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トキノツムギB面

20 街に降りて②

「森林のマルクという者が来てますが」
城の執務室で作業をしていたソーヤの元に、秘書の女性が告げに来た。
「マルクが?」
街に降りて来たのはいいとして、わざわざここまで来るのは何か困り事が起こったと思われる。
「わかった。通せ」
入って来たマルクは、端がほつれたデザインのカーキのマントを羽織っていて、耳には例のピアスが揺れている。
1目見て、ソーヤは言った。
「モリビトだな」
山の担当をするに当たって、ソーヤは聖域や山のことを一通り勉強していた。その中に、まるきり同じ格好の挿絵とモリビトの説明が確かにあった。
「それ!あのテントなんなんだよ!」
街で事件があったらしい。マルクが非常に動揺している。
「モリビトは山のどこに住んでるか分からないからな。まさかテントを建てて住んでるような文明的なモリビトがいるとは思わなかったよ。現れても街に降りずに過ごすモリビトもいるしな」

 たまたまいつかのモリビトのテントで過ごし、たまたまそこのマントを着て、たまたま街に降りたらモリビトということにされたのか。
面白くなったソーヤは笑いながら続けた。
「いいじゃないか、モリビトとして皆の拠り所になってやれば」
「いや実際モリビトじゃないし!街出てく度にタダで飲み食い宿泊とかできても心痛いだろ!」
さらに重要な事実があるのを、ソーヤはサラッと続ける。
「それだけじゃないぞ。モリビトは、言わば神事師達のトップだ。一気に全国に部下ができたな」
 この世界は神が作ったが、最初に作られた人類が世界樹の管理者だ。世界樹とは別に本当の木ではなく、樹形図のように人類が広がっていっている様を例えている。そして管理者は、人類の全ての知恵と歴史を知っている人類の守護者である。それらの教えを伝えつつ、メインとしてはカウンセラーのようなことをするのが神事師という仕事だ。
 神事師の中では、主に帰依するのが神なのか管理者なのかといった派閥争いはあるが、一般の人々にとっては神も管理者も似たような存在だ。その管理者とイコールである山の象徴な訳だから、宗教上のトップになろうともいうもんだ。

「しかも何か恵み?を授けなきゃいけない訳でしょ。さっきはピアスがしてたけど、俺できないよ」
まあ真面目な話、モリビトが現れた話は全国神事師に飛び、山に挨拶に来る神事師長なども増えるに違いない。
「ちょっとピアスに聞いてみればどうだ?ピアスがしてたその何かをずっとできるなら問題ないんじゃないか」
“あ、大丈夫です”
ソーヤの言葉を聞き、余りにあっさりとピアスが言っている。
「…何か大丈夫っぽいけど」
ソーヤ的にも、そんな気がしていた。
 あまねく人類を愛する管理者が、誰かに何か特別なことをするなら、その必要があるからだろうと思うのだ。何なら、今までのモリビトもこういう感じで山に来たのじゃないかという気すらする。全ての記憶を失い管理者に名前をもらったマルクは本物のモリビトである可能性があるとソーヤは思う。
 まあ、違っても良いんだがな。
 山から降りないモリビトもいるように、姿を見られなければ恵みは与えなくて済むわけだ。実際のモリビトではなくても、信仰するものの象徴が現に存在するというのは人々の生きる励みになる。当面それだけでも良いかなとソーヤは思うのだった。 


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