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暗いカップ

あるときから真っ黒なマグカップが大流行した。
見た目に惑わされず純粋に味を楽しめるということで、ツウな人の間で流行ったことから猫も杓子も真っ黒なカップで飲み物を飲むようになったのだ。

そのカップはどういうわけか、上からのぞき込んでも中身の色が見えないようになっている。
そのため、一体中に何が入っているのか、入っていないのか、飲んでみるまで分からないのだ。

僕の友人に、「本物が分かる」ということを鼻にかけた男がいる。
彼も例にもれず、あの真っ黒なマグカップで飲み物を飲んでいた。

「今飲んでいるのは水だよ。ただの水じゃない。極限まで洗練された最高の水を取り寄せているんだ。東京の水道水なんて、飲めたものじゃないからね。」
そんなに水に違いがあるものかと、僕は少し癪に障ったので、彼がお手洗いに立った隙にカップに水道水を足しておいた。
これで何もわからないならとんでもない馬鹿舌ということだ。

案の定、戻ってきた彼は、何も気が付かない様子でカップに入った「極限まで洗練された最高の水の水道水割」を飲んでいた。

「なんだ、君は何もわかってないじゃないか。そのカップには水道水を入れておいたんだよ。」
「なんだって…」

どうやら少し怒ったような落胆したような様子で、彼は中身を流しに捨てに行く。
気付かない程度の違いしかないのなら、そのままありがたく飲んでおけばいいのに。

「ギャーッ!!!」

台所の方から、彼の悲鳴が聞こえた。
急いで駆け付けると、今度はいよいよ怒鳴られる。

「君、ゴキブリまで入れていたのか!?」

シンクには、カップから流れた水に、既に動かなくなった茶色の虫が浮かんでいた。
彼が水を飲み始めてからほとんどカップから目を離さなかったし、僕が入れたのはもちろん水道水だけだ。

「いつから入ってたんだ…?」

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