君とみた海


ドアが開くと, 懐かしい海の匂いがした。
1番線のホームからは家と家の間に静かな海が見える。ここの海は僕にとって1番近い海だ。

両親は既に着いているらしく, 「気をつけておいでね」と言う母からのラインに返信をしながら祖父の家に向かって歩く。

父方の祖父が胃癌になったと知ったのはつい数日前の事だった。 「おじいちゃんが胃癌になってしまいました。前の病気の検診のお陰でわかったみたい。日曜日に入院するので手伝いに来れたら来て。」母からのラインには詳しい事は書いていなかった。この時どこまで分かっていたのか聞く気にはなれなかった。

今日はたまたま仕事が休みだった。
パティシエになって1年。僕は仕事を辞めようと思っていた。だけど親に合えば仕事の話しをされるから、頑張ってるよ!と嘘か本当か分からない事を言わなきゃいけないと思うと少し億劫だ。

祖父の家に着いた。相変わらずボロい平屋だなといつも思う。祖父と祖母,そして両親が座って話していた。久しぶり。と挨拶すると,早かったね!と皆んな笑顔で返してくれた。
祖父はこれから入院とは思えない位にいつも通り元気な様子だ。本当にこれで癌なのか?とすら思った。

少しゆっくりした後, 準備をして病院に車で向かった。移動する車の窓からも何度か海が見えた。太陽の光が海面に反射して, シャンパンの泡の様に, 煌びやかなものに見えた。
10分も掛からずに病院についた。受付を済まし病室に入ってそこで説明を聞く。トイレの場所や設備の使用方法の説明が終わって, 手術前に飲んでおく様にと薬の入っている500mlの飲料水を渡された。祖父は「今日の晩飯これだってさ!」と笑っていて, こっから弱っていく事が想像も出来なかった。

祖父への説明が終わって
親族への手続きの説明があるらしく
流石に聞く必要も無いと思い
病院の目の前にある海に行く事にした。

ここの海は急に深くなったり,波が高いため遊泳は禁止されている。
祖父は10年くらい前まで
釣りが日課で早朝から釣りに出ていた。
遊びに行けば朝釣れた魚が刺身になって食卓に出てきていたし, 幼少期は泳ぎはしないにしても海に近付いて, 大きい波から逃げて遊んでいた。
そんな昔の事を懐かしく思いながら
遠くを見ながら
ゆっくり砂利混じりの砂浜を歩いた。

少し強い風が吹いて
こっちに何か飛んで来たのが分かった。
見ると白いリボンの付いた黒い中折れハットだった。拾って見渡すと女の人がこっちに向かって歩いて来ている。この人のだろうと思い僕もその人の元に向かって歩いた。

「すいません!ありがとうございます。」

これが僕と彼女との出会いだった。


人見知りで普段なら人に話しかける事は苦手なのだけれど, 海をみて気持ちが大きくなっていたからなのか。
それとも話しかけたくなる様な空気を彼女が持っていたからなのか。
なぜだか僕は彼女に話しかけた。

「この辺に住んでる方ですか?」

「いえ、私今そこの病院で入院してるんです。あ!でも家もそんなに遠くはないかも。」

「そうなんですね。僕のじいちゃんも、今日からそこの病院で入院なんです。」


僕は近くにあった大きな流木の端に座った。彼女も少し間隔を空けて横に座った。

僕らはそこからしばらく話した。
15分は話したと思う。
彼女は穏やかで, とても話しやすかった。
そして遠くを見ている様だった。


「今何歳ですか?」

「僕は今年22になる代です。」

「同じ!やっぱり、なんか歳が近そうな気がしたよ。」

「同じか!今は学生?」

「ううん。社会人2年目。だけど1年目が終わった時に体調が悪くなって、そこから仕事は休ませてもらって、5日前から入院してる。」

「社会人2年目も同じだ!何の仕事をしてたの?」

「美容師してた。」

「美容師って大変そうだよね。1年目なんて特に。もしかしてそれで体調壊しちゃったとか?」

「ううん。確かに大変だったけど、仕事と病気は関係ないんだ。」

「そっかあ。てかごめん!名前教えてよ。」

「名前!言ってなかったね。掛橋風果って言います。そっちは?」

「ふうかさんね!俺は坂田大和。」

「ふうかでいいよ。大和くんか!大和くんはなんの仕事してるの?」

「俺はパティシエしてる。」

「パティシエかぁ。そっちのが大変そう。朝早いし。私朝苦手だから。」

「慣れたら大丈夫だと思うよ。それに美容師も朝は早い方だと思うけど。」

「パティシエ程早くは無いけどね!でも私、退院したら美容師に戻んないでピアノの先生になりたいんだよね。」

「ピアノの先生か!良いね!ピアノはずっとやってたの?」

「うん。小学生の時に習ってた!家にピアノがあるから, 中学以降もずっと弾いてた。」

「買ってもらったの?」

「お母さんがピアノの先生をやってたの!」

「そうなんだ!じゃあお母さんに教えてもらってたんだね。」

「小学生の時はね! 大和くんは学生時代何やってたの?」

「うーん。小中は体操をやってたけど,高校生の時はバイトして遊んでた。」

「バイトする高校生活も良いよね。」

「うん。でも、高校生はあんまり楽しく無かったかもしれないな。」

「うそー。私は陸上部だったからバイトする時間無かったけど、バイトして遊ぶ高校生活とか凄く憧れたけどな。」

「社会人になった今思い出すと, 確かにもっと楽しんで良かったって思うんだけど、その時は部活やって本気で何か頑張ってる周りが羨ましくてさ。心のどっかに敗北感みたいなのがあったんだと思うんだよね。」

「私は逆に高校生の時にもっと遊びたかったって思う事があるよ。ないものねだりなんだよね人間ってきっと。」

「本当そうだよね!だから俺は…」

言いかけた所で
ポケットに入れていた携帯が鳴った。
見ると、説明が終わったから戻ってきてと言う母からのラインだった。


「あ!じいちゃんの説明が終わったみたい。」

「じゃあ戻ろうか。私もそろそろ戻る時間だし。」

一緒に病院まで戻りロビーで僕らはラインを交換した。

「爺ちゃんのお見舞いにも来るし、ふうかのお見舞いにも来るね!」

「うん!ありがとう。おじいさん早く良くなると良いね!」

「ふうかもね!じゃああとでラインするね!

「うん。ありがとう。」

僕らは別れ, 彼女は自分の病室へと戻っていった。

僕が戻ると僕以外みんな、既に祖父の病室に集まって居た。
「おかえり」と母に言われて
何も無かったかの様にただいまと返した。

3日後の手術が終わってもそこから闘病生活が始まる。沢山の薬にリハビリ。考えれば考える程, 目を背けたくなる現実が想像出来てしまいそうで、僕は きっと良くなる とだけ考えてしまった。そんな僕だから、祖父の病状は聞けなかったのだ。
爺ちゃんと少し話をして
最後に「頑張ってね。」と伝えた。


親に車で駅まで送って貰って
電車で1時間掛けて独り暮らしの家に帰る。
空いてる電車に揺られながら, 僕は彼女にラインを送った。

ラインでのやり取りが始まって
僕はあの日に聞けなかった
病気の事を聞いた。

「ふうかの病気ってなに?」

送って直ぐに既読がついた。だけど返信は返ってこなかった。20分してラインの着信音がなった。

「驚くと思うけど、私癌なんだって。」

僕は 癌 という文字が画面に表示されて、それを読み取った時, 心臓が止まりそうになった。

だけどあの日の彼女は病気には見えない位に元気だったから。きっと。と思いながらも上がった心拍数は戻らない。


「良くなるんだよね?」

「手術が上手くいけば治るって。けどこういう時って良く嘘つかれてたりするよね?だから本当は手遅れなのかもしれないし。笑えないよね。」


僕は震える手で

「いや、絶対に大丈夫だよ。手術したら絶対に治る。」

となんの根拠もない 絶対 を使う以外に
この気持ちを抑え込む手段も彼女に掛けてあげられる言葉も見つからなかった。

「でも本当に手術で治るなら、私体力あるし治せる自信あるよ!」

「そうだよ。陸上部じゃん!絶対大丈夫。」

会話の中で病気は治る事に決まって
話を逸らすようにいつものたわいのない話題に切り替わっていった。

祖父が入院してから1週間が経って
手術が無事に終わって
容態は安定しているらしい。
日曜に親はお見舞いに行くみたいだけれど、その日は仕事だから僕は別日に1人で行くと伝えた。


彼女とのラインは続いていて、来月の頭に手術をする事になった。という報告が来た。僕は明日仕事が休みだったので, じいちゃんの見舞いも兼ねて会いに行く約束をした。


次の日、お昼前に家を出て彼女の元へ向かった。乗り換えを2回して、1時間掛けて向かう。電車から見える景色が、少しずつ田舎になって行くのが僕は好きだ。
そんな景色を眺めながら、田舎で静かに暮らしたい。と思いながらも
都会の便利さからは離れられなくなった自分がいる事にも気付いてしまう。
本当の幸せとはなんだろうか。と思うだけで、答えらしきものは何も頭には入っていない。

乗り換えがスムーズで、1時間も掛からずに駅に着いた。海の匂いが身体を抜けて、相変わらずの懐かしさに包まれる。

この前来た時は、祖父の家から車で向かって気付かなかったけれど、病院と駅は徒歩で10分くらいの距離だった。

病院に着いて4階に上がり, 受付をして、1番奥の彼女の居る部屋に向かった。病室は2人部屋で、右奥のベッドに彼女はいた。
彼女は点滴をしていた。
病院服を着ている姿を初めて見た僕は、分かっていたはずだけれど、彼女は病気なんだと知った。

「久しぶり!」

「わざわざありがとう!おじいさん元気そうだった?」

「まだ会ってないよ。じいちゃんこの時間検診だから後でいく!はいこれ!」


僕はお土産に買ってきた、彼女が好きと言っていた雑誌の最新号を渡すと,すごく喜んでくれた。

「お仕事は最近忙しい?パティシエは9月ってどうなの?」

「忙しい時と比べたら暇だよ!イベントも無いし暑いし。けどもうクリスマスに向けて準備が始まるから、こっからハロウィンとかも挟みながらクリスマスに向かってく感じかな。」

「もうクリスマスの準備かぁ。早いんだね。仕事は楽しい?」

「楽しいって最近思えなくなって来ちゃって。正直、パティシエ辞めようかなって思ってる。」

「他にやりたい事があるの?」

「ないんだよね。」

「そうなんだ。大和くんはどうしてパティシエになろうと思ったの?」

「何でだろう。パティシエに対しての憧れみたいなのはあった。だけど1番は多分、頑張ってる人への憧れがあったんだと思う。自分に何もない事が嫌で、輝いて見えた頑張ってる人達に追いつきたくて、なんでも良いから頑張りたくて、それで大変そうだけどパティシエの世界に飛び込んだんだと思う。」


「凄いね!大和くんは努力家なんだね!でも自分が心で思った通りにちゃんと生きてるのに、なんでそれが辛くなっちゃったの?」

「最初は、パティシエを続けていけばこの仕事が好きになれると思ったんだ。1年目は気持ちも身体も凄く疲れたけど、それでも頑張ったら好きになって、楽しくなっていくと思った。まだ2年目の途中で答えを出すのは早いのかもしれないけど、何となく自分の事だから分かるんだよね。好きになれないんじゃないかって。」

「その気持ちは分かるよ。時間が解決してくれる事は多いけど、全てじゃない。待ってるだけじゃダメな事もある気がする。何かが正解って訳じゃない事だから、大和くんが良いと思う事が出来たら良いと思うな。」


「ふうかは優しいね。初めてこの話しを人に話した。情けない奴だと思われそうで、言えなかったんだけどさ。」

「自分の事を一生懸命考える事が情けないとは思わないよ!辞めても続けても、大和くんが良いと思う事をしたら良いと思う!」


「なんかめちゃめちゃ気が軽くなった。」

「良かった良かった。人に話すのって大切なんだね!」


「手術の日は決まったの?」

「まだ確定はしてないみたい。」

「そっかあ。でも早く良くなってピアノの先生やるんだもんね!」

「うん!やるよ!おうちでやるからチラシとか作らないと!楽しみ。」

「美術の成績5だったからチラシ作り俺も手伝うよ!沢山宣伝もする!」

「ありがとう!でも私も5だったよ!
それに良くなったら遊びに行く所も考えておかないと。私行きたいところがありすぎるよ!」

それから、治ったら行きたい場所。について話しが盛り上がって時間があっという間に過ぎた。

「そろそろ行くよ。おじいちゃんの所にも行くからさ!」

「うん。ありがとう。」

「また次の休みも来るね!」

「来てくれるのは嬉しいけど、せっかくのお休みなんだから好きに使ってね。」

「うん!俺が来たいから来る!これなら良いでしょ!」


また次の休みに来る事を約束して、じいちゃんのお見舞に行こうと病室を出て少し歩いた所で, 知らない男の人に話しかけられた。

「もしかして、大和くん?」

「はい。」

「ふうかの父です。ふうかから話を聞いてます。わざわざありがとうね。」

「あ。初めまして、坂田大和と言います。」

「お爺さんがここに入院してるんだって?」

「そうなんです。手術が終わって今は殆ど喋れない状態で、だけど容態は安定してるみたいで。」

そこから少し間が空いて
僕はためらいながら聞いた

「あの。ふうかさん、手術したら良くなるんですか?」

良くなる。その言葉だけが聞きたかった。
しかし現実は僕の空想の範疇では無かった。

彼女の父親は言葉を選ぶように少し考えた様に見えたけれど、発した言葉は選びようもなくそして重たかった。

「末期なんだ。」

僕は頭が真っ白になってその場に立ってるのがやっとだった。そして彼女の父親は続けた。

「だけど、末期だからと言って、絶対に助からない訳じゃない。手術をする価値はあると先生がいってくれた。ふうかには末期だと言えてないがきっと良くなると信じてるから、頑張ってもらわないと。」

僕は何も言えなかった。

「最近大和くんと連絡を取る様になってから, 少し明るさが戻った様な気がするんだ。私も仕事でずっとは居られないから凄く有難いと思っているよ。」

「いえ、僕はなにも。」

僕は何も。僕には何も出来ない。
何もしてあげられない。そんな無力さが、
気持ちが口から出た様な気がした。

「連絡先を聞いても良いかな?何かあれば私からも連絡出来るように。」

この言葉の意味を考えたくなかったけれど
僕はラインと携帯の番号を交換した。


「ありがとう。ふうかの相手宜しくお願いします。」

彼女の父親は病室に入って行った。



休みの日はお見舞いに行った。
いつも彼女は笑顔だった。
本当に末期なのか?本当はすんなり治るんじゃないか?そう思いたくて、彼女の笑顔はそれを肯定してくれている様に思えた。


彼女の父親から病状を聞いてから2週間が経った頃、彼女の手術の日程が10日後に決定した。

手術の説明を受けたり検診があって3日前から面会は出来ないらしく
手術の4日前に行く事にした。


一方で祖父はかなり順調に回復していて
腫瘍の発見が初期だった事もあって
話しが出来るほどになっていた。


手術の5日前。彼女から明日1時間だけ外出許可が出た。と言う連絡が来た。僕は大丈夫なのか?と心配したが医者が許可したのなら平気なのだろうと、海に行こうと提案した。

天気は良く日中は暑いだろうからと、17時〜の1時間外出する事になった。
15時3分発の電車に乗って彼女の元へ向かう。なんだか見慣れて来た風景を眺めながら、何を考えていたのか、はっきりとは分からないけれど、確かに色んな事を考えていた。きっと自分の事も。彼女の事も。


病院につくと彼女は私服姿で
初めて会った時に被っていた
白いリボンのついた黒い中折れハット
がテーブルの上に置いてあった。


「凄く久しぶりに外に出るの!」

「歩けるの?車椅子乗る?」

「少しだけだから大丈夫かな。」


僕は看護師さんと話して
色々確認した後、彼女を連れて
病院の前の海に向かった。


海について
前と同じ流木の上に腰かけた。
彼女は前より少し僕の近くに座った。

「ここの海はやっぱり波が高いね!」

「だけどなんだか落ち着く。
色んな事を考えちゃう」

「そうだね。」


「私ね。ピアノの先生は結構本気でやりたかった。ちょっと後悔してる。やる順番間違えちゃったって。」

「これから出来るよ。」


彼女は何も言わなかった。


「私ね中学1年生の時にお母さんが病気で死んじゃったの。凄く悲しくて今も悲しくなる時があるんだけど。もしこの病気で私が死んじゃっても、お母さんに逢えるのかなって思うと少しだけ楽しみって思うんだ。」

僕はそれを聞いて、聞けて居なかった事がいくつか繋がった思いがした。

「今いったら,お母さんに怒られちゃうと思うよ。早過ぎるよ!お父さんを1人にしちゃダメじゃん!って。」

「そうだね。そう言うねきっと。」

波は高く、毎回波が押し寄せる時に大きな音がする。何回かに1回は更に高く渇ききった所まで水が押し寄せる。ここまで届いて飲み込まれるんじゃないかと思う程に。


波が寄せては返すを何度も繰り返した後
彼女は小さな声で言った。

「私、怖い。」


「うん。」

間が空いて、僕はそれだけ言って、他に何も言葉が見つからなかった。

「死ぬってどんな感じかな。なんか死ぬかもしれないってなってから、もっとやっておけば良かったって思う事が沢山でてくるの。本当人間って、うまく出来てないね。」


彼女の声が震えていた。

「死にたくないよ。」


「大丈夫。死なないよ。」


きっと僕の声も震えていたと思う。
僕は彼女の手を握った。
暖かくて, 小さくて, 綺麗な手だった。

僕の心臓が,脳が,心が, 思いっきり締め付けられた。無力さも不甲斐なさも全部感じた。

僕は堪えたかった。
何も言葉が出て来なかった。
僕の目から涙が止まらなかった。

僕が泣いてる事に気付いた彼女は
「ありがとう。ごめんね。」
と言って遠くの海を見つめていた。


 波が寄せて帰る間に無音の時間がある。その時間だけは、寂しさも悲しみも全部が止まって、そしてまた現実と言う波が大きな音で押し寄せてくる様だった。




先に沈黙を破ったのは彼女だった。
「もうそろそろ時間だね。帰ろっか。」

僕らは立ち上がり彼女のペースでゆっくりと病院に戻った。

一歩ずつゆっくり進む彼女をみて、どんなにゆっくりでも良いから、一緒に進んで行きたい。僕は強くそう思った。



「今日は来てくれてありがとう。手術が終わって落ち着いたら連絡するね。」

「頑張るんだよ!」

「うん!」

彼女はいつも通りの笑顔で僕を見送ってくれた。











彼女は手術の前夜に亡くなった。


彼女のお父さんが連絡をくれた。

苦しんだ様子もなく

静かに逝ったらしい。










彼女が亡くなって半年が経った。
僕は今地元のケーキ屋でパティシエをしている。自分の為じゃなく
誰かの為に毎日お菓子を作っている。
そして毎日今を生きている。
自信を持って
なりたいと思った自分になれる様に。


彼女が僕に教えてくれた事。


生きるのは難しいかもしれない。
死ぬのは簡単かもしれない。

いつ終わるか分からない旅の中に僕らはいる。

やりたい事だけじゃ生きていけないけれど。

彼女がもしあと10年生きれたら、彼女はピアノの先生をするだろう。

じゃあ僕は。

何年後に向かって悩んでいたんだろうか。

彼女が僕に教えてくれた事。





祖父は無事退院した。
通院は続いているけれど。

久しぶりに祖父の家で親戚が集まると言うので電車で向かった。

少しずつ田舎に変わっていく景色を見ながら、幸せとは何か考える。前よりは少しだけ答えられる様な気がした。


到着した1番線のホームからは静かな海が見える。


この海は僕にとって1番近い海だ。

少しだけ遠回りして海辺を歩く。

眺めながら思うのは色んな事。

君の事。

僕の海。

君とみた海。

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