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考えてもしょうがないことを考える癖

不安の8割だか9割は起こらない
と聞いたことがあります。


友達に嫌われたらどうしよう
変な人って思われたらどうしよう
この人を傷つけたらどうしよう
壺を売られたらどうしよう

と、もしかしたら?と【危険察知】と称して
分かりもしない相手のことを考えた気になって
本当は行動しない理由や言い訳を探してること
あったなぁと思います。
井の中の蛙はずっと大海に憧れてるのに
どんより湿気臭い井の中にいることが安心でした。
文句をいいながらね。

自分のことだってよく分からないんだから
相手のことなんてわかるはずないのに
ちょっとしたしぐさだったり言葉尻で
分かった気になっちゃうんだよね。
そしてそれを信じる力が強いんだわ、わたしは。
わたしがこう思うんだから
相手もこう思うに違いない。
というモノサシで測って
相手のことばかり見て
想像するのはネガティブなことばかり(笑)
そして辛くなる(笑)
じゃあしなきゃいいのにね
ってのは今なら思えるけど
あの時のわたしの世界はそういう風に作られてたわ🌏

変な人に見られていたところで?
嫌われたところで?
売られたところで?

変な人って何?
変な人の何がいけない?
嫌われたらそこまでのご縁だったんだろうなと
思えばいいし
売られたって必要ないと思えば買わなきゃいいんだし


それよりも
わたしはわたしのことを幸せにしてあげること
に忙しい。
分からんことを考えてる暇はない(笑)
とやっと思えるようになったのは最近。
自分が幸せじゃなきゃ人のことは幸せにできない
家族も友達もぜんぶ🤝

だからまずわたしはわたしのことを考える。
【人のために】はとりあえず置いておく。
自分のためを考えられない時の人のためってのは
自分に一生懸命になれない「逃げ」なんだよね。⁡

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