見出し画像

努力は必ず実るのか─山際淳司「たった一人のオリンピック」

「ものすごいものを読んだ」

読んですぐの感想はこれだった。


2016年に出版されたアンソロジー「オリンピック」。

タイトル通り、オリンピックをテーマとした小説や散文が収録されています。

そもそもなぜこの本を手にしたかというと、私は昨年の大河ドラマ「いだてん」の熱心な視聴者だったため、どうも「オリンピック」と名のつくものにやたら反応してしまうようになりました。こういった小説はもちろん、新聞記事や雑誌、スポンサー企業とコラボしたお菓子などなど、目に入るとつい立ち止まったり、手に取ったりしてしまいます。

このアンソロジーもそのうちのひとつで、いつも行くツタヤの小説コーナーをぶらぶらしていた時、真っ先にタイトルが目に飛び込んできました。

「何だこれは!?」と驚愕した私は、執筆陣の名前を見てさらに驚きました。

「小川洋子さんの名前がある…?」

静謐で美しい文章を描かれる小川洋子さんと、オリンピック?私の中ではどうしても結びつきませんでした。だからこそ、一体どんなお話を書かれているのか気になって購入しました。

いざ読み始めると、どれもこれも面白い。オリンピックというひとつのテーマで、こんなにも性格の違う文章ができあがるものなのかと感嘆の連続です。東京オリンピックに限らず、古代オリンピックや、後述しますが近未来のオリンピックを舞台にした小説もあります(もちろん、編者の千野さんがそういう意図を持って作品を集めたのですが)。

例えば三島由紀夫の「東京五輪観戦記」。1964年の東京オリンピックで開会式や陸上競技などを観た三島の現地レポートです。

三島は女子バレーも観戦しており、女子選手の様子をつぶさに観察しています。そして最後には

「─日本が勝ち、選手たちが抱き合って泣いているのを見たとき、私の胸にもこみ上げるものがあったが、これは生まれてはじめて、私がスポーツを見て流した涙である。」

と締めています。

私は三島由紀夫にも女子バレーにも詳しいわけではないけど、スポーツを見て生まれて初めて泣くのってすごいことなんじゃないかなあと、私もじんわり感動しました。

また、筒井康隆の「走る男」は、近未来でオリンピックに誰も注目しなくなった世界を描く、SF的な作品です。

物語の語り手である「おれ」はマラソン選手ですが、このオリンピックでマラソンの参加者は3人だけ。コースも決まっておらず、地図を見ながら最短ルートを探します。途中、道を尋ねた人に「あんなもの(オリンピック)、まだやってたんですか」と言われるほど、もう人々の関心はとっくの昔に尽きている世界です。

余談ですが、堂場瞬一さんの小説にも「奔る男」という作品があります。


これは「いだてん」第1部の主人公でもあった金栗四三を主役としたお話ですが、もしかすると、堂場さんがオマージュしたのかな?と思うほど共通点がいくつかありました。

まずタイトル。そして主役がマラソン選手であること。その選手はずっと「自分はどうして走っているんだろう」と自問自答を繰り返していること。最終的に、その選手は年老いてからマラソンをゴールしたこと。

堂場さんの「奔る男」では金栗四三はマラソンの最中に日射病で倒れて途中棄権という扱いになります(というかこれは史実)。

筒井康隆の「走る男」では「え?」となる理由でマラソンを離脱するのですが…それはぜひ買って読んでみてください!(販促)

そして小川洋子さんの「ハモニカ兎」。

一番気になっていたお話です。さすがというか何というか、神秘さと不気味さを兼ね備えた小川洋子ワールドといった感じで…どうしたらオリンピックを題材にこんな話が書けるんだ!?と思いましたね…

さて、それではいよいよ本題に入ります。

このアンソロジーの中で最も衝撃的だった作品、それが山際淳司さんの「たった一人のオリンピック」です。

タイトルだけ見て、いだてん的な話かな?と思っていました。ドラマが始まった頃のいだてんは「日本人が初めてオリンピックに出場する」をメインとした内容だったので、「その道の第一人者の話」なのかなと。しかしそうではありませんでした。

このお話の主人公となるのはシングル・スカルというボート競技に出場した津田真男さん。そう、これは創作された物語ではなく、ノンフィクションです。

東海大学の学生だった津田さんは「日々、麻雀にあけくれ、これといった研究テーマがあるわけではなく、なんとなく無為に日々をすごす、つまり、ごく普通の学生であった」そうです。

そんな彼がなぜオリンピックを目指そうと思ったのか。

それは単なる「思いつき」でした。

浪人して大学に入学しても、麻雀ばかりやっている。そんな自分を客観的に見たとき、何をやっているんだという気持ちになった。

そして突然思いついてしまったのです。「オリンピックに出て、金メダルをとろう」と。

「それが実現すれば、なんとなく沈んだ気分が変わるんじゃないか。ダメになっていく自分を救えるんじゃないか」と。

私はこの時点で、失礼ながら「バカだ」と思っていました。思いつきでオリンピックを目指しても金メダルがとれるわけない。素人の私でもそれはよくわかります。

彼が目指したのは1971年のモントリオールオリンピック。

ですが私の予想とは反対に、津田さんはオリンピックに近づいていきます。それも、たった一人で。

なぜ一人なのかといえば、津田さんは確実に金メダルをとるために競技人口の少ないボートを選び、その中でもボートをひとりで漕ぐ「シングル・スカル」をやることにしました。

ボートは他にも8人で漕ぐ団体競技の「エイト」などもあるのですが、津田さんは中学・高校のサッカー部で「団体競技のかったるい部分(自分がどれだけ一生懸命練習しても、仲間のミスで負けることがある等)」を見てきて、団体は嫌だとなったようです。

さて、競技はボートに決まりました。でも肝心のボートが手元に無い。

ここからが本領発揮です。ただのバカだと思っていた彼が、とんでもない行動力の持ち主だということがわかってきます。

ボートは借りれると思っていましたが、実際は自費で購入しなければなりませんでした。そこで津田さんは自分の車を売ってボートを買い、腹筋と腕立て伏せを両方100回はできないとだめだと言われたのでそれをやり、毎日14、5キロ走り込み、コーチもつけず独学で勉強していきました。その際、ボートの漕ぎ方についても気づきがありました。大学スポーツで代々教えられてきた漕ぎ方は伝統を重んじるだけで、技術的には何も変わらない。だからテキストの基本だけは押さえて、どうしたら早くなるかは自分で考えてやりました。どこの大学にも企業にも所属しない、たった一人だからこそ見抜けた点です。

ですが津田さんがここまでやっても、オリンピックには出場できませんでした。

漕艇協会は、モントリオールオリンピックにシングル・スカルは出場させず、エイトを出場させると決めたのです。

しかし津田さんは意外にも楽天的でした。そもそもシングル自体の出場がないのだから、敗北感は少ない。むしろ次のモスクワがピークだと。

諦めずに、その次のモスクワオリンピックを目指します。

モントリオールでのメダルは叶いませんでしたが、その年の国体も、全日本選手権も勝ち進み、それからほぼ2年間負け知らずの状態でした。

このままいけば、オリンピックでもいい成績を残せたかもしれません。

しかし、それも叶いませんでした。

モスクワオリンピックで何があったかご存知でしょうか。津田さんに、ではなく日本に、です。

当時のソ連がアフガニスタンへ軍事侵攻し、その抗議のためアメリカのカーター大統領がモスクワ大会のボイコットを西側諸国に呼びかけました。日本もそれに追随する形で、ボイコットを決めたのです。

津田さんは、モスクワオリンピックの代表選手に選ばれていました。



この話は、津田さんの住んでいるマンションの一室で幕を閉じます。

『結局は』と当時を振り返ります。

『自分のためにやってきたんです。国のためでも大学のためでもなかった。自分のため絵、ただそれだけです。だからボートを続けることにこだわることができた。バイトをしながらのカツカツの生活でもボートを続けられた。』

そして最後はこう締めくくられます。

「津田真男は現在、ある電機メーカーに勤めている。ボートはやっていない。」



これを読み終えた夜中の3時、もう津田さんをバカな人だとは思えなくなっていました。

圧倒的なこの「現実」を見せつけられ、頭がぐらぐらするほどの衝撃を受けました。

津田さんがただひたすらに、がむしゃらに努力してきた日々はどこへ行ったんだろう

オリンピックって、スポーツって、人生って何なんだろう

今もきっと、津田さんのような人がいるんじゃないでしょうか。

2021年のオリンピックではなく、2020年のオリンピックでなければならなかった人が、必ずいるはずです。


そんなことをずっと考えているうちに眠れなくなって、モヤモヤしてどうにかなりそうでした。そして、ハッとひらめきました。「感想文書こう!!!」こういった物凄い文章や映画に出会った時たまに起こる、「文字にして吐き出さないと死にそう」現象です。

興味があったら、ぜひぜひ読んでください。20ページほどの短い話です。そして一緒にモヤモヤしましょう。

私が読んだのは2016年発行のアンソロジーですが、なんと最近、角川から新書になって再販しているようです。

このページの「試し読み」というところ、「たった一人のオリンピック」がまるごと無料で読めてしまいますね…いいんですか!?まあ私は山際さんの他の著作も読んで見たいので本を買おうと思います。


それでは!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?