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トキノツムギA面

25  街へ①

 バートとカイが帰った夕方、2人きりになるとリッジがおもむろに呟いた。
「やっぱり衝立ないのしんどいな」
括った髪も長いまつ毛の横顔も女性と見紛うようなのに、片手は腰に置き、片手は何か考えるように顎に当てている、その立ち姿は男っぽい。
キッチンから玄関までをざっと眺めるとデューに言った。
「街に行こう」
これから2人で話して親交を深めたりするのかと思っていたデューは思わず声を上げた。
「え!?今から!?」
リッジはデューを見てちらりと笑った。
「まだ夕方だし買い物する時間くらいあるでしょ」
 まあ、あるとは思うけど。
掛け時計を見ると5時前で、街中のここならすぐに行って帰って来れそうだ。
 リッジ思ってた感じと違うなぁ。
それは、デューには嬉しい誤算だった。

 バートからざっくりとは聞いていた。バートの仕事仲間であること、文字をデザインする仕事をしていること、体があまり丈夫じゃないこと。
 こう聞くと、物静かで寝込みがちな、優しげな風情の人物を想像するものではないだろうか。そして確かに風貌は優しげではあった。
 だが、初見が喧嘩をしているところだとは。完全に意表をつかれ、礼儀正しくしなければとか、何を話せば良いだろうかとか考えていた緊張感がどこかへ行った。
 その第一印象は正しかった。裏表のない率直な性格のようだし、今だって全く気を遣わない様子で変なよそよそしさもない。何ならバートの方がよほど物腰穏やかだ。けど。
 うん、なんかすごく良い。
かなり好ましく思ったデューは、ただ街へ行くだけにしては輝かんばかりの笑顔で答えた。
「いいよ。行こう」
こうして日があるうちに誰かと出かけるというのも、何だか嬉しい。

マンションから大通りに出て、歩きながらリッジが説明して行く。
「うちのマンション1階のセレクトショップは大きいよ。あとはネイルショップ、チェーン店のコーヒー屋とか入ってる、そこの角は子ども服屋。その隣と公園を抜けたトコに、なんでもある個人商店みたいなのがある。前のその、左に入る小道、小さい八百屋があるんだよ。で、今すぐ横にある工事中のとこがバートの店、2つ向こうはああ見えて病院だから」
デパートがいくつかある。同じデパートの本館と別館、他にデパートが2つ。住むにはかなり便利そうだ。
「デパートの間に看板あるのわかる?」
リッジが指さす所を見ると、確かに地面近くに長辺50cmくらいの小さな看板がある。
「あれ、デューが行く高校の看板。奥に入ると高校あるから」
流れるように言われ聞き逃すところだったが、辛うじて耳に留まった。
「俺高校行くの?」
「ここ高校まで無償だし近いし、行ってた方が良いんじゃないかなと思って」
続けて付け足した。
「俺学校行ったことないんだよ。選択肢狭まるなっていう実感があって。資格は重くないし、持ってて損はないでしょ」
何で学校に行かなかったのか聞こうと思ったが、間髪入れずリッジが言った。
「ああそう言えば、バートがさっきの新規店にバイトに来ないかって。そういうのもおいおい考えてみたら?」
そして、「着いた」と、デューを前にするとそのままデパートに入った。

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