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【小説】物語は始まらない。

 一瓶の酒瓶から始まる物語があってもいい。花器一つから始まる物語があってもいい。醤油さし一つだって物語を始めるにふさわしくないということはない。しかし、物語は始まらない。最近は醤油さしはあまり使わないかもしれないし、酒瓶よりはアルミ缶の方が多いかもしれない。花器のある家はもはやすくないかもしれない。しかしだからと言ってそこが物語にふさわしくないということはない。アルミ缶一つから始まる物語も、真空パックの醤油容器から始まる物語もあってしかるべきだ。
 しかし、物語は始まらない。物語は始まらないと言い続けて、しかし文章が始まっている以上何かを、そう、たとえば筆者の頭の中を物語り始めているのではあるまいかというような言い方もできるだろう。言葉は紡がれているけれど、しかし物語は始まっていないのだ。
 一瓶の酒瓶はそこにある。それとは無関係な位置に醤油さしがあり、またしても無関係な位置に花器がある。
 およそ物語は始まらないと言っても始まっていることが普通だ。そう言って物語にするべきではないとうそぶいて日常の物語をする。しかしここでは、物語はそれでも始まらない。物語論を物語り始めるということもない。
 酒瓶はただある。酒精一滴たりとてそこに無く、湿り気の感ずることなし。誰かが酒を飲んだのでもない。空の酒瓶がある。
 花器はただある。白磁の一輪挿しで透かしも染付も色絵もない。象眼も施されていない。中に水も入っていないし、これまでに入ったということもない。空の花器がある。
 醤油さしがただある。厚手のガラスでできていて、うっすらと線刻が施されているが模様というほどではない。中に醤油は入っていないし、これまで入ったということもない。空の醤油さしがある。
やはり物語は始まらない。しかし差異はあらわれた。もうそろそろ始まるのかもしれないし、そうではないかもしれない。
 酒瓶はただある。木でできた丸椅子のちょうど真上に、まっすぐ注ぎ口が上を向いている。
花器はただある。畳の上に。縁からは少し離れて、ちょうど真ん中に、口はまっすぐ上を向いている。
醤油さしはただある。白い小さな台の上に、明かりで照らされて、そしてふたを閉められて両脇の注ぎ口は水平になっている。
 それでも物語は始まらない。
 酒瓶はある。決して大きくない部屋だ。床は板張りで壁は薄い。光は丸椅子とその上の酒瓶にだけ、小さな白熱電球から降り注ぐ。
 花器はある。決して小さい部屋ではない。天井は高くない。畳敷きの部屋だ。光は障子の方から、曇り空の太陽が部屋をうっすらと照らしている。
 醤油さしはある。天井の高い部屋だ。窓はなく、強い光源が醤油さしを照らし出す。醤油さしのガラスは空色だ。
 もう少し物語は始まらない。人間がいないし、地図もないからだ。
 そういうことだから、ここに花器を見ている人がいる。あとの二部屋に人はなし。
 それから、ところは関東としておくのでいいだろう。
 まだ物語は始まらない。物語を始めるのはいつもあなたの、読者諸賢の頭だからだ。さて、もはや言葉は出尽くしただろう。物語が始まる。


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