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愚痴って恋して入院するアラサーテレビディレクター


テレビ業界の「出張」とは、つまり、「ロケ」を指す。

日帰りのこともあれば、半年におよぶことも。
私の場合は、だいたい1ヶ月おきに10日前後の出張に行くことが多い。
「ロケこそがテレビマンの醍醐味!」と目を輝かせる人もいるが、
私はどちらかというと…あまり出張は好きではない。
だって、めっっっっっちゃ疲れるのだ。



****

そもそも、出発前に考えるべきことが多すぎる。

天気予報を睨みながら、撮影の予定を組む。
予算書を睨みながら、チケット、ホテル、車をブッキング。
ロケ日程はだいたい出発の数日前に決まる。


自宅に帰ったら、
冷蔵庫の食材を眺め、出発までに使い切る献立を計算する。
出発は5日後。生卵が9個も残ってる。無理だ、食べきれない。
夕飯をオムライスにして大量消費?茹で卵にして留守番させる?
ゴミ出しの日も要確認。生ごみは出発の朝に捨てたい。

ベランダのプランターに給水ポットを差す。
帰ってくるまで生き延びるんだぞ。

amazonのサブスクも止めなきゃ。
万が一「置き配」が数日放置されたら、家主の不在をアピールするようなもんだ。

スーツケースに撮影機材を詰め込む。
あらゆる隙間に着替えを詰めて緩衝材にする。
やばい、下着が足りない、今回のホテルってランドリーサービスあるっけ?

他にも、あらゆる想定外を想定。
急に畑で撮影するかも?長靴も持っていこう。
物撮りのときガラスが反射するかも?暗幕も持っていこう。
環境変わって周期狂いそう。生理用品も持っていこう。


***


ロケが始まると気が引き締まる。

当たり前だけど、ドキュメンタリーの現場に「take2」はない。
目の前で起きた突然の出来事を、
取材相手が ぽつりと漏らした本音を、
顔つきが変わった一瞬を、
カメラでとらえられたか、否か。
それが番組を左右する。


手が震えてRECボタンを押せなかったこともある。
瞬発力とか判断力とか覚悟とか、そういうものが未熟なので
何度も決定的瞬間を撮り逃しては後悔してきた。

ロケ中は、会話量もめちゃくちゃ多い。
朝から晩までカメラマンたちとコミュニケーションを取り続けるし、
なにより、取材相手とたくさんたくさん話す。

初対面に近い状態から、数日関わっただけで
取材相手のことを「こんな人です」とメディアで紹介するのだ。
限られた時間の中で、他人を深く知るのは難しい。

”あなたのことをもっと知りたい”という欲求のもと、たくさん質問する。
好きな食べ物は?好きな本は?出身は?ご家族は?あだ名は?何してる時間が好き?なんで今の仕事に就いたの?信頼してる人は?そのとき何を思った?なんで?どうして?

会話の中で、その人の口癖を知る。声の温度を知る。
笑いのツボを知る。言葉選びの優しさを知る。笑顔の愛らしさを知る。

ときどき遠くからじっと観察する。
仕事中の真剣な横顔、家事をする慣れた立ち振る舞い、気遣いの目線、意外とずんずん歩く歩幅…一挙手一投足をガン見して、記憶する。
知れば知るほど「他人」でなくなっていく。


”あなたのことをもっと知りたい、あなたに興味がある”。
その状態は、ほぼ、恋だ。





ホテルに戻っても頭の中がいっぱいいっぱい。

明日は何が起こるだろう。ちゃんと撮れるかな。晴れますように。
あの人が見せた表情は何だったんだろう。
明日会ったらどんな会話から始めようか。


ロケ中はほぼ毎晩、ロケをしている夢を見る。



***


と、まぁ
愚痴だらけの準備と、張り詰めたロケを経て、
家に帰ると抜け殻になる。


出張から帰った翌日は、家から出ない。
というか、ベッドから起き上がれない。
のそのそとトイレに立ち上がっても、また、ソファに倒れ込んでしまう。
身体を「縦」に保てない。脊椎が溶けてしまったのかと思う。

友人のLINEも返さない。仕事の電話も出ない。
誰とも関わりたくない。宅配も非対面で受け取る。

食事はほぼ摂らず(だって冷蔵庫は空だ)、水だけ3リットルくらい飲む。

窓をぼーっと空を眺め、うとうと寝て、ぼんやり起きる。
ベランダの花が目に入って「枯れてなくてよかったぁ〜」などと思う。


まさに、廃人。
この「出張の副作用による廃人状態」が、まる1日は続く。

出張の度にここまで消耗する自分が、恥ずかしい。
先輩たちは平気で働いているのに。私は体力が足りないんだ。情けない。





***


数年前、SNSで「おうち入院」という言葉を見かけた。

心身が疲れた日は、引き篭ったっていいじゃない。回復するまで家でくつろぐことを肯定しましょう…
という考え方らしい。

なるほど、動けない自分を「廃人」と卑下するより、ずっと前向きな表現だ。



以来、私は「疲れたので休みます!」と上司に宣言し、
悪びれなくLINEの通知を切り、堂々とだらけるようになった。
だって入院中だもん。と、開き直り☆引きこもり。


ただし、「入院」が長引くほど
大量の洗濯、食材の買い出し、などのミッションが溜まるので、早めの退院をおすすめする。

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