【掌編】散歩

 右に銀杏、左に桜並木の小道に入ると、ほどなくして水路に沿う遊歩道に出る。水が水に落ちる音が太く轟く。簡易な橋に上がり鉄柵越しに水路を覗き込めば、洞穴のような暗渠が小道の地下より水を流している。底のコンクリートに繁る藻がゆらゆらと透け、光る、普段の水量はその程度でも、雨水を集めるらしくそれなりの深さと幅を持った水路である。鉄柵がなければ震えるだろう。地下はところどころで大小の口をひらき、それぞれに滝を作って水を放つ。大溝(どぶ)といって構わないここを気に入って、よく歩く。
 辺りに目を奪う花も樹もないころ、水音が轟き、遠ざかり、また響き、枯れたアザミの一株が馬となって現れた。子どもの頃ならお友だちでも大人の私は見ただけで、まもなく馬の姿は崩れた。
 四月、乾いて白けた束を押しのけて、ギサギサと、緑濃い葉が伸びていて。 ああ、春だと、写真に収めてもこれじゃないとしか思えず、いっそ、一緒にお散歩したいですね。でもできずに、もしかして絵を描こうかしらなんて、でもそこまで気は進まず、でも気は重くならず。
 風景は、小学校以来描いた覚えがありませんが。
 色が鮮やかすぎてあり得ないと、あの先生が文句をつけたと教えてくれた先生は、そこがいいのよと腹を立てていたが、何故そうと描いた私に言いつけた。はてと自分の絵と現実を突き合わせれば、薄だいだい色のそれは灰色で、まさかとおののきにわかに視界が灰がかる。きっと、彼らは許せなかったのだ。
 あるとき、恋が色を蘇らせた。その極彩色こそが真実だと信じた。そして色を失うと、ほんとうじゃないと憎んだ。ありふれた話だがいかれていた。色か黒かの両極に憑かれ、引き裂かれた。次から次へと翻弄されて、息をつけず、あんなに藻掻き苦しんだ場所から、いつのまに、どうして抜け出せたのか。不思議なのか当然なのかも分からない。自分のことでさえ。だからもちろん私には、道案内などできないのです。
 だから、あなたとただ手を繋ぎ、一緒に、お散歩したいですね。臭気に風が、暗夜に薄明かりが、行き止まりに出口が、春が、現れるのを、一緒に見たいと存じます。愛しています。


(かしこ)


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