?」
菫青の腕の中で呪文のような謎の宇宙語を唱えていたコザル王女が両目を開いた。
驚きの余りそれ以上言葉が出て来ない。
「コザル王女が目覚めたのか」
特に慌てることもなく金剛は至って冷静だ。
「そうみたい。あーびっくりした!」
両腕に抱えたままの王女を覗き込む。
「キンちゃん。やっと逢えたですの。待っていてもちっとも現れないので、もう帰ろうかと思っていましたの」
現れないもなにも、ここへ呼びよせた張本人の月の女神自身に遭えないのだからどうしようもない。
「えっ?何処で待っていたの?」
仲々、思い通りに辿り着けない現状にもどかしさを覚えていたのだ。
「月の女神イーシャのところですの」
意外な名前が意外な人物?否、生物から出たことに菫青は面喰らう。
「月の女神のところにいたの?どうして王女はそこに往けたの?」
いくら想念の世界観の塔内であっても、どう云う理由か少しも目的地に辿り着くことが出来ずにいるもどかしさに、イラ立ち始めていたところである。
「月の塔へ来ればいつも必ずイーシャのところへ往けますの」
「えっ?それってどおゆうこと?」
コザル王女は辿り着け、自分達はちっとも往き着けない。
「この塔にはイーシャ一人がいるだけですの。ですから、いつもここへ来る時は彼女に逢うのが目的ですの。こんな風な異次元空間なのは初めてですの」
益々、コザル王女の云っている意味が分からない。
「え?また訊くけど、それって、月の女神のことよね?」
「はい、そうですの」
「「・・・・!」」
軽く肯定されて、その場にいた菫青と金剛に衝撃が走った。
「どーゆーこと?コザル王女、月の女神イーシャには、一体どうしたら逢えるの?」
自分を呼び寄せた人物とコザル王女が簡単に逢えているのは納得し難い。
「キンちゃん達を月の女神の居住地へ向かわせないようしているみたいですの」
「それじゃあ、いくら思考で想っても辿り着けないってこと?」
呼び出したのは月の女神だと云うのに、当の本人に拒絶されてはどうしようもない。
「イーシャが何を考えているのか分からないですの。アタシ、さっきまでイーシャと一緒にいましたの。でも、少しもキンちゃんを待っている感じではありませんでしたの」
コザル王女の言葉にショックを隠せない。
「えー、だって、閉じ込められてるから救い出して欲しいって云ってたのはそっちじゃないの!」
助けて欲しいのか、辿り着けないで欲しいのか、どちらなのか訳分からない。
「私も少しだけ、その月の女神とつながった瞬間があったのだが、詳しい内容を訊く前に途切れたので詳細は分からず仕舞いだ」
兄弟して同一人物とコンタクトを取っていながら、なんの解決にも至っていない。
「へぇ~、コン兄もイーシャとチャネッたの」
「たまたま、偶然ではあるがね」
「アタシも偶然だったわ。ユージン様のライブ観ながら半分繋がってた感じだもの」
特に意図した訳ではなかったのだが、別の思考がキャッチされたのだ。
「そうなのか、それはそうと、ユージンだけではなく、星葉とコザル王子は何処にいるのだ?」
次元が何重にも重なっているような月の塔とは一体、どのようなところなのか、皆目見当が就かない場処だ。
「お兄さまとセイちゃんと月の貴公子なら、三人同じ空間にいましたの」
「ええ!」
これまた衝撃的発言が、王女の口から聞かされようとは思わぬ菫青と金剛であった。
「それで彼等は今は何処にいるのだ?コザル王女には三人の居場処が分かるのか?」
星葉とコザル王子はオマケのようなものとして、何やら訳有りのユージンの行方だけでも把握しておきたい。
「彼等の姿は確認したですの。でも、今は何処にいるのか分かりませんの。それにもう、アタシはここに飽きて来ましたの。早くキンちゃんとお邸に帰りたいですの」
月の女神を救出するためにやって来たはずの月の塔は、次元の歪んだ異次元でしかなく、当の女神に逢えないのなら、いっそ全てを放棄しようかと思うくらいのモチベーションの低下も甚だしい。
そんな折、何処からか、水の流れる音が聴こえて来る。
「サラサラ」と静かな流水音である。
「ねぇ、なんか水の流れる音がしない?」
菫青の耳に届く川のせせらぎのような水音が不可解に感じる。
「そうか?」
問われた金剛が目を閉じ耳を澄ます。
金剛の耳に届くのは「ザザザザー」と寄せては返す波の音の方だ。
「どう?聴こえる?川の音」
どうやら菫青が聴いている音とは異なるようだ。
「私の耳には海の波の音のように聴こえて来るが?」
「えー、ホントに?コザル王女は?ナニか聴こえる?」
水は水でも海と川では似て非なるものだ。
個々で聴こえるものが違うのだろうか。
「アタシには滝の流れるようなハゲしい水音が聴こえますの」
益々、統一性がない。
「なんでかなぁ、皆バラバラね」
こんなにも個性が分かれるものなのだろうか。
「なんでも好いから、音のする方へ行ってみましょうよ」
光に溢れたこの場処に、いつまでいても埒が明かない。
「そうだな、それで・・・ん?なんだか轟音のような音が聴こえないか???え!」
金剛の疑問を菫青とコザル王女が応える間もなく、
「「キャーーー!!」」
二人の悲鳴が耳をつんざいた。
光を切り裂くような轟音と共に、大量の水流が濁流となって三人を飲み込んでゆく。
飲まれゆく波間に捜していたユージン、星葉、コザル王子の姿が視界の片隅に映り出されたような気がした。


天を仰げば満天の星が煌々ときらめき、競い合うように美しい光りを放っている。
「キレイ・・・こんな降るような星を視られるなんていつ振りかしら」
「そうですの」
菫青が視上げた夜天の星々にウットリと呟くと、それにコザル王女が同調する。
しかし、その場処に違和感を覚える。
「王女、なんでアタシ達は水の中に浮いているのかしら?」
「さぁ?分からないですの」
とても静かな夜だと思う。
波は静やかに凪いでいる。
「おーい!キンギョー!!」
菫青とコザル王女が波に揺られていると、聞き馴染みのある声に呼ばれた。
「「!?」」
二人に向かってフリースタイルで泳ぎ近付く人影に驚く。
「セイ?今まで何処にいたの?全然、遭遇出来ないからどっか行っちゃったのかと思ってた」
ロリータ服が水を吸って重くなりつつある。
このまま沈みそうになるところを星葉が引き留める。
「状況は僕にも分からないけど、王子と、ナゼかユージンさんも一緒だったよ。そっちは?月の女神に逢えたの?」
沈みそうになる菫青を支えつつ、星葉は今までの事の顛末を話し始めた。
「えっ?それじゃあ、キンギョは月の女神とは逢えず仕舞いなのか。僕達も女神とは逢えずに大波に飲まれたんだよね。気付いたらここにいた。ここって何処?」
「さぁ、月の裏側の何処かじゃないの?王女は月の女神に逢っていたみたいだけど、途中で別々になったみたい。アタシとコン兄がいたところにいきなり現れたの。それも空中からよ」
云われて改めて辺りを見渡すと、すぐ傍でコザル王女が波間に揺れている。
その姿はまるで本当の海の月の如く。
「・・・コザル王女、うぷぷ、その姿、ハマリすぎる。本当に海月みたいだ」
笑いをこらえるのが精一杯だ。
「まぁ、失礼ですの、セイちゃん笑いすぎですの。それを云いましたら、お兄さまも一緒ですの」
近くにコザル王子が気持ち好さそうに漂っていた。
「あはは、ホントだ。王子も王女も本物みたい」
この状況でも笑える星葉の神経の図太さは尊敬に値する。
「それはそうと、コン兄もユージン様もどこ行っちゃったのかしら?もう、こっちの世界は訳が分からない」
波が穏やかに満天の星空を映し出しキラキラと反射して、なんとも云えなくロマンティックさに満ちている。
「キンギョはコン兄と一緒だったのか。もう、どうでもいいから、ここから抜け出したいよ。助け舟でも来ないかね」
好い加減に陸地に戻りたいと思う。
「セイ、それ現実になるわよ。ここは言葉の魔法が存在する世界よ」
菫青の言葉を待っていたかの如く、波が急に大きく揺れ動く。
「「うわ~~」」
流されそうになりながらも、なるべくその場に留まり泳ぐ。
波を被りつつ真横を仰ぎ視ると、大型のボートが横付けされていた。
「菫青!星葉!無事か?」
頭上から掛けられた声の主が誰かはすぐに分かった。
「「コン兄‼」」
二人同時にハモッた。
「どうしたの!この船、一体、何処で手に入れたの!」
船上にいる金剛に叫ぶ星葉が菫青を抱えたまま、なんとか浮いている状態ではあるが徐々に体力も消耗し始めていた。
「それには後で応える。とにかく今は船に上がれ」
渡りに船とはこのことか、金剛の登場に救われた。
急に現れた海やら船やら、訳分からずな状況である。
空中に浮かび上がることが出来るコザル兄妹はとっくに船の上にいた。
「キンちゃん、大丈夫ですの?」
波間に救出された菫青の許へコザル王女が近寄り心配そうに顔を覗き込む。
「王女、うん、大丈夫よ。アタシはなんともないわ。水を吸って服が重いけど」
水分を吸い込んで重くなったロリータ服は着ているだけで筋トレのようだ。
「そうですの。でも、すぐに乾くですの。月は湿度が低いですの」
云われてみれば、乾燥しやすい月面ではお肌の管理も容易ではなく、大量に持参したシートマスクが大活躍している。
「そうね。帰ったら早速シートパックしましょうね」
「はいですの」
菫青もコザル王女も進捗のない月の塔にいることにかなり飽きていた。
「それはそうとコン兄ってば、どこからこの船を持って来たの。それに月の裏側は「人魚の国」だから海もあるのかしら」
現状、目に映るものは地球にあるものだが、月にも同じものがあると思うとなんだかとても違和感を覚える。
「仮想現実かも知れないな。バーチャルリアリティーってやつだ。さて、空想か現実か、思い描いた通りの具象なのか」
双子の脳内では理解し難い、作家でもある金剛の表現は何やら小難しい。
「コン兄、この船にはユージン様も乗っているの?」
長兄に関して、色々と深掘り厳禁な菫青は話題を擦りかえる。
「ああ、いるよ。船室に待機しているから往ってみると好い」
金剛の言葉通りに菫青とコザル王女が船室へと向かう。
「「うわぁ!」」
船室への扉を開けた瞬間、菫青とコザル王女が同時に驚愕と感嘆の声を上げた。
室内はピンク一色の光彩が輝き、眩い世界と化している。
それも、仄かにフローラルなローズの香りが鼻腔を擽る。
「イイカオリ~乙女の香りって感じかしら」
菫青がウットリと香りに身を投じる。
「はいですの。とっても芳しいですの」
続いてコザル王女も菫青同様に感動している。
「やあ、いらっしゃい。君は金剛の妹・・・弟さんかな?それとコザル王女は久し振りだね」
スラリと長身で銀色の長い髪と見目麗しいその顔容は、菫青が憧れて止まない彼の人「月の貴公子」ことユージン・ムーンシャインその人だった。
「えっユージン様?ホントに?ナゼここに?」
憧れの君が目の前に突然現れたことに、思考が追い着かないのが現状だ。
「月の貴公子は月の女神に逢えましたの?」
果たして、ユージンはイーシャとは出逢えたのだろうか。
「イヤ、今回はナゼか彼女の許へ出向くことは出来ず仕舞いに終わったよ」
「やはり、そうですのね。イーシャがワザと辿り着けないようにコントロールしているですの」
コザル王女の証言は衝撃的過ぎる。
「ええ!それじゃあ、アタシ達がちっとも月の女神のところに行き着けないでいたのはワザとだったの、なんのためにアタシはここに来たのかしら。ガーン!ショックだわ」
余りある衝撃発言を聞かされてしまった菫青はその場にへたり込んでしまった。
もはや、濡れた服のことも気にならない、と云うよりも気にする余裕がない状態に陥っている。
「そうか、やはりイーシャが妨害していたのだな」
案の定と云えばそれまでだが、大体は想定内である。
「月の貴公子は何を知っておりますの」
コザル王女の推測は真実を含むものなのだろうか。
「んー、今回のことはイーシャの気まぐれと云えるな。彼女は思い付きの女王だ。甚だ迷惑極まりない思いをするのが周りの人間なのだ」
何処か悪意さえ感じるユージンの言葉の端々に、菫青もコザル王女もどこか腑に堕ちない気分に陥っていた。
「月の貴公子はイーシャに何か恨みでもありますの」
月の女神であるイーシャと月の貴公子であるユージンの二人の間には何か因縁めいたものがあると思ったのは間違いではなさそうだ。
「恨み、か・・そうだな、なくもないが、否、恨み、辛み、妬み、憎み、口惜しさ百倍、ウンザリ千倍なのは確かではあるな」
やはり何か関係があるようだ。
それにしても、内心の憎悪や嫌悪が烈し過ぎではないか。
「月の女神と月の貴公子はどうゆう関係がありますの。イーシャはあなたに逢いたがらないようでしたの」
思い返せば、今回のイーシャは自分以外の誰かを迎えようとはしていなかった。
彼女はユージンの存在を避けていたのかも知れないとコザル王女の脳裡に引っ掛かるものがある。
「んー、それに関しては本当は知っているのだろう?コザル王女」
ここでも肝心の話題をはぐらかそうとしている。
「・・・まったく、不愉快ですの」
やっと、菫青と再会して直り掛けていたコザル王女の不機嫌が復活してしまったようだ。
「王女?」
すっかり脣をへの字に曲げてご機嫌斜めとなってしまった王女を不審に思う。
いつも明るく屈託のない笑顔のコザル王女なのに、突然豹変してしまったのには何か理由があるはずだ。
「キンちゃん、月の塔になんか来るべきではなかったですの」
そんなことを今更云われても困ったものだが、搭へは往けたが肝心の救いを求めて来た張本人にも遭えず仕舞いなのだ。
「本当に何しにここへ来たのかしら、目的が消失してしまったわ。それで、月の塔はどうなったのかしら」
何が何やら現在、理解不能となっている菫青の脳ミソでは対応し切れない。
「月の塔なら消滅してますの。あそこは元々イーシャが創り出した、空想や想念で出来ていた仮想空間ですの。イーシャももう月の塔にはいませんの」
またもや衝撃的な爆弾発言に菫青は思考も身体も完全にフリーズするのを止めなかった。
「それはどう云う意味だい?消滅とは穏やかでないな」
腑抜け状態の菫青に代わってユージンが問い質す。
「月の塔は破壊の言葉により、存在そのものが消えて失くなりましたの」
その証言は本当に衝撃的だった。
「月の塔が消滅した?ではイーシャは?」
月の塔は彼女自身が創り上げた虚構の塔とも云えた。
主が月の塔を放棄したとなると行き先は決まっている。
「月の塔はもうこの世にはありませんの。それと、イーシャが何処にいるのかは分からないですの」
先に塔から退散したのはコザル王女である。
月の女神を置き去りにしたようなものだ。
「それなら大丈夫。心配には及ばない。彼女なら今頃、やっと本来、いるべき場処に戻っていることだろうから」
妙に確信を得ているような口振りのユージンを、益々、不審げに見遣る王女である。
「月の貴公子は理由を知っているですの。それをお話しして頂きたいですの」
一番知りたいことをはぐらかされたままでは納まがり悪い。
「ここでは都合好くないから、戻ってから解説するよ。もうしばらく辛抱してもらえまいか」
やはり、ユージンに関係することなのだと云うことが、ここで明らかになっただけでも善しとしよう。
「了解しましたの。今は引くことにしますの。それで、この船は何処に向かいますの?」
月の裏側の「人魚の国」はそのものが水中に存在しているようなもの。
水の中にある水面に浮かんでいるのも地球では考えれないシチュエーションである。
そんな常識は考えるだけ無駄なのかも知れない。
「取り敢えずは月の表側へ戻って目指すは月神殿だ。君達も同行願いたいが如何かな?」
「「もちろん!」」
「いかが」かと訊かれて応えない理由はない。
なんの解決もしない内に当の本人とは遭遇出来ないは、月の塔は消えてしまうはで、納得のゆく結果ではなかっただけに二人の返答も早かった。
「ちょっとちょっと、自分達だけで勝手に決めないでよねー。もちろん、僕達も一緒に行くからね」
突如、現れたのは確認するまでもない星葉とコザル王子だ。
「やあ、君達か。無事に合流出来て好かったよ。もちろん、君達も同行してくれて構わないよ。金剛、君も」
「「ヤッター!!」」
二人が盛大に喜ぶ横で、菫青とコザル王女はいつもとは違い妙に冷めた目をして無言を貫いていた。
「「・・・」」
「私は構わないが、アルクとアルムはどうするのだ?月の塔の前で人魚達に給仕をしていたが?」
「「あ!」」
すっかり忘れ涯てていた双子が、二人の存在を思い出した瞬間だった。

第九章「静かなる波の涯て」了 

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