<みんなで一緒に寅さんを語ろう>みんなで寅さんキャンペーン!【寅さんにまつわるエピソード投稿ご紹介】8/19投稿追加
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<みんなで一緒に寅さんを語ろう>みんなで寅さんキャンペーン!【寅さんにまつわるエピソード投稿ご紹介】8/19投稿追加

【笑いと涙】の国民的人気シリーズ映画最新作、『男はつらいよ お帰り 寅さん』の7月8日(水)DVD&ブルーレイ発売を記念して、
みんなで寅さんキャンペーン!を開催いたしました。

※現在、エピソードの受付は終了しています。

幅広い世代の寅さん好きからたくさんの投稿をお寄せいただきました!ありがとうございます!

みんなの<寅さんにまつわるエピソード>投稿をご紹介します。

早速、お寄せいただいた投稿の中からエピソードをピックアップしてご紹介します!

作品について想い想いのエピソードを、皆さんがそれぞれお持ちなのも男はつらいよシリーズの魅力のひとつ。

是非、みんなの寅さんエピソードをお楽しみください。

※ご応募いただいたエピソードすべてをご紹介することはできません。予めご了承ください。
※こちらでのピックアップはプレゼントの当選とは関係ありませんのでご了承ください。

みんなの寅さんエピソード6/5掲載分

◾️監督さん(10代)

僕が最高の親友と新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」を映画館に観に行った時の話。

もともと僕は寅さんが大好きだった。新作映画も観に行こうと思っていたのだが、せっかく喜劇映画を観るのなら誰か友達を連れて行きたいと思っていた。ぼくは最高の親友のKくんを誘おうと考えた。だが1月に模試など様々な用事があったのでそれが終わってから観に行こうと思い、学校で休み時間にKくんに話をして誘った。Kくんは「おー!観に行こう!」と喜んでいた。もともとKくんは男はつらいよを観たことがなかったらしいが彼の祖母が寅さんのファンで寅さん映画については知っていたらしい。僕たちは映画を観に行くのを励みにその日を楽しみにした。

そして今年の1月中旬、電車に乗って僕たちは出かけた。駅に降りてからまずはお昼のそばを食べた。食事中、寅さんについて軽く説明をして、それから映画館に向かった。

ちなみに僕たちは15歳の中学生3年生だったので映画の鑑賞料は100円だった。

売店でぼくはパンフレットを購入して時間になるまでそれをずっと見ていた。

場内アナウンスが鳴り僕たちはスクリーンに向かった。僕たちの席は真ん中くらいで下から上まで結構人がいた。僕はそこで寅さんの人気がまだまだ根強いことを実感した。Kくんも「沢山人がいるね」と呟いていた。

映画の本編が始まり様々な名シーンとともに満男たちが寅さんを思い出していく。そして僕の大好きなメロン騒動のシーンになった。僕はKくんがどんな反応をするか気になっていた。寅さんが家に帰ってきて自分の分のメロンがないことに表情を変えて、「わけを聞こうじゃねぇか」と言った。その瞬間Kくんも僕も周りの人たちも大声で笑っていた。僕はやっぱり誰かと寅さんを観るのは楽しいなぁと実感した。

Kくんは他の場面でも沢山笑っていた。

そして映画が終わった瞬間、Kくんは僕に
「いやぁ~面白かった!今まで動画とかでちょっとだけ見たことあったけど今回ちゃんと見れてよかった!」と大絶賛していた。僕も寅さんを映画館で見れて本当に楽しかった。

実は自分が初めて友達と一緒に観に行った映画がこの映画だった。最高の友人と大好きな寅さんを観に行くという思い出を作れてよかった。それと同時にKくんが寅さんを好きになったことが本当に嬉しかった。

そして僕とKくんはいつか柴又に旅行に行くことを約束した。そこで寅さん記念館や帝釈天などを巡ってさらに楽しい思い出を作ろうと約束した。

◾️浪速の頓珍漢(17)さん(10代)

高校の同級生が大病を患っていて医者からも諦めろと言われていたんです。彼は極めて成功率の低い手術を受けなければならない事を告げられた後、私に「死ぬ前に柴又へ行きたい。寅さんに会いたい。」と泣きついてきました。そうしてコロナが本格的になる前の3月上旬に私たちは東京へ向かいました。柴又へ着くと彼は開口一番に「寅ちゃん…寅ちゃんやァ…!」と涙を浮かべながら言っていたのを今でも覚えています。そして私たちは帝釈天へ参拝しに行った後、とらやで名物の草団子を彼がのどに詰まらせて窒息しそうだったのは焦りましたが今となってはいい思い出です。もう彼はこの世にはいませんが、きっと天国で渥美さんと酒でも飲みながら世間話でもしているのでしょう。そんなことを考えながら参列した彼の葬式では寅さんのテーマが流れていました。ありがとう、寅さん。

◾️ひなたやまさん(40代)

娘は5歳の時から6年間ずっと寅さんファン。というのも、おじいちゃんおばあちゃんと3世代で暮らす我が家では、「土曜は寅さん」を居間で家族揃って観るのが毎週の楽しみでした。
そんな娘が小学校1年生の時、ひらがなの宿題で、その日は「け」の言葉を書き出す日でした。もちろん娘が書いたのは「けっこうけだらけねこはいだらけ」(お尻のまわりはクソだらけは子供なりに宿題には書いていけないと思ったようで、省略していました(笑))。
もちろん、先生からは二重丸をもらっていました。
「男はつらいよ」は、私たち家族のたくさんの思い出に関わっています。

◾️ねもっちさん(40代)

結婚する前に妻と初めて観に行った映画が48作、寅次郎紅の花でした。寅さんの最後の作品を一緒に観れて良かったです。後に産まれた一人娘は「さくら」と名付けました(^-^)後に倍賞千恵子さんに話をしたら「とっても良い子でしょ〜う」と言われました笑。

◾️池田ヒトデさん(30代)

中学三年生の頃、各グループで行ってみたい東京の観光地を巡る東京見学というイベントがありました。お台場や原宿など若者に人気のある観光地を選ぶグループが多い中、『男はつらいよ』が大好きだった私は迷うことなく柴又を選びました。寅さん記念館を見学し、帝釈天を参拝し、帰りにお団子をいただきました。憧れの『男はつらいよ』の世界を堪能し、大満足の東京見学でしたが、寅さんの世界に浸り過ぎたせいで帰りの集合時間を大幅にオーバー。やっとの事で集合場所へたどり着くと、他の生徒は既に解散しており、そこには怒りで顔を真っ赤にした担任が待っていました。中学三年間で一番怒られた一日でしたが、それも含めて15年以上経った今でも大切な思い出です。

◾️ハッパ19さん(50代)

「寅さん!全作観てます!」
今思えば失礼だったかも知れません。
今から30数年前の学生の時分は帝釈天の対岸を南に下った市川市の寮に住んでました。
アルバイトはレンタルビデオ屋さん。
通りに向いたモニターに「男はつらいよ」が流れていると私が当番だと判る程、寅さんが大好きでした。
ある日、当時の彼女とのデートの行き先を柴又にしたいと申し出たところ「うん柴又行こ!」と快諾。待合せは京成線の国府台駅で
柴又までは駅4つ。
帝釈天参道では草団子、飴、煎餅を買って
のんびり江戸川の土手で食べながらおしゃべり。帰路につく頃は帝釈天の近くも夕げの支度の香りが漂う時分。
参道を二人並んで柴又駅に向かって歩いてると彼女が「あれって寅さん?」控えめに指差した方向に画面でしか見た事のないロケ中の寅さんがうつむいて立っていたんです!。
駆け寄って最初に出た言葉が冒頭の言葉。
ここは「渥美さん」と言うべきでしたしロケ中に邪魔だったんだろうなと後悔してます。
その時の自分はそれどころじゃありません!握手をしていただき財布と鍵しか持たない僕の代わりに彼女の手帳にサインまでいただきました。
今でも心が疲れた時は寅さんを鑑賞し励まされ癒されてます。
でも毎回思うのは「寅さんのサインがあるあの手帳のあのページだけ貰っておけば…。」
そう!その後フラれたんです。

◾️加藤広大さん(20代)

昔じいちゃんが見てたテレビの先には、派手なスーツの四角いおじさん 時が立ってじいちゃんが大好きだった男はつらいよを僕も見始め、生き方や人としての思いやりなど沢山感銘を受けました。あまり出かけたり遊んでもらった覚えはないけれどよく一緒に男はつらいよを見ていた事、今思えば孫よ、寅さんの様にお金はなくとも人としての生き方は間違えず真っ直ぐ生きろよって言うメッセージだったのでしょうか?
じいちゃん、じいちゃんの大好きだった寅さんに僕も少しでも近づけたかな?
男はつらいよは、僕とじいちゃんの家族の絆の象徴です。これからも大好きな作品です。

◾️時の旅人さん(60代)

亡くなった妻と二人で葛飾に行きました。寅さんポーズで撮った写真
色あせてはいるが懐かしい思い出です。
懐かしさと寂しさ、掻きむしりたくなるような感情、色んな思いが募
りますが生きて来た大切な証の様な気がします。

みんなの寅さんエピソード6/23掲載分

◾️アスカさん(30代)

私が中学二年生の頃、祖父が亡くなりました。祖父は寅さんが大好きでよく見ておりましたが、私はその頃どこが面白いんだろうと思っていました。
ところが最近、テレビの再放送で見た寅さんの人情、人間らしい人間の姿に心を惹かれ、面白い!と思ったとき、亡くなった祖父が笑顔で見ている姿が鮮明に思い出されました。
これからも寅さんのような作品は大切に残していくべきだと思います。
寅さん、ありがとう。

◾️もちふさん(30代)

「ほどほどに愛するということを覚えなきゃならない」

初めてお付き合いした人とお別れした時に知った寅さんの名言です。
好きで好きでどうしようもなかったけど、好きという気持ちだけではどうにもならないんだな、というある意味いい諦めと好きと愛するは違って、愛するというのは私自身でどうにかなることじゃなく譲り合う認め合う、そういうことが愛するんだと後々学ぶことができました。

今は私を温かく広い心で包んでくれる優しさ溢れる人と出会い、結婚することができました。
寅さんのおかげです。

◾️きのこ4号さん(20代)

ドラマ少年寅次郎を見た事がきっかけで男はつらいよを見始めた新参者です。
長年見てこられたファンの方々の寅さん愛には到底かないませんが、寅さんリレーを全作完走して、コロナが収束したらまた浅草などに聖地巡礼に行きたいです。

◾️トラランさん(40代)

【密かな座右の銘】
寅さんとリリーがご近所の噂になっていると聞いたおばちゃんやおじちゃん達。
心配して黙り込んでいると、ヒロシが「まあ、明日考えましょう」とちょっと投げやりに言う、大好きなシーン。

すぐにいい対策も浮かばず、一旦、時間をおくか…という時に、心の中で(時には家族にも)呟いています!

◾️くるままるさん(10代)

高校三年生です。

私が男はつらいよに興味を持ったきっかけは、50作目公開記念としてTVで特集が組まれていたのを見たことです。それまで存在自体は何となく知っていましたが、まともに映像を見るのは初めてで、寅さんの一見ヤカラだけど、愛嬌があって人情深いキャラクターに、一瞬にして惚れてしまいました(笑)

その時見た映像の中で、特に心を射貫かれたのが「人間って何のために生きてるのか」という満男の問いに対して、「生まれて来て良かったと思える瞬間のために生きてる」という寅さんの台詞です。
私は勉強や人間関係などで行き詰まった時、いつもこの満男の問いと同じような事を考えて悩んでしまいます。なので、この寅さんの台詞を聞いた時は目の前がパーッと明るくなるような気がして、本当に救われました。

それから男はつらいよシリーズのDVDを片っ端からレンタルし、ますます寅さんのことが好きになり(笑)、50作目も劇場に見に行きました。
劇場には、おそらく昔からのファンであろう方たちも多くいて、自分がまだ生まれていなかった頃の寅さんの世界観をも共有できたような…今までの人生で味わったことの無い感動の嵐でした。
亀有で映画を見たあと、歩いて柴又まで行き、寅さんゆかりのお店に行ったり草団子を食べたのも本っ当に楽しかったです^_^

私が特に印象に残っているのは、第7作「男はつらいよ 奮闘篇」で、マドンナ花子を駅まで見送る寅さんの場面です。本当に親身になって花子のことを気にかけて、改札のギリギリまで追いかける寅さんを見て、今、見ず知らずの人にここまでできる人がいるか?とふと思いました。
男はつらいよには、現代の人が忘れかけている、人情深さが詰まっています。駅員さんの「帰り寄ってくれ。お茶入れるから」というセリフにもこの時代ならではの温かさを感じました。

男はつらいよの好きなところを挙げるとキリがありません…。寅さんだけでなく、さくら、博、おいちゃん、おばちゃん、タコ社長、御前様、源公、満男…全ての登場人物が大好きです。

この作品には、肩の力を抜いて生きることの大切さ、人と人とが関わり合う尊さを教えてもらいました。男はつらいよが毎年公開されていた時代に生まれたかった、と思ったこともありましたが、50作目を見て、この令和の時代に寅さんと出会えたことに意味がある、この時代だからこそ、寅さんの心を持ち続けていたい。そう感じました。

長くなってすみませんでした。50作目を製作して下さって本当にありがとうございました。
柴又に住みたいくらい、この作品が大好きです!

◾️リンリンリンさん(30代)

わたしは、介護施設で働いています。
ご利用者の楽しみにと、月に一度映画を見るクラブ活動があります。
わたしは今まで正直見たことはなかったのですが、寅さんの映画を上映すると
みなさん声を出して笑っておられました。
高齢者はなかなか普段の生活で声を出して笑うことってあまりないですが、心から笑って楽しむことは健康にもいいことだと思いました。
また、わたしも一緒に笑って楽しむことが出来たので世代問わず楽しめる映画だと思いました。
ご利用者からはまた見たいとリクエストもいただいてるので、一緒にまた見たいと思っています。

◾️akkokkoさん(50代)

コロナウイルス対策で自粛・stay home中、夫婦で映画のDVDを借りて観ることが多くなりました。「次は何を観る?」という会話の中、まさかの、夫がこれまで1本も「男はつらいよ」シリーズを観たことがないことが発覚!私も全て観てきたわけではありませんが、「男はつらいよ」はお正月の風物詩、懐かしいお正月の思い出の中のワンシーンです。ここは、是非夫にも観て貰いたい、私も観直してみたいと、早速第一話から借りたところ、第一話があまりにも素晴らしく(私も初めて観ました)、すっかり寅さんの虜に。第二作・第三作、ときちんと順番通り見続けて(笑)、昨日は第46作を見終わりました。残すところあと2作です。
夫は自営業を営んでおりまして、1ヶ月余に及ぶ自粛休業期間の中、気落ちすることももちろんあったと思います。けれど時を同じくして、毎日寅さんと共に笑い・涙し、「今回のあのシーンはとても良かったね」「今回のゲスト出演者との絡みはイマイチだったよね」「これまでのマドンナの中じゃ、あの人が一番いいなぁ」など語る、語る。途中で観た昔のTVドラマのDVDで、寅さんがハブに噛まれて死ぬクダリでは「これはいけない、これは作り直さなきゃいけない、映画で生き返らせて良かった」と安堵、日々、次の作品を楽しみにしてきました。
渥美清さんが亡くなったことで、シリーズが終わったことを思うと、実は今、残りの2作を観るのがとても辛いです。「この頃はもう具合が悪かったのかな」などと思ってしまいますが、映像の中の寅さんの笑顔はあまりそんなことを感じさせません。それどころか、何か表情が透き通って神々しくさえ感じられるのです。今日はこれから残りの2作を借りて来ようと思います。観る前から何だか涙が出てしまいますが、しっかり笑いたい。笑わせてもらいます。ありがとう、寅さん。

◾️maoさん(50代)

「男はつらいよ」は父が大好きなので、実家でよく観ていました。
第何作かは分かりませんが、「愛って何でしょうね?」と問われた寅さんが、
「この子かわいいなと思うだろう?一緒にいたいな~と思うだろう?
それが愛じゃないの?」というシーンがあったんです。
ああ、寅さんは色々問題があるけれど、たまにいいこと言うな~
と思いました。
他にも好きなシーンや作品があります。
沖縄が舞台の、浅丘ルリ子さんがマドンナだった作品は、
本当に大好きで、何度も観てます。

◾️寅さんは人生のバイブルさん(30代)

寅さんの「あー生きてて良かったっていう時がなんべんかあるだろ、その時のために生きてる」って言葉がすごく印象に残ってます。
体調崩して仕事を止めた時、自分は何のために生きてるのかと自問自答してた時に寅さんに出会いました。
こんな自分でも生きてていいんだと思え、笑いまで誘ってくれる寅さんに感謝しかないです。

◾️みみえさん(40代)

小学校の時の遠足(社会科見学)の帰りのバスでは必ずと言っても良いくらいバスガイドさんが寅さんの映画のビデオを流してくれてそれを観ながら家路につきました。小学生の子供でも寅さんの映画は面白かったのを覚えています。私にとって、寅さんの映画といえば小学生の時の遠足の思い出です。

◾️車まめじろう(40代)

人間は何のために生きてんのかな?
何て言うかな、あぁ生まれてきてよかったなって思うことが何べんかあるじゃない。
そのために人間生きてんじゃねえのか?

第39作 寅次郎物語での台詞。
この台詞に憧れて私は昨年の12月に、故郷を離れました。

昨年の11月、お帰り寅さんの試写会に当選し葛飾区亀有へ行くことが出来ました。
その時にはまだ故郷を離れることを決めかねていましたが、お帰り寅さんを観て、やっと覚悟ができたように思います。
寅さんが私に、生きるということが旅なんだと背中を押してくれたように感じました。

そして寅さんは私にこう言いました。

寂しかったんだろう
一人ぽっちでな。
もう俺がついてるから大丈夫だ。

寅さんのようには生きられないけど、生まれてきてよかったと思える瞬間に、景色に、人に出会いに行こうと決めました。
寅さんを胸に。
人生に寅さんを。

◾️ピコリンさん(50代)

心臓病の叔母は入退院を繰り返していて、唯一の楽しみが男はつらいよの映画でした。次回作を楽しみにしていましたが、叔母は、亡くなってしまいました。なので叔母が観られなかった映画男はつらいよ50を私が観に行きました。とても人情に溢れていて私もファンになりました。寅さんありがとうございます。

◾️あんちゃんさん(20代)

寅さんを好きになったのは、私が小学生1年生の頃。
父がビデオで"男はつらいよ"シリーズをよく観ていて、何気なく私も見るようになって、それから兄も母も家族みんなが寅さんのファンになりました。
家でいつでも映画を見たいのでお金を貯めて全シリーズのDVDも揃えました。結婚し、今では主人も寅さんを好きになりました。
男はつらいよは、あらゆる世代に観てもらいたい映画です。

私が一番すきなシーンは、39作"寅次郎物語"で、満男が寅さんをお見送りするシーン。
そこで満男が人間は何のために生きているのかの質問に、生まれてきて良かったなぁと思う事が何度かあるでしょ。そのために生きてるのではないのかという寅さんの言葉には、本当に泣きます。
私も何のために私って生きてるの?と思う事があったときにいつもこのシーンを観て納得してます。
感動シーン。この作品以外でもすべての寅さんの言葉は本当に心に染みる。
これからもずっと寅さんは私の心の中で生きてます!

◾️フラワーさん(30代)

好きなシーンがあります!

男はつらいよ 拝啓車寅次郎様 第47作より
「俺はね、風には逆らわないようにしているんだよ。風に当たると疲れちゃうから」

という台詞が好きです。
こんな世の中だけど、流れに逆らうよりも自然にしていることが良いのだと勇気づけられてるようです。

◾️寅さん似の女子中学生さん(50代)

年2回、盆と正月に「男はつらいよ」を母と観に行くことは小学生の頃の恒例であった。正直映画の内容は面白かったとしか詳細に記憶はなく、ほとんどの作品は大人になって見返してから改めて知ったと言っていい。しかし当時の私は映画館に集まる観客たちと一緒に泣いたり笑ったりすることが大好きであった。今では信じられないかもしれないが、当時の映画館では観客が拍手をした、掛け声もかけた。お馴染のタイトルが現れ、音楽が流れると「寅さん、待ってました!」の声とともに拍手喝采。「日本一」の声もかかる。その声を聞くと子どもながらに心が踊りだし、大人の観客に混じり大笑いをし、ホロっと泣いたりすることが大好きだった。横に座る母の大笑いを聞くことも大好きだった。今にして思うのは、高度成長期、映画館に集まる誰もが踏ん張って生きていて、そのことを共有することでさらに元気をもらっていたのだということ。「終」の文字がスクリーンに出ると再び拍手喝采。なかでも印象に残っているのは、作業着姿の男性が、スクリーンに向かって「寅さんありがとよ、またあおうな」と言って去っていったこと。私も今言いたい!!寅さん、素敵な思い出ありがとう!いつまでも私達は寅さんに会える幸せをかみしめているのだと。

◾️夜汽車●遠くに灯りさん(30代)

30代の夫婦です。
寅さんの映画が大好きな夫、下町育ち、柴又に縁のある私が出会い、子供が生まれました。
結婚式には主題歌を流し、5年前に生まれた女の子は、1番大好きなマドンナの名前を基に名づけたら、満男の娘と同じ名前に。娘も寅さんが大好きです。

寅さんという存在がなかったら、とても大切で、大好きな家族に出会えていなかったかもしれません。

節目節目に、寅さんの言葉を思い出しながら映画をみて、生きていく上で大切なことを再確認しています。

素敵な出会いを旅で生み出した寅さんは、私たちの人生においても大切な出会いをつくってくれています。

◾️男はつらいよさん(50代)

絶対なるファンの友人、知人から。特に初めて会う取引先からは、さくらの旦那ですね…。なんて云われ、ビジネス会話も弾みます!私のなかには、こんなシーンで、いつでも寅さんが近くにいてくれています。作品は、第1話が好きです。綺麗なさくらとの恋愛相談で緊張したり腹を抱えて笑ったり、結婚披露宴での父親のスピーチに感動したり。大船撮影所があった際は、食堂で前田吟さんと逢えたことなど、私の人生の大半は、この作品劇中と共に暮らしてきました。生前の寅さんに、お逢いしたかったです。そんなところに、お帰り寅さんの映画化は、定年前の自分を勇気づけてくれた作品です。
お帰り寅さん、待ってたよ!

◾️みっちゃさん(40代)

寅さんは父との思い出の映画です。
ビデオ操作がわからない父が、寅さんが放映される日は、予約をしてほしいと何度も頼まれました。再生する時はいつも一緒に見て、【またフラレちゃったね】とか話すのが、楽しみでした。
今年のお正月に新作の映画を見て、たくさん笑って、たくさん泣いて、久しぶりに寅さんに会えたことを、入院中の父に報告しました。父も話しを聞いて、泣いていました。それから1ヶ月後に脳梗塞で意識が無くなり、今も意識が戻っていません。DVDが発売されたら、聴かせてあげたいと思っています。どうか1日でも長く生きて、また話がしたいです。

◾️はるなさん(10代)

男はつらいよを初めて見た時、今を生きる人たちに生きる意味とか頑張らなきゃいけないことなどと、これからを生きていくために大切なことを教えてもらった気がしました。そこから、私は寅さんにはまって全作見ながら、感動して泣いたこともあります。
こうやって、10代の人達にも勇気をあたえる作品です。

◾️えりちんさん(30代)

私は子どもが2人いてて、5歳と3歳の男の子です。寅さんを観るきっかけになったのも、子育て本に「男はつらいよ」を見るべしとおすすめされていたので、見始めて今や子どもたちも渥美清さんをみると、寅さん!と言って一緒に楽しんでみています。礼儀であったり、くすっと笑えたり、観ると心が浄化され癒されています。大好きです!

◾️ミーナさん(50代)

私は男はつらいよの始まった昭和44年生まれです。満男くんと世代も同じです。
松竹大船撮影所も自宅の近くで親近感はございました。
子供の頃や思春期、20代など、親や祖父母が映画を観に行ったり、テレビで映画の再放送など観て笑ったり泣いたりしておりましたが、小学生や中学生の私には、「寅さんを知ってる」「インパクトのあるファッション」「テキ屋の腹巻した怖いおじさんだけど面白い人、お年寄りと女性と子供に優しい」イメージでした。
その後、妹がシネマワールドでアルバイトしたり、男はつらいよの担当になれず、ガッカリしていたのを思い出し、そんな思い出話をしておりました。
暫く、時が過ぎて、、、。何をしてもうまく行かず、日々過ごしておりました。
結果的に今から4年程前、うつ病を発症し、仕事も行けず誰とも話をする事すら出来ず、どうする事も出来ない時期に、、、主人が「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」DVDを買ってきてくれました。これを観て元気になると思うよ!と、、、。
ハイビスカスの花を観て、寅さんの魅力に自分がどんどん引き込まれていき、リリーさんになった気分になったり、柴又の家族やさくらさんの人達の気持ちになったり、色々、自分に置き換えたり、何回も観ても飽きず、寅さんから生きてる意味、家族はどう考えて、身内の事を心配する気持ち、家族だから許される、どんどん元気が出てきました。療養中、男はつらいよのDVDを少しずつ揃え、通院、薬よりも何よりも寅さんに勇気、元気、人情、生きる意味、愛する気持ち、、、全部をいただき、うつ病の症状は回復し、今では、寅さんの大ファンになり、シリーズDVDを全部観ました。全作品、旅の風景、時代とともに変わりゆく人、物、街並み、自分と共に流れてる気がしました。
年末のお帰り寅さんは、二回映画を観に行き、岡山などロケ地巡り、寅さんサミット、柴又、近所の撮影所跡地の前を通るように歩いて帰宅したり、寅さんがいつも見守ってくれているよね!って自分で思いながら、明るい自分を取り戻せました。
私の人生に寅さんありです!ありがとうございます!

◾️こっぺりあさん(30代)

寅さんはいつどんな時でも、弱いものを全力で味方してくれますよね。寅さんだって不器用な生き方をして、いつだって哀しい想いを胸に抱いて生きているのに…。
わずらわしい人生を歩んでいる毎日で、何度も寅さんの顔、言葉、そして背中に励まされてきました。誰もが必ず寅さんに勇気づけられる日が来るはず…。
みんなでいつでも寅さんの帰りを待っています!!

みんなの寅さんエピソード7/22掲載分

◾️久留とん。さん(50代)

自分が若い頃はなかなか寅さんの良さがわからなかったのですが、年齢を重ねるごとに寅さんの魅力に惹かれております。
寅さんの粋でいなせな所といい、ちょっとお人好しで惚れっぽくて、優しくてお茶目な所もありとにかく寅さんは私の理想郷。
そして何よりもどの作品も観れば心が暖かくなり癒されます。本当に男はつらいよは私の癒やしの大事なサプリメントです!

◾️ともぴぃさん(50代)

昨年末「お帰り 寅さん」を拝見しました。
どの場面でかは分からないのですが、1度出てしまった涙は止まらなくなり、最後まで泣き通しでした。
寅さんと りりーのやりとりが大好きで
「りりー 俺と所帯持つか・・・俺何か言ったかな」の後の、りりーの笑い声。何度見ても涙ぐんでしまいます。本当は、結婚させて欲しかった。でも これで良かったのでしょうね。
どんな時でも変わらない寅さんが、本当に憧れです。これからもずっと大好きです。

◾️かごまるさん(20代)

私は、10代の頃から「男はつらいよ」の大ファンです。 もともと父がよく見ており、それを隣で見ていた事がきっかけで、今ではほぼ前作見ており、好きな映画は「男はつらいよ」と必ず答えます。 私は20代であり、周りには、なかなか寅さんのよさを語り合える人はいません。
いつも1人で見ながら、心の中でもう1人の自分と感想を言い合ったものです笑
数々の名言がある寅さん。 その中でも私が特に好きなのは「燃えるような恋をしろ。大声出して、のたうち回るような、恥ずかしくて死んじゃいたいような、恋をするんだよ」です。
この台詞を聞いた時、私は恋をしていました。
でも傷つくのが怖くて、逃げ腰な私に、寅さんは恋する大切さを、改めて教えてくれました。
作中では、寅さんはいつも片思いで終わって、そのマドンナの背中をいつも押してあげている寅さん。 私も、寅さんに背中を押してもらって、一歩踏み出せた女の1人です。
寅さんの映画がある日は、いつも早く帰って、すぐ夕飯を食べて、テレビにかじりついていた日々が懐かしく、今では夫に「男はつらいよ」の魅力を語っている今日この頃です。

◾️03Yuu20さん(20代)

私が初めて劇場で見ることができた映画は、「男はつらいよ50 お帰り寅さん」でした。この映画を記念して、様々なテレビ番組で以前の映画を見ることもたくさんできたので、自然と映画館へ足を運び、温かい涙を流させていただきました。子供の頃は両親が見ていた。今度は自分が大人になり親になり、家族の温かさが身に染みるようになって、映画の第1作目を見た後全ての作品が見たくなり、すぐに大好きになりました。今の時代とは違うものもたくさんあって、だけど家族や周りの人との繋がりや、思いやる気持ちというのは今よりも強い…そんな気がしました。そして実家へ帰省しては寅さんの話をしたり一緒に映画を見るようになり、みんなで泣いて笑って、改めて自分にとって大切なものが何なのか気付くことが出来ました。私の娘は4歳ですが、テーマソングより自分のことを「わたくし〜」と言ったり、「結構毛だらけ 猫灰だらけ お尻の周りはくそだらけ」の台詞が完璧に言えます(笑)世代関係なくいつまでも愛されるのが寅さんですね。
これからも男はつらいよシリーズを見たり、感染症が落ち着いた頃には、柴又駅への観光もしたいなと思っています。素晴らしい作品に出会えて、本当に良かった。

◾️うずらのたまこさん(30代)

中学生の時の英語の教科書に、寅さんに関する英文が掲載されていました。我が家は両親が大の寅さんファンで、全作見たことがあったので、それが世間の常識だと思っていました。先生に「寅さん、見たことある人?」と聞かれ、普通に手を挙げたら、なんと私だけ!「どのシリーズを見た?」「全部です。」「えぇっ!」それから、クイズのように寅さんシリーズについて聞かれたのですが、すべて答えると、「おまえ、すごいな。」と一言。英語が苦手だった私が、唯一英語の時間に褒められたのは、寅さんのおかげです。

◾️豆ぷっちゃんさん(30代)

私は30歳の主婦です。

寅さんとの出会いは中学生の頃、テレビで映画を観た事がキッカケです。
中学時代は、イジメや嫌がらせを受けていて学校に上手く馴染めず
暗い時代でした。
「男はつらいよ」シリーズの中で
私の通う学校が映ったり、通学路を寅さんとマドンナが歩くシーンがありました。
観た時 とても嬉しくて、憂鬱な登校時間も「ここに寅さんが立ってたんだ!!」と思うと、心が和んだ思い出があります。

まだ ちゃんとした手紙の書き方も知らない中学生。
劇中の寅さんの手紙をお手本に
「拝啓、車 寅次郎様」から始まる寅さん宛の手紙も書きました。
実際に手紙は出せなかったので、ただの自己満足なんですが(笑)
今も大切に保管しています。

もう30歳、まだまだ30歳。
これからの道のりでも、寂しくなったり、辛いことも沢山あるとは思いますが…。
そんな時は「男はつらいよ」を観て、寅さんに励ましてもらいます。
そして、ひとしきり泣いたら
面白い寅さんを観て、笑顔になりますね(* ´ ▽ ` *)♪

寅さん、不器用だけど温かい言葉
いつも ありがとうございます。

◾️兎角さん(50代)

私の父は左官屋で、仕事仲間から寅さんに似ていると言われたそうです。「自分の方が男前なのに失礼なヤツもいたものだ」と、家族で寅さんの映画を観ていた時に、憤慨していたことが思い出されます。いい勝負だけど、父の方が少しいい男かな、と子供の私は思いました。

◾️鰻重の松さん(40代)

私の好きな寅さんのセリフは「寅次郎 心の旅路」の中にあります。柄本明さんが演じるエリートサラリーマンの坂口兵馬が線路に横たわり、自殺を図ります。あわやと言う所で一命を取り止め、介抱をしている時の寅さんの一言。「そうか、死にそこなっちゃったか、また今度やればいいや。」これには吹いてしまいました。自殺を図った人に「また今度やればいいや。」なんて言葉、慰めの言葉としてはありえないですよね。それを寅さんはさらりと言えちゃうんだから並の人ではありませんね。こんな事を言われれば深刻に悩んでいた事がアホらしくなるでしょう。
 「いま、幸せかい?」と問われて、幸せな人はどの位いるのでしょうか。だから今、人生を苦しんでいる人には「男はつらいよ」を全作品見てもらいたいですね。きっと明るい生き方が見つかると思います。

◾️車健次郎さん(60代)

私が、12歳位の小学生だった時、確か、お正月の休みでした。その日は、父が大変機嫌が、良く、私を街の映画館に連れて行ってくれました。
映画館は、満員どころか、立ち見しか出来ない、状態でした。子供の私にはスクリーンは見えず、父は私を肩車してくれ、当時題名も知らない、四角い顔をして、腹巻きをした、おじさんが、主人公らしい映画だとだけ分かりました。どうして、観客からたくさんの、笑い声と、すすり泣きが、聞こえるのかわからないままに、その日は映画館を出ました。それが私と寅さんとの出逢いでした。
中学、高校時代は、私はクラブ活動の、サッカー⚽に夢中で、寅さんの事など全く関心も無く過ごしてました、ただ、父はお盆休みと正月休みは、必ず映画館に行って、寅さんと会っていたのを、横目でみてました。当時、私は姉と寅さんより、007にハマり、街までは、父と同行して、映画館に入ってから、右と左に別れ、映画が終わったら、売店横のベンチで待ち合わせしたのが記憶にあります。
社会人になり、銀行に就職して、田舎から、大阪の銀行の社員寮に入って、急に父や母に会いたい、会えば喧嘩しかしない、兄にも会いたい、そんな故郷を愛しむ気持ちが分かってきた頃の、日曜日に私は、ふと、映画館に一人で行き、男はつらいよ、との題名に惹かれ共感さえ感じ、渥美清より、倍賞千恵子の可愛さをもっと間近でみたく、スクリーンの前にすわりました。
確か、昭和54年の頃でした、私は何故、観客が皆んな大笑いしたり、涙をこぼすのか、私も体得しました。男はつらいよ、に完全にはまりました。それ以降、全てのシリーズは、映画館にて見ています。阪神大震災の後、長田で、シリーズのロケが入る情報が入り、野次馬根性丸出しで、見学に行きました。震災被害者で落ち込んでいる街の人達が、にわかに活気を帯びている状況に驚きました。
映画のシーンのひとつに、寅さんが、リリーの肩を抱こうとするところがあります、私はその時、横の席に恋人がいました。
私も勇気を出して、恋人の肩に手を廻しました、すると彼女は、クスクス笑いだすので、思わず手を引っ込めるしかありません。その彼女には結局振られてしまいましたが、寅さんとも最後の、別れになってしまったのが、彼女に振られたより、悲しい想い出になりました。
最近は、男はつらいよ、の全作を持っていますから、気が向くときに、第一作から繰り返し見ています。私の生き方に非常に影響を及ぼした、寅さん、山田監督を
尊敬しています。
え?どうして、こんなに力をいれてこらむを、投稿したかって?
よくぞ聞いてくださいました。
そりゃあ、50作目のDVDが欲しいからよ、
白木屋黒木屋、ゲオ、ツタヤなら、五千円はくだらない代物よ、それがこのコラムを読んだ、編集長が、気に入って、隣にいるお姉ちゃんに、この、車じゃなくて、林なんとかに、DVD贈ってやれと、言わせりゃあ、しめたものよ!
てな、感じで寅さんだったら私を見透かしてしまうと思い、クスクス笑いながら書いております。

◾️ゆっこさん(40代)

幼かった私は、そんな父を観て「何がおもしろいんだろう」と不思議でした。

でも父が亡くなり、私も40代になってから、ふと土曜のBSで寅さんを観てから、すっかり寅さんのファンになりました。

寅さんの深い深い優しさと、本気でケンカし合う嘘のない世界の味わい深さがわかりました。

そしてようやく、父の想いがわかりました。

今年のお正月、寅さんの映画を観に行った時、「父が生きていたら、どんなに喜んだだろう」と思い、涙が止まりませんでした。

もう会えないけど、いつも心に住んでて笑ってくれる。
つらいときには、きっと一緒に泣いてくれる。

寅さんにも父にも会いたいです。

◾️Lenaさん(10代)

おじいちゃんの影響で「男はつらいよ」が好きになり、去年の新作は、中学生以下100円キャンペーンをやっていたので妹と一緒に映画館に行ったり家族と一緒に2回行きました。
今ではおじいちゃんより「男はつらいよ」が大好きになり寅さん展にも行きました☆ 4kデジタル版の過去の映画も、映画館でやるのを楽しみにしています。
私が一番好きな作品は満男くんの恋シリーズです。 特に第42作、47作、48作が大好きです。 泉ちゃんと菜穂ちゃんとの恋愛模様が好きです。
私が1番笑ったシーンは、第42作で寅さんと満男が泉ちゃんが住んでいる佐賀の家に行った時に満男が寅さんから聞いた小野小町と深草少将の話を泉ちゃんと泉ちゃんのおばさんに話し、寅さんが突っ込むシーンです。

◾️KOKOさん(20代)

自分が初めて寅さんに出会ったのは小学3年生の頃…テレビで1度だけ放送されたアニメ版男はつらいよ 寅次郎忘れな草
当時はヒーローや漫画、そして友達とゲームでモンスターを集めるのに忙しかっただったごくごく普通の小学生
顔はなんとなく知っていたけど名前はうろ覚え、でもアニメとなれば話は別ってことでテレビの前に待機していたら始まったのはまさかの巨大ヒーローモノ!かと思ったら夢落ち!?
見てるうちに発覚したのは「男はつらいよ」という作品はちょっとトラブルメーカーな寅さんというおじさんのラブコメだということ
ハッキリ言ってしまえば完全に当時の私にとってフォロー範囲外のジャンルだ。

しかし見てるうちに何故かぐいぐい話に引き込まれてしまう、この主人公が気になってしょうがない。
何せこの寅さんという人物は変身もしなければ派手な必殺技で悪と戦うこともないし、なんならモンスターすら連れていない四角い顔のただのおっさんだ。
だが彼はそんなことをせずとも人の心を救ってしまった、自分は深く傷つき人前から姿を消して旅に出ることと引き替えに…
衝撃的だった…当時の私にとって寅さんは何から何まで想定外な斬新すぎる主人公(ヒーロー)だったのだ。
放送終了後も録画を何度も見ては観終わる度に壮大な満足感を感じてました。

それから数年後…

テレビで当時の全48作を数年に渡り放送する企画が耳に入ってくる。
アニメから入った私からすれば実写版にあたる作品
正直戸惑いがなかったかと言えば嘘になります。
しかし、見ないことには始まらない!見ないで後悔するなら見てから後悔しよう見てみたら…

とにかく面白い!
この面白さはアニメと同等、もしかしたらそれ以上!
以降一本見終われば次回はいつだ、今度はどんな話だと舞い上がり親を引っ張りお年寄りに紛れて近場で行われた第1作目のイベント上映に出向いたり葛飾柴又や寅さん記念館に出かけ、遂に昨年は熱が更に燃え上がり寅さんサミットにも参戦「お帰り寅さん」は試写会も入れて何度も劇場で視聴し、
今年は4kデジタルリマスター版のリバイバル上映にも行くようになりました。
基本映画やアニメは1回でも見れば自宅や映画館に関係なく満足する私がここまで何度も見たり聖地巡礼に足を運ぶのは今も昔も寅さんだけです。
寅さん!これからも私の映画ライフをよろしくお願いします!!

◾️げんさん(30代)

私にとって寅さんは人生を変える存在です。私が20歳になった時のことでした。ろくに大学に通いもせず留年になってしまい、将来はどうしていこうか途方に暮れてました。そんな時、寅さんの映画を見て、とにかく旅をして色んな人と出会ってみようと思い、一人旅を始めたのです。学校の長期休みなど利用して実に7年かけて、全国47都道府県をまわることができました。そして、人の暖かさを知る事が出来て、医療従事者になることを決心しました。今でも患者様に何で医療従事者になったの?と言われたら寅さんがきっかけですと答えると笑われます。しかし、それで話が弾むことも多々あり、今でも寅さんに救われる毎日です。人情を大事にこれからも仕事を頑張っていきたいと思います。

◾️ぱぱちさん(50代)

令和になって両親を続けて亡くしました。。私たち家族は自他ともに認める仲の悪い家族でした。家内に「親子の楽しい思いではないの。」とよく聞かれていましたが、「家族旅行も行ったことないしなぁ。」と答えていました。
そんな時「お帰り寅さん」の映画を知り、見に行くことにしました。エンディングで「男はつらいよ」の歌が流れだしたら涙が止まらなくなりました。
家族で「男はつらいよ」の映画を見に行った時のことを思い出したからです。私たちにも楽しい思い出がありました。
家内に話したら「良かったね。思い出せて」と言ってくれました。
今「男はつらいよ」を1作目から見直しています。そろそろ家族で行った作品に来ます。

◾️ましゅまろさん(40代)

生まれた時から、父の影響で寅さんが日常にいました。
夏休み、冬休みは一緒に映画館へ。
柴又へ旅行に行ったこともあります。
会話の節々に寅さんの名台詞が出てくるのは、我が家では当たり前。
愛犬は「とらさん」と名づけていました。
そして、結婚した相手も、寅さんと共に育った男性です。
娘の名前は「さくら」です。
週末のお楽しみは寅さん映画の鑑賞です。

わたしの人生に寅さんがいなかったら‥
どんな風だったのかな?と時々考えてしまいます。
こんなに、笑えて、泣けて、なごめて、はげまされて‥
これからも、変わらず寅さんのいる暮らしに、安心しています。

◾️ナカハラカズエさん(40代)

私が寅さんを見て感じた未来

私が育った場所は松竹撮影所がある街でした。街には小さな映画館があり毎年お正月には男はつらいよが放映されてました。小学生の私達からしたらドラえもんやスピルバーグのインディジョーンズやスターウォーズなどを見たいのに寅さんかよと思ってましたが見ると喧嘩と人情と恋に不器用さに優しさがあり面白いなぁと思ったものでした。そんなある日松竹撮影所の近くのスーパーで勤務するおばちゃんが寅さんは気さくな人で商店街に寅さんの衣装のままよく買い物にいきそこらにいる女子たちに「よぉ、姉ちゃんたち元気か?」と女子たちは寅さんから声をかけられたときゃあきゃあ騒ぎ商店街が大騒ぎだったと。。。

それをきいた私は私も女だから寅さんに声をかけられたいと松竹撮影所の正門に行きました。すると寅さんが寅さんの格好でファンらしき女子学生と楽しそうに会話してました。
私はサイン欲しくて待っていましたがなかなか会話が止まない。だから私はしょんぼり帰りました。その時
私も寅さんみたいになるのかもと
漠然と感じたら
私の予想的中。大人になった私は毎回毎回毎回毎回毎回毎回王子様みたいな人に一目惚れされ毎回毎回毎回毎回毎回フラレてしまう女版寅になっています。
いつこの呪縛は解き放たれるのか?山田監督にききたいです。

◾️桃実さん(20代)

寅さんの名シーン。それは、何と言っても、
あのシーンではないでしょうか。行きつけのお店にいる女性に、寅さんが好意を抱いていることを知ったさくらちゃん。誰にも気づかれぬよう、密かに自分の財布から寅さんの財布にお金を入れます。気の利いた行動に、とても感動しました。わたしだったら、ここまで気の利いたことができるだろうか?いいや、きっとできない。だけど、明日からさくらちゃんを真似して、相手を気遣った行動をしようと思いました。
わたしには、お兄ちゃんがいません。でも、いたらきっとこんな感じだろうなあ、と想像しました。
愉快で、温かくて、優しい寅さん。
こんなお兄ちゃんが傍にいたら、どんなに素敵なことでしょう。ドラマの中からひょっこり寅さんが出てきたら良いのになあ、なんて夢見るこの頃です。憧れる乙女の気持ち、寅さんに伝わるかな?伝わると嬉しいな。

◾️バーニィさん(40代)

正月明けに、男はつらいよおかえり寅さんを母と2人で見てきました。今まで男はつらいよシリーズは、私が物心ついた幼い頃から両親がテレビで見ていたので、登場人物や所々の場面は見たことありましたが、物語をきちんと見たのは今回が初めてでした。寅さん、さくら、おいちゃん、おばちゃん皆が若い。
マドンナ皆が綺麗すぎる。 見ている途中懐かしい人々に再会できたこともあり、何故か、不思議と特に理由もなく涙と笑いが沢山込み上げてきました。面白かった。寅さんを、見終えたあとは号泣しました。
それから劇場を出て母から数年前に亡くなった父と若い頃に2人でデートで、寅さんを見に行った事などたくさん思い出を聞きました。映画で名作って言われる作品はいろいろありますが、男はつらいよシリーズこそ、誰もが楽しめる名作だと思います。劇場公開中に見れて本当に良かった。見終えたあと、心がポカポカあたたまるとても素敵な作品だと思います。ありがとう寅さん。

◾️青子さん(30代)

心が疲れてしまったとき、気分が塞ぎ込んでしまったとき、そんなときに私が実践するのが「寅さん療法」です。
夕食も入浴も済ませ、もう寝るだけという状態で男はつらいよシリーズを1本観て、そのまま眠りにつきます。それを何日か繰り返すと、不思議と心も体も軽くなるのです。寅さんにはヒーリング効果があると思っています。

今の時代はとにかく情報の量が多く、時間の流れも早くて精神的に疲れがちです。全てがアナログ、そして自由な寅さんに私は癒されるのかもしれません。

先日、齢80を越えた祖父と映画館に足を運び、男はつらいよシリーズの最新作を観てきました。映画を見て帰りに食事をする、ただそれだけの何気ない時間でしたが、一生涯忘れられない経験となりました。
まさか寅さんを、リアルタイムに、大きな大きなスクリーンで観ることができるとは。制作関係者様には本当に感謝しております。
これからもこの作品の素晴らしさを記憶し、伝えていきたいです。

よっ、日本一!

◾️もんちゃんさん(50代)

「男はつらいよ」ほど映画館が一体となる映画はなかった。笑うそして泣く。ハッキリしていた。もう二度と寅さんのような映画はできないだろう。オープニングの寅さんの見る夢だけ集めても一本の映画ができやしないか。柴又に寅が帰ってきて、嵐を巻き起こし、荷物をまとめ旅立って行く。ここまでワンパターンを貫くとそれはそれで定石となる。映画が終わると客席から拍手が起きた。「男はつらいよ」は映画であって映画じゃない。客はスクリーンに映し出された役者ではなく、舞台上で生の芝居を見ていた。だから満場の拍手が起きた。いや車寅次郎は生きていた。あの拍手は「寅さん、今回もありがとう。」の気持ちだったのかもしれない。

④みんなの寅さんエピソード8/19掲載分

◾️さっちゃんさん(50代)

まだ私が20㈹の頃、父はガンを何度も繰り返していました。私は一人娘だったので母とふたりでいつも不安な思いでいっぱいになっていました。

会社の帰り 毎日ビデオ屋さんに立ち寄り 寅さんを借りて母と観て ひとしきり笑って泣いたあとは お日様が出たように元気になれました。寅さんを観て笑ったことが 暗くどうにもならなくなった私と母の心を助けてくれました。

父も母も他界した今、テレビでまた見直しておりますが 思い出がいっぱいで笑いながら なぜか泣いてしまいます。私と母を助けてくれた寅さん、とらやの皆さんありがとう。

◾️チアキリュウさん(9歳)

学校の社会科見学で、駅にいったとき、男はつらいよお帰り寅さんのポスターがはってありました。

それを見た友達が、

「誰、このおじさん」

と、言っていました。

その時ぼくは、

(僕の大好きな寅さんだ❗)

と、思いました。

僕の推し寅は、

31作目 男はつらいよ旅と女と寅次郎です。

好きなシーンは、31作目のとらやで、都はるみさんが、あんこ椿は恋の花を歌うところです。

早く柴又に行けるようになれるといいです❗

◾️あんちょびさん(20代)

おばあちゃんとお母さんと三世代で映画館に行きました!持病があるおばあちゃんは、映画館などあまりいかないですが、寅さんは観たい!と言ったので孫の私もついて行きました。すごく面白くて終始みんなニコニコ。まわりの少し年配の方たちもニコニコ。とても心が暖かくなりましたし、寅さんすごいな〜と思いました。

それから、昔の寅さんのシリーズを見返してますがどれも面白いものばかり。そしてなんだかタメになる。若い世代も見るべき作品ですね😊

◾️クレイさん(40代)

毎週土曜日の夕食時間、BSで放送されている寅さん。

彼に進められ一緒に観ながらの夕食。

始めは「寅さんって自分勝手でふらふらしてて定職にもつかず人に迷惑掛けてばっかりて、だけど皆からは何だかんだと慕われてる理由がわからない」と感じていた私

寅さんを観ているにつれなんとなく寅さんが人から慕われ愛される理由がわかってきました。

今の時代では無くなってきた「義理人情」

「自分より人」「見返りを求めない優しさ」こーゆー部分が人から慕われ愛されるんだなと。

毎回恋をしては敗れる寅さん。

切なくも悲しいけど、どこかクスッと笑える毎週土曜日の寅さんタイムが私と彼の楽しい夕食時間とてなって行きました。

今では撮りためたモノを見返して楽しんでます。

寅さんに出会わせてくれた彼に今では感謝しています。

人の為に何かしたって今では「大きなお世話」と言われる世の中。

それなら何もしない方が安全と思っていた私も、義理人情もいいモノだなと思えるようになってきました。

◾️マサヒロさん(20代)

僕は、50作品目の「男はつらいよ お帰り寅さん」が公開されるまで男はつらいよ作品を観たことがありませんでした。観ようとも思ったことがありませんでした。ですが、ふと思ったんです。

「映画のシリーズ作品で50作品まで続いてるって、すごい。」

そんな単純な興味から1作品目から観始めました。すると自分でもびっくり、観るのが止まらない止まらない!男はつらいよの魔法に掛けられたように観続けていました。

そしてある日、深夜の旅バラエティ番組で男はつらいよの話題が出ていまして、その内容というのが、芸人さんが旅のプランをプレゼンしてメインの芸人さんがどの旅が良いか決めるというもの。そのプランの中に「男はつらいよ観まくりの旅」というプレゼンをいていた方がいたんです。そのプレゼンを見ている時に僕も行きたい!と思ってしまうほどハマっています。その時、母が「柴又に行ってみる?」と聞いてきました。僕は間髪入れずに「行きたい」と答えました。

数日後、柴又に行きました。駅に着くと駅前のお土産屋さんの方がとても親切に色々教えてくれました。「あぁ、やっぱり、寅さんのさくらのおいちゃんのおばちゃんの博の社長の、男はつらいよに生きているみんなの人情っていうのは、柴又と柴又に暮している方達と一緒に生きているんだな。」と感じました。

帝釈天やとらや、寅さん記念館など見て回っているうちに時間があっという間に過ぎてしまい、そろそろ帰ろうと思い駅前のお土産屋さんに寄ったら、「まだいたの⁉︎柴又にこんな長時間滞在した人初めて見たよ。」と言われてしまいました。また行きたいです。

こんなに語っていますが、この時はまだ50作品目の「男はつらいよ お帰り寅さん」を観ていませんでした。なぜかというと、僕は出来るだけ公開された順番に観たい人なんです。でも50作品目をスクリーンで観れなかったことに後悔していました。ですが、なんとなんと下高井戸の映画館でやっているという情報を掴んだので、翌日の朝に母と観に行きました。素晴らし過ぎます。最後のシーンなんてボロボロボロボロ泣きました。いや、涙が勝手に出てきていました。スクリーンで観れてよかった。僕が好きなシーンは、最後の歴代マドンナの方々が出てくるシーンももちろん大好きですが、満男(吉岡秀隆さん)の娘ユリ(桜田ひよりさん)が「この3日間、お父さんが遠いところにいる様な気がした。」と父の満男に言ったシーンですね。満男もちょっとした旅に出ていたのかなと思いました。

てか、娘のユリさん優し過ぎません⁉︎素晴らしく優しい娘さんですよね。学生にして、「え、満男の奥さん⁇」と錯覚してしまいそうでした。

そして、相変わらず源公(佐藤蛾次郎さん)は台詞は少なかったですが存在感がありますよね。あのキャラクター大好きです。

すみません、長くなりました。ですがまだまだ書きたい、というか語り合いたい!男はつらいよ好きな方と繋がりたいですなーー。まぁ、また柴又に行けばいい話ですね。笑

ではでは、この辺で失礼して。

じゃ、これから労働に行ってくるからな。あ、おばちゃん、帰ってきたら風呂に入るからな、風呂わかしといてくれ。なにせ労働に行ってくるからな。あ!それと、風呂上がったらビール飲むからよ、ビール冷やしといてくれや。なにせ労働に行ってくるからよ。あ、それともう一つ、出来たら按摩呼んどいてくれるか。労働して筋肉揉み解すからな。それじゃ行ってくる。おいちゃん、地道な暮らしってのはいいな!さて〜万〜国〜の〜労〜働〜者〜。

おはよ!!

◾️ANさん(30代)

他の方の投稿を読んで、自分も書道で「けっこう毛だらけ猫はいだらけ」と書いたのを思い出しました。先生は笑ってました。

初めて見た寅さんは第47作で当時私は中学生でした。家でテレビで見ました。最初の場面で、郵便局で偶然会った女性(小林幸子さん)に、寅さんが「あんた、大器晩成型だな。これからいいことあるよ」と言いました。自分はとても不器用で、いまひとつ自分に自信が持てていなかったため、そのせりふが、自分に言ってもらったように感じたのを覚えています。また、就職した満男と寅さんが鉛筆のセールストークで勝負するところもいいですよね。

その後、第1作をテレビで見てあまりのおもしろさにどっぷりとハマってしまいました。50作も大好きで毎週末、合計12回見ました。寅さんは、初めて見た(会った)21年前からずっと、私の心にいます。

◾️ののさん(50代)

〝男はつらいよ”の登場人物は、人情深くて、見ると温かい気持ちになります。

その中で〝おばちゃん”は、髪型や雰囲気が亡くなった祖母に似ているので〝おばちゃん”を見るたびに祖母の事を思い出します。

〝おばちゃん”のご飯が美味しそうで、食べたいなぁと思ってました。

◾️lokulokuさん(40代)

寅さん... つい3日前にも柴又いったけど また逢えなかったな...

源ちゃんも三平ちゃんも居なかったよ...

どうしても聞きたいことがあるんだ...

いつか逢うことができたら あン時の満男みたいに俺にも教えてくれよ... 頼むよ...

そのうちきっと逢えるよな...

今日50作目のDVDが届いたから それ観て またしばらく我慢するよ...

エピソードじゃぁないけど... ま いっか...

なぁ寅さん?

◾️プーカオさん(30代)

寅さんは出てくるすべての事物は必要なピースだと思いました。

一つ一つが絶対欠けてはいけないピースを毎週土曜日だけでなく、悩んだ事があると何度も何度も繰り返し見る事で自分を鼓舞しています。

そうする事で心が晴れやかに、また明日も頑張ろうと思えてきます。

◾️おっくんさん(50代)

寅さんが殿様と出会った作品がありますが、我がふるさとであります。4月に亡くなりました父が地元でタクシーの運転手をしておりまして、映画の撮影で山田監督や渥美清さんの専属の運転手をしていたと父とお酒を呑むと必ず自慢をしていましたのを思い出します(* ̄∇ ̄*)

◾️machinoさん(30代)

存在は知っていたけれどきちんと見たことがないままでしたが、映画好きの同僚から寅さんの良さを熱弁され何気なく見始めたところ、はまってしまいました。最初に寅さんに射抜かれたのは、たまたまテレビで放送されていた第34話。「寅さん、奥さんは?」ときかれ「あいにく、そんな面倒なものは持ち合わせていません」との答えに、共働き夫婦によくある家事に非協力的な夫に対する不満を感じていた私には「なんだこのセリフは」と一度でひきつけられそこからはドはまりです。お金を出してラインスタンプを買ったのは寅さんが最初で最後です。

毎回おなじみのパターンがあるのに飽きない。寅さんの懐の深さや誠実さ不器用だけれども深い思いやりなど毎回感動しています。そして山田洋二監督のセリフ。日本語の美しさ、柔らかさ、オブラートに包むやさしさなど、こういう話し方があるんだと本当に勉強になります。時代という一言では片づけられないでしょうが、毎回寅さんが持って帰るトラブルや旅先で出会った人をだれでもいつでも受け入れるとらやさんに、自分の身近には存在しない、人間としての余裕を感じます。

一週間の仕事で疲れた金曜日の夜11時くらいから、頭をぼーっとさせながら夫も寝静まったリビングでひとり見ながら涙することが癒しとなっています。決して寂しいわけでも悲しいわけでもないのですが、なんというか、あたたかで、ゆっくり流れる時間として自分には大切なのです。

◾️寅三郎さん(10代)

僕は寅さんが生きた時代には生まれもしないですが、現在放送中の土曜は寅さん!を通じて 男はつらいよ と言う

素晴らしい映画を見られることを大変嬉しく思います。第13作の寅次郎恋やつれでは自分祖母の住んでいた島根の町並みが出てきます。

また、第37作では観光で訪れた下関が出てきます。どの作品にも人々の温もりや人情が溢れており、あぁ自分も昭和の時代を生きたかったなぁと思います。毎回変わるマドンナたちも大好きです。自分が失恋しても、寅さんは何回も失恋してるんだっ!と自分に言い聞かせています。これからも寅さんにはお世話になるでしょうから、よろしくお願いします!

◾️さくらの父さん(40代)

3年前に70代で亡くなった母は、寅さんが大好き。「男はつらいよ」シリーズの往年のファンでした。

もう長くないとわかってからは、病院ではなく自宅で過ごすことに決めました。

1人では心配なので、兄とわたくし、妹の兄妹3人が毎日交代で泊まり、母に残された時間を一緒に過ごしました。ゆっくりと、覚悟を持って。

そんな手探りの生活が始まった日々の中で、「男はつらいよ」が母の唯一の楽しみでした。毎日、DVDを一作ずつ、私ら兄妹と話をしながら楽しむ。

そんな穏やかな時間が過ぎていきました。

「昨日は第何作を観たの?じゃあ今日はこれだね」、「昨日の寅さんは、例のあのセリフが出てきて笑ったよ」などなど。

病状のことよりも、寅さんが話題の中心になっていた日々。

母の眠っている時間が長くなっていく中でも、それでも一作一話、楽しみながら進んでいきました。

第48作まで観終わり、もう一度楽しめるねと二巡目に入ってからほどなく、母は天国へと旅立ちました。

母にとって、安らかに過ごせた時間になったことと思います。

病気が進行していく中でも、大好きな寅さんを身近に感じながら、笑顔と感動のある日々でした。

母が大好きだった寅さんエピソードです。

第37作(幸福の青い鳥)の葛飾区役所玄関。源ちゃんも寅さんも、「わあ」という声を聞かせてくれたシーン。何度も観たはずの母、それでも毎回声を上げて笑っていました。

最後まで「男はつらいよ」シリーズを観れたこと、母は幸せでした。

故渥美清さん、山田洋次監督、男はつらいよに関わったすべての皆々様に、感謝申し上げます。

◾️ヒデトさん(40代)

コロナ禍でふさぎ込みがちだった85歳の母親に何か楽しい事はないかと考えていたところ、動画配信で男はつらいよを見つけ観せることにしました。1日2話は当たり前で、多い日は4話も一気に観る勢いで48話をすぐに観終わってしまいました。そんなに面白いものかと1話から観始めましたが、母が夢中になるのがすぐに分かりました。母のように一気に観るのがもったいなく、少しずつ大事に観ています。今8話なのですが、初代のおいちゃんがこれで見納めだと思うと悲しくもない場面で涙が出てきました。寅さんがあと41話も観れると思うと、とてもわくわくします。85歳の母には悪いのですが、記念すべき50話が出たことをまだ知らせていません。部屋に「お帰り寅さん」のポスターを貼って匂わせてますが、私が49話観終わるまでおあずけとさせて頂きます。

何も知らせずにテレビの前に座らせ、DVDをセットしてあの音楽が流れた時の母親の顔を想像するとにやけて来ます。「ただいま、このひと言のために、旅にでる」お帰り寅さん、待ってました!

◾️夕焼けのぼたんさん(70代)

大好きなシーンは文句なくこれです。

「寅次郎相合い傘」

函館の屋台で兵頭さんと飲む寅次郎。

そこへ、あのリリーがふらりと入ってきて二人は偶然の再開を果たす。

「寅さんじゃないの、あなたあれから何してたのよ?」

「俺か、恋をしていたのよ(笑)」

「キャー、よく言うよ(笑)」

寅次郎の失恋遍歴を何度もスクリーンで見てきた我々にしか分からない「恋をしていた」と云う言葉のおかしさ。

そして寅は、冬子お嬢様や歌子ちゃん達にはとても「恋をしていた」と云う言葉は言えない。

寅と同業のキャバレーの歌い手リリーにだからこそ、懐かしさと嬉しさから出た寅の素直な思いなのだと思う。

寅次郎とリリーは永遠の恋人であり、縁深き同業仲間なのだ。

◾️りんママさん(50代)

娘が物心ついたころから、寅さんシリーズをいつも一緒に観ていました。おかげで娘の理想の男性は寅さんになってしまい、三十路の今でも残念ながら理想の男性は現れません。お兄ちゃんの結婚を心配していたさくらの気分です。

◾️annさん(60代)

結婚して40年も経ちました、私たち夫婦の初めてのデートが「寅さん」の映画でした。それは第23作、飛んでる寅次郎でした。桃井かおりさんで検索して思い出した次第です。

私は根っからの関西人で大阪育ちです、子どもの頃から「映画代あるなら、うめだ花月へ行こかー」と吉本新喜劇イノチでしたから、正直なところ関東弁が飛び交うこの映画を「ナニがおもろいねん」……でした。

しかし新作が上映される度に主人に誘われて、、、だんだんと寅さんや寅さんに振り回される、おいちゃん・おばちゃん・さくらさん 皆さんの心の機微が分かってきて、

気付けば49作目まで欠かさず観ていました。

そして「おかえり寅さん」を観ながら我が人生も回想させてもらいました

主人と共に40年、二男二女は満男君の様に大人になり、孫まで居るではないですか!

また、二人だけの時間が増えました。

あの頃の様に二人で観に行きたい…

◾️有島祝辞さん(60代)

これまでも何回となく「私のベストワン」的な企画があったと思います。それらを読むたびに、いつか私も「男はつらいよ」への思いを語り、たくさんの寅さんファンに聞いて欲しいなと思っておりました。

「相合傘」異議なし!「夕焼け小焼け」異議なし!「口笛を吹く」異議なし!

松坂編も秋吉編も「ぼくの伯父さん」もいい!

でも、私の一番は「葛飾立志編」です。とにかく物語に澱みがない、オープニングからラストまで完璧です。私がいつも胸を熱くするのは田所先生のラブレターです。私も、無駄にしてしまった時間を悔いることが如何に多かったか。そんな時に慰め、励まされるのが「男はつらいよ」であり、「葛飾立志編」なのです。

こういう感想はこれまで誰も言っていないと思うのですが、私は第15作の「相合傘」から第19作の「殿様」までの連続5作品の充実ぶりが最高と思うのです。

やんちゃぶりはなくなったかも知れませんが、寅さんが最も活き活きとし、さくらさんは本当に綺麗です。毎回のマドンナは良し、加えてマドンナのテーマ曲、

ゲストのテーマ曲が実に光ってる!

私は、気持ちが落ち込んだ時、逆に何か一つ終えて充実している時、この5作品を月曜から金曜まで順に毎晩鑑賞する、それをこの十年以上続けてきました。

潤いと励ましに、ただ、感謝です!

◾️ゆきさん(20代)

物心ついた頃から、おじいちゃんの家で寅さんを観るのが私の楽しみでした。横になって観ているおじいちゃんは寝てるのかと思いきや、突然笑い出すので驚いたのを思い出します。

そんなおじいちゃんも体調を崩し、楽しみにしていた「おかえり寅さん」を劇場へ観に行くことはできませんでした。DVDが発売されたらすぐに買って持っていこうと思っていたのですが、発売日の一ヶ月ほど前におじいちゃんは天国に行ってしまいました。

先日、おじいちゃんの形見としてもらったハンチングを被って劇場に「おかえり寅さん」を観に行きました。寅さんをスクリーンで観られた喜びと、おじいちゃんにも観せてあげたかった気持ちが溢れてきて涙が出ました。

これからも、寅さんは私にとってもおじいちゃんにとっても大切な存在です。

◾️ビビデバビデさん(30代)

父が好きだった寅さん。いつも楽しそうに男はつらいよシリーズを見てたけど、子供のころの私は正直、面白さが分かりませんでした。でも年齢を重ねて、人生経験を積んでくると、これだけ長い間、多くの国民に愛されている魅力が分かってきた気がします。人情味あふれる寅さんは素敵です!


<寅さんにまつわるエピソード>たくさんのご応募ありがとうございました。

noteでは全70エピソードをご紹介いたしました。

世代を超えたたくさんのみなさんに、思わず涙しそうになるエピソード、ほっこりするエピソード、笑ってしまうようなエピソードをご投稿いただきました。

キャンペーンは終了しますが、「男はつらいよ」鑑賞のお供に、是非みなさんのエピソードを引き続き楽しんでいただけますと嬉しいです。

また、こちらのnoteでご紹介していないエピソードは、映画『男はつらいよ』50周年プロジェクトのTwitterFacebookでもご紹介しています。

是非、合わせてチェックしてみてください。

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映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』7月8日(水)ブルーレイ&DVD発売!


映画『男はつらいよ』公式noteアカウントです。 シリーズを愛し支え続けてくださっている皆様と、これから寅さんに出会う皆様へ。『男はつらいよ』を今観ることの楽しさをお届けしたいと思います。