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ハイスペ飲み会の視点⑤

前回の続きである。

午前4時。
私は上着のポケットから携帯電話を取り出し時間を確認した。いい加減、この長い夜も終わりにしたくなってきた。

ここは俺が3件目に選んだ六本木の”別の”カラオケバーだ。
さっきまでいた2件目の店と比べて、照明は暗めだ。ガラスのテーブルに、濃いグレーのふかふかのクッションとソファー。灰皿は金属製ではなくておしゃれなガラス製のもの。つまみも少し小腹がすく時間に合わせて乾き物以外の軽食がオリーブとかと一緒に出てくる。間接照明がいくつか置かれていて、テーブルの上にも弱い光のライトがおいてあるが、店内は暗くて隣のテーブルの客の顔が見えないレベルだ。

会社の後輩から紹介してもらったこのカラオケバーは、深夜2時を過ぎると意外と空いていることが多くて、重宝している。

飲み放題ではないが、いい感じの値段にまとめてくれる。3次会で来るならバカスカ飲んだりしないのでそんなもんでも問題ない。
奥の個室は芸能系の若手や芸人、Youtuberなんかが使っていたりするらしい。今日も奥の個室は騒がしく、金髪の男が電話をかけるためにしょっちゅう出入りしていた。
耳が隠れるくらいの髪の毛の長さで金髪で、ピアスをして少しオーバーサイズの黒いシャツを着ている。芸能系っぽい雰囲気のする男だ。

俺の隣では、サトミが少し眠そうにお酒を飲んでいる。リサと俺の同僚の男が何故かアラジンのA Whole New Worldをデュエットしている。

俺がこの店に午前3時前から呼んだ女性2人は、初めから俺が飲んでいた同僚と、後から呼んだもう一人の同僚と、バカ話で盛り上がっていた。
2人組ではなく、1人ずつ、他の飲み会が終わってもう少し飲みたいという女子を呼んだのだが、もうみんな酔っているから適当に合流しても違和感はなく、適当に混ざり合っている。


俺は今夜もう何杯目になるかわからないハイボールのグラスを取って飲んだ後、ソファーに背中を預けて沈み込んだ。サトミも横で同じような姿勢を取っている。少し疲れたのだろう。

たぶん、ここで一番初めに合流してきたグループの一人であるサトミを持って帰るのは簡単だろう。サトミはさっき2件目の店からこの店に移動する時に俺の横に来てから、一度も俺の横を離れていない。
会話も、サトミの頭の回転の良さと話好きなところにも助けられ、色々と話題は飛んだが盛り上がり、お互いの趣味・生活スタイル・最近行った面白いイベント・地元・好きな歌など色々と話しこんだ。
そして俺の横にぴったりとつくくらいの距離感を保っていた。

サトミは別に「帰ろう」と思ったら帰ると言い出せる人間だ、そう俺は判断した。東京出身でそれなりに裕福な家庭に育ち、小さなころは海外にも済んだことがあり、短期だが留学もして三田の某私立大学をストレートで卒業。普通に総合職として働いていて、1人暮らしの家も近い。
そのサトミがちょっと眠そうなのに帰らず、この距離感でずっと飲んでいるのは、”そういうサイン”である可能性がある。少なくとも俺はバットを振った方が良い球を投げられているだろう。

サトミのことをリサは気にしないだろう。
リサは幹事だ。そもそも彼女ら4人が今日参加していたそもそもの合コン(俺らとは別の男たちとやっていたやつだ)もリサが幹事だったらしい。今もバリバリにカラオケを楽しんでいる。
リサは、港区の飲み会に、ハイスペメンズを目当てに、会社や大学の友人数名を集めた”合コン仲間”を連れて深夜から集合してくるタイプだ。
率先して物事を行い、物事を割り切る力がある。連れてきた友人が誰と帰ろうが、自分に害がないなら気にしない。そういうタイプだ。

だから、サトミを持ち帰るなら、普通に2人で帰ればよい。
「サトミ帰るっていうから送ってくね」と言って席を立てばよいだけだ。この店には今いる他の同僚もつれてきたことがあるから、値段の相場もわかっている。後で請求してくれればよい。
週末のこんな時間からホテルを探すのなら話は難しくなるが、幸い私の家もすぐそこだ。少し歩くが、歩けない距離ではない。タクシーならワンメーター。
そういえば、明日の予定は何だっけ。

ソファーに沈みこんでそんなことを考えながら、俺は再びバーを見渡した。
個室ではない平場の他のテーブルを見ると、他の客ですべてのテーブルがいっぱいになっていた。元々キャバクラだった店を居抜きで使っているカラオケバーらしく、平場のソファー席は店の中央に開けて向かっていて、テーブルをはさんで大きなソファーと、小さな丸椅子が並んでいる形だ。
たまに、商社マンか広告マンなのか、屈強な体育会上がりの営業マンっぽい男があのキャバクラの小さな丸椅子に肩を丸めて座りながら、ふかふかのソファーに座る女子と話しているのを見ると思わず笑ってしまう。

俺の席から見えるバーカウンターでは、店員が忙しそうにドリンクを作っている。こんなに暗い店内で、まともなドリンクは作れるのだろうか。まあ、まともじゃなくても良いか。どうせ味などわからないほど酔っぱらっている。


夜な夜な、多くの人が消費するこのアルコールは、”間を埋めるモノ”なんだよな、俺はふとそう思った。
アルコールは潤滑油だって言う人がよくいるが、上手く言ったものだ。
多分、サトミも俺も、結局最後はどっかのベッドで一緒に寝るのが目的だろう。最終目的ではないにしろ、それがいったん今夜の目的だろう。
けれど彼女のやりたい進め方と俺のやりたい進め方には、時間的な、そして手順的なギャップがある。その間隙をふわっと埋めるのがアルコールだ。

いや、どうでもいいや。
俺は少し酔いが回りすぎてかっこいいことを考えようとしているだけだ。もう4時になる。さっさとケリをつけて、数時間は刹那的な快楽と睡眠を貪ろう。今日も深夜まで俺は良く”働いた”。


俺は横にいる軽くサトミの手を軽く握った後にすぐ離して、柔らかいソファー席から立ちあがった。

続く

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