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【小説】つづらさんとあたし

    クマの毛皮を背負ってるみたいな、攻めたデザインのコートを探して今日で五日目。どこで買ったんだろうなあ。ゾゾタウンとにらめっこするのも、疲れてきちゃった。
 今の駅で降りた人の席に座ってフォルダを開くと、黒い髪の綺麗な女の子が現れた。仕事の疲れも吹っ飛ぶ、かわいいつづらさん。
 一目見たときからかわいいと思っていた。ぱちっと惹きつけられたその先輩は、あたしの教育係だと紹介された。よろしくお願いしますと言うと、つづらさんは垂れた目をふんわりゆるめて、愛嬌いっぱいの笑顔を見せてくれた。
 グループラインのつづらさんがアイコンにしていた、濃いピンクのブラウスを着た写真を保存したことがはじまりだった。プライベートのつづらさんを見たことで何かがはじけた。あたしはつづらさんを監視するようになった。アイコンの観察だけでは我慢できなくて、ネットを走り回ってつづらさんのSNSを見つけた。毎日見に行って、写真が投稿されたら、すべて保存する。いつも完璧にかわいい。もっとつづらさんのことが知りたい。
 電車を降りると日は落ちていて、あたりは薄暗かった。待ち合わせ場所に立って、鏡で前髪を整える。
 あたしは最近つづらさんに似てきた。と思う。それもそのはずで、あたしはつづらさんの着ている服や小物が特定できたらこっそり購入していた。つづらさんはお洒落なのでお揃いにするのは大変だった。だけどあたしはつづらさんになりたかった。つづらさん、あたしの理想の女の子。精一杯そろえたら、「ジェネリックつづら」くらいにはなれるんじゃないかと思っていたのだ。
 アイシャドウはRMKで唇はシャネルの赤。爪先もボルドーに塗って、香水はshiroのミルクティー。今日はエモダのワンピースを着て、髪は柔らかくカールに…まだ足りない。全然つづらさんじゃない。あのコートってどこのもの?
「比奈?」
 呼ばれてはっとした。つづらさんの彼氏よりも少し丸くて背の高い恋人が、あたしを見ていた。
 なんでもないよと言って手を繋いで歩き出した。今度九州旅行に行かないかと言った。つづらさんが彼氏と行っていたから。
 あたしは毎日が充実していると思っていた。仕事して、自分を磨いて。外見も中身も理想へと近づいていくあたしが彼女で、彼は幸せだと本気で考えていた。
 あたしの恋人は眉を下げて笑った。
「あのさ、比奈」
 あたしはついにこのときまで気づいていなかった。つづらさんを増やした分の、今まであったあたしってどこにやったんだったっけ。
「俺さ、学生時代の比奈が好きだったんだよね」

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