マーケティング翻訳って何?
こんにちは。翻訳者・レビューアの小島です。産業翻訳業界で最近よく耳にする言葉に、「マーケティング翻訳」があります。弊社でも特に力を入れている分野なのですが、具体的にどんな翻訳のことを指しているのか、イメージが湧かない人もいるかもしれません。今回は、マーケティング翻訳についてお話ししたいと思います。
マーケティング翻訳の対象コンテンツ
まず、翻訳対象コンテンツを確認しましょう。これは文字どおり、「企業のマーケティングで使用される各種コンテンツ」です。代表的なものとしては、以下が挙げられます。
・ウェブサイト
・パンフレット
・カタログ
・製品紹介プレゼン資料
・PR動画の字幕、吹き替えスクリプト
・プレスリリース
・ブログ
専門家が読む技術文書ではなく、一般消費者や顧客に読んでもらうことを念頭に置いたコンテンツ、と言ってもいいかもしれません。
ここで、これらのコンテンツの目的を考えてみましょう。すべて、ブランドや製品への興味を持ってもらうこと、ひいては「買いたい」と思ってもらうことを主な目的としています。この点を考えると、どのような翻訳が求められるかがおのずと見えてきます。
マーケティング翻訳の要件①:読みやすさ
まず、大前提として「読みやすさ」が求められます。読んでいていちいち引っかかるぎこちない文章や、何度か読み返さないと内容が入ってこない文章だと、そもそも最後まで読んでもらえません。それでは、「興味を持ってもらう」段階まで到達できないどころか、その企業に対するネガティブなイメージにつながる可能性もあります。
たとえば、企業の顔とも言えるウェブサイトの日本語が不自然で読みにくかったらどうでしょうか?いくら製品自体が良くても、「日本のマーケットにはそれほど力を入れていないのかな?」、「買った後のサポートはちゃんとしてくれるのかな?」と不安になる人は多いはずです。
また、「読みやすさ」には「誤解を生まない」という要素も含まれると思います。複数の意味に解釈できる表現は、本来の意図とは異なるメッセージとして読み取られるおそれがあります。最悪の場合、その意図はなかったとしても、顧客をだます結果になってしまうかもしれません。
マーケティング翻訳の要件②:チャーミングさ
読者に興味を持ってもらうには、注意を引くキャッチーな表現や、そのブランドや製品の良さが伝わるような魅力的で訴求力のある表現を使う必要があります。この「チャーミングさ」もマーケティング翻訳の要件と言えるでしょう。その企業の理念、事業、製品についての深い理解が欠かせないため、そうした情報を調べて理解する力も重要です。
マーケティング翻訳の対象となるコンテンツでは、通常は原文自体がチャーミングに書かれているので、そのメッセージやトーン、スタイルをそのままに、訳文で表現するというイメージです。
ただし、違和感を抱かせない工夫も必要です。たとえば、アメリカ人の読者を想定して書かれた原文の場合、とてもフレンドリーでテンションの高い表現になっていることがあります。そのノリのまま訳文をつくると、日本人にとっては「なれなれしすぎる」と感じられるかもしれません。それではマイナス効果です。
匙加減が難しいですが、「原文に込められたメッセージをつかみ、原文と同じメッセージと同じ効果を日本人に対して与えられるように、チャーミングな日本語で書き起こす」ことが求められるのです。ときには、原文の構造や表面的な意味からは大きく離れた訳にすることも必要になります。マーケティング翻訳(やその一部)を「トランスクリエーション(Translation+Creationの造語)」と呼ぶことがあるのは、こうした創造性が求められるからです。
なぜ今、注目されているのか
さて、マーケティング翻訳自体は以前からあったものですが、最近よく話題に上るのはなぜでしょうか。
それは、機械翻訳の利用が急速に広がるなか、人間にしかできない翻訳として注目されているからだと考えられます。たとえば、マニュアルやヘルプ記事など、比較的平易で単純な構造の文で書かれたコンテンツについては、条件さえそろえば、MTPE(機械翻訳のポストエディット)でそれなりの品質を出せるようになってきています(「機械翻訳とポストエディットをどう考えるか」でも触れています)。ですが、先ほど挙げたような要件(特に②)を満たすのは、機械翻訳ではまだまだ困難です。
技術系の産業翻訳者のなかには、かつてマニュアルやヘルプ記事などの翻訳を多くこなし、「正確でありさえすれば多少ぎこちない日本語でも許されるだろう」という意識の人もいます。ですが今後は、そのような翻訳をしていると機械翻訳に押され、仕事が減ってしまうかもしれません。
産業翻訳者が翻訳者として生き残っていく上では、マーケティング翻訳の力をつけることが重要だと言えるでしょう。
最後に、マーケティング翻訳で特に肝に銘じておきたい言葉を、以前の記事で紹介した本から引用したいと思います。※なお、マーケティング翻訳に限った内容として書かれたものではありません。
翻訳にあたっては、第一に、原文の表面を手掛かりにして原著者の意図を理解する。そのために必要であれば、辞書はもちろん、さまざまな資料や文献を調べていく。第二に、原著者が伝えようとした内容を、原著者が日本語で書くとしたらこう書くだろうと思える日本語で執筆していく。
※『翻訳とは何か 職業としての翻訳』 山岡洋一著(日外アソシエーツ)より
簡単ではない作業ですが、だからこそチャレンジしがいがあるとも言えます。マーケティング翻訳が得意な翻訳者が今後増えていけばいいなと思います。