月蝕
前職の同僚と神泉の飲み屋に。
ちょっと外れにあって、うんちくの効いた酒があり、うんちくの効いた飯が出てくる。料金はやや高い。隠れ家的店ってやつだ。東京には隠れ家なんとかが山ほどあるが、客は一体何から隠れているのだろう。
おれは一日レンタルオフィスにこもっていたせいかどうも冴えず、話を向けられると曖昧に答えるという感じだった。どんな本を読むのか?と聞かれたが、まじめに考えたら何でも読むとしか答えようがない。相手は会話のきっかけに聞いているのだから、適当なジャンルか作家でも上げておけばいいのだ。
わかっているが「何でも読む」と答えた。疲れたらこうなる。そして電子書籍のアプリを開けてライブラリを見せた。無意味すぎる。だいたいおれは飲み会が嫌いなのだ。なぜならおれは会話より人間に興味があり、人間を知るには一対一で話すしかないからだ。
最後の方はやや反省し、二週間かけてカヌーで川を下った話をした。皆静かに聞いた。おれはあんたたちが嫌いなわけでなく、ただ飲み会が嫌いなだけなのだ。どぅゆーのーわらいみーん?
11時を回って店を出ると半月が夜空に浮かんでいた。おれはどっぷりと疲れていたが、月の方へ向かって歩いて帰ることにした。いつだったか、妻とベランダから月蝕を見た。月はゆっくり欠けて不気味な赤い月になり、また満月に戻った。たいして話もしなかったが、何かを共有している時間だけで十分だった。次の月蝕がいつなのか知らない。たぶんその頃にはおれも何か形がついており、また妻と月を見るだろう。今度はせがれも一緒に。
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