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きっかけのサッカー / エッセイ

「君がサッカーを見る人間になるとは思わなかったよ」

それは,大学院生の友人と居酒屋にいる時のことだった.あまりに唐突だったので,すでに口に含んでいたノンアルコールビールを喉に流して聞き返した.
「え?」
「だって,学部生の頃に文化系サークルに入り浸っていた人間がサッカーにハマってるわけないじゃないかぁ」
流石にそれは偏見が過ぎるぞと思いつつ,確かに私がサッカーを見始めたのは丁度1年前の大学院2年生くらいで,学部生の頃は全く持ってサッカー含めスポーツに興味を示してこなかった.子どもの頃から(というか今でも),私は運動音痴だった.小学校の50m走もずっと9秒台だったし,中学生の時に習ってみたテニスも向かってくるボールにラケットがかすりもしなかった.さらに,高校生の頃の野球大会もボールとの距離感覚が掴めなくて,口でフライをキャッチして大怪我をしたこともある.そんな典型的な体育苦手人間に成長した私は,自分とスポーツとは縁がないと感じこれまで興味を持つことはなかった.

でも確かに,なんで私はサッカーを見るようになったのだろう.
居酒屋の帰り,友人のあの言葉が頭の中で反芻していた.いつからだったかなぁ,確か1年前あたりに見始めたような気がするが.ノンアルコールビールで酔った頭で,自分に蓄積された時間を辿ってみるとあることが思いつくそれは,研究室の後輩との会話ネタとして始めたサッカーゲームだ.

学校や職場では年の差や経歴をもとに先輩後輩という区別つけることがよくあるが,人によって先輩の立ち回りが得意だったり,後輩の立場の方が得意ということがあると思う.私の場合,家族の中でも末っ子ということもあり,相手が先輩の場合の距離の詰め方が得意な方だ.逆にいうと,後輩とのコミュニティ形成は慣れていない.そのため,私が研究室に配属されて一番最初の後輩が加入した時はどのように交流すれば良いか悩んでいた.すると,その後輩がスマホのサッカーゲームを熱心にやるということだったので,交流のきっかけとして私もそのサッカーゲームをスマホにインストールしてみた.初めての試合.今となってはあまり覚えていないがきっとボコボコにやられてたと思う.けれども,互いに緊張感を持ちゲーム内でボールを打ち合っていたその瞬間は,ポジティブな感情が自分の中を満たしていた.このサッカーゲームで交流の手応えを感じた私は,研究の合間に交流としてサッカーゲームを誘うようにしていたのだが,自分自身も徐々にプレイに熱くなっていき,気づいたら家で1人スマホを握り込むくらいやりこむようになってしまった.

ゲームをやりこんで見えてきたことだが,サッカーと映画は似ていると思う.サッカーはボールを敵陣のゴールに収めれば得点になるのだが,それまでに敵陣のディフェンスを突破しなければならない.大抵の敵陣は雑なパスひとつで突破できるほど甘くない.なので,ボールを中心に試合が展開するものの,選手らは自身の予測をもとに協力してボールをゴールへ繋ぐポジショニングをする.このように組織的に動く選手たちが,まるで映画でいうところの伏線であり,三幕構成の第二幕のように見えてくる.厳しいディフェンスを掻い潜り,そしてボールがゴールネットを揺らした瞬間に快感,映画でいうところのカタルシスが生まれてるのだなと.また,そういう熱い展開もあれば,才能のある選手がたまにいきなりゴールに入れるプレイも,映画でいうところの今まで一緒に笑い合ってた友人が次のカットでは上半身無くなっているような凄まじい初速に似ている.

私は子どもの頃から映画が好きだ.だから,運動嫌いの私がサッカーを見るようになったのは映画の快感と同じようなものを感じるからなのだろう.居酒屋からの帰り道,家に辿り着く頃にはそんな結論に至ろうとしていた.

ん?待てよ
でもそんな結論は,所詮結果論から生まれた辻褄合わせの分析ではないか?

そもそも,このサッカーに対する好奇心,高揚感,熱中度は運動が苦手な自分1人では到達できなかったであろう領域だ.つまりこれは,後輩との交流の末にたどり着いた景色でもある.自分のアイデンティティは自分の内に秘めていると思い込み,中へ中へ自分の思考を沈ませていたが,他者がいなければ私がサッカーを見ることなんてなかったではないか.そう思うと,自分のサッカーと映画を紐付けた視点に納得しつつも意気揚々と自己分析してた自分が急に恥ずかしくなった.そうだな,私は後輩と交流したくてサッカーを見るようになったんだな.

今では,その後輩と会話の5割くらいはサッカーで占めるようになっている.そして,サッカーをきっかけとした交流が楽しくなると,もっとサッカーを味わいたいと思うようになる.ドンキホーテで5号級のサッカーボールを買ったり,イギリスのプレミアリーグが見たくてAbemaプレミアムも契約したり,Jリーグのスタジアム観戦も見に行ったり,日本代表のユニホームも2着購入したり.ここまでくるともう私は,数年前までは思っても見ないようなサッカーマニアAge26じゃないか?他人への交流欲求と好奇心とのサイクルは自分自身を変えていく.まるでそれは,体内の細胞分裂により自意識を持ちつつも自分の体が更新されていくようである.

「君がサッカーを見る人間になるとは思わなかったよ」
居酒屋で発せられた友人の言葉が,数年前の自分からにも言われているような気がした.そんな数年前の自分に,最近はフットサルの国内リーグについてGoogle検索しているよ,と伝えたら信じてくれるだろうか?


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Tonaliです.
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