鬼滅の刃_1話__38_

2019年春アニメ感想 鬼滅の刃

この記事は、もともとは2019年7月1日に掲載予定だったものです。事情はこちら→ご無沙汰しておりました。

 まずは久し振りに見た、パーフェクトな第1話の話を。

鬼滅の刃 1話 (2)

 冒頭、深く雪が積もり中を、主人公炭治朗が走っている。その背中には意識を失った妹の禰豆子。
 雪が絶え間なく降っている。寒々とした空気だ。雪が深く降り積もっている中を進むと、足が雪の中に深く埋まってしまう。その上に妹を負ぶっているから、歩きの上下動の動きが大きくなる。緊急事態ではあるが、それ以上に早く進むことができない。その動きをきっちり描きつつ、動きそのものがやがて起きるであろうドラマティックな展開を予告している。恐ろしさともどかしさの両方を感じさせる。

鬼滅の刃 1話 (4)

 お話は一日前に遡る。
 山奥の小さな炭火小屋で暮らしている一家。主人公の少年・炭治朗が背中の大きな籠に炭を一杯入れている。父親の姿が描かれないことから、少年が一家を守る立場にあること、少年が父親代わりとしての生活を受け入れていること、兄弟達に慕われていること……それぞれの情報がよく伝わるように描かれている。
 炭治朗のキャラクターとしてのポイントは……赤毛や耳飾りなどがあるが、額の大きな痣。火傷跡だろうか。こういった少年漫画の主人公で、顔に傷を入れるのは珍しい。主人公は他はともかくとして、顔だけは綺麗に描きたくなるものだ。若い世代ほど綺麗な顔を求める傾向があるなか、大胆なデザインだ。世界観ががっちり作られた中で、ふとすると埋没するかも知れないキャラ作りの中で、額の痣が大きなポイントとなってキャラらしさを作っている。
 掌の描写もいい。炭治朗の掌が描かれる時、いつもものすごいタッチ線を載せて描かれている。指も太い。この描写が炭治朗が重ねてきた苦労を物語るし、禰豆子の鬼となってしまった手との対比になっている。顔の問題同様、ここまで手を汚して、汚しまくって描写するのは珍しい。大胆だし、世界観を第一に考えていることがよく伝わってくる。
 炭火小屋の風景はまだまだ穏やかそのもの。冒頭で示されたような惨劇が起きそうな気配はまったくない。

鬼滅の刃 1話 (6)

 炭治朗は炭を背負って麓の街へ。
 時代は大正。その以前の中世の風景が濃く残っている中に、電柱があちこちに立てられている。すでに、田舎の町にすら電気が通り始めているのだ。でも、人々の生活はまだ炭を必要としている。“近代化”が数センチほど始まりかけている……そういう時代だとわかる。
 ここで、炭治朗は街の人達に次々と声をかけられる。街の人達からも慕われている存在であることがわかる。炭治朗について何者であるか、自身の行動でわかる場面は描かれていないが、これで炭治朗の人望がわかるようになっている。
 また、炭治朗がやたらと鼻の利く少年であるということが、ここでわかる。“鼻が利く”……というのはまたずいぶん不思議な特異能力だ。少年漫画特有の必殺技とは別に、もともと持っていた能力のようなものがあれば面白いのだが、“嗅覚”という個性はかなり面白い。面白いし、後々の展開で嗅覚がいろんな展開を進めるためのフックとなっている。実にいいアイデアだ。
 後にわかるが、この嗅覚で相手が嘘を言っているかどうかすらわかってしまう場面が出てくる。とあるジャンプ漫画では汗の味で相手が嘘を言っているかわかると宣った男がいたが、臭いで対抗できるキャラクターの登場だ。

鬼滅の刃 1話 (8)

 その街中での場面を終えて、帰宅。雪山を登る場面に入る。
 炭治朗は三郎というオジサンに呼び止められ、そこで一泊とまっていくことになる。
 この三郎というオジサン、目にハイライトが入っておらず、なんとも不気味な空気を出している。それまで平和なイメージがずっと流れていたが、三郎に呼び止められてから、不穏さのグレードが少ーしずつ上がってくる。語り部が声の調子を変えて、場の空気を変えよう……そういう狙いのようなものを感じる。

鬼滅の刃 1話 (9)

 三郎は世間話はしない。「鬼が出る」「殺される」不穏な話しかしない。それどころか会話していても炭治朗のほうを向かず、ずっと背中を向けている。まるで怪談話の導入のような、じわじわと来るような不気味さがある。

鬼滅の刃 1話 (11)

 翌日の朝――結局、惨劇のようなものは起きず、朝が来る。
 炭治朗は、家を目指して山を登り始めるが……。
 惨劇が描かれる前に、まず臭いで反応する。早速、異常な嗅覚が展開を進めるフックとして役に立っている。
 大急ぎで家を目指すと――家の前に血まみれで倒れる禰豆子。絶命した幼い弟。
 家の中に目を向けると、すでに“終わって”いた。全員死んでいた。
 惨劇の瞬間を描くのではない。すでに惨劇が終わった後。その結果だけを見せる。これは『オイディプス王』の頃からずっと描かれている手法だ。惨劇のその瞬間は描かない。結果だけ見せる。これが実は惨劇そのものを見せるよりも、ショックが大きくなる。

鬼滅の刃 1話 (17)

 作品の空気はここで一気に変わる。炭治朗は妹の禰豆子を担いで、麓の街を目指す。
 その最中、禰豆子に異変が起きて……禰豆子は鬼の血を浴びて、怪異化していた。
 異変が描写される最初の場面。雪が降りしきる一面真っ白な画の中に、薄着の禰豆子が佇んでいる。髪を振り乱し、着物には血を点々と付けて、雪の中に埋もれそうな白い肌を見せている。
 まるで古き良き幽霊画のような不気味さ、美しさ、色気が現れている。日本的な美と恐ろしさが表現されている、改心のショットだ。

鬼滅の刃 1話 (21)

 鬼となる禰豆子。血を浴びて鬼となった……とあるから、吸血鬼のような要素がある。しかし吸血鬼的な耽美さはなく、人間をおぞましく変化させる恐ろしいものとして描かれている。古くから語られる鬼の系譜を踏まえつつ、現代的なアップデートが加わっている。新しい伝承の像が生まれたと感じた。

鬼滅の刃 1話 (28)

 富岡義勇が登場し、炭治朗との対話が始まる。演技の見せ所だ。第1話の名シーンとなる力強い場面だ。
(こうした演技の見せ場は、ufotableはあえてロングサイズで画を見せる。決めのカットでクローズアップを持ってくる。この見せ方、メリハリの付け方がうまい)
「生殺与奪の権を他人に握らせるな! 惨めったらしくうずくまるのやめろ! そんなことが通用するなら、お前の家族は殺されていない!」
 間違いなく名台詞だ。『鬼滅の刃』は1エピソードに必ず名台詞が出てくるのだが、第1話からいきなり力強い台詞が出てきた。
 炭治朗と義勇は全力で怒鳴りあう。その緊迫の度合いが、今まさに命を賭けた場であることが伝わってくる。ヒリヒリするような演技の力強さ。当然ながら人を惹き付ける名シーン、名台詞がないと、名作にはなり得ない。『鬼滅の刃』は第1話のこの場面で、名作への道を一歩進み始めた。
 土下座して妹の命を乞う炭治朗に対して、義勇は激昂して叫ぶ。その後に、モノローグが入る。
「泣くな。絶望するな。そんなのは今することじゃない」
 言葉と心は裏腹。
 本当を言うと、ここでモノローグを入れるのは悪手だ。人物が何を考えているか、安易に答えを見せてしまっている。また第3者のモノローグを入れてしまうことで、物語の主観がこの瞬間、別のところに飛んでしまっている。
 漫画は誰の主観で語られているのか、一貫しない性質がある……それがエンターテインメントとしての有利な点であると同時に、アートとしての弱点となっている。
 だが、この場面におけるモノローグは、先の名台詞を倍増させる効果を持っている。言葉として発せられたものとまるっきり逆の思いが、心の中で流れている。それを見せることで、場面が持っている力強さがより増すし、この作品における精神性が最初に見える場面となる。

鬼滅の刃 1話 (38)

 『鬼滅の刃』の精神性とは、“仏の精神”というべきものだろうか。
 凶暴な鬼と対峙し、死ぬか生きるか。油断した者や甘えた者から無残に殺される残酷さが横たわる中で、炭治朗は一貫して“情け”を見せる。それは鬼に対しても。情けと哀れさを持って接しようとする。
 迫り来る鬼を刀片手に無双するわけではない。炭治朗は強くなっていくが、その強さにおごれることはなく、自分で斬り伏せ、消滅していく鬼の前に、静かに手を合わせる。
 過酷な世界の中に現れる優しさ。過酷な世界だからこそ際立つ優しさ。対決とその勝利を愉悦として描くだけではない。戦いの後に必ず現れる“情け”の精神。不本意に死んでしまうことの悲しみ。人も鬼も、等しく哀しい。これを常に描き続けているからこそ『鬼滅の刃』は特別だ。

鬼滅の刃 1話 (31)

 禰豆子が斬られると思った炭治朗はとっさに行動に移す。
 こここそ、バトル漫画の真骨頂。「敵を騙すなら、読者から」だ。
 炭治朗は斧を持って突撃した……と見せかけて実は素手。斧は頭上に放り投げ、炭治朗は義勇に勝てるとは思ってなかったから、差し違えようとしていたのだ。伝奇ものと思わせて、実は少年ジャンプらしいバトル漫画。その一端が、ここに見えてきた。かといって突然バトル漫画に空気を移すのではなく、あくまでも伝奇ものというカテゴリの中で、バトル漫画を描いてみせる。しばらくして、『鬼滅の刃』ははっきりとバトル漫画に変質していくわけだが、その最初の見せ方として実にバランス感覚の優れた描き方をしている。

 義勇は禰豆子を殺すことを諦め、師匠である鱗滝左近次を頼れと言い残して、その場を去って行く。こうして『鬼滅の刃』は幕を開ける。
 ここまでが第1話。パーフェクトな第1話。おそらく『進撃の巨人』以来かと思われる見事なエピソードだった。

鬼滅の刃 1話 (40)

 この後、炭治朗は鱗滝の元へ行き、過酷な修行を受ける。今時珍しく、修行の過程を省略せず、1エピソードを使ってがっちり見せる。最近の漫画・アニメはエピソードの外で「修行していました」と片付けるパターンが多くなっている中、ここをきっりち見せるのは良い。どうも今の作家は、修行の場面にドラマを乗せることが苦手らしい。
 アニメ制作はufotableだ。ufotableといえば力強いアクションも1つの魅力だ。特徴としては、タメが極端に少ないこと。アクション前の力タメが少なく、一気に力が放出される。タメが少ないからといっても、カートゥンにありがちな、右から左へ、左から右へ、単調な力の流れ方はしない。タメなしで吹っ飛ばした後、弾かれ、姿勢が崩れ、といった動きをがっちり見せる。ここで力感の凄さが伝わってくる。タメがなくてもその後の描写でエネルギーの強さ、あるいは空間を含めた奥行きがわかる作りになっている。
 剣戟シーンは……私は配信で見ていたのでスローで見ることができなかったのだが、たぶん剣戟シーンは刀と刀がぶつかり合う瞬間はほとんど描かれてないんじゃないかな。エフェクトとオバケを出して、刀がぶつかり合う瞬間は描かない。これが剣戟シーンの超スピード感の表現になるし、やはり軌道線をきっちり取っているからコマが飛んだという感じもしない。アクションアニメの勘所がわかっているからこそできるコマの魔術という描き方だ。

 今回は第1話の中心に書いてきたが、この後のエピソードも秀逸なものばかり。捨てていいエピソードは1本もない。お話全体の流れに緊張感がずっと流れている。『鬼滅の刃』は新しい時代の名作として、この後も語られるものになるかも知れない。素晴らしい1作に巡り会えて、本当に良かった。

鬼滅の刃 8話 (3)

 余談。蛇足。
 8話。
 2杯分の山かけうどんをものすごい勢いですすって、そのまま“お金を支払わず”去って行く炭治朗。こいつぁ、いい立ち食い師になるぜ。


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