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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第1回 アイルランド篇 ――(5)

(4)地底から、海から、妖精の声が響く からのつづき

アイルランド篇――
(5)世界中どの街も黄昏の美しさは格別


 
夕方5時、リムリックへの帰路が渋滞で到着が1時間も遅れ、慌てて宿に荷物をとりに戻る。
南部の街コーク行き最終便5時半発のバスに乗らなきゃ!

生来の小心者の上、BBA(樋口恵子さんの造語“BB=ばあさん”の応用形“ばばあ”の略語、以下同)特有の“若者への甘え”まで加わって、相手の都合も顧みずフロントの若い女性に焦りと不安をぶつけてしまった。
コーク行きバス停はどこ? 5時半発なんです!
息せき切って訴えると、いかにも聡明そうな彼女は、こっち、と私のスーツケースの引き手をガシッと掴むや停留所が見える角まで小走りで先導してくれた。

途中、自分の自己チューぶりにハッと我に返り、申し訳なさと恥ずかしさでいっぱいになったけど、もう結構です、とは言い出せず。結果から言えば、彼女にそうしてもらったおかげでなんとか乗り遅れずに済んだ。
別れ際に、お詫びと感謝を精一杯の言葉で伝えると、どういたしまして、よい旅を。と軽やかに手をふってくれた。その後ろ姿に心の中で合掌したのは言うまでもない。同時に、ある思いがわきあがる。

Accept the good(善は受け入れよう)だ。ご恩は別の誰かに返しますから。
旅先で困った時、一人でなんとかしようともがくほどロクな結果にならない。そう気づいた50代半ば頃から旅における座右の銘になった。加齢とともにもたもた、よろよろする部分を、居合わせた人々に少しずつ助けてもらう。困っています、教えてください……。
冷ややかな人もいるけれど、大抵の人は力を貸してくれる。若さに担保された力を失う分、周囲に助けを求める力=受援力は年々増し、それが若い頃は想像もしなかった旅の味わいを深めてくれることだってある。

19時すぎ、定刻通りコーク着。バスターミナルを出てすぐの橋を渡りながら、川面に映る日の名残りの美しさに思わず足を止めた。なんてきれいだろう。世界中どこの街も黄昏の美しさは格別だ。

コークのバスターミナルから宿に向かう途中、思わず足を止めたリー川の夕暮れ


(6)タイタニック最後の寄港地を歩く へつづく
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