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メタリッククワガタ

右半身が赤色、左半身が青色のメタリックなクワガタが部屋に入ってきた。

そいつは異常に力が強く、換気口の蓋をこじ開けて脱出しようとしたり、壁に凄まじい勢いでぶつかって掛け時計を落としたりした。芋けんぴが入っていた大きな空き缶を手に捕獲を試みる。床の上で捕獲に成功したが、そのまま手で押さえていないと缶を跳ね飛ばしそうに暴れている。なにか蓋になるもの持ってきて!と家族に言うが、朝の忙しさで誰も気に留めてくれない。

孤独な戦いをしていると、ようやく手の空いたものが薄手のボール紙とガムテープを持ってきてくれた。缶と床の隙間にボール紙を差し込んで缶に添わせて折り込み、ガムテープでぐるぐると縁を留める。やっと密閉が完了した。
しかし、これではクワガタが息ができないのではないか。今はメタリックらしい派手な音をたててガシャガシャ元気に暴れているが、空気穴は開けてやったほうがいいだろう。見た目の珍しさから、この後大学で詳しそうな人に見てもらって押し付けようと思っていたのだ。それまで快適にしていてもらう必要がある。

蓋がボール紙で良かった。 カッターを突き立てて適当に数個穴をあける。刃先とクワガタとぶつかったのか、金属質な音が鳴った。しまった、と思ったが無事を確認する余裕はない。一旦缶から離れて自分の朝の支度の続きに戻った。

「バッタは怖いですよね。あ、小さいバッタじゃないですよ。仮面ライダーとかのモデルになってる、大きい方のやつ。分かります?」
「あれは恐らく顔のパーツが全面に集まっているところが、人間の顔のパーツの並びに近いように見えるからじゃないですかね。人間に近いのに、全く別の生き物で、意思疎通が不可能という点。奴らが人間サイズになったらとか考えると、恐ろしいですな。」
「その点蜘蛛は良い。大きくなってもただの怪物見がある。万が一意思疎通出来ようもんなら、ドラゴンに話しかけてもらったくらいの嬉しさ。」
「仏教の中にも出てきますからな、耽美耽美」

ここは蜘蛛研究会。他の昆虫をこき下ろすことで蜘蛛の立場を押し上げる活動をしているサークルである。部室のドアが開いていたので、勝手に入る。
「…クワガタはどうでしょう」
バッタ下げをしていた2人が、ガバっとこちらを振り向いた。
「…クワガタか。悪くない。彼らも人間の顔とはかけ離れた姿をしている。巨大化しても快く背中に乗せてくれそうだ。」
「確かに、カブトムシと双璧をなす夏休みのノスタルジー」
うんうんと嬉しそうに頷いてくれた。思ったよりも大らかだ。
「良かった。では如何でしょう、今朝捕まえたクワガタ、貰ってくれませんか…?赤と青のメタリックなんです。」
クワガタが封印された芋けんぴの缶を差し出す。彼らは、ほう?という顔で慎重にテープを剥がした。するとその僅かな隙間から、勢いよくクワガタが飛び出してきた。それも2方向に。

朝捕まえたそいつはいつの間にやら、赤と青に真ん中から分かれ、独立して動く術を身に着けていた。勢いそのままに、蜘蛛研究会の2人の眉間にそれぞれが突き刺さり、めりこむ。2人は抵抗することもなく仰向けに倒れた。パイプ椅子がガシャガシャと鳴った。

2人が起き上がった。様子がおかしい。見た目は、先程と変わらぬ姿かたちなのに、全く別の生き物で、もう意思疎通が不可能だということが伝わってきた。恐ろしくなり部室を出る。飛び出してこないよう、ドアをガムテープで目張りする。中からはなんの物音もしなかった。

チャイムが鳴ったので授業に急いで向かう。遅刻だが仕方がない。廊下を走る途中で、今回は空気穴を開け忘れたなと気づいたが、もうどうしようもないことだ。






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