【翻訳のヒント】動詞"target"には2つの意味がある
こんにちは。レビューアーの佐藤です。今日のテーマはタイトルに書いたとおり、動詞"target"の訳し方。広告&マーケ関連の英文でよく見かける単語ですが、実は"target"には、似ているようで実は結構違う2つの意味があります。翻訳原稿をレビューをしていると、ここでつまずいているケースがよく見られるので、過去に「targetって訳しにくいんだよな……」と思ったことがある方は、ぜひお読みいただきたいと思います。
動詞"target"の2つの意味
まずは英和辞書を引いてみましょう。中辞典クラスだと2つの意味が一緒くたに紹介されている場合もありますが、大辞典では分けて説明されています。
ランダムハウス英語辞典の【1】と【2】の違いがぴんと来ない方もいると思うので、両者の違いをイラストにしてみました。
【1】 target A = Aを直接標的にする(Aを狙う、Aをターゲットにする、Aに向けて絞り込む)
【2】 target A to B = Aの標的をBにする(AをBに向ける、AがBに届くようにする)
(イラスト素材:いらすとや https://www.irasutoya.com/)
つまり、【1】ではAが標的になるのに対し、【2】ではBが標的になります。
翻訳していて間違いやすいのは、【2】のタイプの用例です。「ターゲット」というカタカナ語は日本語でも普通に使われ、そのほとんどは【1】の意味であるため(「女性をターゲットにする」「ターゲットは子供」など)、【2】のような用例があることに思い至らないのです。恥ずかしながら、私がそうでした。すべてのtargetを【1】の意味で解釈しようとして、どうにもつじつまが合わない、何かがおかしいぞ……とさんざん苦しんだ末にもう一度辞書に立ち戻り、はじめて【2】の用例に気づいたのです。早く教えてくれーと思いましたが、ちゃんと辞書を引かなかった自分が悪いわけですね。
では実際の用例を見てみましょう。
用例1:Aを標的にする
まずわかりやすいほうから。
"target"の目的語(↑の例では"Gen Z"や"net-new users")がそのままま「標的」になるタイプです。これはカタカナ語の「ターゲット」の意味に近いので、悩むことはないでしょう。訳し方のバリエーションとしては、「〇〇を狙う」「〇〇を対象にする」「〇〇に向ける」「〇〇に届ける」などが考えられます。
用例2:AをBに向ける
注意したいのはこちら。間接的に標的を示すタイプです。3通りの訳を用意してみましたが、どうでしょうか?
文全体の意味をきちんと考えれば、「標的」になるのは直接の目的語"campaign"ではなく"people"であることは明らかなので、【A】は明確な誤訳です。英文の形を機械的に処理しようとする人はこの罠に陥りがちなので注意が必要です。
【B】は、内容を理解して訳された文ではありますが、他動詞"target"+目的語"campaign"という形に引きずられてしまい、「キャンペーンをターゲティングする」というぎこちない表現になっています。誤訳とは言えませんが、わかりやすさという意味ではイマイチです。
意味的な正しさと読みやすさに配慮したのが【C】の訳です。「キャンペーンをNBAファンに向ける」という関係をかみ砕いて、このように表現してみました。「キャンペーンの対象(ターゲット)をNBAファンに設定する」というアプローチの訳し方でもいいでしょう。
次に示すのは、この用例のバリエーションです。
標的が明示されていないパターンで、「(どこか適切な標的に)向けられたメッセージ」という意味になります。【A】【B】どちらの翻訳がいいかは好みの問題に近いのですが、【B】のほうが意味をしっかりとらえている印象はあります。
やっぱり頼りになるのは辞書
今回は"target"をテーマにしましたが、こういう一見なじみがある単語こそ要注意です。手持ちの知識を当てはめて訳そうとして違和感を覚えたときは、その感覚を大事にして、辞書をじっくり眺めてみましょう。今まで知らなかった用例が載っているかもしれません。