見出し画像

sumikaが紡ぐ物語

1.はじめに

sumikaの映画が公開されると一番最初に聞いたときの、あの無垢純粋な楽しみな気持ちとは違う気持ちで映画館に向かった。楽しみなような、不安なような。そんな気持ちで座席に座り、異常に速い鼓動を隠しながら待ったあの時間。そして上映後の満足感とも、感動とも、絶妙に言い表すことができない気持ち。これをうまく表現できないのがなんとも悔しいが、その後味こそがsumikaを見るときの自分の気持ちな気がする。『sumika 10th Anniversary ~THE MOVIE~』を見終えた今の気持ちのこと書く。

2.あらすじ

この後からは盛大なネタバレを含むので嫌な方はUターンしてください。

4人のsumikaになる前の話、sumikaを結成した時の話、おがりんの加入、健太さんの声が出なくなった時の話、隼ちゃんの話、そして未来のこと。4人へのインタビューと関係のある方との対談と構成された2時間は、きっとsumikaのことを最近知った人も、ずっとその姿を見てきた人も楽しむことができる内容だった。さらに、話の間に挟まれるスタジオライブや過去のライブ映像たち。ターニングポイントとなった曲が詰め込まれていて、映画館というライブや音源とは全く違う音響で聴くのは極上だった。

3.言い表せない感情

なんとも言えない後味が今のところ大部分を占めているので、その正体がなんなのか、自分なりに咀嚼したくこのnoteを書き始めた。といっても今の段階でも答えは出ていない。けど、その感覚を書けばなにか思いつく気がするので、駄文になることがほぼ確定しているのだが書かせてほしい。

まず、自分が映画を観るまでのsumikaに対して思っていることを振り返ってみる。

1.初聴~初ライブ

自分の記憶の中でsumikaが登場したはじめてが、おそらく「君の膵臓食べたい」の映画のはず。微妙な前後はある可能性があるのだが、鮮明な記憶としてあるのはこれ。とにかく、「秘密」に衝撃を受けて帰り道に調べ、帰宅後YouTubeをあさったのが始まりだった。
そこからライブに行くまでなんと約3年。コロナ禍になってしまったのもあるのだが、なかなか長い期間だったなと思う。
この期間sumikaに抱いていたのは「多幸感」一択だったと思う。笑顔でステージに立つ姿を映像で見続ける日々。特にLoversやフィクションといった楽曲のMVを見ると抱くその感情は間違いなくsumikaの代名詞ともいえると思う。

初ライブは『花鳥風月』の東京ガーデンシアター公演になった。厳密に言えば、その前の『VIVA LA ROCK』でも見てはいるのだが、フェスなので個人的には微妙な位置づけである。
初ライブというテンション感もあり、ただただ楽しく帰った結果、ふわふわしすぎて乗り過ごしたことまで覚えている。危険。

2.『縁会』期

『縁会』というのはいわゆるFCツアー的なものだったのだが、自分は行けていない。普通にチケットが当たらなかった。結果、若干sumikaから距離を置くことになった。ライブに行けないなんて!!!!という反抗心のようなものもあり、自然と聴かなくなった。なんてわがままなやつ!!と今になっては笑い話だが、結構当時は深刻だった。
この当時は、正直なにを自分で思っていたかは覚えていないが、sumika大好き!!!!モードではなかったのは確か。実際この時期Da-iCEに全力を注いでいた時期でもあるので、それでバランスをとっていたのかもしれない。

3.『TOOY』&「For.」期

sumikaが対バン企画ときいてあっさりモチベーション復活。ちょうどこの時期は各所で対バンツアーが行われていて、個人的にもDa-iCEの対バンツアーに行きまくっていたので、対バンやべ~~~相手誰か知らんけど申し込んじゃえ!と2daysとも申し込んで、2日目だけ当たった。結果的にw.o.d.とKroi、ズーカラデルを見られた面白い日になった。
あとこの数日後にあった『Super radio sofa』にも行ったが、すっかりモチベーションは戻り、「For.」のリリースを迎えた。
このあたりで感じていたのは、「泥臭さ」だと思う。正直sumikaの規模で対バンなんて、メリットあるのかな~なんて思っていたのだが、特に2日目の『TOOY』は挑戦者を真っ向から迎える姿がかっこよかったのを覚えている。10周年を前にしながら、まだ自分たちの野心みたいなものをライブで示しているのは、謙虚に音楽を磨いている証だと思う。
また、「For.」での「言葉と心」の再録もそう思ったきっかけかもしれない。厳密に言えば再録とは若干違うかもしれないが。過去のことを今このタイミングで振り返ることができる体力があるのはすごい。再録というものは下手すれば批判も起きかねないと思っている。sumikaにそれが起こるかと言われれば、それはNoだとは思う。でも比較的リスクもあると思っているので、あえてこのコロナ禍を経て様々変化があった中でやる意味というのはかなり深い。

4.隼ちゃん

まあ、正直これが大きすぎた。映画内でも本人たちがのみ込めていない様子が残されていたが、いまだに私もよくわかっていない。
バイト終わり、スマホを見れば大量のLINE、阿鼻叫喚のTwitter。ひとまず表面上の理解をするのに時間はそうかからなかった。どうやらとんでもないことが起きているらしいとわかったが、電車のなかで泣くわけにもいかず、ぎりぎり耐えて帰宅。母に「大丈夫?」って言われた瞬間、爆発した。
ただのミュージシャンとファンの関係である。でも、今までの記憶がフラッシュバックして、この先決まっていた予定も全部どうなるのか、というかそもそもこうなったこと、出てきた言葉は「待って」「なんで」「どういうこと」の3つだった。
ここからまたsumikaと距離を置く期間になった。というか、もはや「バンド」という形態からすらも距離を置いた。大げさなのかもしれない。でもひとまず生活することを守るためにはそうするしかなかった。全部つながってしまったからだ。つぎの日に予定を入れていたが、行くのをやめ、家でぼんやり過ごした。部屋中にあったグッズは見えないように隠し、ひたすらぼんやりしていた。予定を入れないとか信じられない、常に何かしらで動いているタイプの自分とは思えないような1日だった。
脳裏を駆け巡るのはあの笑顔だったし、ソリッドなギターの音だったし、ふわふわ天然パーマの髪だった。
よくわからないまま、なんとなくある日立ち寄ったタワーレコード。思い立って持っていなかったCDを全部買おうと思い、sumikaのコーナーを見ると、異様にがらんとした棚がそこにはあった。みんな考えることは同じだったのかもしれない。残っていたもので自分が持っていないものを抱えてレジに出し、店員さんを見ると、その人はsumikaのTシャツを着ていた。泣きそうになった。店員さんとなにかがつながった気がした。

5.再開と再会

ライブ活動はおろか、全てが止まっていたsumikaが動き出した。実に2か月。春フェスとともに戻ってきた彼らの顔は違って見えた。憂いとともに、覚悟をまとっていて、その雰囲気に圧されて、私も覚悟を決めた。
ハマスタは泣き通しだった。冒頭の映像演出から泣き続け、濡れているのは雨のせいなのか、自分の涙のせいなのかわからないぐらいだった。随所にちりばめられた意識せざるを得ない演出、カメラワークに悲鳴をおさえるのに必死だった。
帰路に着き、帰宅し、湯舟で考えたのは「これから」だった。
この先、きっと下手にあるはずだった空間を考えないことは無いだろう。その一方で、ステージで奮闘する姿はやっぱり初めに感じていた多幸感で満ちているはずだ。二つが共存する光景は見続けることでしか納得できないものだと思う。今後、いくら泣いてばかりだったとしても、会いに行くこと、「ただいま」と言うことが一番だと思えるようになった。

4.そして映画へ

映画の公開日程も改めてハマスタで発表され、この日を迎えた。
しかし、決めたはずの覚悟はどこにいったのやら、映画館に向かう足はなんとなく重かった。何を語ってるのか、不安だったのだと思う。前日に観に行った人たちは大泣きだとかなんとか言っていて、余計にその不安をあおられていた気もする。
純粋に10周年を振り返られればよかったのだが、まあそうもいかない。季節感の違う映像、内容、やっぱりその影を感じるしかなく、涙があふれた。会場もそんな雰囲気だったし、気兼ねなく泣いた。持って行った花火タオルは案の定しっとりとしていた。
「もし」という言葉はこの状況下であまり使いたくない。ただ、「もし予定通りだったら」という思いは拭い切れなかった。
映画内で荒井さんが「もうハッピーエンドは少なくともないのかもしれないと思った」という話をしていた。まさにあの時期感じていた私の感覚はそれだと答えをもらった瞬間だった。その一方で、健太さんは「バッドエンドにしてはいけない」と考えていたという話をきいて、このバンドすごい。という言葉になった。自分たちが与えた影響すべてに責任を持とうとしているのだ。正直気負いすぎだ。いや、確かに責任とってくれと思ったことはある。でもそれはかなりポジティブな話で、鮭みるとなんか笑えてきちゃったり、芝桜みると某キャラがよぎっちゃったりっていうレベルの話だ。本人たちはファンに対して気を配りすぎだと思う。でも、それは「あなた」1人1人に向き合うことにこだわり続けた結果なのだろう。これを続けたことがsumikaの礎になっているし、煙突の煙にもなっている。

5.おわりに

ここまで書いてみたけど、結局なんなのかわからなかった。というか、この答えを見つけるのが、この先sumikaを見る意味にもなるのかなと思う。sumikaの目標は「続ける」こと。それならば、自分もその「続ける」姿を見ることが一番の正解なんだと思う。
sumikaを知って私はもうすぐ5年になる。その中でいろいろ変化もあった。当時高校生だったのに、気が付けばもう大学生活の残りも少なくなり、就活も終えた。正直苦しいことも多かった。でもその随所にあったのはsumikaの曲で、その曲を聴くと必ず思い出す記憶がある。逆もしかりだ。その引き金がある限り、私は根本ではsumikaにつながっているのだと思う。
ライブに行くことが家に帰ることとほぼ同義になったのは、間違いなくsumikaの影響だし、一度感じてしまった居心地の良さはなかなか忘れられるものではない。忘れるとしたらそれは規格外に私生活がひどいことになっているか、はたまた充実してるから要らなくなるかの二択だと思う。ということを考えるとまあ有りえない話だと現状では思う。sumikaがいることが当然で、自分の手元にチケットがあることが当たり前ではないと知ったからこそ、貴重で愛しい存在であり、希望の灯火でもある。

変化を楽しめるような図太い神経はあいにく持ち合わせていないので、この弱い覚悟だとか、言い表せない感情をこれから自分なりに育てて、いつかは偉大な家に還元できるようになりたいと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?