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年中休業うつらうつら日記(2021年12月18日~12月24日)

オミクロン株がそろそろと忍び寄ってきてますね。年末に浅草の賑わいを見てみたかったけど、やめておいた方がいいかしらん。この1年はいろいろあって面白かったです。しかもそれが変わってしまうかも、という新情報を得た今週。私の引きの良さはどこまで続くのでしょうか。

21年12月18日

くらぶの先輩に「Sさん」という人がいる。
数年前までは長老の共同経営者としてソフト会社を切り回しており、そこをたたんでからは長老言うところの「野良プログラマ」をやっていた。
このほど、受注した仕事もほとんど終わったので完全引退を決め込み、集めに集めたマンガや本の山を読みまくっているらしい。

無口だが不愛想なわけではなく、聞けば返事はしてくれるが何も聞かなければ「いい天気だねぇ」などと突然言い出すことはあり得ない、まあ寡黙な変わり者。
当然、私もSさんとはあまり話したことはないのだが、貴重な同人誌を貸していただくなどいろいろな恩恵にあずかっている。
奥さんが親切な面倒見のいいひとで、私は入部して以来数々の不始末をずいぶん尻ぬぐいしてもらった。
Sさんにはもったいないような明るい人だ
息子の歳もおんなじで、我が家にとっては敬愛し、尊敬する先輩である。

しかし仕事上の知り合いはいないだろう、と勝手に思っていたら、いた。
昔、Sさんが職質(またこういうのによく遭遇するんだ、あの人は)に素直に応じなかったうえ、十徳ナイフのような刃渡りの小さなものを所持していたということで警察に引っ張られた。
S夫人から連絡を受け、何ができるでもないがせいうちくんと2人、心配していた。

翌日せいうちくんが会社に行き、
「実は先輩がこういう目に合って困っていて」と話していたら、隣のシマで「高校時代からの親友が警察に連れて行かれた」とほぼ同じような内容を話している先輩がいた。
よもや、と思って近づいて聞いてみたら、あにはからんや、それはまさしくSさんの件であった!
もちろんほどなく警察の誤解は解け、大した謝罪もなしに無罪放免となったらしいが、驚いたのはそのHさんという先輩とせいうちくんだ。
まさか共通の知り合いがいたとは!
しかもこんなに穏やかな常識人があのような変人をよく知っているとは!と双方互いにひどくたまげたらしい。

だからと言って特に何事もなく、せいうちくんは会社ではHさんとつきあい、くらぶ関係ではSさんとつきあってきた20年ほどだったが、このたびHさんが退職し、故郷に帰ることになった。
谷中住まいの威力もあり、お帰りになる前にぜひ旧友Sさんと私と谷中散歩をしましょう、とせいうちくんが提案し、3人でゆるゆる散歩をしてきたようだ。
夜の部の穴子寿司の部分からは私も同席させていただけた。

Hさんは穏やかそうな丸顔の、笑顔の絶えない人で、どうしてSさんと友達なのかよくわからなかった。
もっとヘンな人かと思っていたよ。
「まあ、なんとなく気が合ってそばにいたんだよね。それがこういうご縁を生むんだから、面白いよね」と語るHさんによると、2人の出身地である浜松はのんびりした気風なのだそうだ。
「気温があったかくてね、なんかぽかーんとしててね、いいところなんですよ」

我々にとって日本で運転したそう多くはない経験上、静岡と北海道と愛知が「運転が乱暴で怖い三巨頭」なのだが、Hさんは不思議そうに「そうかなぁ?」とおっしゃる。
静岡と浜松は別の場所なのかもしれない。

いつも無口なSさんがこんなにしゃべるのを初めて見た、と言いたいところだが、実はいつもとほぼ変わらず「そんなことはない」「本は積めばいくらでも置ける」といった、いつものようなことを言っていた。
それがかえって飾らない旧友同士の証のような気がして、面白かった。

我々が自慢しても仕方ないが、まあ自慢の穴子寿司を食べていただき、皆さんやはり驚き、無口なSさんですら「これはうまい」と言った。
それぞれの家庭におみやげをひとつずつ作ってもらう。
と言っても独身のHさんはこれからゴールデン街に行ってこれをつまみに飲むようだ。
そんななじみの店がいっぱいあるんだろう。

最近、1人飲みをする人がけっこういるのを知って驚いている。
Hさんの場合、家で1人酒をしていてもつまらないから外で飲むのはわからんでもないが、家族持ちの人でも意外と「自分の店」を持っていてそこで飲んでいたりするらしい。
そもそも酒が好きでなく、またお金のかかることからは遠ざかっていたい私からすると不思議な習性である。
しかし、その習性あってこその新宿や渋谷、銀座の賑わいなのかもしれない。

17時半スタートだったせいか、ゆっくり飲んで食べてもまだ20時。
でもお開き。
ゴールデン街に向かうHさんと自宅へ帰るSさんは肩を並べて千駄木駅方面に歩き去り、我々は自宅に帰った。
こんな経験もこの地にいてこそだ。
Hさん、Sさん、ありがとう。

21年12月19日

買い物も全部すませてあったので、とても珍しい完全休養の日。
ヘルシオのホットクックがカレーを大量に作ってくれるようになったので、あまり考えたくない日は常にカレーになってきた。
西島秀俊主演の「真犯人フラグ」というドラマが録画したまま溜まっていたので、観始めた。

結婚した時は全OLが泣いたという彼だが、それ以来ちょっと太ったのではあるまいか。
よしながふみ原作のゲイドラマもやり、まさに芸風が広がり、今回はわりと情けない普通のお父さん。
しかし家族全員失踪という事件が起こり、だんだん立場が怪しくなってくる…
なかなか面白い。
めずらしく2クールものらしくて、来年になってもまだやっているようだから、しばらく楽しめそうだ。

21年12月20日

生まれてこの方、何を言おうかとか書こうかとか苦労したことがあまりないと言うか、常に頭の中にはほぼ完成された文章が浮かんでいて、原稿を読むようにそれを読み上げるなり下書きを清書するように紙に書けばよかった。
困ることとしてはせいぜい、自分が考える速度があまりに速いのでどんなに早口になっても追いつかなかったり、文章が長くなりすぎてしかも字が汚いという羽目に陥るところだった。

先日せいうちくんから、
「考えながらしゃべっているから、そんなにすぐには答えが出ない」と言われて驚き、
「だったら『今考えているところだから、すぐには言えない』ってアナウンスすればいいじゃない。待ってる方も落ち着くよ」と進言したら、
「いや、その『考えてる最中にしゃべる』ってのが苦手、って言うか、無理!」と困られた。

考えたことなかったなぁ、しゃべりながら考えるのは難しいのか。
と言うか、考えてるってことは言葉に触れているわけで、そのうちの少しばかりをしゃべる方に回してくれたっていいじゃないか。
私だって頭の中に原稿が浮かぶからってそれを全く推敲しないで使ったりはしてないぞ。
推敲する間、そこで生じる沈黙をカバーするある程度関係のある話題で瞬間を繕い、何でもないような顔をして戻ってきてるんだ。
それぐらいの苦労はそれぞれしてもいいと思うんだよね。
しゃべるって、とっても大事なことだからね。

このことを考えていていつも思い出すのは、高野文子のマンガに「アネサとオジ」という姉と弟のシリーズがあり、バカで乱暴なアネサはいつもオジをいじめているのだが、オジが歩きながらしゃべるのを見、かつまたついでにバナナを食べながら歩いてしゃべってるのを見てびっくり仰天するシーンだ。
オジ「呼吸は歩きながらでもできるよ」
アネサ「こきゅー?どーやするんだ。教えてくれ」と頼み込む。
あれからもう40年以上、アネサは歩きながらしゃべれるようになったかなぁ。

21年12月21日

最近歩きすぎて疲れすぎているので、整体院で長時間の施術を受けた。
と言っても足湯10分、電気治療10分、施術15分の保険診療に「45分間のマッサージサービスチケット」をつけただけだが。
5枚つづりで21000円、ということは45分で4200円。
まあマッサージの相場と言えばこんなものだろう。
なじみのおにーさんが熱心に揉んでくれたので足がずいぶん楽になった。

昨日はあんまり足が痛いのでせいうちくんに揉んでもらおうと思ったんだけど、そこは素人の悲しさ、かゆいところに、いや痛いところに手が届かないもどかしさ。
膝の真裏とか足の三里のツボを通る筋とか、難しいよね。
でも一生懸命やってくれたよ。
「真犯人フラグ」3本観る間ぐらい。

お返しにこちらも肩ぐらい揉んであげようと思うんだが、不思議なことに彼は全然肩が凝らないヒトらしい。
いつも肩も腰も柔らかく、無理にマッサージするとひたすら「くすぐったい」んだって。
人間と生まれて「く~~~、そこ、効く~~~っ!」の喜びを知らないとはもったいなくも切ない人だよ。
足の裏踏まれたり、瞼の上から眼球を押されて心地良かったり、頭のてっぺんをトントンと叩いてもらうと頭痛が楽になったり…いかん、私は私で故障が多すぎる。

21年12月22日

あまりに膝が痛いので、これは整体ではどうにもならんと整形外科に行く。
もちろんそっちに行ったって劇的に治ったりはしないんだが、いちおうヒアルロン酸の注射を両膝に打ってくれるところが好ましい。
今日なんかついでに腱鞘炎の右手人差し指にも打ってもらっちゃった。(もちろん別の薬だよ)

指の注射は手のひら側の付け根に細い針で打つようで、これはキリキリと痛い。
両膝の注射は太い針をぶすっと刺す感じで、しかもそのあと薬液が入ってくる感じが何とも言えずずーんと重苦しい。
要するに両方ともけっこうつらい注射なのだ。
でも痛い時って泣きわめくわけにもいかないからじっと我慢していたら、ちょっとしわの入った私の眉間に気づいたのか、看護師さんが「痛かったですね」と優しく声を掛けてくれた。
こういうのって気分の問題が大きいね。

「このマンガがすごい!」という年末に毎年今年の人気作を教えてくれる雑誌を買って以来、上位作品で読んだことがないものを集めるのに余念がない。
「人が選んだからって自分にとって感動作とは限らない」とはよく言われるが、そこは初心者のようなものなので、広く一般の意見を参考にする。
年に1冊か2冊、これはすごい!と自分の力で本屋の棚からつかめるものもあるが、そんなのほとんど神頼み、奇跡の業だからなぁ。
ちなみに今年は誰にも教えてもらわずに魚豊の「チ。ー地球の運動についてー」とアベツカサの「葬送のフリーレン」が素晴らしいと思い、買っていたらランキングにちゃんと載っていた。
こういうのはちょっと嬉しい。

今年選ばれた男女それぞれのベスト20には「魔法モノ」が多いと思うのは決めつけすぎだろうか。
みんな、転生では満足できなくなっちゃった?

21年12月23日

名古屋から友人のCちゃんがわざわざ休みを取って遊びに来てくれた。
千駄木に住むようになってからずっと、いつか来てくれるって約束してたんだ。
「貴女の新居はいつで見られるけど、今のおうちは1年限りなんでしょう?ぜひそちらを見せてもらわなくちゃ」と言って。
どこに案内しよう、朝倉彫塑館と谷中ぎんざは外せないし、落語の好きなCちゃんには絶対「にっぽり館」を観てもらいたい。
日本酒も大好きだから、ここは鰻かな。ぜひ「山うに豆腐」を食べてもらおう。
旧安田邸や岩崎弥太郎邸宅も見せたいし、上野の山を散歩してもいい。
ホテルに1泊するのかな、そしたら2日がかりでいろんなところに案内できるなー、と夢がふくらんでいた。

しかし、打ち合わせのLINEをしていて思わぬ事実を知る。
Cちゃんはこの半年ほど猫を飼い始めたらしく、その猫の食事の加減が難しくて、餌と一緒に置きっぱなしにするってわけにもいかないらしいのだ。
「おなかがすきすぎると胃液を吐いちゃうし、食べすぎても吐いちゃうし、ホントに手間のかかるコなの。そこが可愛いんだけど」と猫好きはみな同じようによくわからないことを言う。
で、結局その猫ちゃんの食事を食べさせて、次に空腹になる前に帰らなければならないらしい。
勤務もそのリズムでやっていて全く問題ないとのこと。
びっくりした。

というわけで、Cちゃんは朝9時過ぎの新幹線に乗って11時に千駄木に着き、また16時までには千駄木を出て東京駅からのぞみにのらなければならない。
その5時間足らずにどれほどのものがつめこめるか。
なかなか悩ましい案件だ。

わざわざ「にっぽり館」が開いている日を選んできてくれるのだから、これはもう、マスト。
三遊亭萬橘さんは聴いたことがないので、楽しみにしてるそうだ。
お昼はゆっくり座敷で話せる鰻屋さんにした。
銘酒がそろっていて、Cちゃんも満足してくれるだろう。
この2つをやっちゃうと、実はもうほとんど時間が残ってないんだよね。
せめて朝倉彫塑館だけでも、と思ったが、とにかく「谷中ぎんざ」や「よみせ通り」をぶらぶらして楽しんでもらおう。
予約をいろいろ取って計画を伝えたら、とても喜んでくれた。

さて、今日がその当日だ。
11時に家から一番近い千駄木駅の地下鉄出口で待ってるつもりで、そう伝えたが、北へ向かう通路にぶつかる前に階段を上がってしまったらしく、「今『団子坂』の交差点」と連絡が来てあわててそちらへ向かう。
大した遅れもなく、無事に会えた。
Cちゃん、久しぶり!何年ぶりだろうね。コロナが始まってからずっと会ってないよね。
もしかしたら還暦同窓会が濫発した、あの時期以来かしらん。じゃあ2年ぶり以上だ。
その後も2人でとかみんなで女子会とかZOOMはしてたけど、やっぱり生は格別。

とにかくまず家に来てもらう。
「せま~いんでしょ?でも2人は全然平気なのよね♪」と楽しみにしていたらしいCちゃんは案の定の室内に驚いてくれた。
「1人暮らしだったら素敵だと思うけど、2人となるとね。貴女とせいうちさんでなきゃ無理だわ」と、1人で3LDKのマンションに住んでいる彼女は言う。
冷たい紅茶でいいというのでグラスに7分目ほど入れて渡したら、
「あら、ずいぶんたっぷり入れてくれたわね。私、もうこのあとの日本酒が楽しみで楽しみで、そんなに飲めないわ」
もちろん残していいんだよ、Cちゃん。
おみやげのお菓子もありがとう。

そして場が落ち着くやいなや彼女が言ったのは、
「貴女、少し太ったんじゃないの?」。ストレートだね。
「糖質制限してやせたんだよ。でも、続かなくてリバウンドしちゃったの。こっちに来てカワイイおねーさんのいるバームクーヘン屋さんにも出会っちゃったし」
「足と心臓のことを考えたら、貴女はまずやせなきゃダメよ」
「わかってるって。Cちゃんは少しやせた?」
「うん、2キロぐらい」
「やっぱり2キロやせるとわかるね」
「やせたり太ったりが人にわかるのは2キロからだそうよ。あなたも気を引き締めてね!」
はい、一言もありません。

「どう?小説は書いてる?」
はい、書いてます。
でも思ったよりやっぱりずっと難しくて、まだword1枚ぐらいしか書けてない。
「やってるんなら立派よ」
寛大にほめてくれたCちゃん、ありがとう。

軽くお互いの近況報告をして、では鰻屋へ参りますか。
11時7分にうちに着いて、徒歩5分の鰻屋さんに11時半には行かねばならない。
おまけに私はCちゃんにお土産にあげようと思ってたバームクーヘンを袋詰めしておくのをすっかり忘れていて、彼女を外に待たせてバームクーヘン4つと生キャラメルの瓶を急いで袋に放り込む羽目になった。
「あらっ、これがあなたを8キロ太らせたバームクーヘンね。ありがとう!」
喜んではもらえたようだ。よかった。

ちょうど11時半に鰻屋さんに着く。
このあたりは鰻屋が多いけど、ここは特に名高い名店だと言われている。
2階の座敷に上がりながら、Cちゃんは、
「すごいわねぇ、この雰囲気。江戸前って感じだわ。床も畳じゃないのね、板敷きね。うーん、どこもかしこも風情があるわ!」と大感心。

「2杯を飲み比べるコースがあるよ。ここの従業員さんたちはみんな特訓を受けていて、片手で持った日本酒の瓶から表面張力でグラスの上にふくれ上がるところまでギリギリに注げるの」と説明したら喜んで、
「飲み比べコース、いいわね。ぜったいやろうっと」と言っていた彼女だが、飲みたい濁り酒を見つけたらしく、
「やっぱりこれにしておく。いいの、どうせ2杯飲むから」と注文し、表面張力を楽しんでいた。
「すごいー、これは犬みたいに口から行くしかないわね」
誇り高いCちゃんに口からお迎えに行かせるのはふくれ上がり切った日本酒のグラスだけだろう。

時間があまりないので鰻はもう焼きに入ってもらう。
白焼き1枚とかば焼き2枚を確保しておいたので、全部関東風に蒸してもらうことに。
かば焼きは鰻重にするかと思ったら、小食なCちゃんは、
「他のおつまみもいろいろあるし、私はかば焼きだけでいいわ」と言う。
勢いで私も「じゃあ、ごはんを少し少なめにした鰻重で」と言わざるを得なかった。
それでも彼女は私の食べっぷりを見るたびに、
「やっぱり太る人には太る理由があるのよねぇ」と天然に感心してしまうんだから。

山うに豆腐は仲居さんに聞いたところ、山芋もうにも入ってなくて(入ってると思ってた!)、豆腐の味噌漬けなんだそうだ。
人気の品で、よく出るって。
Cちゃんも、
「これは日本酒に合うわねぇ。でも、ちょっと私には塩辛すぎるかしらん。あなた半分食べてね」。
ビールだけの私にはなかなか難しいよ。

前にせいうちくんが撮影してきてくれたバームクーヘン屋さんのおねーさんの写真を見せたら、Cちゃんはあっさりと、
「おねーさんじゃないわよ。おばさんじゃないの」と一蹴。
「私たちから見たらおばさんは充分おねーさんだよ」
「それもそうね」
こんな会話も楽しくてしょうがない。

いろんな話をしながら食べて、あっという間にCちゃんは小さなグラス2杯のお酒を飲んで「んー、やっぱり昼呑みはサイコー!」と喜びつつ、12時40分になった。
そろそろ「にっぽり館」に行かなくちゃ。
実はこのお座敷の間にCちゃんにお土産に持って帰ってもらおうと思っていた「穴子寿司」を注文して受け取り時間を決めようと思っていたのだが、電話してみたらお渡しができるのが14時まで、それからあとは16時からになるそうだ。
14時にはCちゃんと落語聴いてるし、16時ではCちゃんは帰ってしまう。
これは「無理」ってやつだね。あきらめよう。
そう聞いたCちゃんは、
「お昼にこんなに鰻いただいたんだから、夜はもういいわよ。鰻に穴子食べたら、私、にょろにょろになっちゃう~」と気にしない様子だった。
あーあ、帰りの新幹線の中でつまんでもらいたかったのになぁ。

開演10分前のにっぽり館に着いた。
今日は何としても彼女に財布を開かせない決心の私はさっさと支払いを済ませ、Cちゃんは、
「あとで全部足して割り勘にしてね!」と凛と言う。
ふふふ、割り勘になんかしてあげないよ~。

初めて見る「小さな小さな小屋」にCちゃんはずいぶんと驚いたようだ。
「これは…笑点よりも近いわね」
席は自由なので、Cちゃんには1番前のど真ん中がちょうど開いているのを薦め、私はその後ろの列の端に座る。
たけ平さんと萬橘さんのトークが始まり、Cちゃんのボブカットの後頭部が笑いに揺れるのを見てるのは楽しかった。

しかし、ここで我々は意外な事実を知ることになる。
まず、いつもはたけ平さんと萬橘さん2人のトークのあとはそれぞれ一席ずつやってくれるんだが、今日は若手が2人手伝いに来ていて、全部で4人の落語が聴けるそう。
これはいい話。

よくない話と言うか、超弩級にびっくりしたのは、谷中近辺が整地され、にっぽり館も移転を余儀なくされているって話だ。
「このへんもこのままじゃいられないと思いますよ。あっちの広い中洲のあたりに商業施設とかできるんじゃないですか?これから我々(頬にナナメ傷を入れる手ぶりで)、こういう人たちと渡り合わなきゃいけないんですからね」とたけ平さん。
お客さんもざわついてた。
しばしその話のやり取りをしたあと、萬橘さんは、
「ま、とにかく我々は古いカメラみたいなもんだってことですよ」と言いながら下手に消えようとする。
たけ平さんが「おい、そりゃなんだよ」と尋ねたら、後ろ姿で「うつるんです、ってこと」。
爆笑の渦だ。

Cちゃんの頭はしきりに揺れ、拍手をし、聞き入っているようだった。
気に入ってもらえてよかった。
そのあとは三遊亭萬丸さんの「黄金の大黒」、たけ平さんの「金色夜叉」、そして仲入り後は三遊亭かゑるさんの「へっつい盗人」、トリは萬橘さんで「二階ぞめき」。
全体に短めではあったが、あー、聴いた聴いた。楽しかった。



出口に貼られる香盤をスマホで撮り、裏口から出てきてお見送りしてくれる噺家の皆さんの写真を撮らせていただき、満足してだんだん坂を登ってみる。
「面白かったわねぇ。あんなところで聞いたの初めて。悪いけどかゑるさんの途中で気持ちよーく寝ちゃったわ。危うく萬橘さんも聞き逃すとこだったけど、途中でちゃんと目が覚めた。よかったわ」
真面目なCちゃんでも一杯ひっかけて落語を聴いたら舟を漕ぐか。
思わぬ面を知ってしまった。

少し早すぎる「夕焼けだんだん」を撮って、そのあとは谷中ぎんざからよみせ通りにもどってふらふらする。
パン屋さんやお菓子屋さんの奥に思わぬ小さなイートインスペースがあったりして面白いのでいくつかのぞいてみたが、どこも満席。
「私たちが入りたいところはどこも満席なのよねぇ」と不満顔のCちゃんと、ついによさげなカフェを見つけ、それぞれにケーキと飲み物を頼んでおしゃべりする。

Cちゃんは私と姉の確執の話などを聞いて、
「それはお姉さんが強欲よね。貴女、きちんと遺産分割協議書とか見せてもらわなかったの?」。
「いやあ、母が亡くなったわけだし、その頃すごく調子が悪くて、とにかく実家のもめごとから離れたかった」
「それでもそんな弱ってる人や判断力の落ちてる人につけこんで有利に運ぶなんて、やり方がひどいわよ。不動産や株があったんならそれなりの財産だったはずだし、あなたは充分怒る権利があると思うわ」
「お姉ちゃんのこと、ひどい人だって思っていいよね?」
「もちろんよ。欲張りで、やり方が汚い人だわ。いくらお母さんのお世話をしたって言っても」
「ずっと同居で子育ても手伝ってもらったからこそ教員を続けられたわけだし」
「そうよね。それを考えたら、貴女にもっとちゃんと渡すべきだったと思うわ」
「Cちゃんがそう言ってくれたから、気が晴れたよ。ひどい人だった、姉としてはダメな人だった、って思ってこれから生きていけるよ。ありがとう」
本当に、ずいぶん気が晴れたんだ。

親の介護問題(私の場合はせいうちくんを通してだが)や自分たちの老人ホームや老後の過ごし方を話していたら、あっという間に時間が過ぎた。
「もう行かなくちゃ。ここまでの分を割り勘にしてちょうだい」とCちゃん。
ふふふ、そうはいかないんだよ。
「ダメです。全部払います」
「そんなー。せめて落語の分だけでも」
「ダメです。代わりに、ここの払いをお願いします」
「そんなのお安い御用だけど、今度あなたが名古屋に来たらおごらなきゃいけなくなっちゃう!」
「おごって。味噌煮込みうどん」
「味噌煮込みじゃ、3杯は食べてもらわないと」
「3杯食べるから、大丈夫。今日は新幹線代払って無理なスケジュールで弾丸ツアーをしてくれたんだから、お礼をさせて」

こうして、千駄木駅までCちゃんを送って、何度も「またね」「またね」と繰り返しながら、階段を下りていく彼女を見送った。
とてもいい1日だった。
帰ったらせいうちくんが会社から帰ってきていて、「どうだった?」と聞いてくれた。
「楽しかったよ」と言って、Cちゃんのおみやげの和菓子を2人で食べた。
Cちゃん、これが「鈴懸のいちご大福」だったら完璧だったよ。
遠慮せずリクエスト出しておけばよかったなぁ。

自分が越してきたこの町がけっこうみんなに喜んでもらえたこと、そして驚いたことにどうやら一番いい時期の終わりを過ごしているらしいことを知って驚いた。
私の天性の引きは、やっぱり強運の星の元にあるからなんだろう。
Cちゃん、今日はありがとう。
お互いに写真を送ってアルバムを作り、きっとまた会おうと約束した。
コロナが終わったら、名古屋に行くからね。

21年12月24日

世間はクリスマス・イブ。
そんなことも気づかずに電車に乗る私たち。
こないだの新居内見会で見つけた細かい傷や仕上げのアラにチェックつけたところが、きちんと直っているかどうか見に行くのだ。
私は新居が思ったより狭く見え、また今の生活が快適すぎるので、次の生活のイメージが持てず、少し機嫌が悪かった。

しかし、施工会社の人との再チェックが終わり、計測などのためにせいうちくんと部屋に残ったら、だんだんとてもいい部屋に思えてきた。
何より、楽天家のせいうちくんがしきりに、
「楽しみだねぇ。いい生活になるよ。本当にいい家だ。新しい生活はきっと素敵だよ」と言ってくれるのと、もともと住んでいたあたりに向かって電車に乗っているうち、故郷へ向かうような柔らかい心持ちになってきたせいだろう。
収納もたっぷりあり、何もかもしまい込んで小綺麗な暮らしができそう。

駅までの道ももうそれほど遠くは思えず、ほどほどの距離だなぁ、東京で駅からこれぐらいのところに住めたらそれだけでありがたいなぁ、と旧宅のバス便を思う。
駅前もコンパクトに小洒落ていて、今住んでる下町とは全く違う、小さい頃から慣れ親しんだ新興住宅街に似た雰囲気がある。

前から贔屓の駅前のパン屋さんでは、今夜のビーフシチューのためのバゲットや、2人とも大好きなくるみパン、カレーパン、チーズパンなどを買ってしまう。
糖質制限よ、どこへ行った。
これではバームクーヘン屋のおねーさんを離れられても、私は太り続けるだろう。

電車に少し乗って、近所の繁華街で降りてまずはブックオフ狩り。
今のマンションの目の前にあるブックオフは小さすぎて、もう何もかも見尽くしてしまい新しい発見や掘り出し物は滅多にない。
この繁華街のブックオフは「うわ~」と言ってしまうぐらいたっぷり本やマンガがある。
なにしろ文庫本とマンガではフロアが違うんだから。

欲しかった文庫本を100均の棚でいくつか見つけ、上機嫌で昼ごはん。
大好きな回転ずしのお店だ。
少し並んだけどお昼時のお客さんはみんな食べるの早くて、すぐに順番が回ってきた。
我々も手早く食べて、店を出る。
寿司も回るがお客も回る店。

昼頃なので都心に向かう電車は少し空いていた。
せいうちくんは空席を見つけるとパッと飛んで行って身体で確保し、私を座らせてくれる。
ちょっと恥ずかしいけど、長く立ってると足が痛くなるからしょうがない。

家にたどり着いて、せいうちくんは13時からお仕事、私は疲れたので昼寝。
今日はもう週末だ。
クリスマスだから定例ZOOMは集まりが悪いか?
クリぼっち上等、集え、ZOOMに!



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