見出し画像

トキノツムギB面

12  リアンとの出会い

 大学寮のルームメイトは占い師だということは、寮の手続きをしに来た時から既に知っていた。
そしてアイリスの中では占い師は女性的なイメージがあり、少し浮世離れしたような、ミステリアスな人物を想像していた。性格はおとなしそうな気がしたが、そうでなくても、感情の起伏を抑え当たり障りなく接するのは慣れた技だ。
 休日で寮の食事がないので、昼食用のパンを買いに行き、帰って来ると、くだんの占い師が来ているようだった。少し姿勢を正してドアを開けると、表側の机に鞄を置き、何となく所在なげに立っている少年のような面差しの人物がいる。スポーツをしている方が似合っていそうな、予想を覆す容姿だった。
 癖がある栗色の髪で前髪は目の三分の一ほどを隠し、後ろ髪はギリギリ結べるかどうかの位置で毛先が踊っている。
 絶妙に邪魔そうだな。前髪だけでも整えられれば。
思った時、不意にフィンリーの姿がリアンと重なった。

 リアンは、服の手入れもベッドメイキングも、もちろん髪の手入れも全くできなかった。教える度にびっくりするほど感動してくれる。1年もすれば自分の身だしなみは自分で整えられるようになったが、髪だけは無理なようで、使うことはないだろうと思っていた大量のピンは、リアンのおかげで順調に減っていった。
 やがてアイリスは夜中に出かけ朝帰るような生活を始めたが、リアンはそのことについて全く問い詰めなかった。行ってらっしゃいと見送り、お帰りと迎えてくれる。少年のような見かけとは裏腹に、ちよっとやそっとでは動揺しない精神力があり、心地よい雰囲気と距離を取ることができるリアンは、健全で良くできた大人だった。
 アイリスはリアンという良識が身近にあったから、多分、最後の一歩を踏み外さなくて済んでいた。
 
  リアンが身を乗り出す仕草をした時、思わずアイリスは体を引いた。絶対殴られるか怒鳴られるかする、そう思うぐらいリアンは怒っていた。
 だがリアンはそのどちらもしなかった。ベッドヘッドに体を投げて両手で顔を覆い、大きく息をつく。そのままの姿勢でアイリスに言った。
「お前さ、何してんの。いい加減聞かせろよ」
 
 そう。アイリスも内心はわかっていたのだ。毎晩毎朝送り出し迎えてくれるような人間が、酒の匂いをさせながら、時には怪我をしながら帰って来る同室者を心配していないわけがない。そして、それを一切咎めずに何も気にしていないかのように振る舞うのはどれだけ大変だったろうか。

 言いたいことと怒りの全て自分の中に押し込めたリアンが何も言わずに待っている。巻き込んでしまったんだ。もちろん、もう言うしかない。でもどこから何を、どこまで。
 重苦しい時間が続いた後、リアンはふっと息をついた。
「いいよ、もう。そんな顔されると心痛むじゃん」

 占った者にしか結果がわからない神託のようなそれは、時に恣意的に時代の権力を動かすこともできた。また、そうしたと思われることも多かった。だから、リアンの一族には暗殺で命を落とす者も少なからずいる。一番安全なのは、占い結果を偽ってでも時の権力に阿ることだ。
 けれどリアンは、宗家の当主を継ぐものとして、幼い頃から繰り返し言われた言葉を覚えている。
「占いは運命を見るためにするものじゃない。運命を変えるためにするものだ」
結果が自分にしかわからないなら、動けるのは自分しかいない。
 机の上の2つの石を見る。
 この石が出て、アイリスの身の危険を直感した時点で、リアンには他の選択肢はなかったのだ。

 アイリスが自分を他の誰かと重ねているのはわかっていた。その相手はアイリスにとって大事な人間で、守らなければならない相手だったのだろう。しかし、リアンの家は公的な占い師だ。半分裏家業だから、守られなくても大丈夫なくらいの教育は受けているし、毒に対する抵抗力も普通の人間よりは強い。
 でも、そのことはしばらく言わないでおくつもりだ。リアンのために無茶はできないと、その間だけでもアイリスが思ってくれれば良いと思う。
 お前も何してるか教えないんだから、これくらいの意地悪いいでしょ。
少し微笑んだリアンは、2つの石を袋に戻した。
 
 
 


 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?