【掌編】夜伽
石田吉蔵になるのも悪くないと海を隔てた恋人から言葉が届いた。日の当たるところは渡れず、また人魚の友人のようにも泳げない私は海の底をなお深くまたぎ地中を走った。
恋人に逢い、はなひらく。
――綺麗だ。
――あなたの為に咲いたの。
みるみる大きく豊かになって、恋人のものを自分のものにしようと喰らいついた。
うっとりと目を閉じ逝った恋人を見下ろし、悔やむ。もはや実ることはない愛し方をしてしまった。長く、遠く引きずった根を断ち切り、恋人に供える死花になった。
記憶が夜に触手を伸ばす。
記憶は夜ごと生まれ変わる。
夢はよく覚えている。しかしすぐ忘れる。夢見る前の私を追うことは叶わない。
(了)