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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」

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1945年から今日まで、10人の「在日朝鮮人作家」の作品と人生、その歴史背景を、文芸評論家の林浩治さんにミニ評伝で紹介していただきます。 (本文の著作権は、著者にあります。ブログ…
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#鄭承博

林浩治「在日朝鮮人作家列伝 総目次

林浩治「在日朝鮮人作家列伝 総目次


【01】金達寿(キム・ダルス)
 ──戦後在日朝鮮人文学の嚆矢『玄海灘』と『太白山脈』を中心に

【02】金泰生(キム・テセン)
 ――洗練されたリアリズムで、名もない庶民を描いた

 〔前篇〕
 〔後篇〕

【03】金石範(キム・ソクポム)
 ――「虚無と革命」の文学を生きる

 (その1)小さな民族主義者
 (その2)祖国朝鮮解放の闇/解放後朝鮮の人民弾圧
 (その3)戦後日本の闇を生きる

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その1)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その1)

鄭承博──差別を跳ね返し淡路島の文化人として生きた歴史の証人(その1)林浩治

 鄭承博(チョンスンバク)は在日1世の作家だ。金石範とはほぼ同世代だが、京都大学卒の知識人で愛想のない金石範に比して、鄭承博は学歴は殆ど持たず、農業、旋盤工、鍛冶、電気通信技術、新聞配達などの仕事を経験し、料理も得意だった。営業スマイルで周囲を取り込み、戦前戦後には闇米や物資の調達販売なども行った。スナックのマスターと

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その2)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その2)

鄭承博──差別を跳ね返し淡路島の文化人として生きた歴史の証人(その2)林浩治

→(その1)からのつづき

2)植民地朝鮮に生まれて

鄭承博(チョン・スンバク)の出身地は、韓国慶尚北道安東郡臥龍面、朝鮮半島の中心を南北に流れる洛東江の上流に位置する山村だ。
家族は農業を中心とした自給自足に近い山村生活を送っていた。先祖である両班の清州鄭氏は儒学者の李退溪(イ・テェゲ)を招いて安東市陶山面土渓里に

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その3)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その3)

鄭承博──差別を跳ね返し淡路島の文化人として生きた歴史の証人(その3)林浩治

→(その2)からのつづき

3)日本に渡って逃亡生活が始まる

鄭承博はわずか9歳で単身日本に渡航した。

承博少年は父の牛を売り払って得た金と叔父からの手紙を握って日本へ向かった。1933年8月ようやく和歌山県田辺市に到着する。

やっとのことで富田川上流の飯場で土木工事の飯場頭をしていた叔父に辿り着き、工事現場で炊

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その4)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その4)

鄭承博──差別を跳ね返し淡路島の文化人として生きた歴史の証人(その4)林浩治

→(その3)からのつづき

4)栗須七郎と出会う

一日2時間の自由時間に近くの寺で休んでいた承博は、そこで水平社運動の指導者栗須七郎と出って、こんなことを言われる。
「おまえはまだ子供のくせに、こんな汚らしい着物を着て、仕事ばっかりしていたのでは人間になれない。」
栗栖七郎は「学ばざる者は草木に等しい」という持論を持

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その5)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その5)

鄭承博──差別を跳ね返し淡路島の文化人として生きた歴史の証人(その5)林浩治

→(その4)からのつづき

5)日本敗戦後

大阪湾で敗戦を迎えた鄭承博は、淡路島の洲本市に間借りし、淡路・大阪・和歌山を行き来して食料品を売る担ぎ屋で糊口を凌いでいた。

前後するが、1944年頃洲本で一時旋盤工などの仕事をしていたときに知ったビリヤード店の娘中野小静と出会った。

鄭承博は小静の親の反対を押し切って

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その6)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その6)

鄭承博──差別を跳ね返し淡路島の文化人として生きた歴史の証人(その6)林浩治

→(その5)からのつづき

6)川柳と出会う

 バー・ナイトは鄭承博の生活拠点であると同時に活動拠点にもなっていった。
1961年、鄭承博はバー・ナイトの客で淡路雑俳家の藤本武と知り合い、淡路雑俳の「淡路雅交会」へ投句を始めた。

川柳との出会いは鄭承博には決定的な意味を持った。自身の生を表現できる喜びをもたらせた。

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その7 最終回)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その7 最終回)

1970年11月『川柳 阿波路』第65号から連載始めた小説「書堂」で、はじめてこの著者名で小説家として登場した鄭承博。その活躍は……いよいよ最終回です。

鄭承博──差別を跳ね返し淡路島の文化人として生きた歴史の証人(その7)林浩治

→(その6)からのつづき

7)小説家鄭承博 

 1970年前後、『農民文学』編集長の藤田晋助がたびたび淡路島を訪ね、鄭承博邸に寝泊まりして鄭承博の小説原稿をチェ

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