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【小説】花より団子、月より兎 焼き芋とカボチャ

以前書いた「花より団子、月より兎」の秋編です。全部で3編となります。今回は焼き芋とカボチャの煮つけの話。

「そういえば地球ではもう秋ですね」

 もぐもぐとニンジンをかじりながらしらたまは言った。

「だからなによ。アンタまさか食欲の秋だからといって秋の食べ物巡りしましょうとか言い出すんじゃないでしょうね」

 じろりと睨みつけるとしらたまはわかりやすく飛び跳ねた。

「な、そそそんなことないですよ。別にさっきの秋の食べ物特集で気になったとか全然そんなんじゃありませんから」
「その割には目が泳ぎまくっているけどね」

 左右にせわしなく動いているが目が疲れないのだろうか。呆れながら指摘するとしらたまはこちらに向き直った。

「そうですよ! 僕は地球の秋のものが食べたいんですよ。悪いですか!」
「ついに開き直ったわねアンタ……」

 胸をはって答えるしらたまに佳奈子はため息をついた。

「だってさっきのテレビでやっていたじゃないですか。サツマイモでしょ、カボチャでしょ、ブドウにリンゴに柿に栗。魅力的なものばかりじゃないですか。僕は食べたいんです! ね、カナコちゃん連れてってくださいよ」

 上目遣いでお願いしてくるしらたまを佳奈子は冷ややかに見下ろす。

「アンタねえ、毎度毎度地球に寄るたびに私にお世話になっているくせにまだ図々しく頼むわけ? 月では随分な教育を受けてきたのね」

 そうこの兎、しらたまは普通の兎ではない。普通のカイウサギよりも二、三周りほど大きく、人の言葉を話す月出身の白兎である。ある日、佳奈子のアパートの上に不時着し、宇宙船が直るまで佳奈子の部屋に居候させてもらった縁で、このドジ兎はときには故障したといって一か月ほど過ごし、またあるときはたまたま近くを通ったから来たのだと突撃訪問してくる。佳奈子も佳奈子でこの奇妙な友人と過ごすのは好きだからそれには片目をつぶってやっているが、それとこれとは話が別だ。

「いいじゃないですかー。カナコちゃんのケチー」

 ぶうぶうと鼻を鳴らし、足を叩いてしらたまは抗議する。

「やきいもー、スイートポテトー、だいがくいもー、カボチャプリンー、カボチャの煮つけー、ブドウとリンゴのパフェー、ブドウゼリー、アップルパイー、柿タルトー、モンブランに栗ごはんー」

 いつの間にこんなにも地球の食べ物に詳しくなってきたのだろうか。数多の食べ物の名前を呪いのように延々と列挙するしらたまに佳奈子のほうが折れた。

「わかった、わかったから。付き合ってやればいいんでしょ、付き合えば」

 両手を上げると途端に耳を立てて笑顔になった。

「やった! カナコちゃん絶対ですからね!」

 ぴょんぴょんと跳ねるしらたまの額を軽く突く。

「近所迷惑になるからやめて」
「すみません」


「でもアンタ普通の兎よりでかいしお店行って一緒に食べること無理じゃない?」
「えっそんな……」

 途端に耳がしおしおと垂れ下がる。普段はきらめいている大きな瞳も翳ってしまった。

「ま、まあそんなに落ち込まないでよ」

 あまりの落ち込み様に佳奈子は慰めるが、しゃがんで目を合わせようとしても視線は交わらない。

「ほら、通販で買えないか確認してみるし、お店でテイクアウトできるかもしれないでしょ」
「本当に食べられるんですか?」

 俯いた顔がわずかに上がった。

「そうね。今度の休日に探しにいってくるわ。仕事終わった後にもネットで調べてみるし。それで前みたいに公園で紅葉でも見ながら食べましょ」

 佳奈子の言葉にピクピクと垂れた耳が反応する。

「絶対に約束してくれます? 僕が言ったもの全部食べられます?」
「もちろんよ」
「絶対? 絶対ですよ?」
「ええ。指切りでもする?」

 その瞬間、白い毛玉が佳奈子に飛びついた。

「やった! カナコちゃん絶対ですよ! 絶対ですからね!」 

 真っ白な毛玉が視界を覆いつくす。佳奈子は暫ししらたまの好きなようにさせていたが、あまりにも退く気配がなかったため力づくで引き剝がした。

「はいはい。嬉しいのは十分伝わったから、これでこの話は終わり。ほらアンタも夕飯作るの手伝ってよ」
「はい! カナコちゃん」

 立ち上がって台所に向かう佳奈子の後をしらたまは軽い足取りでついていった。


「ほらこれが焼き芋よ」

 ほかほかと湯気が上がる。帰り道にたまたま『石や~き芋。石焼き芋はいらんかね~。早くしないと売り切っちゃうよ~』と哀愁漂う呼びかけ声が耳に入ってきたのだ。それがどうしても耳にこびりついて気がつけば財布を取り出していた。断じてこの兎が喜ぶ顔が見たかったとかはではない。

「わっ地味ですね。これ全然美味しそうにみえないんですけど」
「そりゃ美味しい部分はその中に詰まっているからね。割ればアンタの考えも変わるわよ」

 土がかった茶色の皮を破れば黄金色の顔がしらたまの前に現れる。その変化はまるで灰被りの少女が魔法で絢爛華麗なドレス姿へと鮮やかな転身をとげたようだ。

「すごい! 本当に番組で紹介されていたのと全く同じですね!」

 しらたまはあちこちから眺めて鼻先でつつき、感嘆の声を漏らした。

「ほらぼさっとしないでよ。私、アンタのために今日の夕飯作らなきゃいけないんだから」
「ええ!? そんなにおいしそうなもの今食べないでどうするんですか」

 大げさなまでに目を見開くしらたまに佳奈子は嘆息した。

「用意っていってもそんなに手間かかるものじゃないし、待ち時間の間にアンタとこれ食べようと思っていたんだけど。ま、アンタがそんなに食べたいならしょうがないわね。一人で食べたら?」
「そんなことないです。待ってます」

 しらたまが勢い良く首を横に振る。佳奈子は鼻を鳴らすと準備に取り掛かった。


「何作るんですか?」
「見ていればわかるわよ」

 台所に立った佳奈子の後ろからしらたまが覗き込む。佳奈子は腕をまくり上げた。
 スーパーで買ったカット済みのカボチャを小鍋に放り込み、水をカボチャの四分の三ほど入れる。一袋のだしの素とみりんを一回しかけてやれば沸騰するまでしばらく煮ておくだけだ。もう一つのコンロにはやかんをかける。

「じゃ、待っている間にこれ食べましょ」
「はい!」

 しらたまは目を輝かせていそいそと席についた。


「わあああすっごい甘い! こんなにおいしいんですねえやきいもって」
しらたまが椅子の上で飛び跳ねる。佳奈子は目を細めてそれを見ていた。

「満足した?」

 しらたまは言葉すら出さず、ただ何度も頷く。佳奈子も焼き芋に手をつけた。ほくほくした食感と優しい甘さが口いっぱいに広がる。佳奈子はふと小さい頃親に連れられて買いにいったことを思い出した。煌々と輝く電球の下、そこだけ白い湯気が立ち上っていて、思わずひき寄せられてしまうような不思議な魅力がある屋台だった。

「久しぶりに食べたわね。焼き芋なんて」
「ええ!? こんなにおいしいものカナコちゃん久しく食べてなかったんですか? もったいない」

 しらたまが信じられないという顔で佳奈子を見た。

「だって意外と食べる機会なかったんだもの。しょうがないじゃない」

 佳奈子は肩をすくめた。忙しくて機会がなかったのは事実である。

「じゃあカナコちゃんはずいぶん損してましたね」

 憐れむような目つきを投げかけられ、佳奈子が反論しようと口を開きかけたそのときだった。ボコボコと泡の弾ける音が耳に届く。

「ああ、もうそんな時間なのね。あれいれなきゃ」

 佳奈子は立ち上がると戸棚から出汁つゆを取り出して一回し小鍋の中に加えた。火は先程よりも弱くしておく。後はこれでカボチャがほどよくやわらかくなれば完成だ。

「あのカナコちゃん、それってもしかして……」

 佳奈子の背後から顔を出したしらたまが呟く。丸い瞳は期待で輝いていた。

「アンタが食べたいって言ったんでしょ、カボチャの煮つけ。残したら承知しないからね」

 早口で言い切ると佳奈子は甲高い音を立てるやかんをおろして熱湯をポットに移し、代わりにフライパンを置いた。油をひいてスーパーで買ってきた味付け肉を焼く。

「カナコちゃん」
「うるさい。今肉みなきゃいけないから」

 浮ついた声が背後から聞こえてきたが、佳奈子は決してしらたまのほうを見ようとしなかった。どうせ鬱陶しいほどキラキラした瞳で佳奈子を見上げているのだから。

「ええーカナコちゃん一緒にやきいも食べましょうよー」
「だから肉みなきゃいけないって言ってんでしょ」

 袖を引っ張るしらたまを片手で押しのけて、佳奈子は香ばしい香りをたてる肉を睨みつけていた。


「あーあカナコちゃん、せっかくのやきいもが冷めちゃったじゃないですか」
「いいじゃない。レンジで温め直したし」

 結局冷めてしまった焼き芋は温め直して佳奈子のおかずの一品になった。今日のメニューは味噌だれ肉とサラダ、インスタント味噌汁、カボチャの煮つけとご飯だ。ただししらたまには肉がない。その代わり野菜スティックがついている。

「別に僕は肉食べても大丈夫なんですけどね」
「いいじゃない、野菜好きなんでしょ。それになんか嫌なのよ。兎が肉食べているって光景」

 頬を膨らませるしらたまに佳奈子は目をそらした。確かに月と地球では食べるものも違うだろうが、大きさ以外見た目はなんら普通の兎と変わらないだけに肉を食べる姿を見ると違和感とも罪悪感ともとれるような複雑な感情を抱く。肉をむさぼる兎はちょっとしたホラー映画のワンシーンのようで、想像しただけで前を向けなくなった。

「あっ」

 しらたまの声で思わず顔を上げる。きれいに盛り付けされた煮物はフォークによって無惨にも真っ二つに割れていた。やわらかすぎて崩れてしまったらしい。

「せっかくカナコちゃんが作ってくれたのに……」

 しらたまが項垂れる。佳奈子は小鉢の中をちらりと見やった。

「あーアンタ真ん中に刺したのね。それ皮の部分刺したほうが――」

 佳奈子が言い終わらないうちにしらたまが皮めがけてフォークを振り下ろす。じっくり煮込まれたカボチャは見事に深緑と橙に分離した。

「なんでアンタはよりにもよって皮と実の間に刺しちゃうのよ。それじゃ皮が割れるでしょ」
「うううカナコちゃんのカボチャ……」

 ついに半泣きになったしらたまに佳奈子はため息をついた。

「まったくしょうがない兎ね。ほら、今日は特別に私がやってあげるから口開けなさい」

 佳奈子は箸で濃い橙色の塊を摘み上げるとしらたまの口元に差し出した。とろとろのカボチャは今にも崩れ落ちてしまいそうだ。大きな黒玉に湯気をたてた鮮やかな塊が映る。まんまるのビーズはゆらゆらと揺れた。

「ほら早く。食べられなくてもいいの?」

 ただでさえ向かい合っているのだから佳奈子は腕を伸ばさなければいけないのだ。この姿勢も疲れる。変な遠慮していないでさっさと口に含めばいいのに。
 佳奈子がせっついてようやくしらたまはおずおずと口を開いた。佳奈子は容赦なくカボチャを突っ込む。その瞬間、しらたまは全身の毛を逆立てて飛び上がった。

「あっつ!」
「あっごめん」

 苛ただしさが勝ってつい温度の確認もせず入れてしまった。火傷していないだろうか。慌てて水を差し出そうとした佳奈子の手はそこで止まった。

「うわあぁやわらかいぃ」

 小さな口から白い息を吐き出しながら恍惚とした表情を浮かべるしらたま。佳奈子は伸ばしかけた手を下ろし、そのまま肘をつく。

「気に入った?」
「はい! やわらかくて、甘くて最高ですね!」
「ふうん。よかったわね」

 勢いのいい返事に佳奈子は口角を上げた。

「カナコちゃん次ください。つぎ」

 先程までの躊躇いはどこへやら。池の中の鯉のように口を開閉させるしらたまに苦笑がこぼれる。

「はいはい。ほら次よ」
「はーい」

 今度は少し冷ましてやってから入れてやる。入れる度にその瞳がとろけていくのが面白い。佳奈子は結局自分の分までしらたまに与えてしまった。

「それにしてもまだやきいもとカボチャの煮付けだけでこの威力。恐ろしいですね、地球の秋ってやつは……」

 深刻な顔で呟くしらたまを横目に佳奈子は焼き芋をかじった。少し冷めたせいかほくほくよりもねっとりとした舌触りになった気がする。その分甘みが強くなった。これはこれで中々いける。佳奈子は脳内で近くの焼き芋屋までのマップを広げた。

「何そんな一大事みたいな顔してんのよ。アンタはただ美味しいもの食べたいだけじゃない」
「それが一大事じゃないんですか! ああ他のものもこれと同じくらいおいしいのかなあ。本当に美味しいものが多くて迷いますよね。地球の民羨ましい」

 ついに後ろ足を床にたたきつけ始めたので佳奈子は額を指で弾いた。

「近所迷惑」
「すみません」

 この兎は本当に学習しないと呆れ果てる佳奈子の表情は柔らかい。
 クリーム色のカーテンには笑いあう一人と一匹の影が映っていた。

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