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ノーベル化学賞の受賞者から思い出す学生時代の写真撮影と就職先

「吉野彰」氏は、2019年にノーベル化学賞を受賞された。このパソコンにも利用されているリチウムイオン電池の研究開発の成果が世界に認められた。

現在は名城大学の教授もされているそうだ。元々は企業(旭化成)で研究開発されていたのに、どうして・・?

当時(2017年)の副学長と旭化成の社長とが大学で一緒に実験していた仲で、そのご縁もあって旭化成から大学の教授に招聘されたとのごと。人のご縁って、不思議な縁ですね。

この吉野彰氏は、1981年にノーベル化学賞を受賞された「福井謙一」氏の孫弟子にあたるらしい。懐かしいお名前から、自分が大学時代のことを思い出した。

大学の研究室の教授が、福井謙一氏のノーベル化学賞を受賞された講演会に関与されていた。写真が趣味だった私に講演会での写真撮影を依頼してくれた。福井謙一氏がどんな方か、ノーベル化学賞がどんなものかも全く知らなかった。

教授はその写真をいたく気に入って、写真を額に入れて研究室に飾ってくれた。なんだか気恥ずかしいけど、とても嬉しかった。素敵な表情をされた福井氏の一瞬を切り撮った写真だと褒めてくれた。

大学時代の研究室の写真暗室は、自分の暗室のように利用させてもらった。京都の嵐山や嵯峨野を散策して撮影したフィルムを現像し、印画紙に焼いていた。現像液や定着液のにおいは、独特だったことを思い出す。

あるとき、大学の研究室を、ある企業の方(大学のOB)が訪問された。研究室の教授は、額に入った写真を撮影した学生(自分)のこと話題にしてくれて紹介してくれた。

この写真のご縁で、ある企業の入社試験を受けることができ、就職が決まった。なんでもない写真が自分の就職先を決めることになるとは、予想してなかった。

この写真のお蔭で、ある企業で38年も勤務することになった。

当時の私は、数学か理科の先生になるつもりだった。教員免許を取得するため、母校の中学校に教育実習生として1週間、教壇にも立った。当然、教師になるつもりであった。

しかし、理化学系の学科(確か理化学通論)の単位を取得することができず・・。断念(笑)。

単位を取得できなかったのは、その学科の試験当日に、バイクで通学する途中、スピード違反で取り締まられて、書類を書いている間に、試験開始時刻が過ぎてしまったから。

同じ学科の80%くらいは教員になるなかで、なんだか肩身が狭い感じだった。でも、ノーベル化学賞を受賞された「福井謙一」さんの写真のお蔭で、企業の入社試験を受けることができた。

教員免許を取得するつもりの私は、民間企業名を全くしらなかった。東海地区では大手の企業だったが、私はその会社名を聞いても、知らなかった(笑)

いろんなご縁で、今があると思うと、当時の大学教授、OBの方、そして自分が撮影した写真に感謝です。ありがとうございます。

吉野彰氏 ノーベル化学賞受賞記念インタビュー
https://nhkbook-hiraku.com/n/ncfa06858b4d5

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