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これを恋と呼ぶのだろう②

 予備校生活初日、とは言っても今日は説明会だけだが、私は予備校なんて通ったことがなかったということもあり、極度に緊張していた。全国展開している大規模な予備校というだけあって、広い教室には、多くの人が座れるようにびっしりと机と椅子が並んでいた。時間ギリギリに到着したため、すでにほとんどの席が人で埋まっていた。私は、教室に足を踏み入れた一瞬で、中学や高校の新学期とは異なる、予備校独特の空気感を感じ取った。教室内の生徒たちの様子からは、不安と緊張のようなものが伝わってきたが、それは決して「友達ができるだろうか・・・」「うまく予備校生活に馴染むことができるだろうか・・・」という生温いものではなく、「自分はこれからどうなってしまうのだろう・・・」「自分にはもう後がない」という切羽詰ったもののように感じた。まもなく始まりの時間となり、先生には見えない、黒いスーツを着た若い女性が教室に入って来た。

 「このクラスの担任をすることになりました、早見です。これから1年間、皆さんのサポートをしていきますので、よろしくお願いします!」

 自己紹介を終えると、この予備校の仕組みや、授業や模試についての説明など、事務的な説明が行われたが、正直そんなことはどうでもよかった。予備校は「受験に勝つための方法を教わるだけの場所」だと認識していたので、勉強法や問題を解くテクニックさえ教えてくれればよかった。そう考えていたため、高校と同じように、予備校にも担任がいることには少し驚いた。予備校の勝手がよくわからなかったからそう思ったのだろうか。他の生徒たちも同じことを考えているのだろうか。あれこれと自分の中で考えを巡らせているうちに、担任の放った一言が、私の中で強烈に鳴り響いた。

 「この予備校の中で、友達を作ってください」

 私は、「この担任はなんて馬鹿なことを言っているんだ・・・」と心底軽蔑した。私は友達を作るためにこの予備校に入ったわけではなくて、勉強するために入ったのだ。それなのに、なぜ友達を作る必要があるのだろうか。友達を作れば、その友達に費やす時間が必要になり、その分、自分の勉強時間が減ってしまうではないか。友達との思い出を作りのために予備校に来ているのではない、勉強をしに来ているのだ。私は、担任の理解しがたい発言に強い嫌悪感を抱いた。

 担任の衝撃的な言葉にモヤモヤしているうちに、気づけば、説明会は終わっていた。もう帰っていいのだとは思うが、一番最初に教室を出ていく勇気もなかったので、自分の席に座り、教室を見渡してみることにした。担任の言うことを律儀に守り、友達を作ろうと励んでいる生徒があちらこちらで見受けられる。初日にして、すでにグループができあがっている様子だった。不覚にも羨ましいと思ってしまった。

(このままもう少し教室にいれば、誰かが話しかけてくれるだろうか・・・)

そんな期待までしている自分がいた。しかし、高い学費を出してもらって、わざわざ人より1年多く勉強をさせてもらっているというのに、友達作りに力を注いでいたのでは親に申し訳がつかない。私は後ろ髪を引かれる思いで教室を後にした。

家に帰ってからも、私はモヤモヤしていた。予備校でもらってきた教材を手に取り、次の授業の予習をしようと試みるも、なかなか集中できない。担任の言ったあの一言が、どうしても頭を過ってしまう。しかも、教室で見た、友達を作ろうと励んでいる生徒たちのあの輝いた目・・・なぜ自分がこんなことで頭を悩ませているのか、納得がいかなかった。すべてはあの担任のせいだ。あの担任が余計なことを言わなければ、集中して勉強に取り組めていたのだ。夕飯を食べているときも、お風呂に浸かっているときも、頭に浮かんでくるのは、担任のあの一言だった。受験生に対して、なぜあのような浮ついた言葉を投げかけたのだろうか。心底苛立ちを覚えて仕方がなかった。結局私は、予習も満足にできないまま、次の朝を迎えてしまった。

 今日は予備校に入って、初めての授業の日だ。教室に入ると、昨日の帰り際の光景と同じように、友達になった生徒同士の会話で賑わいを見せている。この人たちは、少し浮かれ過ぎではないのか。高校までと違って、ここは勉強をするためだけの場所であるはずだ。友達と話している暇があるなら、授業の予習や英単語を覚える時間として使った方が、時間を有効活用できるのではないだろうか。私は担任や、友達を作った生徒たちに反抗するかのごとく、1人で黙々と勉強し始めた。だが、参考書を開いてみたものの、やっぱり集中できない。楽しそうに話している他の生徒が羨ましくて仕方ない。だけど、私は勉強しなくてはならない。

 そんな葛藤をしているうちに、授業開始のチャイムが鳴ってしまった。チャイムが鳴ると同時に、髭をお洒落に生やして独特のオーラを纏った男性が教室に入って来た。どうやらこの人が、私の予備校生活での最初の授業を担当してくれる先生らしい。

 「みなさん、こんにちは。これからみなさんの古文の授業を受け持つ月森です。1年後、みなさんと笑い合っていられるように、全力を尽くして教えていきますので、みなさんも全力で勉強に取り組みましょう。」

 予備校の先生というと、「熱血で闘志あふれる人」を想像していたが、この先生は物腰柔らかな感じで、生徒を包み込んでくれるようなおおらかさがあった。私はすぐに月森先生の授業に引き込まれた。先生の授業はとてもわかりやすく、面白かった。気づけば、あっという間に授業終了のチャイムが鳴っていた。予備校の授業は時間を忘れるほど没頭できるものなのかと、未知の体験にワクワクした。月森先生の授業を受けてから、一気に勉強への意欲が湧いてきた。

 (たくさん勉強して、良い大学に入ってやる!!!)

 そう思い、周りに気を取られることなく、勉強に専念することを心に決めた。授業の合間の休み時間には、次の授業の予習をし、昼休みには1人で昼食を取り、昼食が済んだら参考書を開き黙々と勉強した。予備校が終わるとすぐに帰宅し、その日あった授業の復習をした。

 そんな生活を続けて1週間が過ぎようとしていた。授業は面白いものばかりで飽きることはなく、予備校生活にもだいぶ慣れてきた。しかし、心のどこかには未だにモヤモヤしたものが渦巻いでいた。このまま誰とも会話をすることなく1年が過ぎてしまうのは、やはり少し寂しかったが、友達を作るのはとても労力のいることだ。相手から話しかけて来てくれるのであれば、まだその労力も少なくて済むのかもしれないが、完全にグループができあがってしまった今となっては、一人ぼっちで塞ぎ込んでいる私に、わざわざ声を掛けてくれる物好きなんていないだろう。もう諦めるしかないと思っていた。そう、このときまでは・・・

―続く―

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