ゆるぴよ文学講義②密室の子供たちと手洗いの話「怖るべき子供たち」(ジャン・コクトー)

ごきげんよう。
今日は2020年4月18日です。
新型コロナウィルスの感染拡大が続き、都市部に出された緊急事態宣言がついに日本全土へ及びました。
非日常の空気がじわりじわりと人々の生活をむしばみ、3月から休校が続く子供たちは自宅で退屈な日々を過ごしています。

一方コロナ禍によって人々の衛生観念は一気に向上し、「手洗いは20秒以上、ハッピーバースデーの歌2回分を目安に」が広められるとSNSでは「一仕事終えた後の殺人鬼になりきる」系のネタが流行しました(もう一か月くらい前?流行の移り変わりは早い)。
この「殺人後に手洗い」はすでに映画や漫画などでビジュアルとして定着しているようです。血の汚れを落としているのか、それとも悪事による穢れを落としているのか。いずれにせよ象徴的で印象に残ります。

犯罪者が罪を物理的な手洗いで落とそうとする心理を「マクベス効果」と呼ぶそうです。語源は当然ながらシェイクスピアの「マクベス」(読んだことないけど)、人を殺めたマクベス夫人が錯乱してひたすら手を洗うシーンがあるとのこと。残念ながら「マクベス効果」は仮説のみで実験によって実証できなかった架空の心理らしいですが、仮説を立てた人の中には強いイメージがあったのでしょうね。

今ではこうして定番の表現となっている「殺人後に手洗い」、私が初めて遭遇したのは「怖るべき子供たち」(ジャン・コクトー)でした。
物理的に手が汚れる行為は全くしていないのに”一仕事”終えた美少女が真夜中に化粧台の鏡を見て不安に襲われ『恐ろしい手を洗った』という表現に、大変な衝撃を受けたものです。
だから私の中では手洗いといえば「怖るべき子供たち」なのです。

作品を紹介する前に、作者について。

ジャン・コクトーとは

名前は知ってる方が多いと思います。

20世紀前半に活躍したフランスの芸術家、絵を描いても文を書いても映画を撮っても舞台やってもその他のことやっても全部天才すぎてカテゴライズ不能な人。おしゃれな線画の猫のイラストが有名で、見たら「あっこれ!」って絶対なるやつ。

ところで沖縄の「純黒糖」ってひょっとしてジャン・コクトーとかけてる?って思ってるの私だけ?

ちなみにコクトーの戯曲「双頭の鷲」を美輪明宏様が舞台で演じられたのをわたくし拝見したことがございまして、ミュージカルで有名な「エリザベート」と同じ王妃をモデルにしたそれはもう素敵なあの階段落…いえなんでもありませんわオホホホホ。美輪様が素敵すぎてストーリーよく覚えてない。なんかちょっと難解なかんじで。でも素敵だったのよ(語彙力

私も別にコクトーには詳しくないので気になったら調べてください。情報はそこら中にたくさんありますので。

怖るべき子供たち 雑なあらすじ&感想

これストーリーがどうこうっていう話じゃなくて雰囲気がすごい小説なんで、あらすじ書いたところで三分の一も伝わらないんだけど、退廃的で破滅的で耽美的でマジヤバいです。

10代の若者であれば、まずは小説で読んでほしいんですよ。活字が醸し出す美しき毒に躰を存分に浸してほしいんです。私が読んだのは昔だったから東郷青児訳でしたけど、今はたくさんの翻訳が出ていますし。

20代以上の中二病卒業した大人であれば、萩尾望都さんがコミカライズした漫画版がおすすめです。あの絵柄が世界観を完璧に再現してて、中二病の血が再燃しちゃうこと請け合い。

一応あらすじ的なこと書いとくと、エリザベートとポールという空想癖のある美貌の姉弟がいます。
病弱な弟ポール(14)は同じ中学のリーダー格の少年ダルジュロに淡い恋心を抱いていて、ポールの友人ジェラールは儚げなポールを愛し甲斐甲斐しく面倒を見ている。
はい、もう腐女子のつかみはOKですね。
父親はすでにおらず、やがて母親も病死すると、母親の介護で家にいた姉エリザベート(16)と、雪合戦でダルジュロの雪玉を食らったことが原因で自宅療養生活に入ったポールの二人は、モンマルトルの小さな部屋に二人きりで無秩序なニート生活に入ります。
この間、ちょっと金銭や福祉の背景がよくわからないんですけど、訪問の看護婦が生活面の面倒をみてくれてるんですね。それで彼らは所帯じみた現実に煩わされることなく、大人に面倒な口出しされることもなく、混沌とした子供の夢の世界を醸成できるわけです。
ジェラールだけはポールを目当てに足しげく出入りしていますが、次第にエリザベートに心が移ります。顔が似てればいいんかーい!彼は唯一姉弟を外界とつなぐ存在であり、二人の空想劇の観客です。
ところが19になったエリザベートは突然働きに出ます。そこで知り合ったアガートという少女を家に誘いますが、なんとこのアガート、顔がダルジュロにそっくり。他人の空似でしたが、ポールは動揺して歪んだ態度をとります。要するに行き過ぎたツンデレ。結局顔なんかーい!
ちなみに私、ダルジュロをワイルド系の男らしいルックスだと想像していたのでここであれっとなりました。女顔のイケメンだったってことかな。
一方エリザベートはあっという間に金持ちの男を捕まえてスピード婚に持ち込みます。しかしこの男、同居もしないうちに豪邸と財産を遺して事故死してしまうのでした。ミステリーだったら探偵がすっ飛んでくるとこだけど、警察さえも来ませんでしたよ。
大人は都合のいいモブ以外は排除される世界。まさに瞬殺。
こうして豪邸と召使を手に入れ些末事の一切から解放されると、姉弟、ジェラール、アガートの4人での純粋な愛憎劇のはじまりです。
これがもうドロドロ。大人の介入がない閉じた空間で理性や計算による制御の利かない若者たちが感情むき出しで一緒にいると大体そうなりますね。
そこへあのダルジュロがとんでもないものをもたらし、エリザベートは手を洗い、物語は悲劇で幕を閉じるのでした。

正直なところ登場人物に感情移入なんてできないんですよ。こちとら大人だもの、恋愛ごときで消耗して罵り合って命削るの無理じゃない。適当に折り合いつけて平和に長生きしなよって思うよ。
しかし刹那的な暮らしをしていたエリザベートとポールには生活能力がない、というか子供のマインドのままで年老いていくのはあまりにも残酷です。彼らにとって大人になる=死なのです。自由な子供の世界で生きる代償は大きいのです。
でもみんな若い時ってそういうの憧れてたでしょ?
つまらない俗物じみた大人になんかなりたくないと思ってたでしょ?
むしろ大人になる前に死んでしまいたいくらいのこと思ってなかった?
それでファンタジーに現実逃避してたらいつのまにかオタクになってたんでしょ?

大人になって丈夫になった分だけ凝り固まった心を、外部から強制的に感情を揺さぶることでほぐすのが芸術の役目だと思うんですよ。
今、現実は厳しいけれど、ある意味読書日和が続いています。
よく手を洗って家にこもって本を読み、この生活を乗り切りましょう!

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