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【翻訳部辞書:V】VPL-映画字幕を楽しむ

こんにちは、フジタです。しばらく前から、ラジオの英会話講座を聞きながら台所仕事をするようになりました。テレワークがすっかり定着して三食すべてを自宅で用意するようになってからは、聞く頻度も増えました。けれども、まだまだ基礎訓練の不足をしみじみ感じる日々が続いています……。

聞きたい番組はいくつかあるので、ネットラジオを録音できるRadikoolというPC用のアプリを使って予約録音し、それをYouTube Musicのプレイリストにまとめて聞いています。

「映画を字幕なしで」はステキな目標だけど

この録音アプリでは番組の開始前と終了後も少し余分に録音する設定になっているので、前後の番組のエンディングやオープニングの一部も聞くことになります。そして、ある日、初心者向けの英会話講座のエンディングで、リスナーからの「おたより」が紹介されるのを耳にしました。

映画を字幕なしで楽しめるようになることが目標です。

あ……。

これは、多少なりとも語学学習をしたことのある人なら少しは思ったことがあるでしょう。私自身も、外国語の映画を観たあとにそんなことを思わないでもありません。字幕を追っているとスクリーン全体を見る時間が減りますし、字幕は元のセリフのすべてを再現できるわけではありません。その映画を深く理解し味わいたいと思うほど、もどかしさも感じます。

けれども、「字幕なしで楽しめる」を実際に目標として設定したことは、いままでありませんでした。「できたらいいなぁ」程度の動機でチャレンジできるほど簡単な目標には思えなかったからでしょう。 

 目標は「続けること」のみ

いま私が設定している目標は「続けること」です。具体的な目標を設定することももちろん大事ですが、私の場合はどうも裏目に出ることが多かったのです。

これは語学での経験ではありませんが、ありがちなのが、必要以上に入れ込んでしまって、ほかのことがおろそかになってしまうパターンです。このパターンに陥るといずれ息切れしてしまいますし、忙しくなったときに、まったく続行不可能になってしまいます。

あえて目標を設定しなくても、無理のない範囲で続けてさえいれば、差し当たって取り組むべき課題や近い目標はおのずと見えてきます。また、理想とのギャップに急き立てられるより、小さな進歩を素直に喜んだほうが楽しく続けられます。そんな風に思えるようになってからは、なるべく「続けること」以外に目標を設定しないように自分に言い聞かせていたのです。

そんなわけで、期せずして「キラキラした目標」を耳にして、虚を衝かれたような心地がしたのでした。

でも「味見」くらいはしてみたい

しかし、食事をしながらふと思ったのでした。いきなり字幕なしレベルの語学力を身に付けるのは無理としても、それがどんなものなのか「味見」くらいはできないものだろうかと。

たとえば、どれか好きな映画を1本だけ選んで、多少時間はかかってもセリフをざっくり把握して、そこそこ耳慣らしをしてしまえば、その1本に関しては「字幕なしで楽しめる」のではないかという仮説を立ててみたのでした。

我ながら酔狂だとは思いましたが、完璧ではなくても「楽しめる」が目標ならできそうな気がしてきたし、たとえ1本でもそんな映画があれば、少なくとも「心の財産」にはなりそうです。

長期計画

そうと決まれば、まずは長期計画で無理なく実行できる方法を考えなければなりません。そして、こんなプランを考えてみました。

・映画の音源を細かく分割し、それを毎朝のヨガタイムにリピート再生して聞くようにする

・英語字幕を書き写し、起床後と就寝前に1度ずつ音読する(様子を見てで  きれば回数を増やす)

・音源は1週間ごとに切り替える

ちょっと準備が大変かもしれませんが、そこさえクリアできれば、あとはとにかく続けるのみです。

アニー・ホール

さて、映画を何にするかですが、真っ先に思い浮かんだのが、ウッディ・アレン監督・脚本・主演の『アニー・ホール』(1977年公開)でした。昔過ぎて思い出せませんが、たぶん中学生くらいのときにテレビで放送されたのを観たのが最初だと思います。この映画をきっかけに、ウッディ・アレン監督作品を何本も観た記憶があります。

そして、昔過ぎて思い出せませんが「こんな映画を字幕なしで見られたらなぁ」と思ったような気もするのです。

ただ、語学教材向でないとは思いました。1本の映画をひとことで片付けるのは本意ではありませんが、強いて言えば「こじらせおじさんのラブコメディ」(※個人の見解です)といったような映画です。冒頭の独白からして、かなりこじらせています。

けれども、別に「お勉強」がしたいわけではありません。いまさら、英語の先生がオススメするような映画を選ぶ気にはなれませんし、イケメン俳優の気障なセリフなど私には実用的価値もありません。うんざりするほど繰り返し音声を聞くことになるはずなので、やはり思い出深い映画を選ぶべきだと思い、さっそくAmazonで中古のDVDを購入しました。

音源の準備

DVDが届いたので確認してみると、約90分の映画が49のチャプターに分かれていました。単純に割り算すると1チャプターあたり2分弱になります。もちろんチャプターごとに長さにばらつきがあり、30秒未満のチャプターもあれば、5分を少し超えるものもあります。

オープニングとエンディングを除くと47チャプターなので、これを1週間に1チャプターずつ進めるとすると1年近くかかりますが、自分にはこれくらいがちょうどよさそうに思えました。

さて、毎朝音源をリピート再生するのに、DVDそのものを使うのはちょっと面倒です。音源だけ抽出できる方法はないかと探してみたところ、DVD Decrypterというリッピングソフトが見つかりました。これを使ってチャプターごとに音源を取り出し、抽出した音源をYouTube Musicアプリに転送して、チャプターごとに手軽にリピート再生できる準備ができました。

音読用テキストの準備

次に、音読用のテキストを準備します。もちろん映画のDVDで画面を止めながら書き写すこともできますが、考えただけで気が重くなりました。何かいい方法はないかと探してみたところ、SubRipという字幕データ抽出ソフトウェアが見つかりました。これを使って字幕だけを画像として抽出することができました。

抽出した画像を見ながらテキストを打ち込むことにはなりますが、映画の画面を止めながら書き写すよりはずっとマシです。チャプターごとにテキストを入力したWordファイルを、Kindleの「パーソナルドキュメント」として転送して音読用の環境も整いました。

この作業は週末ごとに1チャプターずつ進めることにしました。それくらいなら、それほど重荷にはならないでしょう。

Kindleは単語を選択して辞書が引けるので便利です。また、英語字幕はセリフを忠実に再現したものではなく、端折っている部分も多いので、聞き取れた部分は補って実際のセリフに近づけていくこともできました。

字幕も面白かった

さて、実際にやってみると、やはりいろいろ発見があって面白いです。日本語では再現不可能な英語の言葉遊びもたくさん出てきます。文化的・社会的なバックグラウンドや微妙なニュアンスがわかればもっと理解が深まるのだろうと思われるセリフも多々あり、興味は尽きません。

また、逆に「この箇所って字幕や吹き替えではどうなっているんだろう」という興味も自然と湧いてきました。DVDでは音声や字幕の言語が切り替えられるので、日本語の吹き替えや字幕を確認し、感心したり納得したりするのも楽しみのひとつになりました。「字幕なしで楽しむ」が当初の目標でしたが、結果的には字幕もかなり楽しんでいます。

字幕翻訳は黒子?

その一方で、日本語字幕というのは単にセリフを翻訳したりローカライズしたりするだけでなく、要約と言ってもよいくらい切り詰めないと成立しないことも多々あるのだと、あらためて気づかされました。

吹き替えもローカライズは必要ですが、情報量自体はそれほど目減りしていない印象です。一方、字幕は三分の一くらい情報量が目減りしているのでないかと思えるほどでした(あくまで感覚的な印象ですが)。

それでも、さほど違和感なく字幕を見ながら映画を楽しむことができるのは、長いセリフを大胆にまとめてしまったり、言語や文化に依存するセリフをうまく言い換えたりしつつも、自然な流れを作ってくれているからでしょう。

役割は違いますが、その存在感のさりげなさは黒子に似ているかもしれません。黒子は黒ずくめで目立たないようにしていますが、観客から見えていないわけではありません。「見えているけど、いないものとする」という「お約束」が確立しているので、半ばその存在を忘れて物語の世界に没入できるのでしょう。

VPL

とはいえ、黒子の動きが目に付いてしまうことも時にはあります。この映画でもそんなシーンがありました。

有名歌手が主催するパーティで、ウッディ・アレンが演じる主人公が仕事仲間の友人と、男同士のしょうもない会話をしています。その友人は少し離れたところにいる「ゴージャス」な女性を「VPL」と表現します。意味がわからず主人公が聞き返すと「Visible panty line」と答えます(本当にしょうもなくて済みません)。

この「VPL」が日本語字幕では「パラミ」になっていました。パとラはpantyとlineをそのままカタカナにして最初の1文字を拾っています。ミは「ミエル」です。最初にこの字幕を見たとき、正直なところ「うーん。もうちょっと、何とかならなかったの?」と思いました。たぶん、この隠語の作り方が自分には不自然に感じられたのでしょう。

こういうとき、身のほど知らずにも「ああでもない、こうでもない」と頼まれもしない代案をついつい考えてしまいますが、やはり妙案は見つかりません。結局のところ「しょうもなさ」がうまく表現されているという点で、「パラミ」しかなかったのかもしれません。いずれにせよ、こういうことに万人向けの正解などありません。

しかし、「パラミ」で頭を悩ませたせいで、「VPL」は私にとって忘れえぬ略語となったのでした。覚えたところで何の役にも立ちませんが。

ちなみに、吹き替えでは字幕より長いセリフが使えるので、違和感なく仕上げられています。もっとも、隠語というよりはただ言葉を縮めているだけ(恥ずかしいので具体的には書きませんが)なので、すぐにわかりそうな露骨な表現になってしまっていますが……。

「本番」は来年の2月くらい?

さて、1週間に1チャプターずつ進めるというルーチンを始めて5か月ほどが経ち、やっとチャプター数にして半分くらいを消化したところです。このペースなら来年の1月にはすべてのチャプターを終えられそうです。

仕上げに「通し稽古」として全体の聞き取りと音読を何度かやってから、2月くらいに、いよいよ字幕なしでの映画鑑賞にチャレンジという心づもりでいます。ステイホームでのささやかな楽しみです。

DVDのパッケージの記述によると、『アニー・ホール』は1977年のアカデミー賞の主要4部門(作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞)を受賞しています。

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