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【翻訳のヒント】復習したい"with"の訳し方

こんにちは。レビューアーの佐藤です。突然ですが、皆さんは前置詞の"with"に苦手意識はないですか? 私は翻訳の仕事を始めてからずっと"with"が嫌いでした。前置詞全般に言えることですが、用法が多すぎて、どの意味で使われているのか判断に困ることが多いんですね。でもいつの頃からか、迷う場面が少なくなりました。英文を山ほど読んでいろいろな用法に慣れたこと、そして何よりも、書かれている内容についての知識が増えたことが、大きな理由だと思います。

今はレビューアーとして翻訳者の訳文をチェックする立場ですが、"with"の取り扱いに苦労している人が多いなあという印象を持っています。そこでこの機会に、"with"のいろいろな訳し方を復習してみたいと思います。

※なお、以下の見出しに付けた「手段」「同伴/付帯」「付与/供給」は便宜的な分類で、言語学的な研究に基づくものではないことをご了承ください。

1. 手段(~によって)

翻訳原稿を見ていると、"with"の扱いに困ったらとりあえず「~によって」「~で」と訳す人が多いなと感じます。そのぐらい、翻訳者のなかで人気のある訳し方です。

You can take collection guns outside and shoot targets with them.
コレクションの銃を外に持ち出し、その銃標的を撃つことができる。

トップスタジオ翻訳部が扱うのは主に産業翻訳なので、何かを実現する手段について説明する文書が多く、「~によって」を第一の選択肢に考える気持ちもわからなくはありません。ただ、この訳し方を選んで間違っている人がけっこういるのが現状です。では、他にはどんな訳し方があるでしょうか?

2. 同伴/付帯(~と一緒に、~を含む)

たいていの辞書では、「~によって」よりもこの用法の方が先に出てくるのではないでしょうか。それなのに、この用法を忘れている人が少なくありません。ありがちな間違いと、正しい訳し方の例を次に示します。

You can get the new update with a new feature just released.
【×】リリースされたばかりの新機能、新規アップデートを入手できる。
【〇】リリースされたばかりの新機能を含む新規アップデートを入手できる。


Sends a welcome email with recommended offers based on browsing behavior.
【×】閲覧履歴にもとづくおすすめオファー、ウェルカムメールを送信する。
【〇】閲覧履歴にもとづくおすすめオファーを含んだウェルカムメールを送信する。

文脈を正しく理解していれば【×】のような訳し方をするはずはないのですが、内容理解をおろそかにし、単語だけを追って訳していると、こういう間違いが起こりやすくなります。"with"には同伴/付帯の意味もあることを、もう一度思い出しておきましょう。

3. 付与/供給(AにBを与える)

この"with"は訳しにくいなあ……と感じたときに、まず疑ってほしいのがこの用法です。学校英語で「provide A with B」は「AにBを提供する」と丸暗記させられた記憶はないですか? 実は、あのパターンは"provide"だけではないのです。

簡単な例を見てみましょう。文法的に難しいことを考えなくても、感覚的に理解できるはずです。

He left me with $100 in debt.
彼は私に100ドルの借金を残した。

Please update me with your progress on it!
あなたの進捗状況を(私に)教えてくださいね!

少しだけ文法的に説明するならば、どちらも「<動詞> + me + with + <物>」という形式で、動作の結果として、私に<物>が与えられる = 私が<物>を持つという状況になります。「2. 同伴/付帯」で説明したイメージにも重なりますね。

このぐらい簡単な例なら解釈を間違えることもありませんが、少し内容が複雑になると、とたんに怪しさが増してきます。

Please update the database with your progress on your project!
【×】プロジェクトの進捗状況でデータベースを更新してください。
【〇】プロジェクトの最新の進捗状況をデータベースに反映させてください。

上の【×】訳は、"with"を「手段」と解釈したものです。この訳をギリギリセーフと考える人もいるかもしれませんが、私の感覚では、「進捗状況でデータベースを更新」は自然な日本語とは言えません。「更新して、データベースに進捗状況を持たせる」=「データベースに最新の進捗を反映させる」のが正しい解釈です。

もう1つ例を見てみましょう。

You can target each consumers with ads for their favorite football team's merchandise.
【×】消費者一人ひとりを好きなサッカーチームのグッズの広告でターゲティングできます。
【〇】消費者一人ひとりに好きなサッカーチームのグッズの広告を配信できます。

この【×】訳も、"with"を「手段」と解釈したものです。"target"の訳し方がイマイチなことも相まって、全体として意味がよくわからない訳文になりました。正しくは、「消費者を標的にして、消費者に広告を持たせる」=「消費者に広告を届ける」という意味です。

このパターンで使われる動詞は他にも"educate"、"guide"、"feed"などいろいろあるので、"with"ときたら「~によって」と短絡的に結び付けないようにしましょう。

"with"を訳すには文脈理解が大切

今回は"with"の数ある用法のうち、ごく一部だけを取り上げました。"with"の基本イメージはあくまでも「何かと一緒」であり、「手段」はそこから派生したマイナーな用法の1つにすぎないことに注意する必要があります。

これさえ押さえれば"with"の意味を正しく解釈できるよ!という秘訣を教えられれば一番いいのですが、残念ながら、そんな秘訣はありません。とにかくたくさんの用例に触れ、いろいろな使い方に馴染むこと、そして全体の文脈を理解することが、正しい解釈に近づく方法です。私もまだまだ修行しています。


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